第15話 力を合わせて

 そんなこんなで、病人生活も7日ばかりが過ぎた。ゲッコー医師の許可も下りたので、部屋の中を歩いたり、テーブルでトランプをすることが出来るようになった。


 フランは最初の数日は病室にほとんど居っぱなしだったが、俺の回復具合に安心して、お勉強したり、町にお出かけをしたりして、表情も明るくなってきた。それでも折にふれて顔を出し、今日は何があったのだとか、アレが美味しかったとかを話してくれる。


「俺の怪我が治ったら、一緒にお買い物にでも行こうか?」


「うん! 兄さまに町を案内してあげるの!」


 と言ってくれた。


 実家を追放されてからこっち、なるべくフランのことを気にかけていたつもりだが、とっくりと時間をかけて相手をしてやれていない。これは体調の回復次第、埋め合わせをせねばと思う次第である。


 その一方で、体調が戻ってくると、退屈さも増してくる。動けそうなのに外出禁止というのは地味に辛いものである。かといって、『探さないでくだい』と書き置きを残して逃亡するわけにもいかない。


 ゲッコー医師と相談の結果、読書が許されることになった。ついでに紙とペンも使って構わないと言質を得た。


 早速、セバスに用意してもらって、ペンを走らせる。


 考えるべきはテルミナ子爵、クラリーノ伯父上に対するお礼だ。聞けば、俺が今いるこの屋敷もテルミナ家の別邸らしい。医者の手配も、俺たち全員の受け入れも伯父上の厚意によるものである。改ってお礼を言うと却って怒るような気性の人なのだが、これからもまだまだ世話になる予定なので、お礼をせずに済ませるわけにもいかない。甘えきっちゃうと居心地も悪くなりそうだし。

 

 そこで、俺は考えた。私人ではなく、領主という公人では断りきれないお礼をすればいい。内政チートの出番だと。


 ズバリ、手押しポンプである。


 そこそこの技術力が必要で、開発にも数人の鍛冶師を数ヶ月拘束するぐらいの出費が必要という難点はあるが、その利便性を知ればお礼として十分通用するだろう。


 概略図と、詳細な設計書を書き起こす。材質はお任せだが、これのキモは部品精度。滑らかに、しかしきっちり密閉性が保たれなければならない。

 概略図に細々と注意事項を書き付けていく。なんというか、ゲームの設定を考えているみたいで楽しい。

 設計書をセバスに見せて意見をもらい、補足説明をいくつか加えて完成した。 原理は理解できずとも、そのように作れば、このような動きをする、ということが伝わればいいのだ。


「では、伯父上にお礼状と一緒にこの設計書を送ろう。手配を頼む」


「かしこまりました」


 手押しポンプをそのまま商売に繋げるのか、それとも機密扱いにして別の活用法を見出すのか、そこらへんは伯父上の考え方次第だけど、どうやっても開発にかけた費用の元はとれるだろう。喜んでいただきたいものである。


 その日は、一仕事終えて気分良く寝ることが出来たのだが、翌日に俺は暇つぶしで始めた仕事を丸一日で終わらせてしまったことに気がついてしまう。


 まだ、安静期間は10日以上残っている。

 そこで、次は自分の商売のネタを考えることにした。


 俺のアドバンテージはなんと言ってもスキル【金属操作】。前世の知識もあるにはあるが、専門知識がないので、何をするにしても研究したり、試行錯誤をしなくてはならない。

 短期的には金属製品で利益を出し、長期的には知識チートを駆使して手広くやりたいと考えている。


 そこで新しい商材として見込んでいるのが農具・工具類である。構造がシンプルで量産しやすく、需要も安定している。そこに圧倒的な低コストによる低価格かつ高品質な道具類を投入すれば、かなりのシェアを握れるものと踏んでいる。

 剣などの武具類も、単価は高いし候補としては有望なのだが、ちょっと目立ちすぎる可能性が高い。文字通り戦略物資なだけに、上流階級に目をつけられ易いと思うのだ。飼い殺しで搾取される人生は嫌だ。

 その点、農具や工具なら少々羽振りがよくても悪目立ちはしないはず。


 手始めは、テルミナ領だ。領内の鍛冶師達との競争になるが、先の手押しポンプという新しい仕事も増えるはずなので問答無用で排斥されることもないだろう。伯父上のお膝元でシェア争いの騒動を起こすつもりもないので、規模もそこそこに留めるつもりだ。


 商売が軌道に乗ってきたら、金属製品以外にも手を出して、スキル頼りからの脱却もしていく必要がある。


 そんな感じで、思いつきを次々にメモしていく。母上たちにも意見を聞いて、修正も入るはずだが、まずはすべてを書き出すことに集中する。


 うん、療養中の仕事としては丁度よいな。じっくり時間をかけて事業計画書のたたき台を完成させよう。ゲッコー医師の治療も常駐ではなくて往診になっているので、秘密の保持も簡単だ。


