第11話 馬車内にて
夜が明けて、新しい1日が始まる。
昨夜はお祖母様も同行することが決まったため、その準備でだいぶ遅い時間までバタバタしていたが、俺自身は追加分として届けられたくず鉄をインゴットにする作業をしてから寝た。その前日の眠りが浅かったせいか、それとも午前中に戦闘訓練で体を動かしたせいか、とても深く眠れた。お陰で、夜明け前に起床したにもかかわらず頭はスッキリしている。
お祖母様以外の追加メンバーは、従僕見習いの若者ニコロ。モニカさんと同じ14歳。
元孤児だそうで、養育してくれたお祖母様に恩を返すと言って志願した。今は従僕見習いだが、兵士志望でそれなりに戦えると言うので同行を許可した。
他のお祖母様のところの使用人は、全員ではないが基本的に後日落ち着いたら呼び寄せることにした。男爵邸と違って、主がいなくなればそのまま仕事がなくなる人たちだ。受け入れざるを得ない。
追加といえば、祖父の遺品やらなにやらで男性陣全員に武器と盾が行き渡ることになった。もちろん整備済み。特に弓が3張りあったことに先生とローガン殿は喜んでいた。飛び道具の有る無しで護衛の難易度も変わってくるそうだ。
それともう一つ、馬の数も増えた。もともとお祖母様の使う馬車用の馬なのだが、馬車は置いていくので馬だけでもと追加された。これにはニコロが騎乗して、護衛の一員として活躍してもらう予定だ。
なお、シルバーグレイスからついてきた自警団の3人については、襲撃があるかもしれないと少し濁して説明した。その上で俺たちに同行するのではなく、先行して宿を確保したり新たな護衛を集めることなどを頼むことになった。新たな護衛が雇えた時点でお別れになる。
準備が整った俺たちは、一族の墓地が有る教会に向けて祈りを捧げた。結局墓参りが出来なかったからな。
昨夜の覚悟を改めて心中で確認し、ご先祖に旅の安全を願って俺たちは出発した。
山あいにあるルフの町から、薄曇りの空の下で隊列が進む。
ここからテルミナ領までの間には3つの領地を通過する必要がある。まずすぐ隣のグロック男爵領、次に王家直轄領があって、セブン男爵領へと続く。
この内、王家直轄領での襲撃ないだろうというのが先生たちの見解。もし事が露見すれば王家も無関係ではなくなってしまうからだ。
最初の予定では、グロック男爵の領地で1泊の予定だったものを今日中に抜けてしまう行程に変更した。ギリギリだが、なんとか間に合うはずだ。
できれば休憩もなしで進みたいところだが、フランを始め旅慣れない者もいるのと、動力が馬である以上数時間おきに休憩を取らなければならない。
「モニカお姉ちゃん、トランプやろう?」
最初の休憩の時にそんな声が聞こえてきた。
昨日まで俺が乗ってきた箱馬車は、護衛のモニカさんとお祖母様が乗ることにしたので、定員オーバーになってしまい、俺が幌馬車に移っていたのだが、わずか数時間でフランはモニカさんに懐いたようだ。
「ごめんなさい、今は護衛中だから出来ないの。宿についたら一緒に遊びましょうねフランちゃん」
モニカさんも満更でもない様子。
良いことだ。信頼関係とはまた違うのだろうけど、関係が良好であれば護衛もしやすい。嫌々守られるよりずっと良い。
休憩場所は小川の辺で、近くの村の漁師が投網で漁をしていた。遠目から見ていただけだったが、けっこう捕まえられるようだ。交渉して、魚を分けてもらった。中には鮭くらいの大型の魚もいて、フランも喜んでいた。
体感で四半刻(30分)ほど休憩して、再出発した。休憩中に新入りのニコロとも話したけど、随分と気合が入っていた。拳を握って「やってやるっす」とか言っていたので、程々に肩の力を抜くするように言っておいた。
その後も数度の休憩を挟み、俺たちはトラブルもなく男爵領を抜け、ほぼ予定どおり、薄暗くなり始めた頃に直轄領最初の町に到着した。本日の宿は町の教会。ある程度以上身分の有る人間は、こうやって教会に泊まることも多い。素泊まりだが、セキュリティは高い。
宿泊料はお布施という名目なのでいくらでもいいというのが建前だが、支払いをケチると次からは泊めてもらえなくなる。世知辛い話だ。
中庭を借りて夕食の準備を始める。先行していた自警団の3人が飼葉や野菜などを仕入れてくれていた。この町は大きくないので新たな護衛は雇えなかったそうだ。また明日、今度はこの領の中心となるヴェノルータ市まで行って、探してもらうことになった。
パンとごった煮のスープという簡単な食事をとって、見張りの当番を決めた後、その日は解散となる。
フランはお腹が膨れたところですぐに睡魔がきて部屋に直行だ。他の面々も疲れた顔をして、あくびを噛み殺している者もいる。
その日の晩、日中に思いついたことがあったので、昨日インゴットにしておいた鉄の加工に夢中になって夜ふかしをしてセバスのお説教を食らった。
翌日は、あいにくの雨だった。
雨足が強くならないことを神様に祈って出発。見通しの良くない中を進んだ。
5人組の護衛も無事雇うことが出来た。こう言ってはなんだが、チンピラにしか見えない。先生からはできるだけ近づくなと言われているので、実際にどういう人達なのかは不明だ。
雨の中走ってくれた自警団の3人には多めの謝礼を渡して労った。彼らはヴェノルータで1泊してから地元に戻るようだ。お互いの旅の安全を祈って別れた。
この日もトラブルなく目的地まで到着できた。だが最後の方はかなりの大雨だったので、翌日を心配しつつ、すぐに寝てしまった。
