第9話 犬っぽい?
テルミナ子爵家の使者、ローガン殿の来訪の翌日。俺たちは、朝から精力的に動き出した。
「セバス、多少目立っても構わんから鉄をできるだけ集めてくれ。武器防具もだ」
まず、俺が考えたのは馬車を改造すること。全体、特に車軸を鉄板で補強すること。重くなって馬には負担をかけるが、もしものときに壊れることのないように、少々無理な動きをさせても大丈夫なようにしたい。使用人たちに盾も持たせたい。
その一方、スキル【金属操作】は、母上とセバス、そして俺の手足となって動いてくれているバスケスしか知らない秘密だ。サンダース先生にも教えていない。だから、こっそりとセバスに耳打ちした。
命が優先だが、可能であればスキルについても隠し通したい。スキル持ちということがバレたときに騒動になるかもしれないうえに、騒動の結果が予測できないからだ。誰かに目をつけられて誘拐されたりフランを人質に取られたりの可能性もある。
直近の安全と、もっと未来での安全、両方大事だ。
「ちょっとレオ、寝癖ぐらい直しなさい」
眠りが浅かったせいで今ひとつスッキリしない頭で今後のことを考えていたが、母上に身だしなみを注意されてしまった。
「母上は普段と変わりませんね」
「できるだけのことをやって、後は神様に祈るだけよ。こういう時こそいつもどおりを心がけなさい。まあ、私は特別やることもないのだけどね」
さすが母上、肝が太い。
「フランのことだけお願いします。誰かが体調を崩すとそれだけでも予定が狂いますから」
「あの子のことは任せて頂戴。出発は明日でいいのよね?」
「ええ、朝一番で出発です」
昨日の話し合いで、ルフの町を出発するのは明日ということに決めた。今日一日を準備に当てて、明日は夜明けと同時に出てなるべく距離を稼ぐ予定だ。テルミナ領までは元々4日かかる見込みだったが、目論見通りにいけば1日短縮できるように旅程を組み直した。
庭では、サンダース先生たちが戦闘訓練をしていた。
先生が木剣で、ローガン殿が遠間から小弓を使ってモニカさんを攻撃している。2対1の訓練のようだ。実際の護衛を見越してなのだろう、モニカさんも場所を移動しないで受けている。
「レオ君も一緒にやりませんか? いざという時に動けないでは困りますよ」
鏃を布でくるんだ矢がモニカさんの足に当たったところで、しばしの休憩となった。ローガン父子が今の戦いの反省会をしている横で先生が俺を誘った。
まあセバス待ちで時間もあるし、軽くということで混ぜてもらうことにする。
今回、ローガン殿たちと合流できたのは本当に幸運だった。戦える人が増えるだけでなく、騎士見習いのモニカさんの存在も大きい。今は先生が腕を見たいと言ったので訓練中だが、明日以降は母上とフランに四六時中張り付いていてもらうことになっている。
「レオナルド様、お手合わせをお願い出来ますか?」
俺としては、先生と軽く打ち合うつもりだったのだが、モニカさんがふいにそんな事を言いだした。
「ああ、いつもと違う相手と訓練するのはいいですね」
先生がそう言ってゴーサインを出したので、俺とモニカさんとの訓練が始まる。訓練用の防具をつけて木剣と盾を構える。
「護衛対象がどれだけ動けるか確認させていただきます」
先程の訓練を見る限り、剣の腕は俺よりもだいぶ上。勝つのはまず無理だろう。
「俺を捕まえられるかな?」
だが、眼目は勝ち負けではなく、いかに身を守れるかだ。
「いきます」
鋭い踏み込みと剣閃が俺の右手を狙う。間一髪腕を上げてこれをスカすが、返しの一撃が今度は胴を狙って放たれる。
これをステップバックで躱して、牽制の突きを放つ。余裕を持って弾かれるが、その隙に間をとって離れる。
盾で受け、剣でそらし、モニカさんの長剣の間合いからできるだけ外れるように足を止めずに動き回り、フェイントも織り交ぜて戦う。
「思ったよりも動けるようですね、安心しました」
そもそも、一番大きな隙ができるのが攻撃の瞬間なのだから、守るだけ、受けるだけの方が圧倒的に楽だ。
「モニカさんは思ったよりも速くないね」
余裕なんて欠片もないのだが、平静を装って軽く挑発すると、覿面に眉間にシワが寄った。これで攻撃が単調になればなおのことやりやすいのだが。
「本気でいきます」
宣言どおりにより速く鋭くなった剣が上段、中段、突き、薙ぎ、払い、様々な部位に様々な角度で襲いかかってくる。
一つ避け二つ受けても何手目かで追いきれなくなる。有効打はなんとか貰わずにいられるが、ジリ貧だ。距離も取らせてもらえない。
「口だけですか?」
うっは、挑発効き過ぎ。ガチギレですやん。猛攻を加えながら話しかけられるけど、その無表情が怖いよ!
