第35話 ナタリアさん

 王都へと向かう馬車の中で、俺は先生の提案について考えていた。


 出した結論は、なんとも玉虫色の煮え切らないものだった。

 つまり、爵位を得られるように情報収集や活動はしていくが、現状では銀星商会での商売を主軸としていくということ。要は先送りだ。


 爵位を新たに得るというのは、ハイリスクハイリターンだ。実現可能だとした場合、問題はそのリスクが許容できるかと、得られるリターンがそれに見合うかだ。

 リターンは、先生の言うとおり、伯爵クラスになれば十分だろう。そこまでいけば、王家でもおいそれとは手を出してこない。


 そもそも論として、爵位が得られるかということだが、男爵位を授爵するのはシルバードーン家を継げればいいので、細い道筋ながら一応現実味がある。

 子爵以上に陞爵するのは、今はまだ見込みすらつかない。運良く功績でも上げられれば可能性はあるが、爵位が上がるほどの功績など、そうそう出来ないだろう。伯爵位は言わずもがなだ。

 

 15歳の成人になる頃には、もう少し状況が見えてくるだろう。今から約1年半後だな、その頃に改めて考えよう。


「半端な内容で申し訳ないですけど、そういうことでよろしいですかね先生?」


 道中に宿泊した修道院の一室で、俺は先生に現時点でのスタンスを説明した。

「なるほど、成人の頃までは両睨みで力を蓄えるということですね。良い判断と思いますよ」


 先生も賛成してくれたので、これでこの話は持ち越しとなった。


 スキルの件がバレているので、伯父上にも相談した。伯父上からは、いずれの道を進むことになっても、よく考えてから決めろと言われた。


 さて王都への旅程であるが、ジュリアノス市から王都ケントルムまでは3泊4日で到着できる。天候次第で遅れることはあるが、ケントルムに近づくほど道路の質が良くなっていくので、嵐にでもならない限り予定は狂わないだろう。

 今回の同行者は、銀星商会こちらの関係者は、俺、母上、フランとお祖母様の家族全員と、先生、セバス、ドンガ親方に、サマンサさんだ。母上たちの身の回りの世話はテルミナ家の使用人がしてくれる。


 バスケスを始めとする使用人たちは今回は居残り。トッドとマイルスには、家族をテルミナ領に呼び寄せる準備をすすめるように言いつけた。


 これは、アクセサリーの試験販売が上々の評判なので、仕事を与えることが出来ると判断した母上の指示によるものだ。


 もっと余裕ができたら、次はお祖母様のところにいた元使用人も呼び出さなければな。


 考えることが多かったので、王都への旅の殆どに思い出はない。いつの間にか着いていた。



「この『銀星号』は思った以上の乗り心地だったわ。最高ね」


 王都に到着した時に、母上が銀星号の評価を総括した。

 フランはスプリングの入ったシートが得にお気に召したようで、最初はずっとポヨンポヨンと遊んでいた。お祖母様も腰が楽だと喜んでいた。


 親方によると、到着後に点検をしたが、問題は発見されなかったとのことで、耐久性でも一安心だが、ここではあえて整備はしないことにする。王都滞在中と復路でもこのまま使って、より長距離の耐久試験の代わりとする予定だ。


「伯父上の方の馬車はいかがでしたか?」


 伯父上の乗った馬車は、ベアリングとサスペンションは付けたものの、座席には手を入れる時間がなかったので硬いままだが、サスの効果を感じてくれただろうか。


「うむ、だいぶ違うな。御者も馬の疲労が少ないと言っていた。我が家の他の馬車にも採用したいがどうだ?」


「まだ耐久試験が終わっていませんから、商品として自信が持てるようになってからですね」


「そうか、その際にはよろしく頼むぞ」


 この感触なら、銀星商会がそれなりの規模の工場を持つ日も近いな。家内制手工業ではなく、工場制手工業だ。ライバルのいないうちにシェアを握れればいいな。


 テルミナ家の王都別邸では、伯父上の奥さんであるナタリアさんが出迎えてくれた。ちょいとふっくらとした、笑顔のよく似合う可愛らしい人だ。


「あらあら、いらっしゃい。王都へようこそレオちゃん、アデリーナさん。レティツィアさんもお久しぶりです。そこにいるのはフランセスカちゃんね、こんにちわ、ナタリア=ミル・ファルファン・テルミナです。よろしくね」


