第42話 未確認飛行物体

 熱気球もどきの実験を行った翌日、俺は事情聴取と称して王城に連行された。緊急だということで、騎士団の人たちが屋敷に押しかけてきたのだ。


 連れて行かれたのは、先月に王弟殿下と面会のために案内された中心の建物ではなく、城でも外縁部にある平屋の建物だった。その一室は広さ六畳くらいの机と椅子が置いてある部屋で、調度品のたぐいは一切ないので、見るからに取調室といった雰囲気だ。


「さあ、吐きなさい」


 先生が俺の後ろに回って肩に手を置く。


「み、身に覚えがありません……」


 俺がなぜ、こんなところで小芝居をしているのかというと、話は朝食後に遡る。



◇◆◇◆◇



 次の授業ではピサの斜塔的な実験をやってみるかと思案していた時だった。


「若様! 王城から緊急の呼び出しです!」


 セバスが、ものすごい勢いで部屋に飛び込んできた。血走った目がヤバいが、内容はもっとヤバい。


「呼び出しとは? 王弟殿下からか?」


 多分そんな軽いことじゃないんだろうなと、思いながらも一応訊いてみる。


「いえ! 殿下ではないようです! 今、屋敷の門前に騎士団が来ています!」


 なんだと、騎士団が俺を連れ出しに来たのか?! こりゃマジでどういうことだよ。

 あれ、俺なんかやっちゃいました? ってそうじゃない!


「思い当たることがないんだが……」


「ですが、拒否することは出来ません」


 バタバタと廊下が騒がしくなり、母上とお祖母様も駆けつけてきた。


「レオ! 一体何をやったの?!」


「それが、とんと思い当たりませんで……あ、まさか、どっかからアレのことがバレたのか?!」


 スキルのことがバレたのかと、母上を始め一同が顔面蒼白になった。


「ど、どうするのよ……。これからって時に……」


「まだ、そうと決まったわけじゃないさね。でも覚悟が必要かねぇ……」


「いやいや、王都に来てからアレはほとんど使っていませんし、タイミング的にもおかしいでしょう」


 テルミナの関係者にバレていて、そこから情報が流されたとしても、王都に来てから日数も経っているのだ。今更このタイミングで、しかも騎士団を派遣してくるとか、ありうるのだろうか?


「とにかく、私が騎士団に連れ出す理由を聞いてくるわ。レオは、一応着替えておきなさい」


「じゃあ、あたしはフランのところに戻ろうかねぇ。レオナルドはうかつに姿を見せるんじゃないよ。その場で取り押さえられるかもしれないからね」


「母上、まだ理由もわからないのですから、穏便にお願いしますね。母上まで連れて行かれると困りますよ」


「分かったわ。じゃあ行くわね」


 頼むからスキル以外の理由であってくれと願うが、最近やっているのは教会での臨時教師だし、他の理由が思い足らないんだよな。

 このまま逃げる……のは不可能だろうし、家族をおいて一人だけというのはありえないな。


 祈ろう。神様仏様、どうか厄介事ではありませんように。


 着替えが終わったところで、母上が戻ってきた。その横には久しぶりの先生がいて、談笑しながらこちらにやってきた。


「やあレオ君。しばらくぶりですね。お迎えに来ましたよ」


「先生。お久しぶりです。それで、あの、どうして俺は王城へ?」


「事情聴取ですね。レオ君たちが心配している理由ではないと思いますよ」


 ふ~~~。助かったぁ!


「すごく嬉しいです。ですが、なんの事情聴取ですか?」


 先生の表情的に、危ないことはないと考えられるが、これは訊いておかねば。


「ここでは、言えないんですよ。まあ早ければ今日中に、遅くとも明日にはここに戻れるでしょうから、安心して登城して下さい。安全は私が保証しますので、早速行きましょうか。あまり門前に騎士団がたむろしていると噂になっちゃいますからね」


「サンダース先生、息子をよろしくお願いします」


 母上は、先程取り乱したのが嘘みたいに落ち着いている。先生効果、恐るべしだ。


「では、着替えも済んでいますので行きましょうか。母上、フランのことをお願いします」


「分かったわ、レオも早く帰っていらっしゃいね」


「そうなるよう努力します。では」


 と、そう過程を経て、俺は今取調室にいる。


 先生は「吐けば楽になりますよ」という小芝居で俺をイジって満足したら、王弟殿下に報告に行くと、取調室を出ていった。残った騎士団の人たちは、随分丁寧に対応してくれて、本当に大丈夫そうだと安心した。



 先生が居なくなったあとの取調室で、まずはなんの事情聴取なのかを訊いた。


「昨日の夜のことです。王城に向かって不穏な物体が飛来したのです。子供くらいの大きさのそれは、夜の闇をぼんやりと照らしながら、内城の壁に当たり、燃えながら地に落ちました」


