第34話 提案と後悔
先生から夜に時間をとってほしいと頼まれた。
いよいよか。先生が俺のスキル【金属操作】をどうするか、具体的には王弟殿下に報告するかどうかの腹が決まったのだろう。
俺は護身具づくりを中断して先生と話す時間をつくった。
先生からのリクエストで、母上とお祖母様も同席することになった。他の参加者はセバスだけだ。
「忙しい中、時間を頂いてありがとうございます」
先生が俺たちというか、母上とお祖母様に頭を下げる。
こちらも頭を下げて向き合った。
顔を上げた先生の顔はスッキリとしている。どうやら先生なりの答えが見つかったのだろう。ここで暗い顔でもされたらこっちも身構えるところだが、これは期待できるかも。
「先日、レオ君から【金属操作】というスキルを見せてもらいました。そこで、そのスキルを私がどうするのか、つまり殿下に報告するのか否かを問われました。
本日は、そのことについての私の考えと、提案があります」
「て、提案ですか?」
予想外だったので、おうむ返しに聞いてしまった。
「ええ、私も頭を捻って考えたのですが、何日かは答えが出ませんでした。考えすぎて、お酒の量が増えてしまったくらいです。しかし、お酒もたまには役に立ちますね。酔った頭の隅でこう囁く声が聞こえたんです。『そもそも、レオ君がビビり過ぎだろう』と」
「ふぁっ!? 脈絡なくなディスられた!?」
「まあ、酔っぱらいの頭の中などそんなものです。でも、そうでしょう? レオ君のスキルが世間に知られても別にいいじゃないですか」
「んなアホな。あ、ごめんなさい。でもそりゃあ暴論じゃないでしょうか。エルフたちだって、俺がスキル持ちだって知ったら、きっと人質じゃなくて奴隷として聖教国に連れ帰ったでしょう。ミスリルなんか無視して」
「ですから、現時点では秘密にすることに同意します。殿下に報告するのはまたいずれですね。心苦しいですが、ずっと秘密にするのではなく、機が熟したら話すということなら、なんとか心の折り合いが付きます」
「ちょっと待っとくれ」
ここでお祖母様にストップがかけられた。すこし眉根を寄せて首を傾げている。
「なんでエルフはミスリルじゃなくてレオナルドを連れて帰るんだい? 欲しかったのはミスリルだって聞いているんだがね」
「私もそこが引っかかったわ。どういうことかしら?」
あ! ヤバいぞ。【金属操作】でミスリルを精製できることと、実際に所有していることを二人に教えてない!
「母上、怒らないで聞いてもらえますか……?」
「その顔は、なにかやらかしたのね。いいわ、なるべく怒らないから話してみなさい」
セバスに視線を送ると、ミスリルがそろりとテーブルに差し出された。
「鉄? ……いえ、今の流れなら、これがミスリルなのね……」
母上が溜息まじりに俺を睨む。
俺は分かりやすいよう手をかざしてミスリル表面を虹色にしつつ、これを手に入れた経緯を不可抗力であったことを強調して説明した。
エルフがミスリルより俺を連れていけば、焼身になったミスリルの指輪は元に戻せるし、鉱石さえあればミスリルの増産が可能なのだ。果物そのものと、それが
「──というわけで、エルフに知られなくて良かったです」
母上はもう一度溜息を付いて、お祖母様は普通に感心していた。
「全く、
「お祖母様、シャレになってないですよ」
お祖母様の軽口めいた感嘆を尻目に、先生がミスリル板をつまみ上げる。
「まさしく神の御業の一端でしょう。私はこのスキルが世界になにをもたらすのか、それを考えていました」
「世界とは、大きく出ましたね先生。なおさら俺がビビっても仕方ないじゃないかと思うのですが」
「いえ、逆です。レオ君は選ばれし人間です。神の御心は
「うちのレオが選ばれし人間ですか? 出来は悪くありませんが……、いくらなんでもそれはどうなんでしょう?」
「本当にそうなのかは証明のしようもありませんが、少なくとも私はそう思ったということです。
それで、ここからが提案です。レオ君、君は誰かに利用される人生は嫌だと言いましたね、ならば偉い貴族になりませんか?」
「偉い、というと?」
「男爵と言わず最低でも子爵、できれば伯爵になれば、解決すると思うのです」
「へえ、さすがはサンダース先生だね。前向きなことを仰るじゃないか。そうだねえ、身分を上げれば、敵から身を守れる力を持つことが出来るってことだろう? あたしゃ賛成だよ。実現は難しくてもやるべきだと思うね」
「私は、ちょっと保留……いえ反対の気持ちが強いかしら。スキルがあろうとなかろうと、爵位を得ようとそうでなかろうと、一人息子ですから、安全に生きてほしいというのが本音です。そのためならスキルは一生使わなくてもいいと思っていますので。ただ、──決めるのはレオよ」
「身の安全を図るために爵位はあって困りませんし、より大規模に、より大っぴらにその力を使えば、世界はもう少し幸せになれるのではないでしょうか。
私は時間を頂いたのに、レオ君にすぐに答えを出せとは言いません。じっくり納得できるまで考えてみてください」
これが先生の提案かぁ。だから俺がビビってると言ったんだな。逃げるのではなく乗り越えろということか。
これは大きな決断だ、人生設計がガラリと変わる。実現すれば安全が確保できる可能性は高い。が、爵位を得ようとした場合には政治的な困難があるだろう。それこそレムリア侯爵家がまたぞろちょっかいを出してくるかもしれない。
爵位持ちの貴族を目指した場合と、商人ルートで進んだ場合のどっちがより危険は、現時点では不明だよな。