「はじめまして、ナタリアさん! フランセスカ、7歳です!」


 元気よく挨拶をするフランにナタリアさんの相好が崩れる。


「まあ、元気にご挨拶できて偉いわね。こんなに可愛らしい姪を迎えられてとても嬉しいわ。どうぞ中へ、旅の疲れを癒やしてくださいな」


 ナタリアさんに促されて屋敷の中に入る。

 ここは別邸だが、王都にあるということで見栄やしがらみがあるのだろう、絵画や彫刻などが配置され、本邸よりも贅を凝らした雰囲気になっている。

 それでも、ケバケバしくならないで調和しているのは武門の家風かナタリアさんのセンスか。


 まずは、リビングに案内される。そこで待っていたのは俺の従兄弟たち。伯父上の長男のロドリゴと三男のアマートだ。


 お互いに挨拶をして、三々五々で旧交を温めていく。俺のそばに寄ってきたのは、アマート。


「久しぶりだなレオナルド。死にかけたんだって?」


 遠慮がない口調なのは俺とアマートが同い年で、数少ない友人同士だからだが、前にも増して太ったなコイツ。母親似で肉付きの良い容姿をしている。


「そういう アマートは恰幅がまた良くなったな。食いすぎると、ナタリアさんに怒られるぞ」


「はは、毎日のように怒られてるよ。それよりも、その右手、穴が空いたってマジ?」


「マジマジ。ズブリといかれたよ。怪我ってな、そのときは気持ちが張り詰めてるからそこそこ痛いぐらいなんだけどな、気を抜いた瞬間に超痛くなるのよ」


「ほえー、体験したくないけど面白いなそれ。気の持ちようで感覚が変わるってことだろ? 理論化できれば学園で表彰されるぜ」


 アマートは今年から王都にある学校に通い始めた。見た目のとおり、身体を動かすのは苦手だが、座学の成績は良いらしい。


 俺はエルフ騒動をやや脚色して話して聞かせ、アマートは学校での出来事などを話してくれた。俺は精神年齢的に学校に通いたいとは思っていないが、聞くだけなら面白いものだ。


「レオちゃん、怪我の具合はどうなの?」


 アマートとの会話に混ざってきたのはナタリアさん。


「ええ、たまに痛いですけど指は動かせるので後遺症は残らないはずです。そうそう、伯父上に頼まれて、ナタリアさんにお土産があるんですよ」


「嬉しいわ。美味しいものかしら?」


「残念ながら食べ物ではないですねぇ。ちょっと待って下さいね」


 食べ物ではないといったら、親子揃って残念そうな顔をしたな、食いしん坊さんたちめ。食い道楽は程々にしろよ。


 セバスに持ってこさせた贈り物をテーブルに乗せて箱を開ける。


「まあ、素敵なアクセサリーね。これを頂けるの? 嬉しいわぁ」


 ナタリアさんに送ったのは、簪とペンダントだ。簪は風鈴をイメージしたもので、ペンダントは丸い銀の地金に金でウサギを象嵌してある。ペンダント用の銀鎖とセットだ。


 早速、身につけるナタリアさんの横でアマートが首を傾げる。


「なあレオ、お前の手土産にしちゃ小洒落すぎじゃないか?」


「失敬な、俺が作ったんだぞ、小洒落ててなにが悪い」


「なに?! お前がアレを作ったのか? そんな技術があるなんて聞いてないぞ」


「凄いわねぇ、こんなに上手く出来るなんて、羨ましいわぁ」


「デザインをしてもらえれば、そのとおりに作りますよ。手が治ってからですけどね」


 今は作業が出来ないので、頭の中で新しいデザインを考えているのだが、どうもしっくり来るものが思い浮かばない。できれば他の人の発想から刺激を受けたいものである。

 なお、ナタリアさんに渡したのは、商品モニター用に作ったのを流用したものだ。俺がスキルで柔らかくして、親方に作ってもらうのも考えたんだが、親方が忙しすぎて無理だった。


