第46話 おまけ話

「悩みはつきませんが、絡まっていたものがほどけた気がします。伯父上も、先生もこれまでのご助力ありがとうございました。これからもご指導よろしくお願いします」


 一度立ち上がって、深く頭を下げた。感謝。それが偽らざる気持ちだ。


「承知しておる」


「これからもよろしくお願いしますね。でもレオ君、話は終わっていないので、座って下さい」


「あっはい」


 終わりじゃないの? もう母上たちのところに報告に行くつもりだったのに。

「まあ、まずはおまけの話です。アブラーモ殿は、内々で処刑が決まりました。表向きは病死、関係者には今回の責任をとっての自裁と伝えられます。まあ、一服盛るのですけどね」


 そうか、アブラーモは実質死刑か。因果応報だろうな。気が触れてしまったのはアイツにとっては幸運だったな。

 客観的に見れば、自分の叔父が処刑されるのだが、悼む気持ちも、ザマミロとも思わない。完全に縁が切れて、スッキリするくらいか。


「次に、熱気球で城を騒がせたゴールドムントですが、元々は、熱気球を商売に繋げられないかと自分でも作ってみたそうなのです。思慮が足りずに王城に飛んでしまいましたが、悪意はないという理屈をつけて、罰金刑となりました。それに加えて、これまで行われてきた城との取引ですが、以後は中止という処分です」


 そういえば、ゴールドムントもいたな。自分が開放された時点で忘れてたよ。

「軽いですね。その言い方だとやはりアリスさん絡みで忖度が働いたのですか?」


「ヘルメス殿下から軽い処罰にしてくれと口添えがあったそうです。自分の元愛人の兄、娘の伯父ですからね、アリスさんのご機嫌取りのつもりでしょうが、逆にアリスさんを怒らせてしまいました」


 親戚を助けてやるから感謝しろよってことか? それでアリスさんの気持ちとは全く逆のことをするとは。


 公私混同で権力を使って、犯人だけが得をする結果をもたらすとは手に負えないな。


「レオナルドに累が及ばぬなら何でも良かろう。力の落ちた商家など、逆恨みされたところでなんの痛痒もない」


 チャコちゃんは学校来れなくなるのかな……。フランの遊び相手候補に目をつけていたんだが。


「おまけの話がもう一つ。アリスさんについて、お二方に王弟殿下からの依頼があります。今お話したゴールドムントの減刑のことで、アリスさんの精神状態が著しく不安定になりました。城内でヘルメス殿下と顔を合わせたら何をしでかすか不安なのですが、総貴族会議の準備も大詰めで十分な目配りが出来そうもありません。そこで、しばらくアリスさんをテルミナ家で面倒を見てもらえないか、というのが依頼の内容です。正式な依頼ではないので口頭ですし、断っても構わないとのことです」


「先生、おまけにしては重い仕事を持ってこられましたね……」


 ヘヴィーすぎるでしょ。一日どころか頑張って半日ぐらいしか耐えられないよ。取っ掛かりは数学の話だけ。手紙の返事だって滞っているのに。


「お預かりするのは構わんが、アリス嬢はそれを了承してるのか? サンダース殿」


「はい、レオ君のところになら行ってもいいと」


「なぁ?! ちょっと待って下さい! それ、マジで本人が言ったんですか? 俺の名前を覚えているのかも怪しいんですよ?」


「それは違いますよレオ君。先月の顔合わせ以来、アリスさんはレオ君のことを気に入ったようです。熱気球のお披露目も珍しく自分から参加したんですよ。ヘルメス殿下が居たことで、台無しでしたが」


「好感度を稼いだ記憶が全く無いんですけど、もしや実験動物的な興味を持たれたとか?」


「観察対象、と言っていましたね。何にせよ、受け入れてもらえるならば、行儀見習いという建前で毎日こちらに通わせるそうです。レオ君について教会学校に行くのも問題ないと」


 観察対象! 実験動物と大して変わらないよ! うわー、やだなぁ。毎日、一日中一緒なんてストレスで胃がやられちゃうじゃん!


「レオナルド、お前は嫌か?」


「はい……。彼女の境遇には同情するのですが、ずっと相手をするとなると、俺の精神が保たないと思います」


「大丈夫ですよ。アリスさん付きの侍女も一緒ですし、話し相手になるだけです。細かいことは気にしないので、肩肘を張る必要はないでしょう」


「期間は、総貴族会議が終わるまでということだな?」


「はい。ですので、一ヶ月足らずの間だけですね」


「レオナルド。お世話になっている方からのご依頼だ、引き受けよ」


「うっ。はぁ……はい」


 嫌だからじゃ断れないよなぁ。 あ!


「伯父上。アマートを貸して下さい。あいつはアリスさんのファンでして、今も嬉しそうにお相手をしているはずです。それに俺は教会学校に行く用事もありますので」


「アマートが? そうだな、学園も休みに入ったようだし、あいつの勉強にもなるかもしれんな。認めよう」


「では、引き受けてくださるということで殿下には報告しますね。良かった。これで引き受けてもらえなかったら、旧都の離宮へ送る可能性もありましたからね」


 この忙しい時期に人員を動かさなければならない程か。よっぽど王子殿下と顔を合わせるのが危ないんだろうなぁ。腫れ物というか爆弾だ。

 んで、爆弾は主に俺の側に置かれると。


「伯父上、テルミナ領に戻ったら休暇を下さい」


「それはアデリーナに言え」



◇◆◇◆◇



 伯父上、先生と連れだって、アリスさんのいる俺の自室に移動する。明日から行儀見習いで通うことになるのを伝えるためだ。


 部屋に到着してみると驚くべき光景が広がっていた。


 なんと、あのアリスさんとアマートが紅茶を飲みながら楽しそうに談笑していたのだ。


「お茶を楽しむようなキャラと違うだろ……」


 思わず独り言が口をついてしまったが、運良く誰にも聞こえなかったようだ。


「あら、サンダース殿と子爵様。話は終わりましたの?」


「アリス嬢、うちの愚息の相手をしていただいてかたじけない。何か粗相はしませんしたか?」


「いえいえ、このような福々しい殿方にお相手していただけるなんて光栄ですわ」


 アマート超気に入られてんじゃん! いいねぇ。これは希望が持てる。このままアマートが一人で接待すれば良いんじゃないか?


