第17話 掘り出し物
抜糸して3日後、新たな出血もなく、俺は晴れて自由の身になった。
というわけで、今日はフランとお出かけの約束を果たすことになった。
「兄さま、似合いますか?」
フランが薄紅色の簡素なドレスを着て、その場でくるりと回転する。袖とスカートの端にはレース生地のフリルがあしらってある。
「もちろん。今日もかわいいな」
髪型を崩さないように、ぽんぽんと押さえるように頭をなでる。先日贈った(持っていかれた)ネックレスも首元を飾っている。
「おはようございます」
「おはようございます、モニカさん」
今日のお出かけにあわせて、領軍での鍛え直しから復帰したモニカさんと挨拶を交わす。
モニカさんの顔を見ると、少し痩せた……やつれた感じがするが、表情は暗くない。襲撃時の失態とかは、いまさら俺が口を出すべきことではないが、後を引いていないようで良かったと思う。
ローガン殿によると、モニカさんは当主クラリーノ伯父上の別命があるまでは俺たちの護衛を続けてくれるようだ。先生が不在の今、こうして護衛をしてくれる彼女には頭が上がらない。ローガン殿は伯父上への報告のためにこの町を離れている。報告が済み次第、こちらに来ると言っていたが、実際にそうなるかは伯父上の判断に因るだろう。
「じゃあ、お出かけ前に昨日作った髪留めを二人にあげよう」
銀製のフォークを一つ潰せば、ヘアピンサイズのものが3つ作れるので、フラン用の物もおそろいで作った。構造は単純至極で、針金状の鉄を180度折り曲げて本体を作り、そこに流れ星のデザインをした銀の細工物を融着しているだけだ。一応は飾り物として通用するだろう。
モニカさんは、ヘアピンを受け取ると前髪を横に流して止め、おでこを露わにした。
うむ、短髪デコ娘。良いのではないだろうか。
フランの方は耳の上に差し込んだ。
「フランちゃん、よく似合ってるわ」
「うふふ、モニカお姉ちゃんとお揃いなの!」
二人がヘアピンを見せあって笑っている。喜んでくれたようで何よりだ。
「あの、素敵なものをありがとうございます」
「いえいえ、つまらないものですが。それと、もうしばらくは旅の仲間ですから、口調はもう少し砕けてもらえるとありがたいです」
別にフランと同じようにレオちゃんと呼ばれたいとは思わないけど、少し堅苦しんだよな。そういう性格なんだろうけど。
「えっと、はい。じゃあ……レオナルド君ありがとう。こんなかんじで……?」
「いいね、そんな感じでお願い。俺も口調を改めるけど、不愉快だったら教えてね」
「分かりま……分かった。よろしく」
まだちょっとぎこちないけど、フランとは普通に話しているんだから直に慣れれるだろう。
3人で連れ立って町に赴く。セバスは邪魔をしないようにと配慮してか少し離れてついてきている。
「最初はどこに行く?」
特別な観光名所があるわけでもなく、それほど大きな町でもないので、俺たちが行くようなところは、目抜き通りに連なっている店ぐらいしかないが、フランは両脇に俺とモニカさんを従えて鼻歌交じりだ。
「雑貨屋さんもいいけど、最初は洋服屋さんかなぁ」
フランに手を引かれて洋服店に入る。正直、洋服屋というよりも生地屋だ。基本的に吊るしの服はなくて、オーダーがほとんどだから仕方ない。例外は下着類だが、今日のところは関係ないな。
フランとモニカさんがワイワイと生地を広げて手触りなどを論評する間、俺はディスプレイされていた商品見本のチュニックの縫製の良し悪しなどを確認するふりをしながら時間をつぶす。
こう見ると、意外に色とりどりではあるのだが、鮮やかな色が少ない。経年劣化もあると思うが、多分元々こういう色なのだろう。
「兄さま、これが可愛いの!」
そう言って差し出してきたのは、水色の生地。落ち着いた色合いで服にも小物にも使えそうだ。多少ごわついているが、貴族向けの店でもないし、こんなものだ。
「色がいいな。夏物のワンピースでも作るかい?」
「お帽子が良いかなーって思うの」
涼し気な色合いだし、生地がザックリしてるから、多少の通気性もありそうだ。
「良さそうだな。ここで作ってもらうかい?」
「ううん、マーサたちにお願いするの」
フランが気に入ったのでサクッとお買い上げ。荷物は裕福な客は配達してもらうのが基本なので、ここでの受け渡しはなし。
「モニカさんは、どれか気に入った?」
「あ、いえ……私は見ていただけだから」
とは言うものの、モニカさんの手には薄手のエンジ色の布がある。やや光沢があるところを見ると、多分シルク。高級品の部類だ。
この布だったら……
「スカーフとかどう?」
先日の不手際から心機一転する意味で、装いに変化をつけるは良いと思う。犬扱いするわけじゃないけど、首に巻けばよく似合いそう。
