第43話 残念王子

 その日は、詰め所の一室で一晩を明かした。待遇は悪くなく、騎士たちと同じ食事が供され、清潔なベッドと寝具が用意されていた。


 なぜ、俺が帰らせてもらえなかったかというと、熱気球もどきの実演をして見せることになったからだ。現物を見ないとなんともイメージできないらしい。俺は、副隊長さんにお願いして、なるべく薄い紙と糊その他の熱気球の材料の調達をお願いした。


 城の人が忙しく、その日のうちには材料が集まらなかったのと、ゴールドムントが粘っているせいで、一応参考人の俺だけを帰せないと勾留が継続することになったのだ。


 夜半には、従兄弟のロドリゴ兄さんも様子を見に来てくれたが「ここは、フィルミーノ殿の知己も多いから安心しろ」とだけ言って帰ってしまった。相変わらず、口数の少ない人だ。

 家族への伝言をお願いしたが、真面目な性格だからきっと一言一句変えずに伝えてくれるだろう。


 騎士さん達は、何くれとなく世話を焼いてくれて、代わりに父上のお人好しエピソードを話したらとても喜んでくれた。ありがとう父上、コニュニケーションの助けになってます。


 翌朝はよく晴れていた。日差しが強く、昼頃には相当な暑さになることが予想できた。だが、風がないので実験日和だ。

 材料は朝一番で届いたので、副隊長さんの部下のコクラン殿に手伝ってもらい、熱気球を作った。気温が高いので糊もすぐ乾いて、午前中のうちには実演の準備が整った。紙に銀星商会のマークを入れる余裕があったくらいだ。まあ、俺は片手しか使えないので、コクラン殿に頑張ってもらったんだが。


 そうやって準備は整ったのだが。熱気球の実演に参加した面子がおかしい。騎士団の団長さんは、高位の貴族だが職務上居てもおかしくない。呼び出されたのであろう伯父上も、まあ分かる。

 なぜヘルメス王子殿下がいらっしゃるのか? その横にはしかめっ面のアリスさんまで。


 ヘルメス殿下は第二王子だ。王位継承権第二位がいるせいで、警備の人の圧がスゴい。


 跪礼という片膝をついた姿勢を崩さず、コクラン殿に小声で愚痴る。


「なぜに王子殿下がいらっしゃるのですか? 聞いていませんよ」


「自分も緊張しています。レオナルド君を手伝わなければよかったと後悔しています」


「失敗したら首が飛びますかね?」


「物理的には飛ばないかもしれませんが、仕事的には首筋が寒いです」


 だからといって、貴方は招いていませんなどとは口が裂けても言えない。やるしかないのだ。


「まだかな? 空に浮かぶ絡繰りと聞いてとても楽しみにしているんだけど」


 ヘルメス王子殿下がそう言って俺を急かす。

 見た目、30前後の育ちのいいお坊ちゃんだが、余り話題にならない人だ。癖のない人であればいいのだが、予断は禁物だ。胃が痛むぞ。


「で、では、始めたいと思いマス。ここに用意したのは、先日の小火ぼや騒ぎの原因となりました熱気球というものです。熱せられた空気を一箇所に留めて、浮かばせます。コクラン殿、お願いします」


 前世も含めてこれほど緊張したことはない。観客の身分が高すぎだよ!


 若干手が震えたものの、コクラン殿と共同で熱気球を浮かばせることには成功した。安全を期して、紙には糸が付けられていて、どこかに流されないように配慮してある。当たり前だが、ゴールドムントがやったように紙と熱源のロウソクは結合していない。


