第23話 エルフ

「最近、市中にエルフが増えているの。彼らは気位が高くて、横柄な性格の人が多いから、トラブルも多くなっていて。レオナルド君も気をつけてね」


 今は春と夏の狭間の季節だ。やけに暑い日もあれば、涼しい日もある。総貴族会議は夏の終りに開催予定だから、まだしばらくの余裕がある。その時間を使って、アクセサリーの増産やらリーフサスペンションの研究やらをしていると、モニカさんから注意喚起があった。


「へー、そうなんだ。シルバーグレイスじゃあ、ほとんどエルフって見たことないんだけど、何か理由があるの?」


「何か探しものをしてるって噂だけど、ちょっと妙なのよね」


「妙というと?」


「探しものをしてるのに、周りとトラブルを起こしすぎなのよ。ほんとに見つける気があるかってくらい、傍若無人らしいわ」


 エルフというのは、大陸西部に住む民族である。俺の住んでいるミッドランド王国とは、過去に戦争をしていた経緯もあって、あまり見かけない。俺を治療してくれたゲッコー医師の助手のリュシーさんのようにハーフエルフもいるにはいるが、珍しい。


「エルフは、人間を下に見ているって言うけど本当のことなんだな」


「そうね、隣領でも同じことをやって、追い出されるようにテルミナ領うちに来たの。わざわざ他国にまで来て面倒を起こさないでほしいわ」


「それで、何を探しているの?」


「それが、なにかの金属製品らしいのだけど、分からないのよね。武器屋で在庫を全部出させたり、行商人の積荷を無理やり暴いたしてるんだけど、何を探しているのかは言わないみたい。他にもやりたい放題ね。全く頭にくる」


 そりゃあ、たしかに迷惑だ。なにを探しているのかも告げずに在庫を全部見せろとか営業妨害も良いところだ。ましてや行商人の荷を無理やり見るなんて下手すりゃ犯罪だぞ。


「関わり合いたくないねぇ」


「同感。まあ流石に貴族にちょっかいを掛けないだろうから、こちらで気をつけている限りは大丈夫でしょうけど」


 モニカさんの言うとおり、やりたい放題なのも迷惑だが、目的がハッキリしないのも気持ちが悪い。考えすぎてもいけないが、頭の隅には入れておかないといけないな。


「エルフには近づかない。覚えておくよ」


「気をつけてね。間違っても決闘なんて挑まないように」


 からかうようにモニカさんが笑う。これはあれか、俺がアブラーモに決闘を申し込んだ件が伝わっているのか。


「まさか、俺は小心者だから、わざわざ厄介事に首を突っ込む趣味はないよ。それに銀星商会と親方の鍛冶場にくらいしか出歩く用事はないから、エルフにも会わないはず。モニカさんも安心してよ」


「ならいいわ。出かけるときは必ず私か領軍の護衛に声をかけてね。誰かは必ず付くように言われてるから。じゃあ、私はフランちゃんの側に戻るわ」


「了解。フランたちをよろしく」


 態度も大分こなれてきたモニカさんは手をひらひらと振って出ていった。伯父上の計らいで、俺たちがテルミナ領に滞在する間はずっと護衛についていてくれることで話がまとまっている。


 あ、いや待て。金属製品のなにかを探すエルフ、鍛冶師でドワーフの血を引く親方。この組み合わせ非常にまずくないか。鍛冶場は煙とか騒音の関係で町外れにあるから、目につきにくいが、人目が少ないということでもある。ドワーフとエルフは国ぐるみで仲が悪いから、万が一ということも……


 俺は慌てて、部屋を出ていったばかりのモニカさんを追いかけた。


「モニカさん! やっぱ出かける!」


「え!? いきなりどうしたの!? まさかほんとに決闘しに行くつもり?」


「いやいや、そうじゃなくて。ドンガ親方にエルフの件を伝えなきゃと思って」


 町外れで、エルフとドワーフの血を引く親方が出会ったらゾッとしないことを伝えると、ミニカさんも頷いた。


「なるほど。その懸念はありそうね。いいわ、すぐに行きましょう。サンダース様にも声をかけて。私はアデリーナ様たちに出かけることを伝えてくるから」


 そうして、大急ぎで親方の工房に向かった俺たちが、到着して見たものは、血まみれでにらみ合う親方とエルフの男。周りには何人もの人間とエルフが倒れている場面だった。


 フラグ回収早すぎだろ……。エルフの話を聞いてから1刻も過ぎてないのに、もうトラブってんのかよ。


「親方! 無事か?!」


「おう! 坊っちゃん!! ちっと待ってくれや。いまこの腐れエルフをブッちめっからよ!」


「抜かせ! ニンゲンと糞ドワーフの混じりものが! 死にたくなければ大人しく隠しているものを差し出せ!」


 倒れているのは人間が10人位。エルフはもう少し少なくて7,8人というところ。人間側の中には、見覚えのある顔もある。銀星商会で雇っているバスケスの護衛たちだ。バスケスの姿が見えないのは、隠れているか、うまいこと逃げたか。


 エルフの男は短剣、親方は金槌を握って睨み合っている。


「双方、武器を収めなさい! 私は従騎士モニカ=テルミナ! なお狼藉を働くというなら実力行使することになるぞ!」


 大声で制止するが状況に変化はない。怪我人も多い。時間をかけて説得する選択はできないと判断したのか、モニカさんが先生と目配せをした後、仲裁をしようと踏み出したのに合わせて、エルフが短剣を親方に突き出した。