 ここまで聞けば、俺でも分かる。熱気球もどきだ。やめろと言ったのに、誰かが家に帰って真似をしたのだろう。それが風に流されて、よりにもよって王城に着弾。警備している人たちにとったら、総貴族会議の準備も大詰めのこの時期に未確認飛行物体だ。すわ攻撃かと騒ぎになったに違いない。


「なるほど、場所が王城で、しかもこの時期にですか……。何らかの攻撃の可能性もあるから、外では事情を教えてもらえなかったのですね」


 俺をここまで連れてきた騎士隊の副隊長さんが大きく頷く。


「はい、そのとおりです。我々は即座に警戒態勢を敷くとともに、それを飛ばした者を捜索しまして、夜のうちには犯人を拘束したのですが……」


「ですが?」


「その男は、自分には責任がない、レオナルドとかいう貴族の子供が元凶だと言ってまして……。ゴールドムント=フォン・クロスバイドという男性なのですが、ご存知ですか?」


 あいつか! 授業の妨害だけじゃなくて、城の騎士たちにも迷惑かけたのかよ! そんで俺に濡れ衣を被せようとしてるだとぅ……!!


 怒りで、口元がピクピクする。でも、ここにいいるのは騎士隊の副隊長さんだ、ちゃんと説明せねば。深呼吸だ深呼吸。


 すーはー、すーはー。


「──はい。昨日初めて会いました。私は教会で臨時の教師として子どもたちに読み書きなどを教えているのですが、そこの生徒の親です」


「なるほど、そこは説明が一致しますね。我々としては、貴方が元凶などとは思っていませんが、なにぶん事が事ですし、あのゴールドムントの供述も今ひとつ首を傾げるものでして。城に飛来したアレは一体どういうものなのでしょう?」


 俺は授業の意図と、ゴールドムントがなぜそこに居たのかを含めて、熱気球もどきの説明をした。


「ほう、温められると空気が上に行く、ですか。生憎自分はそういう知識がないのですが、一般的に学校で教えるようなことなのですか?」


「一般的かどうかは知りません。ですが、煙突は上に伸ばして作られているのですし、知識としてはそれなりに知っている人もいるのではないでしょうか」


「そうすると、貴方も今回の件は偶然だったと思うわけですか?」


「いえ、ゴールドムント氏の考えは分かりません。先程、壁にぶつかったあと、燃えて落ちたと言われましたが、私が実験をしたときは、安全のためにロウソクと紙は結合していませんでした。簡単ですが、わざわざ改造をしたのですから、単なる真似だったわけではないと思います。この辺りに理由があるのかもしれませんね」


「改造したのか……。旧貴族の末裔であることといい、可能性は捨てきれんか」


 ミッドランド王国が建国されてすでに100年以上は経過している。かつての栄華を求めて国への攻撃を企てるような旧貴族が残っているとは思えない。でも、現場の騎士達にしてみたら、無視できない要素でもありそう。


「それでゴールドムント氏は、どうして俺が元凶だと主張しているのですか?」


 元凶も何も、おれは家では実験するなと注意したのだ。責任は負えん。


「あの男が言うには、紙を空に浮かべることを発案したのは貴方なのだから、それが原因で起きたことは全部貴方の責任だと」


 おい、ゴールドムント! 保身のためとはいえ、もうちょっとまともな理屈で責任転嫁しろよ!


「それだと、剣で人殺しをしたら鍛冶師の責任になりませんかね?」


「仰っしゃりたいことはよくわかります。しかし、原因の熱気球?という物の説明が意味不明でしたので、こちらにご足労いただいた次第です。かのフィルミーノ=ガル・シルバードーン殿の御子に失礼ではありますが、王城警備の重要性を鑑みて、ご容赦下さい」


 むむ、ここで父上の名前が出てくるのか。先生だけじゃなく、騎士団にも名前が通っているんだな。

 副隊長さんが俺に丁寧な態度なのもこれが理由か。


「お気になさらず。父ならむしろ騎士団の方々を労ったことでしょうから」


 お人好し伝説の持ち主である父上なら、まず怒らないだろう。俺も、自分に損害がないのなら、いくらだって騎士団に協力するさ。


「そう言っていただけると、ありがたいです。それに比べてゴールドムントという男は、どうにも扱いづらくて。我々も手を焼いているんです」


「言うだけ言って、そのまま帰ろうとしたりですか?」


「おお! よくわかりますね」


「初対面でやられました。面の皮が厚いのでしょうねえ」


 王城でトンズラしようというのは想像以上だがな。


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