「ふむ、証言に偽りなしということですな」


 ロマンスグレーの騎士団長さんが呟く。


「へへへ、面白いねぇ。ホントに浮かんだよ」


 これは王子殿下の感想。それ以外にも「面妖な」とか「なにかに利用できないか」などの声が聞こえてくる。


 再度片膝をついて、跪礼。


「簡単ではありますが以上です。これで教会学校でやったことの再現は終わりましたが……」


 俺の言葉など聞こえていないかのごとく、観客たちは感想を言い合っている。面白い見世物だったろうけど、早く解放してくれよ。


「質問がある。嘘偽りなく答えよ」


 片手を上げて質問してきたのは、王子殿下の隣りにいるお爺さんだった。何者かは知らないが、この場で発言できるってことは間違いなく偉い人。


「は、何なりと」


「これは、人を乗せることは可能か?」


「現時点では難しいでしょう。軽く、空気の漏れない紙または布が必要です。安全性を考慮すれば、できるだけ燃えにくい材質であることも重要です。これらの課題を克服できれば、理論上は可能かと」


「ふむ……」


「将軍、これが気に入ったのかい?」


 王子殿下が今のお爺さんに話しかける。騎士団じゃなく、軍のお偉いさんなのか。


「上から見下ろせるなら、偵察に使えないかと思いましてな。見たところ、高価な部品もないようですから軍内で研究させてみるのも面白いかもしれません」


「偵察」「なるほど」と賛同する声がチラホラと。


 俺は、熱気球の使い道として遊覧飛行かアドバルーンくらいしか思い浮かばなかったが、即座に軍事転用を考えるなんて、住む世界が違うぜ。


「僕はこれで、空を飛んでみたいね。どうだろうか将軍、その研究が完成したら献上してくれないか? へへへ、楽しみだなぁ」


「殿下は好奇心が旺盛ですな。まだ完成するかも分かりませんのでお約束は出来ませんが、安全なものが開発できましたら、その時に」


「うん、頼むよ」


 もう既に軍に採用されるのが決まったかのような口ぶりだな。いや、超VIPの王子殿下が乗り気なら、それはゴーサインと一緒なのか。


 それにしても王子の『へへへ』という軽薄な笑い声が耳につくな。酔っ払ってんのか?


「訊きたいことがあるがよいかね?」


 追加で質問をしてきたのはダンディな騎士団長さんだ。


「は。私に答えられることであれば」


「なぜ、温めると軽くなるのかね? 他のもの、水だって温めたからと言って軽くはならないのに、なぜ空気はそうなるのかな?」


「なぜ、軽くなるのかの理由は残念ながら知りません。ただ、軽くなるという現象を知るのみです」


「では、なぜそうと気づいた? 私も長いこと生きているが、そんなことは思いつきもしなんだ」


「ある時、暖炉に書き損じの紙を投げ込みました。その際に紙が燃えながら舞い上がったのが、最初の気づきでした。それから、熱と空気の関係について考えるようになりました」


 あらかじめ熱気球開発の言い訳を用意しておいて良かった。


「ほう、暖炉でか。確かに、暖炉ではススや火の粉が上に向かうな。大した観察眼だ。我々の事情聴取によると君は教会学校で教師をしているそうだね、そこではいつもこのような、面白い実験をしているのかな?」


「いえ、教師をはじめてまだ10日も経っていません。実験もこれの他に1回しただけにございます」


 鉄鍋の実験をここでもやらされる流れか? 段々と最初の趣旨から外れていってないか、これ。


「そうか、今回の件は君の責任ではないが、十分に注意するようにな。思いがけない影響があるかもしれんし、悪用する者が出てくる可能性があるのでな」


「はっ! 今後は重々注意いたします」


 俺の責任ではない! そのセリフ待ってました! 無罪判決です!


「それで、これを開発したその方は何者だ? 名乗りなさい」


 俺とダンディ団長の質疑応答を聞いていた老将軍にそう言われたので、気が進まないが名乗る。


「は、レオナルド=ガラ・シルバードーンです」


「シルバードーンか……。若いな、歳はいくつだ?」


 家名を聞いて、ニヤリと笑う老将軍。見下すような嫌な笑い方だ。


「13歳になります」


「若すぎるか……? いや好都合……」


「将軍、彼がどうかしたのかい?」


 王子殿下がおれと老将軍の話に割り込んできた。


「いえ、この子供を軍で引き取ろうかと思いましてな。シルバードーンといえば、先だって問題を起こした男爵家ですから、軍への貢献をさせて罪滅ぼしをさせてやろうかと。身を粉にして働けば、多少の貢献はできるかもしれません」