「子爵様、おじ様の依頼はどうなりましたの?」


 お嬢様らしい言葉遣いも出来るのかよ。俺に対してぞんざいなのはやっぱ観察対象だからか?


「行儀見習いとしてお受けします。ここにいるレオナルドとアマートがお相手をします」


「まあ、それはありがとうございます」


「行儀見習いが建前だとすれば、具体的に、俺とアマートはどういうことをしたら良いんでしょう? 日がな一日お茶をしながら雑談というのもないでしょう?」


「わたしの事はお気になさらず。先程までのように、場所が変わっても研究はできますし、休憩時にお付き合いくださればよろしいのです」


 そこは、全く不干渉で良いと言って欲しかったんだが……。

 でもまあ、俺は教師の仕事もあるし、アマートがいればストレスは半分以下に軽減されるか。今見たとおり、二人は馬が合うようだしな。


「では伯父上、一室をアリスさんの勉強部屋として、俺とアマートは呼ばれたらお相手する感じでいきたいのですが、どうでしょう?」


「アリス嬢はそれでよろしいか?」


「ええ、過度な気遣いは無用でお願いします」


 アリスさんが優雅に頭を下げた。こういう事は出来るのに、なんで初対面の時にあんなだったんだろうな? なにか嫌なことでもあったのかも。


「俺は、教会学校に行かないとならんから、その間のアリスさんの相手は頼むぞアマート」


 暗に、教会には連れて行かないことを告げる。子供たちだけでも大変なのに、その上にアリスさんでは、授業もままならない。それに、目立つような実験は、もうしないつもりだ。


「あ、あの。状況が飲み込めないのですが……?」


 寝耳に水のアマートが、おずおずと質問をした。アリスさんと二人っきりになることですら腰が引けていたのに、いきなり相手をしろと言われても混乱するだろう。


「アリスさんが、明日から約1ヶ月間、行儀見習いという名目でテルミナ邸に通ってくる。そんで、その話し相手が俺とアマートということになった。繰り返すが、俺が教会学校に行っている間は頼んだぞ」


「急な話だな……。だが、まあ既に決定事項なら……はい。承知しました。アリスさん、よろしくお願いします」


 アマートが戸惑い半分、嬉しさ半分の顔つきで頷き、頭を下げた。


「お願いするのはこちらです。頭を上げてくださいな。それに、アマートくんのような福々しい男性は嫌いじゃありませんから」


 ん、さっきからアマートのことを福々しいと言っているが、もしや。


「レオナルドくんも、もうちょっとふくよかになれば貧乏臭さが抜けるのに。もっとしっかりと食事を摂りなさい」


 やっぱり! アマートが福々しくて、俺が貧乏くさいって、体型のことなのかよ! 趣味がエキセントリックですね!


「健康のために、太るのは遠慮します」


 太ってたまるか! 今まで以上に節制してやる!


「残念だわ。それよりも、レオナルドくんと呼ぶのは長いから、呼び捨てでも良いかしら?」


「ご自由にどうぞ。俺はアリスさんと呼びますが」


「当たり前じゃない。馴れ馴れしくしないで」


 コイツ……! これのどこが俺のことを気に入ってるんですか先生?! いいぜ、そっちがそのつもりなら、こっちだって遠慮はしない。


「ところで、四色問題は解けましたか?」


「あれは、確かに4色で足りそうね。証明は今後の研究課題とするわ」


「ああ、解けなかったんですね。アリスさんには難しすぎましたか。次からはもっとレベルを下げてあげますね」


「はあ?! なんですって?!」


「解けなかったのは事実でしょう?」


 ふん、解けるものなら解いてみろ。万が一解けても、次はフェルマーさんの出番だ。


「貴方だって証明できないんでしょ?!」


「俺は、自分が数学を得意だとは思っていませんので。アリスさんは数学得意ですか?」


 疑問形で終わるところがポイントだ。煽りとして高得点だろう。

 

 アリスさんが歯ぎしりをしながら俺を睨む。

 数学が得意というプライドがあるから否定できまい。くやしいのう、くやしいのう。


「こらレオ君。女性に対してそういう態度はいけませんよ。もっと余裕を持って対応しなさい。常に紳士たれです」


 先生に怒られてしまった。


「ちょっとだけ態度が悪かったです。ごめんなさい」


 先生に言われたから非紳士的な態度は謝ってやる。内容は謝らんがな。


「明日から、覚えてらっしゃい」


「明日は、教会学校の日なので俺は不在です。残念でございますねえ」


 侯爵関連の心配もなくなったので、街をぶらついてゆっくり帰ってこよう。


 怒りのあまり、俺を睨むだけじゃなくてプルプルと震えるアリスさん。



 ここで、アリスさんを煽ってしまったことを俺は後日後悔することになるのだが。

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