第38話 暇つぶし

 マットレスの献上でバタバタしたが、その後の俺は暇をしている。怪我もあるし、やれることがない。


 他の面子は、フラン用のマットレスが完成したあともテルミナ王都邸用のマットレスを増産しているが、既に針金の手配も終わっているので、俺の出番がない。出かけるにしても、護衛の人数が限られていて、引っ張り回すのも気が引ける。エルフ騒動の聞き取り調査などもあって、もうしばらくは彼らも忙しいのだ。


 繰り返すが暇である。やれることといえば、本を読むことくらい。ただ、テルミナ邸の本というのが、実用的な本ばかりで楽しくない。『貴族マナー大全』とか、タイトルだけでげんなりする。


 セバスが母上に連れられて王都の宝飾店に商談に出かけ、フランとお祖母様はナタリアさんと一緒に隣に屋敷を構える貴族家のお茶会に行っているので、話し相手になりそうなのは親方くらいである。


「親方ー、ヒマだー。なんか楽しいことない?」


 使用人棟の一室でひとり酒を飲む親方を訪ねた。


「俺っちは酒を飲むのに忙しいからよ、坊っちゃんはアクセのデザインでも考えたらどうですかい?」


「飽きたんだよ。それに手を使わないと、アイデアも浮かばないんだよね」


「それなら、アクセ以外のことでも考えたらいいじゃねえですか。馬車のさらなる改造案でも、マットレスみたいな新製品を考えるのもありでしょう」


「新製品か、パクられづらくて実現可能なものは何があるかな? あ、暇つぶしのゲームでも作るか。親方は鍛冶仕事以外でも手先が器用だよね」


「まあ、面白そうなことなら手伝いやすが……」


 昔、トランプを作ったように、今回は何かゲームを考えよう。いかにも知識チートっぽくて俺向きだ。

 親方は、あまり乗り気じゃないようだけど、どうせ酒を飲むしかしてないんだ、手伝ってくれるだろう。


 で、何を作るか。カードゲームか。これは有力だ。持ち運べるし、紙を用意すれば、形になる。

 ボードゲームもいい。人生ゲームなど面白いかもしれない。リバーシと将棋は、既に似たゲームが普及しているので残念ながら出番がない。難点は出来上がるまでに手間がかかることだな。


 よし、ここはスゴロクにしよう。俺が思いつく中で一番シンプルなボードゲームだ。


「親方、サイコロを振ってさ、駒を進めていく遊びって聞いたことある?」


「ありやすが、ありゃあギャンブルですぜ」


 俺の中でスゴロクとギャンブルが結びつかなかったので、内容を詳しく聞いてみると、どうもバックギャモン的なものらしい。もっとも、バックギャモンのルールを詳しく知らないので、単なる想像だが。


 そこで、親方に俺の想像するスゴロクの説明をする。サイコロを振って、出た目で駒を進め、止まったマスの指示に従う。最初にゴールしたものが勝ちだ。


「ルールは理解出来やす、それは面白いんですかい?」


「暇をしているよりはマシだろう。今から作るから手伝ってよ親方」


「はあ、手伝うつっても作るのは俺っちしかいねえんですがね。まあ酒の肴代わりにやりましょうかい」


 そうして、俺はまず紙を調達することにした。

 この世界の日常で使う紙は、パピルス紙だ。繊維質の草の茎を薄切りにして、互い違いに重ね合わせ、木槌で叩いて一体化させる。その後に圧力をかけて平にし、乾燥させれば出来上がりと、割と簡単に作れるらしい。

