第22話 商売ネタ

「それでは先に参ります。若様もお気をつけて」


 バスケスがテルミナ領の領都ジュリアノス市に向けて旅立った。俺たちに合流してから3日。初日の夜に到着して3日目の朝に出発だから、実質1日しか休んでいない。もう何日か休息をとるように伝えたのだが、ポッサ商会への金具の納品があるのだそうだ。信用に関わると言われれば、反対も出来ない。せめて向こうに着いたらよく休んでくれと、臨時ボーナスを支給した。美味しいものを食べるなり、どこかで遊ぶなりして英気を養ってくれ。


 クラリーノ伯父上は、折角領内の町に来たのだからと、関係者と会ったりしているようで、ほとんど屋敷にいない。それもあと数日で終わるそうなので、そうしたら俺たちも領都に向けて出発だ。


 この町にいる間にやっておくべきことは、ゲッコー医師へのお礼だが、往診鞄と医療用のハサミ、針、絹糸は揃えたので、後は渡すだけ。明日か明後日には最後の往診になるので、その時に渡せば完了。


 母上たちに頼まれていたアクセサリーは、空き時間を利用してコツコツ作っていたので、これも完了済み。


 他にやるべきことは……うん、特にないな。というわけで、自由時間だ。


 外に遊びに行っても面白いものはないので、屋内で遊ぶのだが、結局新製品の開発しかやることがない。趣味がDIYだからな、仕方ない。

 趣味と実益を兼ねたDIYとはいえ、細かい作業は飽きたので、もっと大物、馬車の改造を考えたいと思う。


 特に足回り。お祖母様のいたルフの町からここまで、ノートラブルで来た馬車は、軽く点検してみたが隠れた不具合もなし。頑張って補強した甲斐があったというものだ。いずれは馬車の足回り一式を商材にしたいので次なる改造を考える。

 サスペンションだ。コイルスプリングももちろんいいのだが、ダンパーが作れそうもないので、板バネを採用する。前世でも現役だった機構だ。

 弓型のバネを車軸と上物の間に設置して、そのしなりで衝撃を吸収する。問題は材質だ、強度的に鉄しかありえない。チタンのことが頭をよぎるが、あれはアンタッチャブルなので無いものとして考える。

 しならないといけないので、硬すぎて脆いのはNG。かといって柔らかすぎもダメ。耐久性も必要だが、重量が増えるので、極端にゴツくはできない。


 確か、リーフスプリングは、サイズの違う板バネを複数枚重ねて使っていたと記憶にある。重量は増えるが、一枚が壊れてもすぐに走行不能にはならない点で素晴らしいので、それを基本形とする。


 許容できる重量増はどれくらいか、より効率的な形状はどんなものか、耐久度はどれくらいを想定すべきか。


 頭の中で、自問自答しながら思いついたことを紙に書き付けていく。


 書き終わったところで、ドンガ親方に見せて意見を聞くべく屋敷内をうろつくと、まだ午前中だというのに、談話室で飲んだくれていた。確か鍛冶師は、仕事場が高温になるので、水分補給のために酒を飲むと聞いたが、話半分に聞いたほうがいいだろう。酒飲みはいつだって飲む理由を探しているものだからな。


「親方、ちょっといいかな。馬車の改造案なんだけど」


 細々と注釈を入れたデザインスケッチを渡して反応を見る。親方はジョッキを置いて読み始める。


 親方の流儀なのか部屋の中をぐるぐると歩きながら、時折足を止めて天井を見上げる。あるいは目を閉じて唸ったりしている。


「坊っちゃん。これは良い、素晴らしい。だが重さがなあ。バネ単体の重さは許容範囲だが、他のところも補強せにゃならん。1箇所を硬くすれば、他の場所も気になる。雪だるま式に重くなりそうな気がするぜ」


 やはりそうなるか。ざっと見積もって板バネだけで10~20Kgの重量増だ。ほかの補強でプラス10Kgだとすれば、子供1人分だ。すぐには問題も出ないだろうが、長期使用で差が出てくる可能性はある。


「確かに。特に連結部と軸は補強が必要になるか……」


「動き出しも重くなる。坂道だとよりシビアになるな」


「いい考えだと思ったんだけどなぁ」


「アイデアは秀逸だ。何種類か鋼を作って試せばそれなりのモンが出来るだろうさ。確実に乗り心地は良くなるから、売れると思うが、買い手は限られるぜ。より荷物を載せたい商人なんかは嫌がるかもしれん」


「貴族なら馬を増やせばいいが、商人はそうだろうな……。全体の軽量化とセットで考えなきゃダメかぁ」


「逆に言やあ、このアイデアは温存しておいて、問題が解決したら使えばいいんじゃねえか? 急ぎの仕事でもねえんだろ?」


 待て、逆に考える? そうだな、重量を減らす方向ではなく……摩擦抵抗を減らす方向ならどうだ?

