第19話 知識チートの使い道
「クラリーノ子爵様がお見えです」
フランとお出かけをして、夜には宴会をし、ひとりチタンフィーバーも落ち着いたある日の昼下がり、セバスから声をかけられた。
「伯父上が? 何かあったのかな」
「すぐに若様とお会いしたいとのことです」
ここは伯父上の別邸だから、ここに来る事自体は不思議でもないが、俺に用事というのが解せない。先生が戻り次第テルミナの領都ジュリアノス市に足を運ぶ予定で、伯父上にも知らせてある。
テルミナ領にたどり着いた時点で、侯爵家からの刺客の危険度は下がっている。そういう状況で伯父上が直接来る程の急用があるのだろうか。
「子爵様のご様子からして、悪い話ではないかと」
「じゃあ、いい話かな? まあいい。聞けば分かるさ」
早速、伯父上の待つ部屋で対面した。
座っていても分かる大きな体。厚い胸板と広い肩幅。テルミナの家系に多い金髪を短めに刈り揃え、苦み走ったと表現できそうなハンサム顔。ハリウッド映画に高級軍人役で出演してもおかしくないその姿は、最後に会った数年前と全く変わっていなかった。
「お久しぶりですクラリーノ伯父上。この度はローガン殿の派遣を始め、何から何までお世話になって家族と使用人一同、大変感謝しています。ありがとうございます」
「うむ、久しぶりだなレオナルド。危ない場面だったようだが、無事で何よりだ。傷も癒えたと報告を受けておるが……それがその時の傷か。男前が上がったな」
「不覚傷ですよ、お恥ずかしい」
「いや、ローガンが褒めておったぞ、とっさにフランセスカを庇ったそうではないか。不覚傷などではない、男の勲章だ」
伯父上は機嫌が良さそうに笑った。笑い声すら渋い。
「ありがとうございます。伯父上にそう言われると、生き残った甲斐があります」
「そうだな。フィルミーノも既におらんのだ、お前は簡単には死んではならん」
伯父上と父上は、義理の兄弟になる前は全く付き合いがなかったらしいが、真面目な性格同士で親近感もあったのか、とても馬が合ったらしい。俺と話をするときは必ず父上のことを口にする。それは良いのだが、決まって長話になるのが困るので、話題を変えることにする。
「それで伯父上、本日はどうされたのです? 緊急の用事でも
「おお、そうだ。お前にあれの話を聞きたくてな」
といって、伯父上は俺が書いた手押しポンプの設計書を取り出した。
「ああ、”水汲み器”ですね。不具合でも出ましたか?」
「いや、そうではない。今、これの写しを鍛冶師に預けて試作品を作っているところだ。それに先立って木製の模型を作らせたのだが……」
伯父上の従者がテーブルの上にその模型を置いた。サイズは小さいが、比率は設計書と同じ。精度さえ出ていれば使えるだろう。
「それがどうかしましたか? 外見からは精度がわからないので実際に使えるかは知りませんが、理屈の上では機能するはずです」
「確かに使える。この模型も実使用に耐えている。が、それが問題だ」
「使えるなら良いのでは?」
伯父上が腕を組んで水汲み器の模型を睨む。俺としてはそれで何の問題があるのか、としか思えない。使えることが問題だと言うならコスト面で懸念があるのでもあるまい。
「便利で画期的な道具だ。そう、画期的と言っていい。これは、大々的に発表して量産すれば、富と名声が転がり込んでくる発明品だ」
「高評価ですね。設計した俺も鼻が高いです」
「それだ」
身を乗り出した伯父上が厳しい視線で俺を射抜く。
「これほどの発明を、多少便宜を図ったからといってそうそう簡単に手放すとは、どういう思惑あってのことか、
凄すぎて不審を買ったのか? 確かに便利な道具だろう。生活は劇的に楽になるのかもしれない。しかしそれは杞憂というものだ。生活が便利になるとしても、別に歴史を変えられるわけじゃない。
「深い意味はありませんよ。純粋にお礼のつもりでお教えしたのです。便利で、人目も惹くのはそのとおりですが、逆に言えばそれだけです。何の障りがあるのでしょう」
「お前は賢いのか馬鹿なのか……。いいか、あれは水を汲み上げるのだ。何も井戸だけでしか使えぬものであるまい」
「確かに井戸に限定する物ではないですが、だからどうということもないと思いますが……」
ため息交じりに伯父上が言い募る。
「分かっておらなんだか……。儂が想定しているのは鉱山での地下水対策だ。何らかの工夫は必要にしても、決定的な対策となりうる。地下水のせいで採掘が進まぬ鉱山がどれほどあると思っているのだ。
他にも屋根の上まで水を上げれば火事の対策にもなるし、夏に涼を取ることもできる。わずか一月足らずでもこのような用途が思いつけるのだ。いずれより効果的な使い方も考案されるだろう。考えが甘いぞレオナルド。誰の眼にも有用性が感じ取れ、しかもまだまだ可能性が残っているのだぞ」
