第20話 先生の帰還と新たな仲間

 翌朝、朝食の席に元気のない伯父上がいた。確か昨日は母上たちと旧交を温めていたはずだ。嫁いだ妹と会える機会はそう多くないので、機嫌が良かったはずだが、どうしたのか。


「伯父上の元気がないようですが、何かあったのですか?」


 小声で母上に訊いてみる。


「ふふ、またフランに怖がられてね」


「ありゃ」


 談話室で母上とお酒を飲んでいた伯父上は気分が良くなって、フランを猫可愛がりをしたようだ。グイグイいくなという俺の忠告もお酒の力の前では無力だったらしい。


「お酒を飲んで膝に乗せようとするんだもの、あれは自業自得よ」


 斜向いに座っているフランは一晩寝て落ち着いたのか、普段どおりだ。


「伯父上、揃いました」


 家主の挨拶なしでは食事がはじめられないので促すと、ハッとした伯父上が食前の祈りを唱えて、やっと朝食が始まった。


「それでレオ、アクセサリーの製作は進んでいるのかしら?」


「ぼちぼちですね。手作業ですからそうポンポンと出来ませんよ」


「ふむ、レオナルドは銀細工が出来るのだったな、ナタリアにもいくつか都合できんか」


 母上と事務的な話を始めると、伯父上が口を挟んできた。ナタリアというのは伯父上の奥さんの名前だ。母上よりも年上だがいつもニコニコして可愛らしい人だ。人好きのする性格で、俺のことはレオちゃんと呼ぶし、自分も義伯母上おばうえではなく、名前で呼ぶようにと言われている。

 今は王都にいるらしい。


「ナタリアさんにですか? 構いませんが、気に入ってもらえるかどうか」


「あれはレオナルドのことを気にかけていたからな。喜ばせてやってくれ」


 そういうことであれば腕をふるいましょうかね。あの人雰囲気からして、おとなしめのデザインで、より和風に寄せても良いかもしれない。



◇◆◇◆◇



「おかえりなさい先生」


「ただいま戻りました。怪我はもういいのですか?」


「おかげさまで、すっかり良くなりました。遅くなりましたが、ここまで連れてきてくれてありがとうございます。──先生の方も大事だいじないようですね」


「はい、五体満足ですよ。疲れましたけどね」


 先生は、伯父上が来た翌日の夕暮れ時にバスケスとその一行を伴って帰ってきた。薄汚れてはいるが、何かしらの成果を得てきたのか、声に張りがある。


「それで、緊急で聞いておくことはありますか? なければ、このまま回れ右してサマンサさんのところに行ってあげてください」


「はは、ちょっと気が重いですねぇ。分かりました、すぐに会うとしましょう。が、一つだけ報告を。襲撃者の黒幕はレムリア侯爵です。物証は得られませんでしたが、情報は手に入れました。詳細はまた明日」


「はい、また明日よろしくお願いします。お疲れさまでした」


 先生はそういって部屋を退出した。廊下がにわかに騒がしくなったのは仲間たちが先生を労ったりしているのだろう。モニカさんが興奮した声で帰還を祝っている。ああ、マーサが新婚さんの時間を邪魔するなと怒る声も聞こえる。人気者だね先生。


「バスケスも、急ぎの用件がなければ後日にしよう。その様子じゃ頭も回らないだろ」 


 次はバスケスだが、まだまだ元気一杯だった先生と違い、見るからに疲労困憊だ。隈がはっきりと浮かび、目に力がない。


「ありがとうございます。荷物も人員も無事ですので、ご安心を」


「それだけ聞ければ十分だ。明日と言わず明後日でも構わんから、まずは疲れを抜け。お疲れさま、よく食べてよく休め」


「では、失礼します」


 バスケスとその連れ数人も一緒に退出した。連れは、専属契約を結んでいる護衛だ。事情があって領軍の兵士を退職してバスケスの護衛と下働きのようなことをしている。


 部屋に残ったのは3人、俺とセバスと、ヒゲモジャの中年男性だけだ。


「それで親方、なぜこちらに? 工房はどうしたんですか?」


 目の前の中年男性は、セバスの古くからの友人で、ドンガという名前の鍛冶職人だ。自身の工房を持ったベテランで、ドワーフの血が入っているとかで、身長は低いが筋骨隆々。多分柔道着とかよく似合う。


