第51話 レオナルドの本性

「急な呼び出しですまんな。今日はレオナルドに知恵を貸してほしくて呼んだのだ」


 細かい手続きとかをすっ飛ばしてテルミナ邸からノンストップで王弟殿下の執務室に案内されてそう言われた。


「知恵とは? 私は見てのとおり未成年の未熟者ですが……」


「先日も言ったが、お前は着眼点が良い。何かしら良いアイデアを思いつくと期待しているのだ」


「はあ、それで何をしたらいいんでしょう? 詳しい説明がないまま参上したのですが」


「おっと、そうよな。事情を説明せねばな。嵐が続いているだろう? お前の周りでは被害が出なかったか?」


「テルミナ邸はいまのところ大丈夫ですね。教会学校の教え子の家が一部崩れたようですが」


「そうか、王都でも無傷というわけには行かず、被害の報告がいくつか上がってきている。だが、より大きな被害を受けている町があるのだ。オクタという王都の西にある山間の町だ。伝令からの報告によると、嵐によって、土砂崩れが起きたらしい。また、町に続く橋が河の増水で流されてしまった」


「それは、文字通り災難ですね。救助はどうされるのでしょう?」


「それだ。その辺り一帯はな、実質的には王家の直轄領だが、名義としては儂の領地ということになっておる。つまり儂の領民が被害を受けたということだ。

 救助を試みるのだが、橋が落ちているので、人も物資も近づけない。迂回すれば、日数がかかりすぎる。

 そこでだ。レオナルド、かの町の救助についてなにかアイデアを考えてくれ」


「へっ? 俺がですか?」


「うむ、今軍でも救助について検討させているが、お手上げ状態のようなのだ。責任は儂がとるから、やってくれぬか」


 災害救助を俺が? 人助けなら否はない。当然引き受けるが、出来るのか? 消防隊員でも自衛隊員でも医者でもない俺が。


「お引き受けしますが……。自信がありません」


「お前がすべてを考えなくてもいい。失敗しても構わん。ただ、手詰まりなのだ、今はすべての手段を講じたい」


「もう少し詳しい情報を教えて頂けますか?」


「分かった。儂はしばし席を外す。話はこの伝令から聞いてくれ」


 王弟殿下は、足早に去っていった。あちらはあちらで忙しい。しかし土砂崩れか。確か……72時間が生存するかしないかの目安だったな。人が水を飲まずに生きられる限界がその辺りのはず。


 エンジャーという名の伝令さんに現時点で分かっていることを教えてもらった。


 それによると、オクタの町は王都から西に馬車で半日ほどの距離にあり、王国中央を流れるコーエ河とそこに流れ込む支流のそばにある、人口2千人前後の町らしい。

 コーエ河の川幅は通常時でおよそ100メートル。町に通じる橋は、綺麗サッパリ流されて、上流、下流にある他の橋も、壊れたか流されてしまったようだ。

 土砂崩れの起きた正確な時間は不明。ただし、夜が明けたときにはこちら岸から確認できるくらいの規模で崩れていたそうだ。

 迂回すれば、順調に行って5日。災害の後ということを考えると、10日掛かってもおかしくないらしい。


「それは、かなり規模が大きそうですね。コーエ河の増水はかなり酷いのでしょうか? 荒れていますか?」


「はい。自分が朝見たときには相当荒れていました。それに、上流から材木などがたくさん漂流していまして、舟で渡るのはとても……」


 舟は不可と。馬車も現実味が無い。なら、アレしかないよなぁ。


「方法は、あります。空からの輸送です。ただ言うは易し、行うは難しなのですが……」


「空?! そんなことが出来るのですか?!」


 エンジャーさんが驚いて立ち上がった。そりゃ空中輸送なんて普通考えないよな。


「出来る可能性はあります。かなり難しいですけどね」


「やりましょう! 殿下も仰られたように、いまは手詰まりなのです。少しでも可能性があるなら!」


 俺が考えているのは熱気球だが、今から作って、それで上手く浮かばせて、しかも100メートル以上を飛んで対岸まで着地する、そんなことが可能なのか?


「熱気球というもののアイデアがあります。が、現物はありません。設計書もです。それを作るのが間に合うのか、また出来たとして想定通り飛ぶのか、全く保証できません。下手をすれば、事故で人死が出る可能性もあります」


「自分はオクタの衛兵です。危険なことであれば自分が引き受けますので、その熱気球というものに挑戦してくれませんか? お願いします!」


 そうか、その町の住人なのか。心配だろうな。


 よし、ダメでもともと。軍でも救助を検討しているんだ、別のプランを走らせても無駄にはならんだろう。


「エンジャーさん、伝令ということは朝一番でこちらまで馬を飛ばしてきて疲れていますよね?」


「いえ! 自分は全く疲れていません! どうぞこき使ってください!」


「ふふ、言いましたね。人が水を飲まずに行きていられるのは、36刻だと言われています。昨晩に土砂崩れが発生したとすれば、既に6刻は過ぎているとして、残り30刻。コーエ河までの移動を考えると、最低でも明日中には完成させないと間に合いません。徹夜は覚悟して下さいね」


「おお! それでは!」


「ええ、やりますよ。全力でやります」


 やるしかないよな。出来るかもしれないのにやらないなんて俺には無理だ。


 まずは、紙とペンだ。考えるべきこと、やるべきこと、それに必要なものを書き出す。そうすると、助手がエンジャーさん一人では辛いな。王弟殿下にお願いして、人を借りるか。


