第2章 エルフ騒動
第14話 締まらない話
気がついたら、日当たりのいい部屋で寝かされていた。
「ここは…?」
「あら、気が付かれましたか」
独り言に返事があった。声のした方を見ると、見知らぬ白衣の女性がいた。
長めで少し尖った耳、ハーフエルフの特徴だ。珍しいな。
「えっと、はじめまして」
「はい、はじめましてレオナルド様。いま先生を呼んできますので、そのままでお待ち下さいな。ああ、傷口を触らないでくださいね。では、少々お待ちを」
といって、ハーフエルフの女性は出ていった。看護師さんだろうか、この屋敷の使用人だろうか。
高級感のある調度品を見るに、宿屋でも教会でもなさそう。そうすると裕福な誰かの邸宅か。
傷口に触れるな、ということは俺はどこかを怪我をして? 確かあのとき後ろから殴られて……ああ、その時の傷か。
どのくらいの傷を受けたのだろうか、気を失うくらいだからかすり傷というレベルじゃないだろうな。ちょっとくらい触っても大丈夫だろうか。ダメだと言われたけど気になる。
「ダメですよ。まだ傷口はふさがってませんからね。気にはなるでしょうが我慢してください」
気がつくと、痩せぎすで初老の男性が俺の傍らに立っていた。少しぼうっとして感覚が鈍くなっているから気が付かなかった。
「お医者様ですか?」
「はい、ゲッコーと申します。ご気分はいかがですか?」
「ちょっと頭がぼんやりしてます。俺も質問があるのですが」
身体を起こそうとして、失敗する。痛みはないのだが、力が入らない感じだ。
「痛みを抑える薬を使っていますからね。うまく体が動かないはずです。無理に起きようとしてはいけませんよ。薬は少しずつ減らしていきますので、それに併せて意識もハッキリしてくるでしょう」
「ここはどこで、俺はどうしたのでしょう? ──いや違う違う! フランたちは、俺の家族はどうなりましたか?! 痛っ…!」
興奮したせいで左側頭部に鋭い痛みが走る。
「皆さんご無事です。ですから興奮しないで、落ち着きなさい。リュシーさん、彼に白湯を」
俺の胸に手をおいて軽く抑えつけたゲッコー医師にたしなめられる。
そうか、フランたちは無事か。それは何よりだ。
リュシーと呼ばれた先程の白衣の女性が、部屋の一角に白い布で区切られた場所に引っ込み、すぐにコップにぬるま湯を入れて持ってきてくれた。
「ありがとう、いただきます」
「ゆっくり飲んでくださいね」
「飲みながら聞いてください。ここはテルミナ子爵家の治めるハチルイの町です。理解できますか?」
ハチルイの町、俺たちが目指していたテルミナ領の最初の町だ。どうやら俺は無事に目的に到着、というか運び込まれたらしい。
「はい、テルミナ領の西の町ですよね」
「よろしい。ご自身の名前は言えますか? フルネームでお願いします」
「? レオナルド=ガラ・シルバードーンですが」
「先程のフランさんというのは、どなたですか?」
「俺の妹です」
「妹さんの年齢は覚えていますか?」
「はい、7歳です」
「指先や足にしびれなどはありますか?」
「特にはないですね」
ゲッコー医師は俺の目をじっと見ながらふむふむと頷いている。
「受け答えにおかしな点はなく、意識はほぼ明瞭。目の焦点も合っているようですな。これならよろしいでしょう。リュシーさん、ご家族をお呼びしてください」
家族が呼ばれる間に、追加の説明を受けた。
今日は俺がここに運び込まれてから3日目であること。
頭の傷は、殴られたのではなく、矢傷であること。その矢はもう少し深い角度で当たっていたら、突き刺さっていた可能性が高いこと。気を失ったのは、矢に弾かれて、地面に頭を打ち付けたことが直接の原因らしいこと。
昨日、一度目を覚ましたらしいこと。
寝言をブツブツ言っていたので、意識の混濁の恐れがあったが、現時点では大丈夫そうなこと。
「経過は順調ですが、かなりの血を失いましたのでしばらくは安静してください。最低でも10日。できれば20日は動いてはいけませんよ」
そう言って、ゲッコー医師は母上たちに場所を譲った。
母上とお祖母様の顔色が悪い。これは相当心配させたな。まあ当然か。
「おはようございます、母上。お祖母様も」
右手を上げて挨拶をする。その手は母上にはっしと捕まえられて、ニギニギされる。冷たい手が心地よい。
「大丈夫なのレオ? 痛いところはある? ちゃんと聞こえてる? 身体は動かせる?」
早口でまくしたてる母上に苦笑する。こんなに焦っている母上は初めてだ。
「落ち着いてください。ちょっとだけ頭がぼんやりするだけです。ご心配をおかけしたようですが、ひとまずは大丈夫です」
「そう、嘘じゃないのよね? 良かったわ……本当に良かった…!」
