第37話 世界は数字でできている

「まあ、そう言わずに座れ。今日はな、お前にレオナルドを紹介しようと思って呼んだのだ」


「こちらの男の子をですか? あまり賢そうには見えませんが」


 うわー、きっついわー。初対面で馬鹿そうだとかまともな神経じゃねえ。


「失礼なことを言うな。レオナルドの学問の成績はよく知らんが、先ほど見せたアクセサリーを自作し、この歳で自分の商会も興すような多才な若者だ。お前は、本を読むばかりで、友達もおらんからな、仲良くさせてもらいなさい」


「はあ」


 気の抜けた表情でこちらを見るアリスさん。明らかに興味なさそうな雰囲気だ。

 こっちだって、できればこういう癖の強そうな人と友達になるのは遠慮したい。こういう人は、遠くから眺めて観察するのが面白いのだ。近くにいるとめんどくさいに決まっている。


「レオナルド、お前もなにか喋れ」


 場が白けてしまったので、伯父上からご指名が入った。


「えっと、ご紹介に預かりましたレオナルドです。アリスさんは賢そうですね」


 どうだよ、皮肉は通じるか?


「おじ様、やはり言動に知性が感じられません。この子と数式の美しさを語り合う事はできないでしょう」


 なんと言いたい放題だこと。まあいいさ、このままフェードアウトだ。廊下ですれ違っても挨拶しない関係になろう。


「自分では、お役に立てそうもありません殿下。力不足で申し訳ありません」


「まったく、どうしてお前はそうなのだ。歳も近く、将来有望だ。よく話してみれば気が合うかもしれんぞ」


「将来有望ですか……? そうは見えませんね。このような貧乏くさい子が大成するとはとても思えません」


 ほう、そこまで言うか。元貧乏人に向かって貧乏くさいだと? カチンときたぞ。今世の俺は小金持ちレベルには成れてるんだ。

 よっしゃ、ギャフンと言わせてやる。


「あ、あの! お言葉ですが、レオ君は馬鹿でも貧乏くさくもありません!」


 おお、モニカさん。殿下から御下問があったときしか口を開かないように注意されていたのに、それを破ってまで俺を擁護してくれるのか。その気持ち、無駄にはしないからな。


「あなたはどちらさまかしら? 発言は許されていないのでは?」


 慌てて、伯父上が頭を下げて謝罪する。殿下も取りなしてくれているが、この間に俺は頭の中である計算をする。


 4桁の数字を思い浮かべて、それを並べ替えて引き算をして──


 よっし、整った。


「時にアリスさん、先程のご発言から、数学に興味がお有りですか?」


 殿下も諦め顔でアリスさんの退出を許しそうになっているがその前に声をかけた。


「ええ、世界は数字でできていると思っているの。数学を学ぶのはすなわち世界を学ぶこと。その他の些事にかまけている時間はないのです。世界はあまりにも広いのですから」


「なるほど、深いお言葉ですね。では6174という数字を聞いて感銘を覚えませんか?」


「は? 6174? 素数ではないし、なにか意味のある数字なのかしら?」


「おや、ピンときませんか……。残念です。アリスさんならもしやと思ったのですが……」


「ちょっと待ちなさい。6174ね」


 突然、妙なことをいい始めた俺に、アリスさん以外の人間すべてが怪訝な顔を向けるが、アリスさんに考える時間を与えたくないので待つことなく口を動かす。


「皆さん、頭の中で4つの数字を思い浮かべてください。1234でも構いません。

 思い浮かべましたか? ではその数字を大きい順に並べてください。1234なら4321に並べ替えるのです。

 出来ましたか? では今度は逆に数字の小さい順に並べてください。


 次に、大きい順に並べた数字から、小さい順に並べた数字を引いてください。

 アリスさん、紙とペンは必要ですか?」


「馬鹿にしないで、暗算くらい出来るわ」


「では、引き算をして得た数字を、同じように大きい順に並べた数を小さ順に並べた数で引いてください。あとは何度か繰り返すだけです」


例) 最初の数字 1234


    → 4321-1234=3087


    → 8730-0378=8352


    → 8532-2358=6174


    → 7641-1467=6174


 これはカプなんとか数という数字で、今やった計算をすると、0かこの数字に行き着くという不思議な数だ。前世の本で読んで、感心した記憶がある。

 6174という具体的な数字は覚えていなかったので、先程頭の中で計算した。

 その数字に何の意味があると言われるかもしれないが、世界は数字でできているとまで言い切る数学女子はびっくりだろう。


「6174……」


「他の4桁の数字でも試してみてください。0か6174ですよね」


「試したわ。何通り計算してもすべて……6174になるわ」


「不思議な数字ですよね6174。アリスさんなら、閃くものがあるかと期待したんですが……」


 俺に学があれば最も美しいと言われる数式でぶちのめしてやれたんだが、あれは全く理解できないからな。この程度が精一杯だ。

 だがどうだ、一泡吹かせられたか?