 こういう、取らぬ狸の皮算用をしているときは楽しいものである。

 たっぷり7日かけて、『(仮称)銀星商会、事業計画書案』を書き上げた。なかなかの大作になった。


 完成したその日の夜に、早速商会の幹部となるべき人間に集まってもらう。

母上、セバスそしてお祖母様だ。


 最初に、お祖母様に俺のスキル【金属操作】を実演しながら説明する。


神の恩寵ギフテッド・スキルとはたまげたねぇ」


 と驚かれたが、すんなりと信じてくれた。今まで秘密にしていたことを謝ったが、隠して当然と気にした様子もなかった。


「まずはお手元の計画書案を読んでください。意見もダメ出しもあろうかと思いますが、まずは一通り目を通してください」


 招集したメンバーの役割案は、商会長兼製造責任者の俺、財務関係を担当してもらう母上、番頭のセバス。相談役のお祖母様となる。これにセバスの息子のバスケスが加わることになるが、バスケスは未だにテルミナ領に来ていない。セバスによれば、連絡は取れているので心配ないとのことなので、信じて待つことにする。


 その日の会議は夜遅くまで続いた。悲しいことに殆どが俺の計画書へのダメ出しだった。


 曰く、成功するという仮定が前提として多すぎる。商会規模をある程度に留めるなんて傲慢な考えでは成功しない。予算が大雑把すぎて意味がない。スキルの隠蔽にもっと気を使え、などなど……

 俺の案がそのまま通ったのは銀星商会という名前だけだ。一つでも認められたことを喜ぶべきか……


 メタメタにやられて、意気消沈したその日は、悔しくて眠れなかった。


 開けて翌日の朝食後。追い打ちをかけるように母上が宣言した。


「私とセバスで計画書を書き直します」


 あんなに頑張ったのに、仕事を取り上げられてしまったのである。あまりの仕打ちに憤慨した俺だったが、その憤りも数日後に完成した母上とセバスの計画書第二弾を読むまでだった。


 まず計画の中身が随分と変更されていた。


 商会の最初の事業は、農具・工具類ではなく、金銀の細工物でスタートすることになった。農具などでは、数を売らなければいけないので初期投資が大きすぎ、また在庫の保管もネックになるという理由からだ。

 デザインは、既存の意匠と女性陣の意見を参考にして、いずれはデザイナーも雇う。まあここは前世の記憶とDIYの経験が役に立つだろう。

 貴族社会のコネという武器があるので、宣伝も期待できる。

 もちろん、これまでやってきた旅行鞄の金具の卸しは継続して行う。


 事業が失敗した場合の、別の案も複数提示されている。


 次に商会の業態として、スキルの秘密を守るために、小売業ではなく製造と卸売業に特化することになった。少しでも窓口を絞ることで関係者の絶対数を減らすということだ。

 小売店舗が必要ないので、販路を広げる際にも有利になる。利益の総取りが出来ないというデメリットは、利益の分配をすることで味方も増えるというメリットで相殺する。


 商会の人事も変更された。実質的な役割は俺の案のとおりだが、商会長はセバスに、番頭はバスケスとする。

 俺たちはオーナー一族として、表向きは直接経営をしない。実質的にはバリバリと携わるわけだが、これもスキル隠蔽の一環らしい。


 こういったことが、見やすく、読みやすく、分かりやすい形で書かれている。この計画書を見て、俺は数日間の悔しさも忘れて、なるほどと思ってしまった。予算一つとっても、ちゃんとした計算式とその根拠が示されるなど、比べるべくもなく完成度が違いすぎる。


「何も言うところはありません。おみそれしました」


 まさに脱帽というところだ。あら探しをする気も起きない。


「うふふ、そう言ってもらえて嬉しいわ。でも、レオの原案をたたき台にしたからしっかりとしたものが出来たのよ。だからレオも気を落とさないでね」


「そうだよ、気を落とす必要はないさ。そもそも、レオナルド抜きではやれないことなんだ。こういうところは大人を頼りな。それは恥ずかしいことじゃないんだよ」


 母上のフォローも、お祖母様の言葉もありがたい。


 そうだよな。追放以来、俺は気負いすぎていたみたいだ。自分に出来ない部分はできる人を頼って、力を合わせて頑張る。そういうやり方でいいんだよな。

 いくらスキルがあったって、肝心の使い手おれの経験も能力も足りていない。それを忘れないようにしよう。


 俺はひとりじゃない。そんな当たり前のことを胸に刻んだ。

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