「もう、勝ったつもりですか?」
やけくそ気味に再度煽ると、強烈な横薙ぎで吹っ飛ばされた。
「少々、緊張感が足りないようですね」
「緊張すれば身体が固くなるよ?」
「減らず口ばっかり!」
凌いで凌いで、吹っ飛ばされて。はたから見ればイジメか体罰かという具合に何度かそれを繰り返して、あっという間に俺の体力も底をつく。
これ以上は保たないと、俺は一か八かの勝負に出る覚悟を決める。
「今度はこちらからいきます」
言うが早いか、木剣をモニカさんの顔に向けて投擲。間髪入れず握り込んでいた砂で目潰し。意識が上にいったところで足払い。
「あばよっ!」
尻餅をついたモニカさんに背を向けてダッシュ。先生の背後に隠れる。
安全地帯に逃げ込んだので俺の勝ちですよね、と大人2人を見ると、先生は笑っていて、ローガン殿は苦笑していた。
「──そこまで」
ややおいてローガン殿が終了を認めた。
「いやー、ギリギリでした」
「……レオナルド様はなんというか面白い戦い方をされますな」
「名付けて『環境利用闘法』です」
「レオ君、名前は格好いいですが、ちとやりすぎです」
見れば、起き上がったモニカさんが顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいる。
「ありゃ」
「納得できません! 誰かの背に隠れるなんて、この恥知らず!」
確かに、ほぼほぼ初対面の相手を挑発したり目潰しをするのはやりすぎか。これからお世話になるのだし、ここは謝罪の一手だな。怖いし。
「えーと、やりすぎました。ごめんなさい」
ペコリと頭を下げるが、それでは収まらないようだ。
「やり直しよ! 今度はちゃんとしなさい!」
「待て待て。モニカ、口調を改めろ。それとだな、お前は勘違いをしているぞ」
ぷりぷりと怒っていたモニカさんが意味がわからずに首を傾げる。そうなんだよな、モニカさんは腕くらべのつもりだったのだろうけど、俺は負けないための、言い換えれば生き残るための訓練として戦った。
「レオナルド様は敵を倒すのが仕事ではない。それは護衛の仕事だ。時間を稼いで応援を待つ、あるいはその場から安全なところに逃げるのが目的だ」
「でも! これは訓練です。あんなやり方では強くなれません!」
さて、どういう風に説明しようか。
「まずは聞いてもらえるかな──」
言葉で挑発したのは、攻撃が単調化すれば守りやすくなるからで、こちらから攻撃をしなかったのはローガン殿の言うとおり腕くらべが目的じゃないから。
俺の実力をモニカさんが確かめようとしたように、俺もモニカさんを見定めたかったこと。
そういったことをなるべく言い負かすような感じにならないように気をつけて説明した。所々では先生もフォローを入れてくれた。
「じゃあ、最後のアレはなんですか?」
少し落ち着いたが、まだ完全に納得していないようだ。
「あのままだと押し切られて負けそうだったので……」
「最後まで力を振り絞ってこそ成長があると思います」
「それだとモニカさんの訓練にならないかな、と。生意気言ってすみません」
まあ、俺もいたずら気分でやったところもあるので、強くは言えないのだが、護衛ならば時として正々堂々とは無縁の連中とやり合わねばならない。少なくとも、今回の旅ではそういう相手こそ警戒しなければならないのだ。俺としては、母上とフランの命を預けるのだから是非とも確認したかった。
「聞き分けろモニカ。目先の勝負にだけこだわったお前と違ってレオナルド様は明日以降のことも考えてのあの戦法だ。どちらの言い分に理があるか、分かるな?」
「奇襲、闇討ち、罠。相手は手段を選ばないのです。レオ君も悪気があってのことではないので許してあげてもらえませんか」
ローガン殿と先生が補足を入れてくれる。実にありがたい。
「──分かりました。納得するようにします」
微妙な言い回しだが、こちらの言い分を認めてもらえたようだ。ギスギスしたままでいたくないからな、良かった良かった。
「改めて失礼をお詫びします。今日はありがとうございました」
一件落着、じゃあ俺はこのへんで、と立ち去ろうとしたのだが、ぐわしと俺の肩が掴まれる。
「もう少し私の訓練に付き合ってください」
「予定が詰まっているので……」
「時間はかけないようにしますよ?」
「あの、指が食い込んでいるんですが」
「この状態から逃げる訓練です」
「……まだ怒ってますか?」
「なんのことでしょう?」
結局、モニカさんのシゴキ、もとい訓練はセバスが帰ってくる昼過ぎまで続けられた。
途中から木剣に布を巻いてくれたが、ズタボロの一歩手前なくらいまで追い込まれたので身体中が痛い。
俺を叩きのめして気が晴れたモニカさんは、風呂上がりのような爽やかさで「お疲れさまでした」と手を差し出した。
俺は思った。これは格付けだったのでないかと。
モニカさんを観察すると、注意や指導されるときには相手がローガン殿でも先生でも直立不動の姿勢で神妙な顔をして聞く。
褒められれば、ふにゃりと顔が崩れる。呼ばれればダッシュで出頭する。
ローガン殿と先生は上位者。俺は群れの中でのライバルと思われたのではないだろうか。
最初にしてやられたが、続戦して力の差を見せつけた。格付けが終わったので、上位者として余裕のある態度でふるまうようになった。そういうことでなかろうか。
容姿を見れば、明るい茶髪にスッキリとした顔立ち。笑えば愛嬌もあり。立ち姿は凛々しく、気性はまっすぐ。
いかん、モニカさんが柴犬に見えてきた。
忠犬モニ公。
心のなかでそう名付けた。
決してボコボコにされて悔しかったからではない。
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