脳裏に唐草模様のスカーフを巻いたモニカさんが現れても、笑ってはいけない。
「いいね! モニカお姉ちゃんそうしようよ」
「あの、少し値の張る生地なので……」
「そう言わずに」
押し問答になる前に俺はモニカさんの手から生地を抜き取って店員さんに渡す。いくらシルクでも、スカーフ用のサイズの布一枚だ。値段だって小銀貨1枚(約10,000円)もしないだろう。銀のヘアピンはあっさり受け取ったのに、遠慮する基準が不明だな。
まあ、前世の感覚からすれば目の玉が飛び出るほど高いわけで、手軽に贈るには、ためらう気持ちもある。だが、布に限らず何であれ新品はいい値段をするし、手作業で織られていることを考えると、決して不当な値段ではない。貴族の端くれという立場からしても、適正価格でという条件はつくが、相応に散財するべきと教えられている。
要は、うまく財産が行き渡るように配慮することだ。
今回の買い物も、滞在しているハチルイの町へのお礼という意味合いがある。 そういう風に考えれば、貧乏性な俺でも納得して買い物ができるのだ。
「布はこんなところかな。次は雑貨屋へ向かおうか」
母上たち用の布もいくつか選んで、支払いをセバスに任せた俺は二人を促して、数件隣の雑貨屋に足を向ける。
「フランは雑貨屋で買い物したことは?」
「一度だけあるの。面白かった!」
「そりゃあ楽しみだ」
わずか距離しかないので、すぐに雑貨屋へとたどり着く。
先程の服屋兼布地屋からすると、グッと庶民的な佇まいだ。食器から玩具まで雑然と並べられた雑貨の数々。その割には店舗が狭いので、ぎゅうぎゅうに陳列されている。
前世も敢えてこのような陳列をした雑貨の量販店があったなと頭をよぎる。密度の濃さがテンションを上げる。
「ついつい買いすぎてしまいそうだ」
まず目についたのは、調理道具。包丁、鍋、フライパン。木製品が多い店内で、数少ない鉄製品だ。鍋などは銅も一般的な材質だが、ここには置いてないのかと訊いてみると奥から出してくれた。
これらをまとめて購入。品質的には疑問符のつく出来だが、スキルで精錬してしまうので気にしない。ついでに、青銅製の燭台も1つ購入。これはデザインが気に入ったからだ。研究材料としたい。
それ以外の雑貨は、形が面白いもの、目新しいデザインをしたものを中心に買っていく。直接デザインをパクるつもりはないが、自分や母上たちの刺激になればいい。
フランは、木の蔦で編んだ籠を欲しがった。取っ手のついた浅めのボウル型で、テーブルの上に置いてパンや果物などを乗せておけばしっくりきそう。
「そうだ、店主。これを見てもらえるかな?」
ふと思いついた体で、フランたち用に作った時に余った材料で作った銀のヘアピンをカウンターに置いた。デザインはお決まりの星型。ただし、フランたちの流れ星デザインとは違って、輪郭を銅で縁取った大きめの星が一つだけついた物だ。
「貴族の若様、これは? 銀製品のようですが……」
「趣味でね、金属の細工をやっているんだよ。だから目の肥えた人に意見を聞きたいんだ。どうかな、売り物になるかい?」
「はあ、趣味で細工物を……。手にとって見てみても?」
了承すると、店主がヘアピンを手にとって重さを感じてみたり、裏返してみたり、虫眼鏡を取り出して細部を確認したりと詳細に見始めた。緊張しているのか、俺たちの入店以来ずっと無表情だ。
「ふむ、高品質の地金で、表面は曇り一つなく磨き込まれ、造形にも歪みがない。鉄の台座と上の銀の星もしっかりとくっついていて、丁寧な仕事です。何より銅の縁取り処理が見事。当店でしたら小銀貨6枚(約6万円)で売りますね。買取なら5枚です」
造形うんぬんは、スキルで柔らかくしながら作っているのでほとんど粘土細工だし、修正も補正も思いのまま出来るので苦労はない。最後に表面だけをごく薄く液状化すれば光沢も出せる。
「嬉しいことを言ってくれるね。自信になるよ。それで相談なんだけど、この店にはアクセサリーに使えそうな宝石や貴石の取り扱いがあるかな? 他には貴金属の塊もあれば買いたいのだが」
「田舎町の小さい店ですから、宝石は取り扱いはございませんが、町の職人に頼まれて仕入れた
「へえ、翡翠ね。それと黒い金属の塊とやらも興味深いね。ぜひ両方見せてほしい」
この世界では透明の鉱物を指して宝石としている。不透明な翡翠とかラピスラズリとかは貴石と呼んでいる。値段は産出量と人気次第だが、産出量が多く硬度が低い翡翠は比較的流通量がある。
なお、最も高価なのはルビーで、六条の光芒を宿したスタールビーが最高とされている。
「では、少しお待ちください」
店主が下がっている間に、先程のヘアピンの値段について考える。