そんなに熱く語らなくても言いたいことは理解できますよ伯父上。でもまあ、そのうえで反論させてもらいましょうか。
「お言葉ですが、伯父上。水汲み器は単純にお礼です。他意はありません。確かに用途は様々でしょう。俺もシルバーグレイスの産まれですから鉱山の地下水対策でも使えそうだと分かっています。
──敢えて言います。だからなんですか? 感謝を示すのに手加減をしろと?」
こちとら鉄の産出を主産業としてきたシルバードーン家の元嫡子である。そんなことは百も承知の上だ。利便性が非常に高いからこそ値打ちがあり、だからお礼としたのだ。ローガン殿とモニカさんの派遣、ゲッコー医師の手腕なしでは俺は死んでいたかもしれない。つまり俺にとっては命の恩だ。半端なお礼では返しきれない。
「理解した上でこれをテルミナ家に差し出すと?」
「そのとおりです。むしろ水汲み器の可能性を一番知っているのは多分俺です。ねえ伯父上、俺は未熟者ですが一度差し出したものを惜しむような根性なしではありません。それを突き返すような真似はしてくださるな。俺たち全員の感謝の表れ。笑って納めてくださいよ」
ぶっちゃけ、これからも世話になるつもりがあるから、恩に着てくれれば良いなという期待もないではないが、過剰に反応されても逆に困惑する。
「しかしだな……」
「いかに有用だろうと、要するに便利な物、という範疇を出ません。直接的に国の版図を広げるわけでなく、誰かの人生を変えるものでもありません。高々、富と名声の話です。俺に遠慮なく使ってくださいな」
「富と名声。廃嫡されたお前にこそ必要なものではないのか」
「くどいですよ伯父上。受けた恩に報えない者に立身出世の資格なしと、俺はそう思っています。亡き父も賛成してくれるでしょう」
「どうあってもか」
「そうです。……伯父上、ちょっと顔が怖いです。お茶でも飲みましょうよ」
「む」
場を落ち着けるべく、俺は努めて温厚そうな笑顔を作って伯父上をなだめた。
熱くなりすぎだよ、俺も伯父上も。
伯父上は謹厳実直な人物だ。与えたものより貰ったものの方が大きくて気持ちが悪いのだろう。なんだかんだと言葉を重ねても結局はそういう気持ちの問題だと思う。一期一会の関係でもないのだからもっとアバウトに、埋め合わせはそのうちいずれ、位の扱いで良いのだ。
お茶請けのワッフルと一緒に紅茶が運ばれてきた。しばし無言でお茶を飲む。
「甘いですね」
伯父上はこのルックスで甘党だ。酒よりも菓子類に金をかけている。蜂蜜がふんだんに掛けられたこれも随分と甘い。
「口に合わんか?」
「そうですね、蜂蜜は少なめに、ドライフルーツでも散らしたら好みの味になりそうです」
「それも美味そうだ、今度やらせてみよう」
「母上たちとはもう会いましたか?」
「いや、まだ会っていない。久しぶりに会うのだ。時間を気にしたくないので、先にこちらのカタをつけてからと思ってな」
「フランも大きくなりましたよ。伯父上の顔を覚えているかは知りませんが」
「最後に会ったのは、何年も前だから仕方あるまい。また怖がられないと良いのだが……」
伯父上は、4人兄妹で弟が2人と妹が1人だ。その妹が母上なわけだが、男ばかりの中の末の妹ということもあって、非常にかわいがっていた。しかも男兄弟も何故か子供が男子ばかりで、伯父上にとって姪っ子はフラン1人となっている。過去に会ったときは、女の子の扱い方が今ひとつ分からず泣かせてしまった。それが堪えているらしい。
「あまりグイグイと距離を詰めてはダメですよ。時間をかければだんだんと慣れてきますから」
「そうしよう。時間をかけてゆっくりとだな」
「はい。どうせしばらくはご厄介になりますから、焦る必要はないですよ」
蜂蜜の甘さを紅茶で洗い流して、カップを置く。
「さて、話を戻して水汲み器の件ですが、要するに恩と謝礼が釣り合ってないと伯父上は考えているのですよね」
「まとめればそうなる」
「俺は、釣り合いが取れていると思ってお送りしました。さっきはちょっと格好つけたことを言いましたが、何のことはない謝礼です。
伯父上が高価な茶菓子を供するのと同じように、出す側に特別な思惑はありません。礼儀やおもてなしですから。受け取った側は鷹揚に構えていれば良いんじゃないかと思うんですよね」
「しかしだな……、いや堂々巡りか」
「では、伯父上の心が軽くなる情報を一つお教えしましょう。俺にとって水汲み器など序の口です。まだまだこれからも便利な物や面白い物を開発していきます。ですので、伯父上に水汲み器をお譲りしても俺に痛手はありません。甥っ子を心配してこのようなことを言われたのでしょうけど、富と名声は水汲み器以外で勝ち取りますのでご安心ください」
