第50話 嵐はやまず

 嵐は今日も続いている。が、少しは収まってきたようで屋敷を叩きつける雨風が弱くなってきている。


 嵐対策の間に合ったテルミナ邸では、被害らしい被害もない。屋敷内が暗いので、気分的にはまだ巣ごもり中だが、どこか安穏とした雰囲気だ。


 昨日の俺の独演会は、「まんじゅうこわい」と「耳なし芳一」をやったところでギブアップした。フランに次をせがまれたけど、それ以上は無理だった。また何か考えておくと約束してしまったのは失敗だったかも。


 ともあれ、教会学校の日でもないし、俺は今日は何をしようかな、などと呑気に構えていた。


「若様、街を見回ってまいります」


 セバスは街の状況が気になるようだ。貴族邸は造りがしっかりしているから、問題なかったが、民家などはなにか被害があるかもしれない。


「そうだな、あとで状況を教えてくれ。多分無いとは思うが、被害が大きければ、嵐が過ぎた後になにかしないといけないかもしれん」


 この手だから、瓦礫の撤去とかは無理だけど、もしも被災者が多数に上るようであれば、炊き出しなども検討しなければな。そういうのはやはり持てるものの義務だろうし。



 2刻ほどして、昼前に戻ってきたセバスだが、なぜかお客さんを連れていた。教会学校の生徒タック君とチャコちゃんだ。


「二人ともいらっしゃい。今日はどうしたのかな?」


「なあセンセー、チャコを預かってくんねえか?」


 タオルで体を拭く3人のうち、タック君が代表して答えてくれたが、もう少し説明がほしい。セバスに視線を送ると、補足してくれた。


「チャコミリスさんのお家が一部崩れてしまっていました。修繕が終わるまでは、他に寝床を求めないといけないのですが、この時期ですので……」


「うちもよー、空き部屋があればよかったんだけど、今は満杯なんだよ。チャコだけでいいからさ、預かってくれよ」


 タック君の家は宿屋を営んでいる。今は王都に人が多いから受け入れも出来ないか。俺もこの屋敷を飛び出していたら、嵐に直撃でひどい目にあったかもしれないな。


 そういう時、受け入れ先になるのは教会なのだが、先日から教会学校を欠席しているから、行きづらいのかも。あの父親だとご近所付き合いも絶望的ってことかな。


「まあずっとでなければ預かれると思うけど、ご家族はどうしたんだい?」


 チャコちゃんに訊いてみると、俯いたままで答えない。それを察したセバスが俺に耳打ちをした。


「この子に宿探しをしてこいと、追い出したようなのです。どうも先日の熱気球騒ぎの影響と今回家が壊れたことで、とても手が回らないようで」


 なんだと、7歳の子供にそんなことをさせたっていうのか? いくら忙しくてもまだ雨も風も残っている状況でそれはないだろう。


「チャコちゃん、安心して。このお屋敷の人に俺から頼んであげるから」


「良かったなチャコ! 泊めてくれるってよ!」


 おずおずと顔を上げるチャコちゃん。余り嬉しそうでないのは、緊張しているからかな。


「あ、あの。お父さんはどうなりますか? こちらでお世話してもらえますか?」


 そっちね。んー、俺が決めることじゃないけど、あのおっさんは嫌だな。


「このお屋敷の人に相談しよう。チャコちゃんのお父さんは大人だから教会に泊まらせてもらえばいいと俺は思うけどね」


「じゃ、じゃあ。あたしも教会に……」


「ダメだって断られたからここに来たんだろ? センセー、チャコんちの親父は、しばらく教会に出入り禁止なんだって。隣近所でも嫌われてるから、頼れる相手がいないんだよ」