 ベアリングだ。ベアリングさえあれば重量増も相殺できる。だが、ベアリングのボールを作る技術がない……


「親方、軸受なんだけど、抵抗を減らせないかな?」


「ん? 軸受の抵抗を減らすのは、どうだろうな。思いつかん。今よりよく滑る油でもあれば多少は動きが軽くなるが」


「例えば、石材を切り出して運ぶ時に、下に丸太を転がしたりするでしょ。そういう…… って! ああ!!」


 そうだ、シンプルに考えればよかったのだ。球体は必要ない、丸太で良いのだ。具体的には球の代わりに円柱をはめ込めば、球体よりは抵抗が増えるが、ベアリングは作れる!


「いきなりどうしたよ坊っちゃん」


「親方……、俺はすごいことを思いついたよ。いま言った丸太の代わりに、こういう円柱型の部品を車軸を囲むように取り付けたら抵抗が軽くなると思わないか?」


 転がっていたコルク栓を使って、説明する。理屈は簡単なのですぐに親方も理解する。


「イケる! 理屈的には劇的に抵抗が少なくなる! 坊っちゃん、早くジュリアノス市に移動しましょうや。そして鍛冶場を用意してくだせえ。これはすげえや。バネなんか要らねえ。これだけで大発明だ」


「いやいや、転がりが軽くなれば重量増もへっちゃらだよ。トータルの足回り一式で売ろうよ。1台分で大金貨が何枚もむしり取れるよ!」


「大金貨か! いいねえ、豪気な話だ!」


 なんなら馬車全体を売ってもいいだろう。椅子にもコイルスプリングを仕込んで、乗り心地最高の高級馬車だ。そうすればいずれは国有数の馬車メーカーになれるかも。ゆくゆくは自動車王ならぬ馬車王とか呼ばれちゃうかも?


「親方、酒もっと持ってこようよ。これは約束された勝利だ! 前祝いだ!」


「おう! 酒じゃあ! 宴をはじめるぞお!」


 浮かれまくってワインをラッパ飲みした俺はものの四半刻で酔いつぶれて、家族たちからしこたま叱られた。



◇◆◇◆◇



 それから数日後、俺たちはハチルイの町を出て、ジュリアノス市に向けて出発した。旅程は半日。テルミナ領はシルバードーン領よりも広いが、領地がやや縦長なので、これくらいの時間しかかからない。


 道中は全く問題がなかった。茎が伸び始めた小麦の緑と土の色。そしてのんびりと草を食む馬や牛といったいかにも田園風景の中を欠伸まじりに進み、目的地のジュリアノス市に到着した。


 俺たちは、伯父上の伝手で、広めの一軒家を借りて、そこを銀星商会の仮社屋とした。もっとも、ドンガ親方は市の外れの方にある鍛冶場でほぼ泊まり込みで作業だし、俺たちはテルミナ家の離れで生活しているので、実質的な機能はない。主にバスケスたちが使っているだけだ。


 そういう生活基盤を手に入れた俺は、早速例のベアリングの作成に手を付けた。ベアリングに必要なのはなんと言っても精度。精密であるほどいい。

 そこで考えたのが、鋳造をスキルで模倣することだ。最初に直径1センチほどの小さい円筒を作る。俺が鉄で原型を作り、ドンガ親方が寸法を測りながら整形する。そのためのノギスも作った。整形だけで3日掛かった。

 次に鉄のインゴットを用意し、半液体化させる。そこに先に作った円筒を押し込んで、硬化。雌型ができる。

 最後に雌型に液体化した鉄を流し込むだけ。これでサイズが揃った円柱が複製出来た。流し込んだ液状鉄が型に張り付いたりと、いくつか試行錯誤はあったものの、ここまで作業開始から完成までわずか5日のハイスピードだ。


 円柱部品を保持するケースも同様に、スキル鋳造で原型を作り、整形と組み立てはより手先の器用な親方頼みで作業した。親方が言うには、円柱部品よりもよほど難しいとのことで、10日ほど掛かった。

 その間に俺は実証実験のために中古の馬車を手配して、修理したりしていた。

「伯父上、これが銀星商会の未来の主力商品です」


 何度かの実験を終えた俺たちは、研究発表会をぶち上げて、母上を始めとした銀星商会関係者と伯父上を招待した。まあ、テルミナ家の中庭なんだけどな。


 彼らを前に右へ行ったり左に行ったり。気分はIT企業の創業者だ。


「世の中には、回転する道具がたくさんあります。水車、轆轤ろくろ、滑車、どれも回転しております。もう一つ忘れてならないのは車輪であります。 車輪がもっと滑らかに回れば、馬車により多くの荷物を積むことが出来ます。あるいは、馬の数を減らせます。それは誰でも知っています。

 では、どうやって滑らかな回転を実現するのか?

