第21話 噂話の信憑性

 ドンガ親方を仲間に加えた翌朝、俺は早朝に目覚めたので、庭で剣の素振りを始める。速さ重視ではなく、剣筋をイメージして丁寧に振り下ろし、ゆっくりと振り上げる。20日以上も安静だったせいで剣が重く感じるが、これは当然だろう。


「朝稽古とは大変けっこうですね」


 後ろから声かけられたので振り向くと、そこにいたのはサンダース先生だ。昨夜戻ってきたばかりだというのに、すぐに朝稽古か、タフな人だ。


「おはようございます。早めに目が覚めてしまったので、なまった分を取り戻そうかと」


「確かに振りが少し鈍くなっていますね。丁度いいので、素振りを続けながら聞いてください」


「誰かに聞かれてもいい話ですか?」


「ええ、あちら・・・にも情報は伝わっているでしょうからね。それに長い話にはなりませんよ」


 先生は、テルミナ領に到着してすぐに取って返したあとのことを順番に話してくれた。


 まず探したのは、襲撃者の一団にいた商人風の男、モニカさんが追いかけようとした男だ。そいつの足取りを追って、セブン男爵領から王都直轄領まで足を伸ばしたところで、そいつを発見。

変装して尾行したところ、とある商会の支店にたどり着いたそうだ。その商会の情報を集めると、本店は西部派閥の有力貴族の息のかかった商会だということが判明した。

 商会のガードが堅いと見た先生は、堂々とその商会に乗り込み、罪人を匿えば罪に問うと宣言した。

 店側は当然シラを切ったが、『王族への献上品を運ぶ一行を襲撃した男』は大罪人なので、隠すとそちらの為にならないとハッタリをかました。貴族の絡む商会なので穏便に済ませたいが、従わないのなら強制捜査も辞さないと告げて店を去ったところ、商人風の男は、その夜のうちに闇に紛れて西側に逃走。

 これを狙っていた先生が今度は襲撃者となって、商人風の男を捕らえたという流れ。


「えらくスムーズに進むもんなんですね」


「まあ、ところどころ端折ってますから。結果として実行犯の一人を捕らえたとだけ理解してください。そして尋問をしまして、襲撃者は裏社会の一員で、根城はレムリア領にあることまで聞き出しました」


「レムリア侯爵領の裏社会ですか、いかにもですね」


「領主と反社会勢力ですからね、裏ではつながっていて当然ですが、一応は無関係と主張できる関係性でしょう。というわけで、証拠は出ませんでしたが、これでレムリア侯爵が黒幕だと決め打ちして対策が取れます。証拠が掴めれば反撃も出来るのですが、流石にそんなものは残していないでしょう」


 なるほどねえ。俺なんか証拠をつかめなきゃ失敗って思っちゃうけど、確証を持てるだけでも意味はあるってことだな。


「一番、時間がかかったのが情報の裏取りでしたね。いいタイミングでバスケス君と落ち合うことが出来たので手伝ってもらいましてね。助かりました」


 それでバスケスはあんなに疲労してたんだな。サラッと手伝いとか言うけど、ハードな仕事だったんだろうな。より労ってあげないと。


「淡々と報告されてますけど、危ない場面もあったんじゃないですか?」


「まったく無いとも言えませんが、想定の範囲内でしたね。それよりレオ君、その裏取りをしている時に面白い噂話を拾いましてね。シルバードーン家が早くも窮地に陥ってるらしいですよ」


「ほうほう、それは興味深いですね」


 伯父上には家族の安全が第一と話した。それは嘘ではないけど、アブラーモが憎い相手であることも間違いないからな。是非ざまぁ展開になってほしい。


「アブラーモ殿の息子、カスト君ですが、他家のご令嬢に乱暴をしようとして謹慎中だそうです。それも相当質の悪いやり口だったそうで、厳しい処分は免れそうもないという噂です」


 カストは現在、別の領にある学校に入っている。

 貴族家では幼少時に家庭教師を雇い、12歳前後で学校に入学させるのがほぼ通例だ。俺は冷遇されていたので、なんだかんだと屋敷に残されていたが、カストは人脈づくりのために去年から送り出された。ただ、余りにも素行が心配なので母親のデボラもお目付け役で同行している。