例えばコイルバネを作れば、弾力のあるベッドや椅子ができる。サスペンションを作れば馬車の乗り心地も良くなる。旋盤を作れば木工作業が捗るだろう。
これらはいずれも知識とアイデアだ。スキル頼りではないので、安心して発表もできる。特許のないこの世界ではすぐにパクられるだろうが、材質や形状などのノウハウを蓄積してから販売すれば、先行者として利益も得られる。
「──良いだろう、そこまで自信と覚悟があるなら認めよう。これからの活躍を期待しているぞ」
「ありがとうございます。精進します」
ふう、贈り物が高すぎると親戚のおじさんに怒られただけなのに、なんだか疲れたな。テンション上がって吹きまくっちゃったけど、それは今更か。
「ああ菓子のお代わりを持ってきてくれ。──時にレオナルド、お前たちはこれから商会を興すつもりらしいが、拠点はどうするのだ? 無論、テルミナ領で活動するならできる限りの便宜を図ろう。しかしお前の後見人は王弟殿下だろう、王都で店を構えるのか?」
「そこなんですよね。最初は王都で一旗を目論んでいたんですが、現実的に伯父上のお膝元で動くのが安全かなと。一度は殿下のご機嫌伺いに行かないとならないんで、そこでどうなるかですね」
ぬるくなった紅茶を飲みながら、銀星商会のこれからについて考える。事業計画は母上たちの手で完成しているが、活動拠点が未確定のままなのだ。
王弟殿下は面倒見の良い人だけど、お節介でもあるから手前勝手に動きすぎるとご機嫌を損ねるおそれがある。
「では、しばらくジュリアノスに滞在しろ。今年は総貴族会議の年だ。共に殿下をお訪ねして、今後のことを話し合うとしよう」
そうか、今年はその年だったか。
総貴族会議というのは、隔年ごとに王国のすべての貴族が一同に会して行われる会議である。会議と名前がついてはいるものの、実態は国の首脳陣から政策の説明を受けるだけと聞いている。むしろ、貴族たちの社交がメインで、商談やら悪巧みやらを当主同士が話し合う貴重な機会という噂だ。
なお、開催年でない年は、王族の行幸が行われることが多い。
「総貴族会議ですか、その時分ですと殿下もお忙しいのではないでしょうか?」
「予定を早めて出発すれば良いだけのことだ。それに儂と一緒なら警備を厚くできる。レムリア侯爵がおかしなことを考えても対処はしやすかろう」
現在、俺たちはテルミナ領で保護されているので一応は安全地帯にいる。これは、テルミナ領でその身内に悪さをすれば、テルミナ子爵が出張ってくることが襲撃者の黒幕も分かっているからだ。貴族のプライドは時として証拠を必要としない。目には目を、とばかりにあちらにも物騒な嫌がらせをすることになり、エスカレートすれば紛争になってもおかしくない。
場所が王都であっても、伯父上の庇護下にいる状態なら同様だ。
とはいえ、商人として動き回る必要も出てくるので、いつまでも伯父上のコバンザメでもいられない。
「襲撃者の裏にレムリア侯爵がいると仮定して、落とし所はどのへんになるのでしょうか。王弟殿下の顔を潰しているので、なかったことには出来ないと思われますが……」
「相手は西部貴族の大物だ。表では無関係な顔をして、裏では殿下に対抗するだろう。殿下としても男爵家の後継者問題に王家の強権を使うのも躊躇われるはずだ。アブラーモめに何らかの責めを負わせることは可能だろうが、お前の扱いがどうなるか……」
「大きな声では言えませんが、シルバードーン家に戻るつもりは無いので、最低限、俺と俺の関係者の安全だけは確保したいですね」
家族、特にお祖母様あたりは俺の男爵家復帰を願っていると思うのだけど、危険を犯してまで男爵になりたいとは思わないんだよな。自分と周りの人間が幸せになるために絶対必要なものでもないし。
「確かにな。特にフランセスカのことを考えればそうなるか」
「いずれフランが嫁に行くときに、恥ずかしくない形で送り出してあげられれば、十分じゃないですか。もし王子様のお嫁さんになりたいと言われれば困っちゃいますけど」
「フランセスカはアデリーナに似て器量が良いからな、ない話でもないぞ」
「あったとしても未来のことです。それまで平穏に暮らすことが第一ですね」
「平穏な暮らしだな。相分かった。そうなるように儂も尽力しよう」
「お世話になります」
そう言って頭を下げたところで、お代わりの菓子が運ばれてきた。今度はドライフルーツの乗ったワッフルだった。
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