更に日が変わり、雨は小雨になったが、水を吸い込んだ道の状態がよろしくない。この1日進めばテルミナ領に入れるので出発するという意見もあったが、先生とローガン殿が反対したので出発を伸ばした。
時間ができたので、使用人にいかにも平民という感じの服を買ってきてもらった。多少なりとも襲撃者の目を誤魔化せればいいのだが。
そして出発から5日目の今日。実質的な最終日にして最長の距離を走ることになる日。否応にも高まる緊張感の中、俺たちは出発した。
「今日来ますかね?」
休憩中に用を足した後、先生と話す。
「来るという前提でいますよ。襲われなかったら嬉しいですけどね、油断はしません。レオ君も今日1日気を引き締めておいてくださいね」
そりゃそうだ。俺たちに出来るのは、心配することじゃなくて用心することだけだもんな。
「肝に銘じます」
今日はフランたちもトイレ以外は1歩も馬車の外に出ないことにしている。窮屈だろうが、我慢してほしい。
そそくさと幌馬車に戻って、改めて車内を確認する。奥には女性陣が陣取り、真ん中に俺、入口付近は手元に盾を置いた男性陣が襲撃に備える形だ。
訓練の要らない武器として、つい先日作った吹き矢を女性陣に渡しておく。もしものときは敵の顔をめがけて使うように言ってあるが、上手くいくかは未知数だ。
もし事あらば、男性陣の後ろから俺が弓を撃って撃退するつもりなのだが、こちらも目論見通りいくかはやってみないと分からない。
まあ、やるしかないんだけどな。
なお、セバスは箱馬車の御者、こちらの御者は男性陣が交代で務める。残り2台は、新しく雇った護衛に任せる。あちらは荷物しか乗っていないので、警戒度を下げてある。
休憩を終えて出発した馬車内の空気が重苦しい。ポツポツと会話もするのだが、すぐに途切れてしまう。トイレの回数を減らすために水分も控えるべきなのに、緊張のせいでどうも喉が渇く。
移動中も辛いのだが、休憩中も辛い。
馬のための休憩なので、ちょっと休んですぐ出発というわけにもいかない。だが、乗っている側からすれば少しでも早く目的地に着きたい。焦燥感が募り、通常の何倍も疲れる。
そうすると、もしかしたら襲撃はないのではという願望がだんだん頭をもたげる。先生の言うとおりそんな考えは無意味なのだが、皆が皆気持ちを強くいられるわけでもない。
3度目の休憩の後、太陽が西側に傾いてきた頃には、馬車の中は微妙な倦怠感が漂うようになっていた。
「皆、ちょっと聞いてほしい」
そんな空気を打破するために言葉を発した。
「こないだも話したけど、俺には皆の未来を背負う覚悟をして家を出た。いい機会だから、俺がこれからどうするかを話しておこうと思う。
──まずは今向かっているテルミナ領で商会を興そうと思う。旅行かばん以外にも、商売になりそうなものにあたりはつけてある。今の時点でも数年は暮らしていける財産も有る。それに、廃嫡されても貴族であることには変わりないからな、王弟殿下はじめ伝手はたくさんある。だから君たちを路頭に迷わせるようなことはないと断言しておく。」
一旦言葉を区切って、皆の顔を見る。真剣に聞いてくれているようだ。
「生活は変わると思う。メイドや従僕の頃とは違った仕事もしてもらわなきゃならない。違う土地で苦労もするだろうと思う。でもこう考えてほしい。未来には希望と可能性が眠っているんだ。違うということは新しいということ。新しい何かの中には素晴らしい何かもあると思う。明日になればもっと楽しいことが起きるかもしれない。
ひもじい思いはさせない。住むとこにも服にも困らせるようなことはしない。約束する。
だから今日1日、あと数刻。力を合わせて頑張っていこう。明日のために今日頑張ろう」
うーん、何言ってるんだろうな俺は。ふわっとして、とっちらかった話しか出来ねえのかよ。もっとこう、胸に来るセリフが吐けないもんかね。まったく情けない。
……
「──私は、サンダースに従って家を出ました。希望も不安もありました。今も不安はあります。けれどレオナルド様の言うとおり希望は見失わないようにしたいと思います。
これでもパン屋の娘です。ご商売だったら多少はお役に立てると思います。末永くお供させていただきます」
サマンサさんがそう応えてくれた。嬉しいね、ほとんど話したこともなかったのにね、ありがたいよ。
「あー、ありがとう。でも、気持ちは本当に嬉しいけど、末永くなるかは先生次第かな」
「あっ」
あースルーすべきだったか、せっかく覚悟を決めて喋ってくれたのに赤面して顔を覆っちゃったよ。
どうすんだよこの空気。
「ぷぷっ」
そんな雰囲気を変えたのは、庭師のトッドだった。
「若様、せっかく良いこと言ったのにそれがシメってのはないですよ」
「……やっぱそうかな?」
「そこは『俺についてこい!』って胸を張らなきゃ」
「若様は昔からそうそういう所ありましたよねぇ」とマーサ。
「らしいといえばらしいですね」と従僕のマイルス。
皆にイジられることしばし、俺は別の意味で居心地が悪くなった。
とはいえ、車内のモチベーションは大分回復したっぽいので、結果オーライ。やっぱ最終的には真心とユーモアだな。
その後は、適度に会話をしながら緊張感を保って過ごし、やがて本日最後の休憩時間になる。
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