 俺が追放された時にあの二人が屋敷にいなかったのは運が良かった。居れば必ず一悶着あっただろう。


 アイツはまごうことないカスだ。まず我慢というものが覚えられない。食事も適量で止めることが出来ないから肥満体だし、勉強も鍛錬もすぐに投げ出して、馬にすら乗れない。

 バスケスがまだ使用人だった頃、カストは嫌いな野菜を給仕したという理由だけで食事用のナイフでバスケスの手を刺した事がある。


 そんなカスが同じ年頃の女性が周りにいる環境で劣情をもよおして、女性に乱暴しようとしたと聞いても全く驚かない。いかにもやりそう、そういう奴だ。

「厳しい処分というと、貴族籍の剥奪ですか? となればシルバードーン家は後継者不在になりますね。そりゃ確かにピンチだ」


 俺は廃嫡と追放処分をされたが、まだ貴族だ。貴族籍を失うのは、犯罪を犯した場合と血統を失った時だ。細かい規定は他にもあるが、基本的にはこの2つ。

 血統を失うとは、俺を例に取ると分かりやすい。廃嫡、追放された俺は両親ともに貴族で、両家とも存続している。この内、シルバードーン家からは縁を切られても、テルミナの血統は失われていない。なので、まだ貴族でいられるということだ。仮に母上が平民出身だった場合は、追放即平民となる。

 世代が下っても貴族ではいられなくなるのだが、今回は関係ない。


「そういう処分になる可能性は高いでしょう。なにせルイージ伯爵家の令嬢が相手だそうですから。ですが、面白いのはここからです。そのルイージ伯爵家というのが、私が怒鳴り込んだ例の商会の後援者なんですよ。加えて、侯爵家からシルバードーン家に養子を出すという動きがあるそうです」


 どういうことだ? 少し整理しよう。


 まずは件の商会について。

 1つ、その商会はバックに伯爵家がいる。2つ、その商会は侯爵家が放った俺への刺客を匿った。つまり侯爵家とも繋がりがある。3つ、バックの伯爵家の令嬢がカストに襲われかけた。


 次にレムリア侯爵家について。

 1つ、シルバードーン家を西部派閥に取り込むために、俺を廃嫡・追放する計画に手を貸した。2つ、計画を確かにするために刺客を差し向けた。3つ、カストに嫁を出そうとしていた。


 これらに、シルバードーン家が後継者不在の瀬戸際にいることと養子の件を考え合わせると……


「まさか、カストを罠にかけた? でも、うーん……、ちょっと飛躍し過ぎな気がします。カストなら普通に犯罪しそうですし。そんなにあからさまに乗っ取りをしますかね」


 嫡子を追放し、次の嫡子を陥れて、養子を送り込む。筋は通っているがあまりにも陳腐だ。噂話が俺の耳に届くということは、情報はダダ漏れということだろう。小貴族とはいえ家を乗っ取るのにこんな雑な手を取るだろうか。アブラーモ級のアホでなければありえない。


「ははは、真偽は不明。あくまで噂話を集めて想像しただけです。でも面白かったでしょう? 時間が経って答え合わせがされるのが楽しみですね」


 あっけらかんと笑う先生。何か他にも根拠があるのか、それとも本当に面白い噂話をしただけなのか、その顔からは読み取ることは出来なかった。


 冷静になって考えてみれば、俺に関係する部分は、襲撃者のところだけだ。アブラーモが生きている以上俺が男爵家に戻ることはないだろうから、後継者云々はほぼ無関係だ。生家のことだから複雑な心境ではあるけどな。


 遠からぬうちに、次の噂も流れてくるだろう。必要があればその時考えることにしよう。


「とにかく今は、自分の商会を興す準備が優先なんで、貴族のゴタゴタは遠慮したいもんです」


「そういえば、鍛冶師のドンガさんをお仲間に加えるのですか?」


「ええ、旅行鞄の金具を見て、新しい鉄の使い方に挑戦したくなったそうで。腕に不安はありませんし、セバスの友人でもありますから」


「着々と人数が増えて、レオ君の責任は重大ですね」


「貴族家の当主よりは軽いでしょう」


「違いない」


 2人でひとしきり笑ったところで、モニカさんが登場した。先生にはきっちり、俺には心持ち軽く頭を下げて挨拶する。


「お2人とも、お早いですね」


「おはよう、モニカさん。その格好からすると鍛錬かな?」


 モニカさんは、よく見る簡略的な騎士服ではなく、丈が短めのチュニックとハーフパンツという軽装だ。首に下げたタオルが部活女子っぽい。


「そうなの、巡回がてら町を一周してこようかと思ってるけど、レオナルド君も一緒にどう?」


 ちょっと可愛がってやるかみたいな、いたずらっぽい笑い顔だ。軍隊仕込の可愛がり……。どうしてモニカさんは訓練となると、Sっぽくなるのだろうか。

「その手には乗らないよ、モニカさん。俺を追いかけ回して口汚く罵りながら、心を折るつもりでしょ。俺知ってる。軍隊ってそういうところ」


 鬼軍曹のシゴキなんて絶対参加しないから。


「何をいってるの? そんな理不尽なこと考えてないわよ」


「そりゃそうか。でも参加はしないよ。一応病み上がりなので、いきなりハードなの運動はやめとくよ」


 モニカさんは、「じゃあまた今度ね」と言って走っていってしまった。


 あれ、もしかして次回は俺も走るの?

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