第24話 ミスリル

 負傷したエルフに重篤な者はいなかった。ならば今のうちにと、それぞれに縄を打っていく。数人が反抗するが、衛兵たちに力ずくで組み敷かれ、より厳重に縛られた。先生の尋問を受けた男エルフも、腫れ上がった腕に添え木こそされたものの、容赦なく捕縛された。


「先生、お疲れさまです。事情は判明しましたか?」


 理解に苦しむとしか言いようのない出来事だった。むしろ、何かしらの事情があって、そのせいで強引な行動を取らざるを得なかったと考えるほうがしっくりくる。


「この男だけの情報ですので、事実かどうかは不明ですが、どうやらミスリルを探していたようです」


 ミスリル。言わずとしれたファンタジー金属だ。俺も話には聞いたことはあるが実際に見たことはない。

 確か、テルミナ家には、ミスリル製の武具があったはずだが、門外不出の扱いになっている。金属に関するスキル持ちなので興味はあるが、気軽に見せてほしいと言えるような代物ではない。


「幻の金属を探して、押し込み強盗ですか。あるとしたらどこぞの宝物庫くらいだろうに……。ここみたいなありきたりな鍛冶場にミスリルがあったら逆に驚きです。その辺はどういう供述を?」


「最近、と言ってもここ数年の間のことですが、ミスリル鉱石が市中に流れたと噂を聞きつけてやってきたと言っていましたね。なぜミスリルを求めているのかは、口を割りませんでした」


 ミスリルがどうしても必要で、犯罪も辞さずに強引に暴れまわったと。でもなぜそれを欲するのかは、明かさずか。

 嘘くさいな。犯罪者はもっと慎重で用意周到なものだろう。下手な鉄砲数撃ちゃ当たるの精神かもしれないが、騒ぎを起こせば鉄砲は取り上げられるのが当然だ。


「理由と行動がちぐはぐですね。強盗をすればこうなるし、それを予測できないほど頭がおかしいのでしょうか……」


 正真正銘のバカという可能性もゼロではないだろうが、そんな奴に探しものをさせるだろうか。エルフたちの暮らす聖教国についての知識は殆どないが、身なりからして上流階級の出身か、それに近いものだろうと察しがつく。


「我々にとって幸いなのは、エルフはあえてここを狙った訳ではないということですね。ミスリルさえ手に入れられるなら、ここでなくとも構わないのですから。乱闘になったのも、ドンガさんが強硬に拒んだことが一因のようですし」


 エルフとドワーフの仲が悪いことも影響しているのかもな。ああ、そういえば不仲の原因がミスリル鉱山の所有を巡ってのことだと本で読んだ覚えがあるな。


「それにしたって強引過ぎる。別の企みを感じますけどね、俺は」


「これ以上の詮索は無益でしょう。不幸中の幸いで、死者や大怪我をした人もいませんし、対処は衛兵と子爵様にお任せしましょう」


 それで良いのだろうか、もしかしてこれまでの派手な問題行動が実は目眩ましで、本命はここということはないのだろうか。

 そう考えていると先生が、小さく耳打ちしてきた。


「ここは人目が多いです。不用意な発言は控えてください」


 そういうことか。先生も何かを感じているのだ。とすれば、ここは早めに退散するのが賢明だろう。


「親方、動ける? 屋敷に戻って本格的な治療をしよう」


 モニカさんは事情聴取のために残るというので、俺たちは企業秘密のベアリングとサスペンションを持ち出して帰ることにした。


 えっちらおっちらと重い金属製品を担いで歩いていると、エルフの集団とすれ違った。もう一波乱かと身構えたが、エルフたちは俺たちに目もくれず、町外れの方向に走っていった。


「強盗エルフの関係者でしょうか? 絡まれなくて助かった」


「あの慌てようは間違いなくそうでしょうね。根拠はありませんが、部下の不始末に泡を食った上司かもしれません」


 まあ当たらずとも遠からずだろう。集団の中に1人、いかにも身分の高そうな少女がいたが、その娘が主人なのかもな。

 使えない部下を持ってご愁傷さまだが、こっちは被害者だから同情する気にはならんな。


 屋敷についたおれは、医者を手配した。動ける者は連れてきたので、まだ現場に残っている怪我人を診てもらうためだ。

 母上とフランも青い顔をして飛んできたが、俺に傷一つないことに安堵し、危ない真似をしたことを怒られた。危なくならないように出かけたのだが、心配をかけさせたのは事実なので大人しく説教を聞く。


 お説教から解放され、昼食を終えた俺は、ドンガ親方にセバスを加えて談話室で雑談をしている。先生は情報収集のために現場にとんぼ返りだ。


「親方はタフですね」


「まあな、肉体労働だから身体が資本よ」


 親方は、体中に包帯を巻いているが、斬られていたのは皮膚だけのようで、こうやって元気に参加している。昼食の席でも酒は命の水だからと言い張って酒を要求したが、当然飲ませてはもらえなかった。


 つらつらと雑談をするが、どう考えても今回のエルフたちの騒動の狙いが読めない。仮にミスリルを本当に求めているのだとしても、手口が短絡的過ぎる。かといって、他に情報はない。


 先生は出かける前に、あの場に俺たちが駆けつけても逃げる素振りすら見せなかったことと、妙にすんなり尋問で口を割ったことから、騒ぎを起こすことそのものが目的ではないかと推測していた。