「ああ、あのシルバードーンか。なかなか迷惑な出来事だったね」


 おいおい、罪滅ぼしっておかしいだろ。なんで被害者の俺がアブラーモの尻拭いをしなきゃならんのだ。あの時点で俺既に追放済みだぞ。

 口ぶりからいっても、ヤバそうな気配がプンプンする。社畜ならぬ軍畜扱いをされるかもしれん。

 どうする、思い切って発言するか? 


「お待ちを」


 そう言ってくれたのは、伯父上だ。そうだこの人が居たよ。お願いします、甥っ子を守って下さい。


「レオナルドは私の甥で、トリスタン殿下の被後見人です。その処遇を勝手に決めないでいただきたい」


「なんだと、軍に入れるのに反対だというのか。お国への貢献を蔑ろにするということか」


「王国への忠誠は揺るぎないものと自負しております。が、それとこれとは話が別。未成年の、それも先の騒動で貢献をした者に対して、罪滅ぼしをさせてやろうとは、随分な仰っしゃりよう。はっきり反対だと言わせていただきます」


 胸を張って反論する叔父上。俺みたいにビビってる雰囲気は微塵もない。

 か、かっこいい、伯父上! 素敵!


「それはどうかな? 仮にもシルバードーン家の出身なのだろう? ならば、自ら進んでお家の汚名を雪ごうとすべきではないかね。それには軍がうってつけだ」


「それはファーデン殿のお考え。一概に否定はしませんが、だからといって勝手なことを命じる権限はないはずです」


「屁理屈を。儂は軍の重鎮であり、ここにおられるヘルメス殿下の祖父であるぞ。儂の言葉は最大級に尊重されねばならん。それに異を唱えるか、子爵」


 うひょー、こんな貴族いるんだ。内心ではそう考えてても口に出しちゃダメでしょう。この爺さんの命令で軍に入らされるなんて全力でお断りしたい。頑張って伯父上!


「何を言っているのだ、将軍。そのような権限がないという子爵の発言、全くそのとおりではないか」


 俺の前にいるお偉いさんと警備の騎士の後ろからそんな言葉が聞こえてきた。この声は……


「誰だ! 儂を侮辱するか!」


「誰だとはご挨拶だな、ファーデン元将軍。まさか儂の顔を忘れるほど耄碌したか?」


「ト、トリスタン殿下……」


 そう、我が後見人の王弟殿下である。海が割れるように脇にどいた騎士たちの中を歩いてくる。身体が大きいわけでもないのに、存在感がある。


「で、既に軍属でなくなって久しい元将軍の甚だしい勘違いは陛下に報告するとして。ヘルメス、なぜここにいる? 自室で謹慎していろと申し付けられたはずだが」


「あ、いえ、これは言葉の綾で……、そもそも儂には長年の功績が……」


「黙っていろ。儂はヘルメスと話しておる。答えなさいヘルメス。なぜ部屋を出ている?」


 王弟殿下の声が硬い。そして冷たい。

 あれ、超怖いんですけど。王弟殿下、マジギレでいらっしゃる?


「将軍もいたし、少しだけなら別に良いかなって……へへへ。それに、何か面白いことをやるみたいだったから気になったんです。すぐに戻りますから……見逃してくださいよ、ね?」


「もう一度言ってみろ。世迷い言を繰り返すなら幽閉するしかなくなるぞ」


「す、すみませんでした叔父上! ごめんなさい!」


 いい年のはずなのに、軽いな第二王子。

 だが、年がら年中叱られている俺に言わせると、謝り方が間違ってる。まず謝罪、相手が落ち着いてから言い訳が正解だ。順番を間違えると、お説教が長引くだけなんだぞ。顔も、常に殊勝な表情を心がけなければならんのだ。


 それにしても、王子なのに謹慎とは、何をやらかしたんだ?

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