「やめろと言っている!」


 親方はエルフの突きを横に躱して、相手の腕に金槌を振り下ろすが、ひらりと避けられて距離を取られる。見た目通り、エルフがヒットアンドアウェイで親方が守りつつカウンターで大ダメージを狙っているようだ。

 親方の身体には、幾筋もの切り傷がつけられ、エルフの左手は手首あたりが腫れ上がり、ぶらりと下ろされている。


「そこまでだ!」


 モニカさんが、剣を抜いて強引に2人の間に滑り込み、視線でエルフを牽制する。


「邪魔をするな、ニンゲン! 刺し殺されたいか!」


「黙れ! これが最後だ、武器を捨てろ。さもなくば斬る!」


「やってみろ! ニンゲン風情が!!」


 斬りかかるエルフ。モニカさんは次々と繰り出される短剣を丁寧にいなしながら、じわじわと押し込んでいく。片手の短剣と両手の長剣だ、手数では負けるが1撃の重さに格段の違いがある。無理をせず、確実に倒す戦い方だ。


「今のうちに怪我人をこちらに集めますので、レオ君は建物内に避難してください」


 モニカさんが押しているので、戦いの場が建物から離れたのを見て先生が提案する。俺だけ隠れるのは情けないが議論している暇もない。


「分かりました。先生は怪我人を入り口まで連れてきてください。俺が中で介抱します」


「それでいきましょう。エルフは弓が得意です。決して建物内から出ないように」


「親方、怪我人を中に!」


 親方に声をかけながら行動を開始する。壁にもたれて気を失っていた1人を建物内に引きずって横たえる。頬に腫れがある他には外傷はない。意識は朦朧として聞き取れないなにかを口にしているが、腰を据えて対処することも出来ない。


「レオ君、こちらもお願いします」


 先生が片手に1人ずつ引きずって入口の前に置く。この2人には意識があるようだが、足に傷があり歩けないようだ。入り口から奥に運んで、鍛冶場にある水の入った樽から、たらいに水を汲んで新しい2人のそばに置く。


「手が動くなら、傷を洗え!」


 部屋の中を探し回ったが、布が見つからない。やむを得ないので自分のシャツや怪我人達の服を引っ剥がして、鍛冶場に転がっていたナイフで切り裂いていく。清潔な包帯なんて望むべくもない。


「洗ったら、これで傷口を縛れ! きつく縛れよ!」


 こうしているうちにも、先生が入り口に怪我人を置いていく。何人かはまだ動けるようなので、手伝わせる。親方は肩で息をしながら座り込んでいる。自力で傷を洗浄しているので大丈夫そうだが、こちらを手伝うだけの余裕はなさそうだ。


「意識のないやつに触るな! そっとしておけ!」


 俺に出来るのはここまでだ。早く医者を連れてきて見せなければ。


 入り口から戦況を確認すると、モニカさんがエルフを転がして首に剣を突きつけていた。


「先生、ケリはつきましたか?」


「まだ顔を出さないで。いま、モニカさんが尋問をしているところです。けれどエルフは強情なようですから、ちょっと手伝ってきますね。レオ君はまだ中に」


 大人しく中に引っ込むが、先生の手伝いとやらに興味があるので、扉の影から覗き見をする。


 先生は、小走りで駆け寄ると、そのままエルフの左手を蹴り上げた。

 甲高い悲鳴があたりに響く。エルフが先生を睨みつけて起き上がろうとするところを、今度は顔面に前蹴りをして、追撃で左手を踏みつけた。


 あの左手って、腫れ上がってたよな……。

 なにが怖いかって、まだエルフに話しかけてないんだぜ。横から来て無言で暴力だ。凄いな先生、動きに迷いがない。モニカさんも、唖然として動きが止まっている。


 なおも先生は、痛みがあるであろう箇所を無言で蹴りつけていく。その度に悲鳴が上がるがお構いなしだ。十発かもっとか、相手がぐったりするまで痛めつけた先生は、剣を抜いてから話しかけた。声は聞こえないが、横顔は穏やかなままのいつもの先生だ。


「えげつねぇな」


 いつの間にか、俺の後ろから覗いていた親方が呟く。だよな、容赦なさすぎでしょ。


「親方、何があったんですか?」


「ん? ああ、あの腐れエルフどもがいきなりここに押し入ってきやがってな、たまたま休憩中ですぐ気付いたから追い出したんだけどよ、鍛冶場を見せろ見せないの押し問答になって、あれよあれよという間に、刃傷沙汰よ。周りの鍛冶仲間も加勢してくれたんだが、あっちも仲間を呼んで。後は見たまんまだ」


「先に手を出したのはどっち?」


「腐れエルフに決まってらあ。それより坊っちゃん助かりましたぜ。殴り合いなら負けねえが、刃物出されちゃ分が悪かったからよ」


 そういうことなら、こっちが完全に被害者ということでいいだろう。しかし、何を考えてるんだ? 完全に強盗じゃないか。後先考えないにも程があるぞ。


「とにかく無事……ではないようだけど、死んでなくてよかったよ。一体なにが目的なのやら」


「中を見せろの一点張りでなぁ。アイツらが傲慢なのは昔からだけどよ、ありゃあ特別イカれてるぜ」


「そういえば、バスケスの護衛はいるけど、本人がいないのはどうして?」


「ああ、揉み合いになった時点で衛兵を呼びにいかせたのよ。バスケスじゃあ抵抗する間もなく殺されそうだったんでな」


 親方と話しているうちに、先生の方も尋問が終わったのか剣を収めているのが見えた。

 それと町の方から衛兵たちが走ってくるのが見える。


 はてさて、エルフは一体どういう了見でこんなことをしたのやら。

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