第12話 秘密兵器は運任せ
「敵襲!!」
休憩中、今日何度目かわからない武器のチェックをしている時だった。先生の鋭い声が響いた。
「馬車に戻れ!」
「弓に気をつけろ!」
「散らばるな! 馬車を守れ!」
矢継ぎ早に声が聞こえる。ここはわりと開けた場所だ。近づいてくる人間を見落とすはずがないが。
マイルスとトッドが盾を構えてそろりと馬車を降りる。入れ替わりで外にいたマーサが馬車に飛び込んできた。
「どういう状況だ?」
「はぁ!はぁ!……道の、先から馬車が近づいてきて、いきなり矢を射掛けられました!」
「それは道の前からか、後ろからか?」
「前から来ました。商人風の身なりの男が右手を上げた瞬間に、矢が」
商人風の男、盗賊の線は薄いか。やはり刺客が来やがった。
幌の後ろの覆いを開いて固定する。後ろだけでも見えるようにしたい。マイルスとトッドは馬車の両角を背にして盾に身を隠しながら警戒している。
「気配はあるか?」
「自分には分からんです。でも、前の方は既に戦いが始まっています」
「若様ー」
前方から馬に乗った若者ニコロが駆けてきた。
「敵は見えるだけで6人! 絶対に伏兵がいるから馬車から離れるなって伝言っす!」
ニコロはそのまま前方に戻っていった。
「分かった! ニコロも気をつけろよ!」
俺は弓に矢を番え、女性陣になるべく中央に集まるように指示する。
もし前が陽動で、後ろが本命だとしたらどうすれば生き残れる?
馬車は4台、先頭と最後尾には人を乗せていないので放棄していい。誰かを殿に残して強引に突破するか? いや、戦力を分散するのはまずい。
馬のいななきに伴って馬車が揺れる。馬が暴れているのだろう、なだめようとするコルトの必死そうな声も聞こえてくる。
どうする? なにか出来ることはあるか?
フランたちはどうなってる?!
気持ちばかりが焦り、衝動的に動き出そうとする身体を理性で抑えながらひたすらに動かずに待つ……
…
……
………
何も出来ないまま、恐怖の時間が過ぎ、耳を覆いたくなるような怒鳴り声や悲鳴といった喧騒が引いていった。
俺たちの乗る幌馬車には攻撃が加えられることなく終わった?
「若様、撃退したようです」
御者席のマイルスから声がかかった。
長い溜息が漏れる。
「トッド、まだ動くな。後ろの警戒を続けてくれ」
前方の様子を見に行こうとしたトッドを止める。気持ちはわかるがまだ安心できる状況じゃない。
「若様ー」
連絡に来たのはまたもニコロ。今度は徒歩だ。
「勝ったっす!」
開口一番、上気した顔でそう言った。いい笑顔だ。怪我をしている様子もない。こちらの緊張も少しほぐれる。
「お疲れさま。怪我人はでた?」
「えっと、雇われの人が1人怪我したっす。でも鎧の上からだったんで大怪我じゃないみたいっす。馬は1頭やられちゃいました。騎士様たちがどうするか相談してるっす」
「人に被害がないのが何よりだ」
「それで、他の馬が落ち着くまで待機だそうっす」
「了解。先生に手が空いたらこちらに来てくれるように伝えてくれ」
「はいっす」とニコロは走り去っていった。
「良かった」
誰ともなくそうつぶやいたのを期に、俺も弓から手を離した。案の定、相当力が入っていたらしく、指がこわばっていた。
水を一口飲んで、深呼吸をする。短ったのか長かったのか、それすらよく分からいうちに終わったというのが正直なところだ。
「終わったということでいいんでしょうか?」
マーサがそう訊いてくるが、俺も含め誰も答えられなかった。
具体的な身の危険はなかったのだから拍子抜けなような気もするし、実際の襲撃なんて、ちゃんと備えていればこんなものかもしれない。
「とにかく大人しくしていよう。先生が来るまで誰も外には出ないように」
サマンサさんは、新婚の夫が心配でソワソワしているがまだ我慢してもらう。
御者席で頑張っていたコルトを呼んで休ませる。鎧を着ているとはいえ、戦場に身を晒したのだ、顔面蒼白で震えている。
「生きた心地がしなかったです……」
「よくやってくれたコルト。休んでくれ」
水袋を渡すと、多少こぼしながらごくごくと飲んだ。
コルト以外のメンバーにも順番に声をかけていく。少しずつ落ち着き始めているようだが、平常通りになるにはまだまだ掛かりそう。いや、安全な場所に着くまではダメだろう。
気を失ったり、錯乱していないだけ上出来だ。
「お待たせしました」
と先生が現れた。身体をすっぽりとマントで隠しているが、左足がべっとりと赤く染まっている。痛みを我慢する様子もないうことは、これは返り血……
