第49話 頭痛

 王弟殿下を見送って、テルミナ邸の一同は揃って胸を撫で下ろした。

 一応用意しておいた食材は使わずじまいだったが、日持ちのしないものは、急な対応で苦労した使用人へのご褒美ということで、自家消費したので、大きな問題はなし。


 俺はここ数日のあれこれで疲れて、自室で休んでいたのだが、そこにドンガ親方がやって来た。


「坊っちゃん、そろそろテルミナ領に戻らないんですかい?」


 親方は、元々銀星号の整備士役として王都に来た。銀星号は道中で壊れることなく目的地まで到着したので、やることがないのだ。

 短期間だけ貸してくれる鍛冶場もなく、ほぼお酒を飲んでいる姿しか見ていない。


「親方は、王都に飽きた?」


「王都の酒はほぼ飲み尽くしたんで、楽しみがなくなっちまいそうです」


「マジで?! 王都の酒飲みつくしちゃったの?」


「べらぼうに高い酒は除きますがね、普通に手に入る酒はほぼ全種類飲みましたぜ」


 自慢気に胸を張る親方。王都は言わずもがな、一大経済圏である。量の多寡はどうあれ、国中の産品が集まると言っていい。それをほぼ全種類?


「よくそんなにお金が続くね。まさか借金はしてないよね?」


 銀星商会として、一流と呼ばれる職人と同程度の給金は払っているが。


「大分財布が軽くなりやしたが、酒ぐらいしか使わないんで大丈夫でさ。んで、テルミナ領にはいつ戻られるんで?」


「ああ、俺も戻りたいんだけど、教師の仕事があるからね。あと一月弱は滞在予定かな。暇なら、親方も商会の新製品を考えてよ。携帯用の護身具とか」


 携帯用の護身具は、王都に来る前から考えているにもかかわらず、一向にアイデアが浮かばない。

 唯一試作したのは、靴の爪先から刃物がシャキンと飛び出すギミックだが、機構が複雑すぎてかなりの厚底でないと無理だと判断されてお蔵入りになった。

「護身具ですかい? うーん、俺っちは考えるより作るのが本分なんで、役には立たねえと思いますぜ」


「それでも、暇つぶしにはなるだろう? それとも細工物を覚える? 鍛冶場は必要ないよ」


 親方は、手先が器用だ。その気があれば、今からでも金銀の細工物を作れるようになるだろう。


「んー、あれは腕前も要りやすが、センスが必要でしょうぜ。俺っちには向かねえや」


 いずれデザイナーを雇いたい気持ちはあるから、無駄にはならないかと思うけど、本人が乗り気じゃないなら強く勧めても意味ないかな。


「無理に頼まないけど、そろそろ親方も自主的に働いてよ」


 親方、と言うか職人は大体そうだけど、やることがあれば寝食を忘れて働く。鍛冶仕事だったら、熱した鉄の色を見るために夜の作業もするし、ベアリングを作ったときのように泊まり込みで根を詰めて仕事をすることも多い。

 その代わり、仕事がないときはこうして何日でもダラダラする。


 王都に来てから約一ヶ月、飲みまくりなのを容認していたのはそういう訳だが、テルミナ領に戻るまでの更に一ヶ月を遊ばせておいくのは流石にもったいない。


「まー、坊っちゃんがそう言うなら、ちっと考えてみますわ」


「侯爵の襲撃もなくなったし、街をぶらついてきたらどうかな? ここは探せば面白いものがたくさんあると思うよ。名人の打った武具とか、最高級の砥石とか」


「砥石ですかい。そりゃ確かに上物がありゃ欲しいな。よっしゃ、街の酒場に行ってみるぜ」


「やっぱり酒なのね」


「なに、酒場にいきゃあ面白いネタも見つかるはずでさぁ」


「なにかの鉱石の情報を仕入れたら銀星商会のツケで買っておいてよ。シルバードーンの名前を出していいからさ」


「いいですぜ。じゃあ早速繰り出してきますわ」


「問題は起こさないようにね」


 親方は、意気揚々と去っていった。まあ何かしらやることを見つければ張り合いも出るだろう。


 親方と話したことで、俺の気持ちも少し落ち着いたな。


 手持ち無沙汰だから、気が滅入るのだ。アリスさんことはすっぱり忘れて、意味のあることをしよう。


「兄さま、いいですか?」


「どうした、フラン?」


 親方と入れ替わりで、フランがやって来た。

 フランは、王弟殿下へのご挨拶は叶わなかったが、お帰りの際の見送りには参加した。

 殿下は50絡みのおっさんだから、キラキラの王子様ではないのでちょっと幻滅したかと心配したが、そうでもなかったようで、上気した顔で喜んでいたのだが、その顔がすこし沈んでいる。


「母さまの具合が悪いの」


「母上が? 風邪でもひいたのかな」


「頭がいたいって。兄さま、母さまを治してあげてほしいの」


 頭痛か。俺に医学的な知識はないからどうにもならんと思うが、とりあえず本人と話してみよう。


 談話室に移動すると、母上はナタリアさんと談笑していた。


「嵐が来るかもね」


 と母上は言った。さほどつらそうではない。


「それと頭痛とはどういう関係が?」


「たまーにね、お天気が悪くなるとこういうことがあるのよ。今回ははっきりと痛いから、嵐になるかもってこと。さっき、痛み止めを飲んだから平気よ」


 朝から小雨がぱらついていたが、今は本降りになっている。

 この国にも年に数回程度だが、台風が来る。日本より少ないのは島国じゃないからか、それとも別の原因があるのかもしれない。しかも、王都は内陸部なので、アホみたいに降ることは滅多にないのだが。