手を高速でモミモミしながら母上が泣いていた。その隣のお祖母様を見ると、鋭い目つきで俺を観察している。ニコリと笑いかけると、小さく頷いてくれた。
「まあまあ、母上。しばらくは安静だそうですが、逆にいえば休んでいれば、回復するということですから」
「そ、そうよね……」
「お祖母様にもご心配をおかけしました」
「昨日はどうなることかと焦ったけれど、それだけ喋れれば大丈夫そうだね」
「記憶にないのですが、昨日一度目を覚ましたときのことですか?」
「覚えてないのならいいさね」
ん? 昨日何かあったのか? あったっぽいな。
変なことでも口走ったのだろうか……
「何があったんですか? 気になります」
「まあ隠すほどのことでもない、か。──実は昨日レオナルドが目を覚ました時にね、たまたま私達は席を外していて、フランが看病していたんだよ。それで嬉しすぎたらしくてねぇ、思いきり抱きついたのさ。そしたら勢い余ってフランの頭がレオナルドの顎にね……」
「白目をむいて失神したので、トドメが刺されたのかと思いました」
真面目な顔をしてひどいことを言うリュシーさん。
顎に手を触れてみると、確かに打ち身と思しき痛みがある。
「つまり、目を覚ました直後にフランにガツンとやられて再度倒れたと」
「そういうことだね。貧血と薬の影響もあるそうだけど、恨まないでやっておくれよ」
「そりゃあまあ恨みなんてしませんけども」
目覚めた兄と看病していた妹の割と感動の場面のはずなのに、締まらない話だ。まあフランも悪気があったわけじゃないはずだから、責める気持ちになんてならないけどな。
「それで、フランはどうしているのです?」
「その後ずっと泣いていてねぇ。泣きつかれて今はお昼寝中だよ。後でまた連れてくるよ」
ゲッコー医師が「この辺で」と面会を打ち切ったので、母上とお祖母様は下がっていった。
色々と聞きそびれたこともあるけど、概ね問題はなさそうだ。とにかく全員が助かっていればそれで十分。おいおい他の面子も顔を見せに来るだろうし、ここはおとなしく休ませてもらおう。
昼食に薄い麦粥ををもらい、薬を飲むと睡魔がやってくるので、そのまま夜まで眠った。
その後は、起きて食べて寝て、面会に来てくれた人と話をしながら数日を過ごした。薬の量も減ってくると頭もはっきりとしてくる。そこでふとサンダース先生とまだ会ってないことに気がついた。
先生はどうしたのか、と尋ねてみたところ、驚いたことに、先生は俺の症状が小康状態になった途端に一人で襲撃者の残党狩りと背後関係の調査に行ってしまったらしい。
俺が怪我をしたことをとても悔いていたようで、止められる雰囲気じゃなかったと母上が言っていた。
確かに護衛として思うところはあるだろうし、その気持ちも理解できるのだけど、なんだか先生らしくない、というのが俺の印象だ。
それとも、更なる危険を感じ取ったとか? 腑に落ちないところはあるにせよ、俺はこの状態だ。信じて待つしかないだろう。幸い、愛馬は残していったらしいので、それほど遠くへは行ってなさそうなのが安心材料だ。
何にせよ、新婚さんなんだから無茶はしないでほしいところ。
もう一人、モニカさんも見ていないが、こちらはローガン殿の命令で、領軍に混じって鍛え直されているとのこと。やはり、護衛を放り出して敵を追いかけたのが、ローガン殿いわく言語道断らしい。
こちらもほどほどにお願いしたい。フランとも相性がいいし、ひとまずの安全は確保できたにせよ、絶対に安心というわけじゃないからな、できればテルミナ領にいる間は敏腕SPとして、汚名を返上してほしい。
それともう一つ気になっていること。毎食ごとに
もうちょっとレパートリーを増やしてもらえないかと相談したところ、リュシーさんに小首をかしげられてしまった。
「レバーは、レオナルド様のたってのご希望と聞いていますが」
自分から希望した記憶がないので、セバスに事の次第を訊いてみると、
「若様は、矢を頭に受けて倒れられましたが、すぐに起き上がって馬車にフランセスカ様を押し込み、扉の前に仁王立ちされたのです。それはもう鬼気迫る表情で『レバー持ってこい!! レバーだ! カモン・レバニラ!』と叫んでおられました。大変に大きな声でしたので、車内にいたアデリーナ様方も聞いておられ、食事にはレバーを供するようにと強く言いつかっております」
頭にデッドボールを受けて錯乱した
起き上がって馬車を死守しつつ、(できれば立ったまま)気を失えばちょっとは格好いい話なのに。
締まらんなぁ。
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