 俺が和紙を作っていないのも、このパピルス紙よりも価格が安く出来る自信がないからだ。

 なお、正式な文書や契約書のたぐいは羊皮紙が使われている。本は羊皮紙に手書きなので、とても高価だ。


 そういうわけで、普段遣いの紙は屋敷の使用人に頼めば難なく手に入る。ついでに小麦粉糊もお願いしておいた。


 その間に俺は1回休みとか2マス戻るとかのマス目の指示を考えていく。


「休む、戻る、それ以外に何を書くべきかな。あまり複雑にしたくないけど、お金の概念くらいは取り入れるか……」


「坊っちゃん、マス目の指示は何でもいいんですかい?」


 親方が何か思いついたようで、口を出してくる。


「お遊びの範囲内でね。ガチに酷いことはダメだよ」


「酒を一気飲みするとかは?」


「フランも遊ぶからダメ。もっとほのぼのした内容じゃなきゃ」


 俺は真面目に、親方は散漫にアイデアを出していく。

 途中までは順調だったのだが、親方が木を削ってサイコロを作った時点で飽きてしまったので、俺は屋敷内の他の暇人を探すことにした。

 だが、暇な人間というのはいないものだ。そりゃそうだ使用人たちはばっちり仕事時間中だ。邪魔をするわけにもいかない。


 そんな屋敷内で、俺は幸運にもある部屋で俺は暇人を発見した。ハンモックを設置した部屋だ。たまに使っている人がいるので、昼寝するぐらいなら暇だろうと扉を開けてみると、寝ていたのはモニカさん。


 護衛だが、一日中訓練をするわけでもないのだろう、お休み中だ。


 この辺で、モニカさんとの微妙な距離感を修正したい。そう思った俺はハンモックを軽く揺すってモニカさんを起こすことにした。

 お茶会みたいに面と向かい合ってだと間が持てないが、手を動かしながらだったら話もできるのではと思った。


 むにゃむにゃとモニカさんが目を覚ますが、眠りが深かったのか、意識が浮かび上がってくるまでに時間がかかる。


「モニカさん、寝ているところ悪いんだけど、ちょっと手伝ってくれないかな」


「んん……。お仕事ですかぁ……?」


「いや、仕事ではないけど、人手が必要でさ」


「はぁい」


 とモニカさんが上半身を起こす。そこで俺の存在を認識した。


「あ!」と目を見開いて、俺から遠ざかろうとしたのだが、そこはハンモックの上、急な動きをすると……


 クルンと転覆して、モニカさんは顔面から床に落ちた。危険がないように低い位置に設置しておいたので、大怪我はしないだろうが……


 バッと顔を上げたモニカさんの鼻の下には二つの赤い筋。


 どうしましょう。ちょっと意識してる相手がドジって鼻血出してるよ。どうすんのが正解なのよ。スルーすべきなのか? でも目が合っちゃってるんですけど!


「あー、大丈夫?」


 とりあえず、当たり障りのない対応をする。


「だ、だ、だ、大丈夫!」


「これ、ハンカチ」


「いい! 平気だから!」


 モニカさんは袖で鼻をこすった。あーあー、事態は悪い方向に向かってますよ。

 案の定、真っ赤に染まった袖を見て愕然とするモニカさん。

 このまま、部屋を出ていったらダメかな……?


「遠慮しなくていいから、ハンカチ使ってよ」


 固まっているモニカさんの手にハンカチを握らせる。


 モニカさんは俺に背を向けた。プルプルと震えている。

 そして走って逃げていってしまった。


 俺の対応はどうだったんだ? 正解か不正解か!?