「エンジャーさん、まずは紙とペンを調達してきてください。それと王弟殿下か、その部下の人を捕まえてきて下さい」


「了解しました!」


 エンジャーさんは、部屋を飛び出していった。

 そう言えば、ここ殿下の執務室なんだけど、ずっとここで作業しちゃまずいよな。どこか広い場所を借りよう。


 そこに、殿下が戻ってきた。先生も一緒だ。


「いま、伝令が飛び出していったようだが、やる気になったかレオナルド」


「はい。熱気球を飛ばします。今日中に設計をして、明日には作り上げ、明後日には現地に移動します。殿下、やると決めたからには半端はしたくありません。人、物、金。すべて俺の言うとおりに揃えていただけますか? 出来ないなら俺は帰ります」


 最初が肝心だ。殿下の全面バックアップを求める。それが認められないなら、テルミナ邸に戻って自費でやる。


「くっくっく。王族を前にして不遜とも取れるその態度。それが本性かレオナルド、いい面構えだ。

 よかろう。城内に触れを出す。レオナルド=ガラ・シルバードーンの要請は最優先で処理せよとな」


「ありがとうございます。まず最初に、広い作業場と私に助手をつけてもらえますか? 今日は数人。明日は10人は必要です。それと私にサンダース先生も貸して下さい」


「相分かった。サンダース、そのようにせよ。それとレオナルド『私』などと気取らんでいい。『俺』でいいぞ」


 あ、つい癖で一人称がちゃんぽんになってたか。でもまあ『俺』でいいならそっちのほうが楽だから助かる。この状況で礼儀は二の次だ。



 俺たちはまず、倉庫のひとつを作業場として貸し与えられた。広さはバスケットのコートくらいか。籠城用の武器庫らしいが、中身は現在進行形で運び出されている。


 そこに大きいテーブルを持ち込んで、いざ戦闘開始だ。


「モニカさん、ペンを右手に縛ってもらえる? 自力だとペン先が震えちゃうんで」


「レオ君、書くなら私がやるから。手の傷を考えて」


 これは異な事を。


「モニカさん、俺の要請は最優先だよ。さあ、滑らないようにキツめに縛ってよ」


 モニカさんが目を丸くした。


「俺の怪我とオクタの数千の人間、どちらが優先事項か考えるまでもないよ。出来ないなら、屋敷に帰って。作業の邪魔だよ」


 今この場では俺が王様なんだよモニカさん。


「……まったく。エルフと戦ったときを思い出すわ。この頑固者」


 上目遣いでモニカさんが俺を睨むが、馬鹿言っちゃいけない。あれはもらい事故みたいなもの。今度は人助けだ。モチベーションが違いますよモチベが。


 ペンを右手に括り付けてもらって、俺はまずやるべきことを書き出していく。

 設計の下準備はどうするべきか、どうやって作るか、熱源は?


 書き出しながら、指示を出す。今時点で俺に預けられている助手は先生、エンジャーさん、そして実験のときに手伝ってくれたコクラン殿だ。


「エンジャー、町の仕立て屋に行って、できるだけ多い種類の布を貰ってきてくれ。端切れでいい。んで、明日仕事を頼むから、最優先で引き受けるように命じてくれ。気球を縫わせるんだ、針子は多いほうがいい」


「コクラン、こないだ作った紙の熱気球をもう一度作ってくれ。浮力を計る。それ次第で本物のサイズが変わるから、空気漏れがないように気をつけて」


「先生、テルミナ邸に行って、ドンガ親方とセバスを連れてきてください。くず鉄もできるだけ集めてください。騎士団がいるんだから炉くらいありますよね? なければ親方の指示で造ってください」


「モニカさんは、俺の助手。後は雑用をお願い」


 どんどんと指示を出していく。早くも、空が暗くなってきた。急がねば。



◇◆◇◆◇



(以下レオナルドのメモ)


☆やるべきこと


 気球の設計。サイズはどうするか? 浮力を計測してそれを元に大きさを計算する(最優先!)


 材質は? 仕立て屋から布を取り寄せる。ありったけの種類の重さ、気密性、難燃性を比較する。


 形状 火口からガワに燃え移らないように注意


 明日の作成準備。人員の確保。必要なのは針子。いっぱい。


 熱源はどうする? ロウソク、論外。 薪か? 他にあるか?


☆必要なもの


 対岸に持ち込むもの。①薬 ②浄水器(要設計! 優先度高し) ③食料


 必要資材。籠の材料、木製? 金属補強か。 鉄パイプ! 布は明日で間に合うか?


☆要検討


 対岸に熱気球を着陸させる方法。人は乗せるか? 無人で飛ばすか


 向こうに側に必要な人員は? 医者はいるか? 救助の人員は足りているのか?



◇◆◇◆◇



「ダメです! ここは通しません!」


「邪魔よ! どきなさい!」


 にわかに作業場の入り口で口論が始まった。モニカさんと、あと一人はアリスさんだ。この忙しいときに!


 入り口から俺の姿を認めたアリスさんがモニカさんを押しのけて入ってくる。モニカさんも相手が相手だけに力づくという訳にはいかずに突破を許してしまった。


「レオナルド! この間はよくも!」


「やかましい! アンタと遊んでる暇はねえんだよ!」


 クソ! まあいい。無視して作業に集中だ。熱源をどうするか……


「ちょっとこっちを見なさいよ!」


「レオ君の邪魔になります! 出ていって下さい!」


 火力が重要だ。紙を大量に積み込むか? 重すぎるか……


 バーナーを作れるか? ガスが無いぞちくしょう。


 連凧みたいにたくさん作ってロープウェイもどきにするか? 無理だ。


「無視しないで!」


「うるせえな! こっちは今日中に設計しなきゃいけないんだよ! 間に合わなかったらどうするつもりだ!」


 ──いや待てよ。

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