 先程退出したバスケスは、表向きこのドンガ親方の下で修行中の見習い職人ということになっている。親方の使いっぱしりをしている体で俺の手足代わりに旅行鞄用の金具をポッサ商会に届けたり、連絡要因としてあちこちに飛び回っている。


 親方は、細かいことは気にしない性格で、あまり俺というかシルバードーン男爵家に興味がないらしく、特別な付き合いはこれまでなかった。領を退去するときも儀礼的に挨拶しただけだ。


「こんばんわ、坊っちゃん。お元気そうでなりよりでさあ。工房は倅に譲って来たんで、今は流れの職人ですわ。バスケスの坊主にひっついてきたのはですなぁ……、まあ平たく言えば俺っちも坊っちゃんの一党に加えてほしんでさあ」


「唐突ですね、セバスはなにか聞いていたのか?」


 傍らに控えるセバスに問いかけたが首を横に振っているので、知らないようだ。


「もっと詳しくお話を聞かせてもらえますか。急な話なので……」


「そうでしょうな。ところで坊っちゃんはセバスを信用してますかい?」


「んん? そりゃもちろんしているけど……」


「セバスはどうだ、坊っちゃんに忠誠を誓ってるか?」


「愚問だ、ドンガ」


 忠誠とは大袈裟な言葉だが、顔つきは至極真面目で、緊張感すら漂わせている。部屋の中を見渡して、親方は大きく頷いた。


「坊っちゃん、神様から恩寵を賜っているでしょう。それも鉄に関係するやつだ」


 それは断定だった。確信を持って親方がスキルそれを指摘した。


 とぼけても無駄だということを反射的に理解して、頭が真っ白になった。


「ドンガ、それをどこで知った。場合によっては──」


 ズイと前に出たセバスの声は、硬質な冷たさと腹の底に響くような強さがあった。


「待て待て、剣呑な事を言うな」


 親方が両手を上げて敵意がないことをアピールする。


「言え、誰から聞いた。バスケスか、それとも他の人間か」


 完全にセバスが臨戦態勢に入っている。セバスは戦える人間ではないが、刺し違えてでもという覚悟がありありと見て取れる。


「殺気を引っ込めてくれセバス。誰に聞いたわけでもねえ、俺っち自身が気がついんたんだよ」


「いつ、どこで、どうやってだ」


「話す。話すから、ちっと下がってくれ。坊っちゃんをどうかしようなんて気はねえからよ」


 鬼気迫るセバスに詰め寄られて、アワアワしている親方をみて、ようやく俺の頭も動き始める。


「セバス、まずは話を聞こう。少し下がってくれ」


 セバスは親方から視線を切らずに後ろに回り込んだ。部屋の入口を背にして、逃さないということだろう。


「もう一度言いますがね、坊っちゃんのその”能力”のことは他人から教えてもらったわけじゃありやせん。バスケスの持っているナイフがあるでしょう、あれを見て気が付いたって訳でして」


 バスケスの持つナイフというのは、俺が作って渡したものだ。あちこちに飛び回るバスケスは、当然野営になることも多々あり、その際に包丁代わりにしたり、枯れ木の枝を落として薪にしたりと色々できるようにと大ぶりに作った。 作ったのはもう何年も前のことなので、技術も拙く、親方の注目を受けるようなものではないはずだが。


「何に気がついたのですか? 平凡なナイフでしょう」


「バスケスが、見習いを辞めるってんで、俺っちが餞別代わりに研いでやったんです。見た目は確かに平凡、というかバランスも良くねえし、形だって整っていない。出来の悪い部類でさあ。見習いがこんなものを作れば、親方にぶっ飛ばされるでしょうよ」