「嵐ですか……。強くなりますかね?」


「どうでしょうね。いずれにしても、頭痛は心配要らないわ。ありがとうね、フラン、レオ」


「屋敷の窓に板を打ち付けましょうか……」


 この世界ではまだガラスの普及率は低い。が、ここは貴族の屋敷なので、目立つところはガラス窓がはまっている。

 大体、ガラスの木の窓の二重構造なので、少々風が吹いたくらいではなんとも無いが、嵐となると心配だ。


「そのあたりはナタリアさんの判断ね。それより二人とも、外に出てはダメよ。特にレオは怪我人なんだから自分で補強しようなんて考えないこと」


「そうねぇ、パーティ前に被害が出ても面白くないわねぇ。一応対策しておこうかしら」


 ナタリアさんは、補強することに決めたようだ。


 屋敷内では、王弟殿下の急なお迎えという突発イベントが終わったことで弛緩した雰囲気だ。それに雨で屋外の仕事もなくなったのでそれぞれ休憩したりしている。人手は十分足りるだろう。


「材木とか、釘とか足りますか?」


「足りなければ買ってこさせるから、レオちゃんは気にしないでいいのよ」


 こうして屋敷の補強作業が開始されることになった。作業は夕方には終わり、その頃には風も強くなり始めてきた。

 ナタリアさんの判断は正しかったということだ。



◇◆◇◆◇



 翌日になると、雨と風はより強くなっていた。完全に嵐だ。教会学校もお休みである。


 前世でもそうだったけど、こういうときに部屋にいるのは、なんとなくソワソワすると言うか、気持ちが浮つく感じがする。


 窓を締め切ってあるので、日中にも関わらず屋敷内が暗いのも一因だろう。


 ロウソクの明かりを囲んで、うちとテルミナの家族が談話室でまったりしている。今日は流石の伯父上も外出は取りやめた。


 そこで俺は考えた。夏、ロウソク、そこそこの人数。

 怪談の出番だ。


「えーあるところに、オキクというメイドがおりました──」


 ロウソクを顔の下に持ってきて『番町皿屋敷』のアレンジ版を始める。


 暇をしていた面々が俺の語りを聞いている。


「とある貴族家に仕えているオキクは、ある時不注意で、当主の大事にしていたガラスのお皿を割ってしまいました。それは10枚で一揃いの高級品で、とても高価なものでした──」


 なるべく低い声で、恐怖感を煽るように、タメを入れながらオキクの不幸、当主のひどい仕打ちを淡々と語っていく。


 聴衆も俺の話術に引き込まれて、当主の横暴に怒ったり、井戸に身投げすることに青ざめたりしている。


 そしていよいよ、クライマックスに差し掛かろうとした時、ハタと気がついてしまう。


 俺、番町皿屋敷の結末を知らない! うかつ!


 あれ、どうなるんだっけ!? 「一枚足りなーい……」で終わりじゃ尻切れトンボだよな。


 お客さんは、こちらを見ている。幸か不幸かものすごく食いついている。


 やばい、やばい。なんとか上手くまとめねば。こうなったら……


「──そして、オキクの亡霊は夜な夜な皿を数え、彼女の呪いで貴族家には、様々な不幸が降りかかることになりました。最終的には、貴族は所領を没収されてしまったのです……」


 ここから、挽回する!


「その後、貴族の屋敷は取り壊されたものの、オキクの井戸は呪いを恐れてそのままにされました。そう、オキクの声は消えることがなかったのです。

 やがて、オキクの呪いの噂は近隣だけでなく、遠くの街にも噂が流れるようになりました。


 そうすると、怖いもの見たさの者たちが、オキクの井戸に押しかけるようになりました。「一枚足りなーい」と最後まで聞いてしまうと死んでしまうので、ギリギリまで聞いて、直前で逃げ出すというのが度胸試しとして人気になったのです。


 ある時、一人の若者がオキクの井戸の噂を聞いてやって来ました。若者は、お金がなかったので、歩いて来たのですが、オキクが現れるのは、深夜です。

疲れていた若者は、井戸の側で居眠りをしてしまいました。そこに現れたオキクが皿を数え始めます。


『いちまーい、にまーい…… ななまーい』


 若者はここで目が覚めました。目の前にいるお菊の亡霊に動転して、彼は腰が抜けてしまいます。が、オキクの皿を数える声は止まりません。


『きゅうまーい』


 若者は、ギュッと目を閉じて死にたくないと祈りました。すると。


『じゅうまーい、じゅういちまーい……』


 と何故かオキクは10枚を超えて数え続けます。そして18枚まで数えたところで止まりました。


『な、なぜ18枚まで数えるんで? 噂じゃあ9枚までだって……』


 恐る恐る尋ねた若者に、オキクは答えました。


『明日は休みにしようと思ってね。だから2日分数えておいたのさ』



 おあとがよろしいようで……」


 どうだ!? 怪談から落語に変わっちゃったけど、ウケたか!?


 これがなんと爆笑である。うそやん、素人の落語もどきだよ? クスッくらいの笑いが丁度いいのよ?


「面白かったわ、レオ。怖い話と思わせて、実は笑い話なんて予想を裏切られたわ。さあ、今日は長いから、次の話をして頂戴」


 そんな事言われても、落語なんてほとんど知らないよ!


「さあ、早く次よ」


 ネタが足りなーい。

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