「それは魅力的ね。世界に一つだけのアクセサリーなんて、年甲斐もなく浮かれてしまうわ」


「じゃあレオ、僕にも作ってくれよ」


「ん? 構わんがアマートがデザインするのか?」


「ああ、ドクロの指輪とかどうかな? 格好いいだろ?」


 さすがは13歳。発想が中学生だ。


 俺も嫌いじゃないよ。



◇◆◇◆◇



 王都についてすぐに、エルフとアブラーモの引き渡しをし、王弟殿下への謁見の申込みをした。それは速やかに処理されて数日後には予約が取れた。


「正式な謁見ではなく、私的な会合となりますがご了承ください」


 城の待合室に案内された俺たちはそのように説明を受けたが、肩のこる儀礼を要求されないので、却って嬉しい。


 こういう身分の高い人と会う場合は、時間があくまで控えの間で待たされるのが通例だ。今回も、午後という指定だったので俺たちは昼前には当城して、王弟殿下に招かれるのを待っている。前の話が長引いたり、上位貴族の横入りなどで、翌日に持ち越しということもザラにある。

 伯父上は慣れたもので、ソファーにゆったりと腰掛け力を抜いているが、俺はどうも肩に力が入ってしまう。


 それに、なぜか伯父上はローガン殿とモニカさんを今回のお供に連れてきたので、そういう意味でもぎこちなくなってしまう。


 テルミナ領から王都まで、いや王都に着いてからもモニカさんには避けられている。照れているだけならいいのだが、嫌われているとしたら哀しい。


「このソファーは最高級品だが、レオナルドの馬車のほうが柔らかいな」


 緊張をほぐそうとしていくれているのだろう。伯父上が俺向きの話題を振ってきた。


「中の綿は定期的に取り替えられているのでしょうが、バネほどの伸縮性はありませんからね。でも、柔かければいいというものでもないので、用途によって硬さは調整すべきでしょう。仕事用の椅子が柔らかすぎても駄目ですから、そういうところに善し悪しがあるんじゃないですかね」


「細かい積み重ねが高級品と粗悪品の違いなのだろうな」


 今座っているソファーは確かに硬いが、座面の前部分が若干高くなっていて、自然に背もたれに身体を預けるように設計されている。これが仕事用であれば、平坦か、逆に前傾姿勢を取りやすいように工夫をする。リラックスさせたければ柔らかめに、動きが少ないのであればコシをもたせてと、考えるべき部分は色々とある。

 ただこの世界の椅子は全体的に硬すぎるので、もっと柔らかい椅子を標準にしていきたいものだ。


 そうだな、次の商売ネタは椅子でもいいかもしれない。背もたれをある程度しなる構造にすれば、目新しさで需要が生まれるかもしれない。


「なんだかんだと、商売になりそうなネタはあるものですね。手が使えないのが口惜しいです」


「うむ、あのマットレスとかいうものも、きっと殿下に喜んで頂けるだろう。王家の方々から注文が入ったら心してお受けしろよ」


「あれは、あまり俺の作業はいらないので大丈夫ですよ。まあ、マイルスたちの胃が痛むかもしれませんが」


 お試しでマットレスを体験して以来、伯父上はマットレスのとりこだ。既に自分と家族用に注文をもらっている。テルミナ領では今もマイルスたちが針金を巻き巻きしているはずだ。もし、陛下から注文が入ったら、彼らへのプレッシャーは半端ないことになるが、大丈夫だろうか。


「そのうちに慣れるだろうさ。意気に感じて家具職人として大成するかもしれんぞ」


「そうなれば面白いですよね」


 伯父上との雑談でいくらか気持ちが軽くなった頃、先程の案内人が控えの間に現れて、俺たちに移動を促した。


 さあ、いよいよ王弟殿下との話し合いの始まりだ。


 

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