 もしそうだとしても、根本の”なぜあんなに短絡的なのか”は判然としない。


「情報が少なすぎですね。親方は何か気が付きました?」


「いや、特にはなあ。イカれた奴の理由なんて考えても無駄じゃろう」


 そうなんだよな。いろいろとこちらが頭を捻っても、相手の思考が常軌を逸していたら無意味だよなあ。下手の考え休むに似たりだ。


「ところで、親方はミスリルって見たことありますか?」


「俺っちはねえなあ。鍛冶を教えてくれた師匠から聞いたことがあるだけでさ」


 鍛冶師の親方でも見たことがないのか。風評通りに幻なんだな。


「ちなみに、その師匠さんはなんて言っていました?」


「鉄よりも黒っぽくて軽いそうだ。純度が高けりゃ柔らかく、合金にすれば硬くなると聞いたぜ」


 おや? 軽くて硬軟自在の金属といえば、つい最近手に入れたアレを思い出させるが……まさかな。


 セバスも口を挟む。


「私は一度だけ、王家の式典で披露されたのを拝見しました。『蒼炎の盾』

と呼ばれる国宝で、名前のとおり盾の表面に青色の柄が浮かんでいましたね」


 それって……、まさか話がつながってしまうのか?


 色の変わる金属というのはある。例えばステンレスにも塗料なしで色をつける方法はある。軽さで言うならアルミも候補だろうが、あれは地の色はかなり白い。


 この世界のミスリルはチタンのことなのか?


「おい坊っちゃん、顔色を悪くしてどうしたよ? ──まさか心当たりがあるのか!?」


「ドンガ、声が大きいぞ。若様、しばしお待ちを」


 セバスが、談話室の扉を開けて聞き耳を立てている者がいないかを確認した。

「……特徴が一致する金属を持ってる。これだ」


 あの日以来、盗難をおそれて持ち歩いていた薄いチタン板を胸の内ポケットから取り出す。一応は、心臓を守る箇所に入れていたのだ。


「これが? 確かに色からして鉄とは違うようじゃが。持ってみてもいいですかい?」


 親方にそれを手渡す。


「軽い。鉄の半分くらいか? 俺っちも初めて見る金属だ」


 ためつすがめつチタンを見分する親方。見たことがないのでミスリルだと断言できないが、未知の金属であるという。


「色はどうなのでしょう? ミスリルは別名『虹の銀』とも呼ばれますが」


 親方からチタンを返してもらい、スキルを発動する。幸い、ここには俺のスキルを知る人間しかいない。


 チタンの色の変化は、表面が酸化して被膜の状態になり、そこに光があたると、プリズムの要領で特定の色が反射する事による。酸化膜の厚み次第で、青になったり、紫に見えたりする。チタンを火で炙ると色が変化するのは、熱による酸化だからだ。


 スキルをごく薄く、撫でるように発動して、表面に酸化処理を施す。ものの数秒、それだけでチタン板には、貝の裏のような、青を主体にした虹色が浮かび上がった。


「こりゃあ、たまげたぜ。坊っちゃんのスキルも、出来上がったこれもどえらい代物じゃわい」


「これ、やっぱりミスリルなのかな?」


「はっきりとは言えん。じゃが、前にドワーフの伝説の話をしたけれどよ。昔

のドワーフに坊っちゃんと同じか似たようなスキルを持った男がいて、そいつが拵えた剣がドワーフの国の国宝になっちょる。『宵闇の短剣』っつーんだが、名前のとおり昼と夜の間を表すような深い青と橙色をしてる。これで、ミスリルじゃなかったら、何の金属なのかのう」


 断片的な情報ながら、ミスリルの特徴と一致するチタン。仮にこれがミスリルではなくても、そう相手が思えば一緒である。


 暫定的に、未知の金属から伝説の最高級金属へのランクアップだ。チタンの危険度がまた一つ高くなった。


「親方、これどうやったら穏便に処分できますかね? 海が近くにあれば即座に投げ捨てるんですけど」


「待ちなって。見られなきゃ問題も起きねえさ。なにより勿体ねえだろ。ミスリルと知ってて捨てるのはやりすぎだぜ」


 そうは言ってもなあ、エルフたちにバレたら今度は俺限定で的にかけられるんだよ。


「私も捨てるのは早計だと思います。今後、誰か有力者の手を借りることもあるでしょう。その時の交渉材料として保管しておくべきと考えます」


  交渉材料……


「ヤブヘビにならないか?」


「先祖伝来の家宝ということにしてはどうでしょうか。使い所には注意が必要ですが、強力なカードになるかと」


「これ一枚あれば、ドワーフの国になら亡命できるぜ」


「正直、そこまで追い詰められることにならないでほしいんだがな……。まあ2人の意見を受け入れるよ。秘密厳守でよろしく」


 しゃあない。バレないように隠すだけだ。


 となれば、ハチルイの雑貨店にも何か手を打たねば。もしあの黒い鉱石がミスリルを含有するものだって知られていたら、俺まで辿るのは簡単だ。

 人をやって情報が流出したかを確認して、まだであれば口裏を合わさせるか。いや、そのときは鉱石のまま残してあるのを引き渡そう。


 泥棒に追い銭みたいで癪にさわるが、安全には代えられんし。


 何事もなければ知らんぷりだ。

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