 腕のいい職人に作らせるのも良いでしょう。より滑りやすい油を注ぐのも理にかなっています。しかし、それはこれまでも行われてきたことです。ほんの少し良くなるだけです。

 今回、私レオナルドと鍛冶師ドンガは、全く新しく、効果的な機構を開発しました。その名も『銀星軸受』。

 私は確信を持っています。いずれは殆どの馬車や水車、その他の回転する道具にこの機構が採用されるでしょう」


 昨夜、夜ふかしして考えた口上を、淀みなく言い切る。続けて、背後に用意しおいた実験機の覆いをひっぺがす。


 現れたのは、宙に浮いた車輪が2つ。水面に接していない水車を想像してほしい。それの車輪版だ。

 片方は銀星軸受と名付けたローラーベアリングを装着した車輪。もう1つは従来型の軸受のもの。


「伯父上、2つの車輪を見分してください。同じ馬車から外してきたので、作りは変わりません。違いは軸受の部分だけです。そうしたら次は車輪を手で回してみてください。説明を聞くより、手で感じたほうが確実に分かりますよ」


 代表して伯父上に実験をしてもらう。回せば分かるその性能。さあさあ、ずずいとお試しになってくだせえ。


「回せば良いのか? ──ふむ、こちらは従来型だな。儂にはこれも滑らかに感じるが……。で、こっちがご自慢の新型か」


 従来型を回してみて首をひねる伯父上、貴族の当主様だ、車輪を手で回した経験なんて無い上に、空転だから軽く感じたらしい。しかし。


「む、軽い! 全く違うぞ、断然滑らかだ!」


「そうでしょう。これが銀星軸受。この状態でも違いは明らか。実際に馬車に組み込んで重さがかかればその差はより顕著になります」


 驚いて声をあげる伯父上という珍しい姿を見たせいか、他のメンバーも次々とその違いを試していく。「おお!」とか「凄い!」とか、感嘆の声を聞いているとなんとも言えない満足感に包まれる。


 全員がひと通り試した後、台座から車輪を外し、地面に横たえる。


「先程も言いましたが、違いはここの軸受けの部分だけです。内部構造は秘密ですが、たったこれだけの部品で性能が向上したんです」


 外見は、従来型が薄い円形。新型が厚みのある円形。イカリングとドーナツくらいの違いがあるが、それだけだ。内部の円柱部品は砂や埃の混入を防ぐためにカバーがされているので見えない。

 え、こんな部品だけで? と逆にそれがインパクトを与えるはずだ。


「やるではないかレオナルド。まさかこれほど短期間でこのようなものを開発するとは驚かされたぞ」


「良いわ、レオナルド。開発費を出すことを認めます」


 おお、伯父上からは称賛の言葉、母上からは開発費の支出が認められたぞ。現在の銀星商会の資産は、俺と母上の共同所有だが、実際の管理は母上がしているので、大きい出費には許可がいる。このへんは企業っぽいな。プレゼンして認められれば予算がおりてくる感じだ。


「では、引き続き開発に励みます」


 予算が認められたので、今度は作業の効率化と板バネサスペンションの研究だ。板バネはかなり実証実験が必要になると思われるので、完成はまだ先にはなるだろうが、年内には目処をつけて、来年には売り出したい。

 今は春と夏の狭間の季節だ。およそ3ヶ月後の夏の終わりに総貴族会議があるから、試作品で王都に乗り付けられそうだ。


 ちなみに、この国にも四季があり、暦も『春の1月ひとつき』とか『夏の2月ふたつき』と言い表される。今は『春の3月みつき』の終わり頃。総貴族会議は『夏の3月』だ。1年は12月で、1月は30日前後。1日は体感では24時間。時間の数え方は、2時間刻みに『刻』で表現している。


「ただし、旅行鞄の金具とアクセサリーはちゃんとノルマを達成すること。良いわね?」


 直近の収入は、金具とアクセサリー販売の予定だからな。旅行鞄で提携しているポッサ商会との商談の状況にもよるが、近いうちに少量を卸す計画だ。


「素材の調達はどうなっているんですか? 在庫が心許ないですけど」


 貴金属の地金なんてそうそう一般流通はしていない。商社みたいな商人が工房や職人と契約を結んで定期的に仕入れてくるのが一般的な形態だ。鉄も同じなのだが、全体の流通量が段違いなので、探せばくず鉄なんかは見つけることができる。


「もうすぐ届くわ。宝石もいくつか注文したから張り切って作ってね」


「分かりました。でもノルマが終わったらこっちの作業をしますからね」


 一応念を押しておく。前みたいにアクセサリーの作成リクエストで時間を取られたくないからな。


「ふふ、それは要相談ね」


 これは、危険な予感。リテイクを何度も出されて時間を失っていく未来の俺が想像できる。


「ええ、よーく相談しましょう」


 勝ち目は薄いが、頑張って自由時間確保の交渉をせねばな。いっそ、母上も金属細工を覚えてもらうか? 厳しいか。生まれながらの貴族だもんな。


「では皆さん。これにて銀星軸受の発表会を終わりにしたいと思います。お忙しい中ありがとうございました」


 お披露目という目的を果たしたので、一旦締めにする。スキル絡みで答えづらい質問があったら困るので、質疑応答はなしだ。相手は技術者じゃないからな、問題はない。  




※本来、軸受=ベアリングです。レオナルドはボールベアリングのことをベアリングだと間違って覚えています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る