 タック君、はっきり言うねえ。

 でもまあ、ゴールドムントが熱気球を王城にぶつけたことで、教会にもとばっちりがいったんだろうな。更にご近所さんも頼れないと。


 だめだな、一時的でもあのおっさんからチャコちゃんを引き離さないと。


「まずはチャコちゃんは着替えないとな。それと二人とも昼ご飯は食べたかい?」


「チャコはまだだと思うぜ。何か食わせてやってよ」


「了解。さあ、中にどうぞ」


 タック君は、家の手伝いが忙しいとかで帰ってしまった。

 俺は使用人の控室にチャコちゃんを連れて行って、着替えと食事をお願いした。

 セバスにチャコちゃんの世話を任せて、伯父上かナタリアさんを探すと、丁度ナタリアさんが廊下の向こうから歩いてきた。


「ナタリアさん、相談があるんですけど」


「あら、なにかしら?」


 俺は、ナタリアさんにさっき訊いたばかりのチャコちゃんの事情を話し、できれば、親と引き離してしばらく面倒を見たいと伝える。


 ナタリアさんは、屋敷の執事を呼んで、ゴールドムントの評判を訊いた。


「私の耳にも、ゴールドムントという男の評判は届いています。はっきり申し上げますと、悪い噂が絶えません。少なくとも親の方と繋がりを持つのは反対です」


「ベベト、悪い噂とは?」


 ベベトとはこの執事の名前だ。


「どうも王家御用達であることを悪用して、ご禁制の品を扱っているという噂です。衛兵に顔が利くようで、少々のことは握りつぶしているとも聞いています」


 あちゃー、そりゃ黒すぎるよ。ご近所さんも泊めるわけ無いわな。それに初対面で俺を処罰するぞと脅したのはそういうことなのね。


「ナタリアさん。親の罪は子供の責任ではありません。なんとかお願いできませんか?」


「そうねぇ。──じゃあこうしましょう。ベベト、そのゴールドムントの家に行って、こう伝えなさい。チャコミリスちゃんは、別の教会に預けたから心配しないように、自分たちの寝床は自力で確保しなさいとね。うちで預かっていることは教えないようにね」


「承知いたしました。それですと私もテルミナ家の使用人だと名乗らないほうがよろしいですな。その教会の関係者ということにします」


「そうしてね。じゃあレオちゃん、そのチャコちゃんを紹介してもらえるかしら?」


「ありがとうございます、ナタリアさん」


「いいのよぅ。レオちゃんがそう言うなら、いい子なんでしょ? 馬鹿な親のせいで苦労する必要はないの」


 情け深いなぁナタリアさん。いやテルミナ家全体としてそういう雰囲気だな。ベベトも、不満気じゃないし。


 チャコちゃんには、ゴールドムントには別の宿を紹介した。そこは狭いから家族全員は入れない。チャコちゃんはここでしばらく暮らすようにと説明した。

 チャコちゃんは素直にその説明を信じた。子供にとってあんな親でも特別らしく、心配はしていたがナタリアさんがうまく説得した。


 チャコちゃんによると、ゴールドムントは離婚してシングルファーザーの状態らしい。親一人、子一人ならもっと大事にしろよクソ親め。

 場合によっては、銀星商会で雇ってテルミナ領に連れていくことも考慮に入れる。



「あたし、フランセスカ。7歳!」


「ちゃ、チャコミリス、なな歳……です……」


 ゴールドムントへの対応はナタリアさんとベベトに任せて俺の家族に顔合わせをする。元気なフランと緊張でガチガチのチャコちゃん。同い年だから仲良くなれるといいなあ。


 フランとチャコちゃんが遊び始めたのを横目に、俺は母上とお祖母様にチャコちゃんの境遇を説明した。

 反応が大きかったのはお祖母様だ。


「どういうことだい、あんな小さな子に宿を探してこいだなんてそれが親のやることかね。レオナルド、あの子はあたしが面倒を見るよ。いいね?」


 お祖母様は、孤児だったニコロを養い子にして育てた実績がある。任せるのに不安はない。


「じゃあ、お祖母様におまかせしますね。フランと仲良くなって落ち着けばいいですね」


「ああいう子はね、ちゃんと見てやらないとダメなのさ。大人しいからって放任していると、どこかに無理が出るんだよ。ま、亀の甲より年の功さね。子供らしく笑えるようにしてみせるよ」


 我が祖母のなんと頼もしいことよ。それならチャコちゃんは心配要らないだろう。


 母上も満足気だ。


「フランにお友達ができればもっと家が明るくなるわね。レオ、あの子のことは大人がどうにかするわ。安心しなさい」



 皆でフランとチャコちゃんを見守っていると、またもや先生がテルミナ邸に現れた。


「先生、暇なんですか? テルミナ邸に来すぎじゃないですかね?」


「暇、と言うか自由に動ける人間が少ないのですよ、レオ君」


 先生は最近になって王弟殿下の護衛に復帰したため、特定の役目が無いとのこと。こうやってあちらこちらに使いっぱしりをするのが今の仕事らしい。


「それで、今回のご用事は何でしょう? また王城に拉致しますか?」


 俺としては冗談のつもりだった。今日の俺は何も問題を起こしていない。自信を持ってノートラブルだと言える。それなのに、先生は無情に答える。


「そのとおりです。レオ君、今すぐ王城に出頭して下さい。王弟殿下のお召しです」


「マジすか?」


「冗談で殿下の名を使うと思いますか?」


「前回も言いましたが身に覚えがありません。今回はホントに何もしてないです」


「レオ君、実は悠長に話をしている余裕は無いのです。一刻を争いますので、すぐに来て下さい。アデリーナ殿、レオ君をお借りします。レオ君が問題を起こしたとかではないので安心して下さい。ただ、何日かは帰れないかもしれません」


「行きたくないといったら?」


「無理やり連れていきますよ? 抵抗しますか?」


「そういうことなら是非もなしですね。行きますので、そんなに見つめないで下さい」


「よろしい。着替えは不要です。参りましょう」


 果たして、どんな急用なのか。俺は不安に思いながら先生に従った。


「私も行きます」


 モニカさんが俺に同行すると志願してきた。


「まあ良いでしょう。ただし、武器は置いていってくださいね」

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