「ああ、やはり数字は深遠だわ。こうしてはいられないわね。おじ様、失礼します」


 アリスさんは俺の期待した反応を見せることなく、さっさと行ってしまった。


「行っちゃいましたね」


「そのなんだ、ああいう奴だが、悪い娘ではないのだ、寛大な心で接してほしい。今のも、あれはすごく喜んでいたようだ」


 バツが悪そうに殿下が言う。あれで喜んでいただと? こっちを一瞥もせずに去っていったのに。


「また、機会があれば……」


 ここでお断りですと言えるほど剛の者ではないので、お茶を濁して答えることにした。まあ、引きこもり体質だろうから、接点もないだろう。


 殿下との面会は話すことも話したし、アリスさんの登場でグダグダになったことでそのまま終了となった。


 先生はそのまま、殿下のところに残った。殿下の時間があいたら辞職の話をするそうだ。


 先生のことで騒動になりませんように、と願いながら俺たちは屋敷に帰った。


 なお後日、アリスさんから「ゼロという数字の定義について意見が聞きたい」という内容の手紙をもらったのだが、俺はその返事に何を書いていいのか頭を悩ませることになる。



◇◆◇◆◇



「というわけで、銀星商会の本店はテルミナ領に置くことになりました」


「ご苦労さま。また一つ前進ね」


 屋敷に戻った俺は母上に王弟殿下との話し合いの内容を報告した。元実家の扱いについてはコメントはなかったが、銀星商会についてのことは熱心に聞いている。


「それと、予備のマットレスも献上することになりました。どこにありますか?」


「え?! あれも献上しちゃうの?」


「はい、大変お気に召して頂けたので……。問題ありますか?」


「問題と言うか、いまナタリアさんとフランが使っているのよ」


「まあ汚していなければ大丈夫でしょう」


「フランから取り上げて悲しまないかしら……」


「……そしたら作りましょう。親方もいますし、外側のなめし革と布をどうにかできればいけると思います」


 そうだな、俺は手伝えないけど、フランにお手伝いをさせてもいいかもな。工作実習だ。未来のDIYマスターを目指して英才教育を施すのも悪くない。


 フランが自分で使う用なら、サイズも小さくおさえられるだろう。


「まずは親方に針金を調達してもらいましょうか」


 そんな話をしていた時だった。礼服から平服に着替えた伯父上が顔を見せた。


「レオナルド、今しがた城からの使いが来た。例のマットレスの予備を急いで献上せよというお達しだ」


「帰ってきたばかりですよ? なぜそんなに急ぐんです?」


「王弟殿下以外の王族の目に止まったらしい。はっきりとは言わなんだが、使者もかなり緊張していたからな、陛下がご所望されたのかもしれん」


 ほえー、一気に王様御用達まで成り上がりですか。これは王室御用達の金看板を掲げるべきだな。


「いま、ナタリアさんとフランが使っているの。起こすのは不憫だわ、もうちょっと待てないかしら」


「アデリーナ……、娘が可愛いのは分かるが、使者がそのまま持って帰るつもりのようなのだ」


「まあ……、仕方ないわね。レオ、二人を起こしてきなさい」


「イヤですよ、母上が行ってください」


 起こしてフランがむくれたらどうするんだ。しかもマットレスを取り上げるんだぞ。


「じゃあ兄上」


「儂も断る。母親が行けば良い」


「作ったのはレオよね。責任をとって頂戴」


「伯父上の名義で献上するのですから、ここは伯父上が適任です」


 にらみ合う俺たち。結局、三人で揃ってフランたちを起こすことになった。



◇◆◇◆◇



 フランたちは今、マットレス用の針金を巻いている。

 作業員は、フラン、母上、お祖母様、伯父上とナタリアさん。加えてテルミナ家の使用人一同という極めて人件費が高そうな面子だ。


 俺は今しがたまで親方と針金を超特急で作っていた。


 マットレスは無事城に届けられた。お昼寝を中断されたフランは、多少ぐずったが、最初は別段機嫌は悪くなかった。だが、マットレスを持っていかれて涙目になってしまった。


 これに慌てたのが伯父上で、すぐに針金とその他の材料を集めるように指示を出した。


 悲しむフランを「新しいのを一緒につくりましょう」と説得したのが母上。


 俺は「糸巻きの歌」の替え歌「鉄巻きの歌」をつくって慰めた。


 人海戦術なので、コイルの完成は早い。だけれども、それを包む革職人の手配が間に合わなかった。


 仕方ないので、布でハンモックを親方にこしらえてもらった。毎日使うようなものではないが、興味をそらすのには最適だろう。


「これはまた面白いものを考えたな」


「船で使うのはどうですかね? 揺れても転げ落ちませんから」


「海沿いの貴族が喜びそうだな……」


「これから暑くなりますから、多少は涼しく寝れるかもしれませんね。寝心地は試してみないとなんとも言えませんが」


 見れば、ナタリアさんとフランが二人でハンモックに乗っている。この二人は、あっという間に仲良くなった。伯父上が嫉妬するぐらいだ。


「ぷらーん、ぷらーん」


「まあまあ、ユラユラして楽しいわねフランちゃん」


 楽しむのはいいが、二人乗りは壁に固定した金具がヤバいので止めてほしい。

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