卸値で小銀貨5枚。元々のスプーンが大銀貨2枚(約10万円)前後なので、それを3つのヘアピンに作り直しすとざっくり元値の1.5倍か。3つ作って小銀貨5枚の利益。作業時間は1刻(2時間)なのでなかなかの利益率だ。この評価なら、仕事としてやっていけそうだが、使用人たちを食わせていくには足りない。もっと高付加価値の商品を開発しないとな。
「おまたせしました」
店主が、体格のいい若い男を連れて戻ってきた。みかん箱くらいの木箱を若者が、手のひらサイズの小箱を店主が持っている。
「まずは翡翠でございます。手にとってご覧ください」
カパッと小箱を開いて中を見せてくる。お言葉に甘えて何粒かをつまみ出して確認するが、想像と違って、翡翠は翡翠でも原石だった。これだと、カットを始めとする加工を先にしなきゃ使えない。スキルが通用しそうにない鉱物なので、割にあわないし、そもそも加工技術がない。これは買えないな。
「原石は、ちょっとな。石の加工は趣味の範囲外なんだ。わざわざ出させたのにすまないが、これは引き取れない。もう一つの黒い金属とやらをこちらに」
若い男が木箱の中から黒い塊をいくつか出してテーブルに置いた。
手にとって観察すると、確かに黒い。しかも原石と思しき状態なのに光沢があり、外見だけなら石炭に見える。大きさは鶏卵くらいで、形はいびつな三角錐や六角形のテーブル状だったりして結晶化しているのがよく分かる。
手にとってほんの少しだけスキルを発動する。スキルで金属を扱う時、手応えのようなものを感じるのだが、金属の種類によって微妙にその『感触』が違い、合金の場合は複数の感触がある。結晶化した鉱石といえば、水晶が連想されるが、水晶もスキルが通用しないので違うようだ。
スキルによると、この黒い塊は鉄の鉱石である事が分かったが、同時に初めての感触も伝わってきた。それもほんの少し混じっているという手応えではなく、鉄と同程度は含まれている感触だ。
未知の金属……これは予想していなかった。
現時点で俺がスキルで扱ったことのある金属は、鉄と金銀銅と錫、後は亜鉛くらいだ。
後は金属製品に微小に含まれる金属成分がある。一応扱えはするのだが、量が少なすぎて感触も判別不能、種類別に分離するのも不可である。今のところは一まとめにしておいて、いずれ量が溜まったら研究するつもりだ。
果たして未知の金属は何なのか。嬉しいのはクロムだ。クロムがあれば、ステンレスが作れる。そんなものが出来た日には、歴史に名が残るかもしれない。 まあ、身の危険が高まるようなものは発表できないが、それでも使いようはある。含有量を調整して、錆びにくい鉄として売ってもいいしな。
まあ、クロムと決まったわけではない。屋敷に戻ったら色々と試してみよう。
「よし、この黒い鉱石は全部買おう。いくらだい?」
「えーっと、正直値付けに悩みます……」
この鉱石を仕入れた経緯を訊いてみると、どうも半年ほど前に先代店主の知り合いの行商人に頼まれて引き取ったのだそうだ。行商人は、珍しいものなので好事家にでも売ろうと考えたが、うまく捌けず、最終的に今の店主に頭を下げた、ということらしい。先代の知己であるので無下にも出来ず、引き取っては見たものの、懇意にしてる鍛冶師に見せても使い道がわからず、不良在庫となっている。
そういうことであれば、おそらく仕入れ値は二束三文。
商売人ならば、安く買い叩かれそうな話を客に言うのはどうなのかと思ったが、安すぎると逆に俺が不審がると考えたそうだ。まあ、俺も貴族の端くれだからな、怖がられることもあるということだ。
「では、一般的な鉄鉱石の相場の倍でどうだろうか? そちらの損にはならないと思うが」
「それは……高すぎます。鉄鉱石と同額でもこちらとしてはありがたいです」
「はは、仕入れの話といい正直だね。まあその正直さに感じ入ったということで、納得してほしい。実際に珍しいものだからね、買い叩く形にはしたくないんだ」
「では、その値段で。ありがとうございます」
内心、それなりの値がついて嬉しかったのだろう、深くお辞儀をしているが、ちらりと見えた店主の口元はほころんでいた。
俺はいい取引が出来たと内心で自画自賛していたのだが、この黒い塊が、後に大きなトラブルの元になることを、この時はまだ知る由もなかった。
-----------
劇中での通貨の目安は以下のとおりです。
大金貨 500,000円
小金貨 100,000円
大銀貨 50,000円
小銀貨 10,000円
大銅貨 5,000円
小銅貨 1,000円
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます