第10話 レオナルドの覚悟
「ひどい目にあった……」
「お疲れさまでした」
訓練を終えた俺とセバスは武器防具の整備と馬車を改造をすべく、厩舎の空きスペースにに場所を移した。作業台代わりに母屋から持ってきた大きめのテーブルにセバスの持ってきた武器防具、それと穴の空いた鍋などのくず鉄を広げる。
剣が3本、槍が2本、ナイフが1つ。防具としては後は大盾1つに小盾が2つ、革鎧も1つある。くず鉄は木箱3個分。半日でこれだけ集められれば上出来だろう。
「もう休みたい……」
「もう少し休憩なさいますか?」
「いや、明日は早いからとっとと終わらせたい。でもしんどい」
まさか、午前まるごと訓練で潰れるとは思わなかった。
「なるべく手早くやっていきましょう」
セバスはそう言うが、日が暮れるまでに終わるかどうか。しかも、俺のスキル【金属操作】は他人に見せられないので、セバス以外の者に手伝いをさせるわけにもいかない。
「そうだな、愚痴を言っても終わらないな」
最初は小盾からだ。木枠に革を貼り付けた一般的な作りのそれを手にとって状態をチェックする。
割れや剥がれはなし。裏側の持ち手の部分にガタツキがあるな。金槌で釘を打ち直して──よし大丈夫。
「セバスの目でも確認してくれ」
もう一つの小盾も同じように確認してセバスに渡す。
次は鉄製の大盾だ。凹みと欠けがあるな。欠けの部分は目に見えない
全体を見渡して、大丈夫そうなのでセバスにパス。
革鎧は、スキルの出番がないので目視だけで検査完了。
ナイフは錆が浮いているが、強度には影響なしと判断。刃こぼれの部分だけを修正する。研ぎは後でまとめてやろう。
剣と槍も同様に錆は無視で、刃こぼれだけを修正。一応全体に硬化を施して終了。
「武具のたぐいはここまでかな」
「研ぎはトッドにやらせましょう。鎌や剪定ばさみで慣れているはずです」
それはいいな。庭師だから、仕事道具と武器の違いはあれど金物の扱いもできるだろう。
セバスが研ぎの必要な武器類を運ぶ間に、俺は本命の馬車の改造について手順を考える。
もともとシルバーグレイスにいた頃から馬車の改造はしたいと思っていた。アブラーモにスキルが発覚する恐れがあったので、手を出せずにいたが、アイデアはいくつかある。その中で今時点でできることを選択する。
まずは車軸だ。これが折れると即立ち往生となるので強化は必須。問題は鉄の量だ。木箱3つ分のくず鉄もインゴットに戻せば意外に小さくなる。元々馬車に積んでいた鉄を合わせても、総鉄製の車軸となると一台が精一杯だろう。仕方ないので、木の軸を鉄で包む方法でやるしかない。
次は車輪の軸受も手を入れる必要がある。構造としては軸本体は固定されて回転しない。回るのは車輪だけ。つまり軸受とそこに接触する車軸が一番負荷がかかる上に摩耗が発生する箇所となる。ここは元々鉄のリングが嵌っているけれど、車軸の直径が変わるので手を入れざるを得ない。強度が重要なので、車軸を細くするのはNGだ。
この処理を4台分。なかなかに骨の折れる仕事になる。
それが終われば、ボディ自体の補強だろう。
揺れや衝撃に耐えられるようにしたいので、床面の裏側にハシゴの形に補強を入れられればいいのだが、ここも材料が足りないので、各コーナーにL字金具などを駆使して、剛性を高めたい。
この補強でどの程度の効果があるのかは分からないがやらないよりはいいだろう。
「戻りました」
くず鉄を溶かして鉄板状に加工する作業が終わったところでセバスが戻ってきた。
まずは馬車からに荷物を全部下ろす。軽くなった車体を俺が持ち上げて、セバスが支えの木の棒を差し込んで車輪が浮いた状態で固定する。
「セバスは車輪を外して傷んでいるところがあるかを確認してくれ。問題があれば補修もだ。俺は車軸と軸受を作る」
「承知しました」
こうして俺たちは馬車改造に取り掛かった。
車体から取り外した車軸に厚さ2ミリ程の鉄板を巻きつける。もちろんスキルで軟質化して行うわけだが、手作業なのでどうしても木と鉄の間に僅かな隙間ができる。隙間はそのままガタツキとなって各所にダメージを与えることになるので、釘を打って固定する。
それを車軸の両端それぞれ50センチほどに施し、軸受の加工に移る。
次は軸受のリングを作る。ここで重要なのは車軸よりもある程度大きめに作ることだ。ガタゴト道の衝撃を逃がす意味もある。特に前輪はある程度の
なお、ボールベアリングというものはいまだに見たことも聞いたこともない。重いものを運ぶ時に下に丸太を転がして、といったように発想自体はあるのだが、少なくとも馬車の軸受けはすべて滑り軸受となっている。
昔にボールベアリングを作れないか挑戦したこともあるのだが、完全な球体(真球)を寸分違わず複数個作るのが出来ずに断念した。いずれ再挑戦したいと思っている。
ともあれ軸受部分も左右分を作って、ひとまず1台目の後輪分の加工は終了。軸受を車輪にはめ込むのは木工作業なので、セバスに任せる。
黙々と作業を進め、すべての馬車改造作業が終了したのは、ぎりぎり日暮れ前だった。明るい照明設備のないこの世界では、日が沈んでしまうと細かい作業ができなくなるので、危ないところだった。
◇◆◇◆◇
「遅くなりました」
作業に没頭していたので、いつもの夕食時間に遅れてしまった。先に食べていてくれと伝言していたのだが、皆待っていてくれたらしい。
「ご苦労さま。点検は終わったの?」
他の人達には、馬車の改造ではなく、点検整備だと言ってある。人払いをして日暮れまで作業をしたので、ちょっと苦しい方便だが……
「はい、ひと通り終わりました。テルミナ領まで故障なく行けると思います」
「それは良かったわ。じゃあ、少し遅くなったけどお食事をいただきましょう」
内容はごく一般的な食事だ。サラダとパンとスープにメインディッシュの川魚のムニエル。特にサラダが美味しい。きっとこの町で採れたものだろう、新鮮さが違う。
美味しく食事をとっていると、
「皆揃っているようだね。丁度良かった」
入り口から聞き覚えの声が掛けられる。声の主を見やると、そこにはお
「もう体調の方は良くなったのですか?」
「もともと大事を取って休んでいただけさね。むしろ寝すぎて疲れたよ」
そういってお祖母様が笑う。足取りもしっかりしているし嘘ではなさそうだ。使用人にワインを持ってくるように言って席についた。
「聞いたよ。明日の朝出発するんだろう?」
「ええ、日の出とともに出る予定です」
ふむ、と一つ頷いてお祖母様は母上と目配せを交わす。
「急な話で申し訳ないんだけどね、あたしも連れていっとくれ」
「はい?」
運ばれてきたワインを一口飲んで、お祖母様は話を続けた。
「最初はね、ついていくつもりもなかったさ。ご先祖と息子の墓守りが最後のお役目だと思っていたからね。でもアブラーモのやりようは見過ごせないし、その上他家まで巻き込んでなんて。全く度し難い」
「母上、もしかしてカストの嫁取りの件、お祖母様に話しちゃったんですか?」
また大騒動になったらどうするんだという思いで、隣りに座っている母上に小声で尋ねてみる。
「そうよ。だって、私たちが出発した後に聞いたら止める人がいないもの」
どこかのタイミングでカストの嫁入りの噂と、俺が襲撃されるかもしれないという伯父上の見立てを聞いて、昨夜のように飛び出す。その可能性は……あるな。十分に有り得る。
「あたしはなんの力もない老いぼれさ。レオナルドを嫡子に戻すことも、息子の暴走も止められない。それでもね、黙ってみているだけなんてのは無理な話さ。せめてもの抗議として出ていくよ」
言いたいことは分かる。お祖母様らしいとも思う。でも高齢の祖母を連れ出してもいいものだろうか。追放された俺はもちろん、母上もフランも出ていかなければならない。シルバードーン家に残ればどういう扱いをされるかわからないから、他に選択肢がないとも言える。
使用人たちは、自分の意思でついてきてくれると決めた。年齢的にも十分若く、長旅にも耐えられる。
「私はお義母様の同行に賛成するわ」
「母上……」
もしや既に打ち合わせ済みか? 母と祖母、2人を言葉で説得できるか……? 無理かもしれんが、まだ諦めるには早い。
「それは、今でなければならないのでしょうか? いずれ、生活基盤が出来て安心して暮らせるようになってからなら喜んでお招きします」
少なくともこの町にいる限り、お祖母様に危険はない。わざわざ一緒に行く必要はないのだ。
「これでもロッシーニ伯爵家の出さ。多少の抑止力にもなるんじゃないかね。足手まといになるようなら見捨ててもらって構わないよ」
「見捨てるなど論外です。二度とそのような事は言わないでください。それ以前にお祖母様を危険に晒したくはないので反対です」
「私はね、レオの覚悟次第だと思うの」
横から母上がそんな事を言い始めた。
「追放されてもあなたは少しも堪えてなかった。そのための準備をしてたくらいだものね。それで、自分ひとりじゃなくて、私やフラン、セバスたちも引き連れての大脱出をしようというのは、全員の未来を背負うだけの覚悟があるからではないの?」
覚悟。確かに俺には責任がある。全力でそれを果たすという覚悟もある。
母上が続ける。
「その覚悟には、お義母様は入れられないの? そんなに狭量な覚悟なの? 私は違うと思う。あなたはフィルの血を受け継いだ私の自慢の息子よ。レオなら出来ないわけがないし、私も協力するわ。5人や10人増えてもなんの問題もないと言ってほしいわ」
父上の名前を出すのは卑怯だよ母上……
しかしまあ、そう言われれば肚も決まる。俺の覚悟次第か、すんなりと腑に落ちる。
「分かりました。お祖母様の同行を認めます。しかし、誰かを見捨てるとか犠牲にしてとかは断固認めません。よろしいですね?」
「ありがとう、レオナルド。いい顔をするようになったねぇ」
何故か先生が拍手をし始めた。母上やフランもそれに続いて、いつしか使用人たちも手を叩いた。
俺は照れくさくて顔を伏せた。
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