「うーん、すぐには決断できないです。時間が経って答えが出るものならいいんですけどね、俺の胸一つと言われるとどうにも……。確実に言えるのは、世界の幸せよりも家族の幸せが優先です。これは決定しています」
「そうでしょうね、重大な決断になるでしょう。私の言葉をすべて真に受ける必要もありません。じっくり考えてください。年単位で掛かっても構いません。レオ君はまだ若いのですから」
わお、先生太っ腹。でも待てよ。
「それだと、先生は殿下のもとに戻られるんじゃないですか?」
「いえ、殿下の護衛は辞そうかと。教え子に決断を迫っておいて自分は安全地帯に逃げるというのは仁義に
「思い切りが良すぎませんか」
そりゃあ二つ名を持つ護衛がいれば心強いが、役不足だ。先生は勅任騎士だぞ。お金の面はどうにかなっても、無爵の貴族の専属なんて格が足りなすぎる。
それに王弟殿下がなんと言うか。簡単に辞職を許してくれるとも思えない。
「その後の身の振り方は、そうすべき時になったら考えますよ。なに、妻と二人で生きていくくらいの甲斐性はありますから。それに、レオ君の側は刺激的です。自分の生きる意味を感じさせてくれることでしょう」
それはアレですかね、これからもヤバい事態に巻き込まれ続けるという予言ですかね? 先生の言葉だと説得力がありすぎなのですが。
「あんまりプレッシャーをかけないでくださいよ。
でも先生、そもそもなぜそんなに俺にそこまで肩入れするのですか? 殿下つながりとはいえ、入れ込み過ぎじゃないですか?」
ここで俺は、かねてより気になっていたことを尋ねた。
「ふむ、丁度レティツィア殿もおられるので、話しておきましょうか。私がなぜレオナルド=ガラ・シルバードーンを守ることになったのか、その理由を」
「先生それは……」
母上が止めようとするが、先生は静かに首を振った。
「始まりは、レオ君も薄々勘づいているでしょう。フィルミーノ殿が戦死なされた、あの戦場でのことでした。私は殿下の護衛騎士ですから、当然近侍として従軍していました。殿下のお役目はお味方の戦働きを見届けるという、いわば督戦のようなものでして、配置も軍の後方でした。そして更に後ろの最後衛に配置されたのがフィルミーノ殿達だったのです──」
先生の話は目新しいところはなかった。
敵の独立部隊が大きく迂回して、その戦場の最高位者である王弟殿下の首を直接狙う作戦を決行した。その決死の試みは半ば成功し、殿下の目前まで迫ったのを、父上が自分を壁にして守ったのだ。耳にタコが出来るかと思うほど聞かされた話だ。
先生はゆっくりと、しかし力強く言葉を続ける。
「私は、殿下の護衛でありながら、その場で己の仕事を全うできませんでした。それどころか、私の不手際でフィルミーノ殿が亡くなったのです。
乱戦の中、私は一人の敵兵を斬り捨てました。兜から覗く顔は年若い少年兵のものでした。無駄な道義心を出した私は、とどめを刺さずに見逃し…… その少年兵が、殿下を襲ったのです。
言い訳はありません。あの方が亡くなり、私が生きながらえているという事実の前には無意味でしょう。
フィルミーノ殿は、薄れゆく意識の中で家族のことを心配していました。愛する妻のこと、一人息子のこと、母親のこと。そして生まれてくる予定の、まだ顔も知らぬ子供のこと。繰り返し、皆様の名前を呼んでいました。
本当は、誰に向けた言葉でもなかったんでしょうが、あの方は今際の際で家族を幸せを願っていました。私は、それを自分の責任だと悟り、必ずご家族を守ってみせると約束しました。
フィルミーノ殿が私個人に願ったわけではありません。既に意識はなかったのかもしれません。しかし、私は自分の意思で彼と約束したのです。
数多の尊い犠牲を出しましたが、戦争は有利な形で終結しました。戦後になって、私は殿下にシルバードーンへの出向を願い出て、幸いにもそれは許されました。
私にとっては罪滅ぼしの日々だったはずが、妻を迎えることも出来ましたし、望外に楽しき日々でありました。王都とは違う、誠実に生きる日々には、生命を賭けるに足るだけの充足感がありました」
ここで、先生は一旦口をつぐんで俺の目の見る。
「そしてつい先日、教え子の少年が、スキルを賜っていることを知りました。
これは定められた運命だとしか思えませんでした。
フィルミーノ殿が願ったことを私が微力ながらお助け出来るなら、約束を果たすことが出来ます。志半ばにして倒れたあの方の無念を私に晴らせ、とそう言われた気がしたのです」
母上は、先生のせいで父上が死んだとは思っていないから、話を止めようとしたんだろう。
俺も同感だ。戦場でのことだ、先生にそれほどの非があるとは思えない。
ましてや、王弟殿下の護衛を辞めるほどの義務はないと思える。だがまあ、先生ほどの男が約束と口にして覚悟を示したことに口出しするのは違う気がする。
現実問題、こっちは先生に頼ってしまっているしな。
先生の信じる運命とやらについて、俺はどう向き合うべきだろう?
生まれ変わって、スキルも持っている。でも前世の記憶を持つせいか、そういう超常的な存在をどこか疑う自分がいる。
矛盾だよな。もう一度人生を与えてくれた存在に感謝しているけど、いまいち信じきれていないなんて。
「先生の提案は宿題にさせてください」
そう答えるのが精一杯だった。
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