 なるほどな、たかがナイフされどナイフということか。職人らしく、ナイフ作りのセオリーとか勘所があるに違いない。


「でもねえ、重要なのはそこじゃねえんですよ。材質です、材質がありえねえ。あんなに純粋な鉄はありえないんでさあ」


「……ありえないってことはないでしょう」


 なんとかそう答えたが、これは完全に本質を突かれている。スキル【金属操作】の特性であり、弱点がそれだ。

 俺が鉄のインゴットを作る時の手順は簡単で、先日チタンを分離したように、対象のものから鉄なり銅なりを液体化して溶かし出す。しかし、スキルの通じない物質、例えば炭素は、元の塊に残るか、粉末状になって浮く。表面に浮いたそれを除けば、不純物はほとんど含まれないことになる。扱える金属同士なら合金も作れるのだが。

 例外は、酸化還元反応だけだ。酸素を直接は扱えないが、錆を付けたり取ったりは出来る。


「本当にありえねえんですよ、坊っちゃん。俺っちもドワーフの血を引いた鍛冶師だ。鉄に触れば、大凡のことは感じ取れる。ちっと純度が高いとかいう次元じゃねえ、人の手じゃあどう頑張っても無理だ。出来るとすれば、ドワーフの伝説に出てくる神様の恩寵ギフテッド・スキルしか考えられねえ」


 なるほどなあ、ドワーフの伝説か。過去に俺と同じようなスキルを持ったドワーフがいたんだろうな。そしてその伝説には純粋な鉄も出てくるんだろう。 親方の目を見ると、完全に俺がスキルの保持者だと確信している眼だ。


「純粋な鉄の出どころが俺だという根拠はなんですか?」


「バスケスには申し訳ねえが、あいつの積荷を一個拝借したんで。これです、この金具。坊っちゃんが作ったんでしょう、バスケスが仕入れていた鉄は普通の鉄だ。それが坊っちゃんの手を過ぎると純粋な鉄に変わる。そういうことでさあ。んで、最後の決め手は勘ですな!」


 旅行鞄用の金具を取り出して、どうだと親方が胸を張った。


「降参です、親方。決め手が勘というのは笑えませんけどね」


「若様!」


 セバスが抗議の声をあげるが、ここからシラを切るのは無理だ。少なくとも親方の考えを変えるのは不可能だろう。


「かっかっか! それは俺っちもお供に加えていただけるってことだと受け取りますぜ」


「いいよ、親方。今後とも宜しく」


 俺は右手を差し出した。握ってきた親方の手はいかにも職人という分厚くて硬いものだった。


「ドンガ。若様が認めた以上、同行は認めますが──」


 セバスが親方に注意事項の説明が──途中からはほとんど威嚇だったが──伝えられた。まずなによりもスキルのことは口外禁止。例えセバスと2人きりの時でも、理由なく話題にしてはいけない。


 親方からは1つリクエストが有った。鉄のインゴットを融通してほしいそうだ。不純物のない状態から鋼にするのは簡単だそうで、鍛冶場さえあれば最高の作品を打ってみせると豪語した。

 ただし、銀星商会の業務に従事することが優先だ。スキル無しで出来ることはできるだけ俺抜きでやるのが基本だ。


 俺はといえば、今後のことを考えていた。人が1人増えるくらいは何の問題もない。鍛冶師が所属していれば、銀星商会が金属を扱ってもより不自然さはなくなるはずだ。それは1つのメリットだろう。プロの鍛冶師の知識も有用だ。今回みたいに知らずしらずに非常識なことをしないようにアドバイスも期待できる。

 セバスの友人だから問題のある人物ではないだろうし、いい事ずくめだ。


 それから俺たち3人は、親方が仲間になるのに説得力のある別の理由カバーストーリーを考えたり、細々とした打ち合わせをして、その夜は更けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る