 自問自答していると、戻ってきたモニカさんが扉の影から顔を出した。鼻はハンカチで押さえられている。


「あの! あ、ありがと!」


 鼻血並に顔を真っ赤にしながらそう言って、またモニカさんは逃げていった。


「一応は正解だったのか?」


 そう甘めの自己採点をして、俺は談話室に戻った。


 協力者を得られなかったスゴロク作りは、夕食前には終わらなかったので、食後の談話室で、フランたちに最後の仕上げをお願いした。


「今度は何を作ったの? 危ないものなら怒るわよ」


 ミスリルの件が未報告だったことを覚えている母上がそう牽制する。


「安心してくださいよ。これは俺が暇だったので自作した盤上遊戯です。安全安心ですよ。完成まであと少しなので手伝ってください」


「兄さま、サイコロで遊ぶの?」


「そうだぞ。こうやってサイコロを振って、出た目の数だけ進むんだ。それで止まったマスの指示に従う。ここに止まったら、一回休みだな」


「へぇ、面白そうじゃない。早くやってみましょう」


「あ、まだ、最後の方のマスが埋まっていないんです。それを考えてください」


 ルールは単純なので、いくつかの案を採用してすぐにスゴロクは完成した。


「では、『道中遊戯』の完成です」


 スゴロクは、行商人がテルミナ領から王都までを馬車で進むという設定にした。途中で馬車が壊れて一回休みや、盗賊を成敗してお金を手に入れるなどをマスに書き込んである。勝負は、最終的にお金を最も集めた人の勝ちで、ゴールの王都に到着した順番にボーナスが出ることにしてある。途中のルートは三つに枝分かれしていて、早く先に進めるがお金の稼ぎづらい道と、その逆で、遠回りだがお金を稼ぎ易い道、そして、当たり外れの大きい道の3ルートだ。


「じゃあ、最初に所持金を配るよ。最初にサイコロを振って大きな数字が出た順にスタートです」


 参加者は母上、フラン、お祖母様、伯父上、ナタリアさん、アマートの6人。俺は、最初なので説明役と”道中遊戯”内のお金の管理をする。


「一番はフランだね。サイコロを振ってみようか」


「えい」


 コロコロと転がって出た目は4。チェスに似たゲームのコマを流用しているので、それを4つ進ませる。


『村で、傷薬を買う。大銅貨一枚を支払う』


 これでフランの所持金が少しマイナスになる。お金は手作りの紙幣だ。


「あたし、怪我しちゃったの?」


「そうだな。転んで擦りむいちゃったのかもしれないな」


「じゃあ仕方ないの」


 大人しく、フランが大銅貨と書かれた紙のお金を俺に渡す。


「こんな要領で進んでいきます。簡単でしょ?」


……


 和やかに始まった道中遊戯だったが、中盤で伯父上がハズレコマに引っかかったあたりから盛り上がってくる。


「『盗賊に襲われて、所持金をすべて失う』だと。儂が盗賊ごときにに負けるなどありえん!」と伯父上。


「『馬車が壊れて一回休み。修理費に小金貨一枚支払う』だって? ボッタクリだろ!」とアマート。


 沸点が低いぞ、テルミナ親子。


「『祠にお祈りしたら、神様が小金貨一枚をくれた』。うーん、ケチくさいわね。神様なんだから大金貨10枚くらいよこしなさいよ」と母上。


「『迷子の王子様を助けて、大金貨一枚の謝礼を貰う』ね。不用意な王子様もいるものだねぇ、躾がなっていないんじゃないのかい」とお祖母様。


 ツッコミが辛いぞ、シルバードーン家。


「『はぐれの馬を捕まえた。3マス進む』。お馬さん、はぐれちゃったの? かわいそう」とフラン。


「『美味しいパン屋を見つけたので買い占める。小銀貨1枚を支払う』ね。美味しかったら買い占めちゃうわよねぇ」とナタリアさん。


 ほのぼのしていて良いぞ二人。


 そんな調子でゲームは進み、トップはナタリアさん。最下位は伯父上になった。フランは4着。


 フランは楽しんでいたし、次からは俺も加わってワイワイと盛り上がってその日の夜は過ぎていった。


 頭を抱えたのは翌日以降だった。俺たちのプレイを見ていた他の者が自分たちでスゴロクを作り始めた。

 それは構わないのだが、設定がハードに、マスの指示がエグくなっているのだ。


「よっしゃー、敵将の首、討ち取ったり~」


「『敵兵にやられて、最後方に戻される』だとぅ! あと少しなんだ! 気合で立ち上がれよ!」


「『武器を落として、一回休み』ってなんだよ! 男なら素手でも戦えよ!」


 主に、護衛役の領軍の者たちが盛り上がっている。


 ここまでは、まあ良い。フランの目に触れなければ。


 一番厄介なのが、母上考案の『ルール・オブ・マネー』。各自が資金を増やすことが目的で、ゴールはなく、最初に決めた回数のサイコロを振ったら終了。『買収』とか『談合』とか、『情報操作』とかのギミックが仕込まれている……

 通貨は架空の単位だが、完全に麻雀の点棒と同じ扱いになってる。つまりギャンブル仕様。


「母上ぇ……」


「あら、レオも一緒にやりたいの? ヒリつくような緊張感が味わえるわよ」


 暇つぶしじゃなくなってるし!

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