改めて恐怖で血の気が引く思いだ。
「サンちゃん!」
俺を押しのけて先生に抱きついたのはもちろんサマンサさん。心配な気持ちが爆発したのだろうが、まさかのサンちゃん呼び。
「あ、ああ。サマンサも無事だったようだね。嬉しいよ。でもサンちゃんは人前では止めてほしいかな……」
「え! ああ! ごめんなさい! 嬉しくってつい…!」
……サマンサさんはおっちょこちょいなタイプなんだろうか。もしくは天然系。
いつも飄々とした先生も照れくさそうに苦笑い。30過ぎてちゃん付けだものな。ここは触れないのがマナーだろう。
「それで先生、どうなったのかを教えてもらえますか?」
「では最初から──」
はじめは、商人風の男が御者をしている馬車が近づいてきて、およそ10メートルくらいに近づいたところで矢を射かけてきたんだそうな。ここまではマーサも見ていた。
その後、5人の男が荷台から現れて戦闘が始まった。弓の使い手が2人もいたので、多少やりづらくはあったが、先生も弓で応戦し、一人は射殺し、もう1人も足に当てて機動力を奪った。
雇いの護衛たちが3人を相手取っている間に、騎乗したローガン殿が背後に回り込んで、動けない弓士を仕留めた。
これで挟み撃ちの形になったこちらは、攻勢をかけて1人ずつ確実に討ち取っていったらしいのだが、残るは賊1人と商人風の男だけというところで問題が起こった。
「商人風の男が逃げ出すのを見て、モニカさんが馬車を離れて追いかけてしまったんです」
うっそだろ、護衛対象から離れたの!?
「それで、脇の森に潜んでいた伏兵がアデリーナ殿たちの乗る馬車に襲いかかりまして…… アレは肝が冷えました」
「それで、どうなったんですか? 倒したんですよね?」
ニコロの報告によるとフランたちは無事だったはず。
「ええ、結果的には皆さんかすり傷一つありません。その伏兵が馬車の扉をこじ開けた瞬間にですね、網が、魚の漁に使う投網が馬車の中から飛び出してきましてね。ひっくり返ったその男を絡め取ってしまいました」
なるほど。
「繰り返しますね、投網が馬車の中から飛び出したんです」
「あの、言葉は分かりますが、意味がわかりません」
と言ったのはマーサだが、他の全員もなんじゃそらという表情をしている。俺を除いて。
「そうですよね。同感です。自分も何度も護衛をしてきましたが、あんな場面を見たのは初めてです。なのでレオ君、説明してもらえますか」
それは俺が作った秘密兵器『投網機』。先日、川で漁をしてしている村人を見て思いついた道具だ。パーティのクラッカーを想像してもらえば分かりやすい。火薬の代わりにガッチガチのコイルバネを仕込んで、その力で網を打ち出すという単純なものだ。構造的にはジャンプ傘とほぼ同じ。
使い物になるかも分からなかったので、最終手段としてこっそり母上に預けておいたのだが、まさか本当に使用される事態になるとは……
「端的に言いますとね、網を打ち出す絡繰りを作って母上に預けてありました。もしもの時の最終手段として」
「やはりレオ君の仕込んだものでしたか……」
そう言って先生は現物を取り出した。長さはおよそ30センチ、太さは15センチ位の円筒形。
思い切り体重をかけてバネを縮ませるとストッパーがかかって固定される。その後に網を詰め込んで、こぼれないように発射口に1本か2本、細い糸を糊付けする。打ち出すときは胴体についた2つのボタンを同時押ししてストッパーをリリース。クラッカーのように網が飛び出すという仕組み。
「実際に見たほうがわかり易いと思うので、やってみますね」
で、実演したのだが、網がきれいに広がらず塊のまま数メートル飛んで落ちた。うん、しょぼいな。
「これ、成功率は?」
「よくて半々です……」
先生が天を仰いだ。
「いや、違うんですよ。秘密兵器じゃない通常兵器としてクロスボウも作って預けておいたんです。これはほんとに他の手段がないとき用のつもりだったんです」
「なるほど、我々はただ運がよかった
「なんというか、すみません……」
「まあいいでしょう。助かったのは事実です」
そうそう、大事なのは結果です。
「今後の予定ですが、先頭の荷馬車の馬が殺されてしまいましたので、馬車は放棄します。飼葉と水は捨てて、必要なものはもう1つの荷馬車に詰め込みます。その作業と他の伏兵の捜索が終わり次第出発しますが、レオ君は馬車を移ってください。モニカさんと交代です」
おや、護衛を抜いて保護対象をひとまとめにするってことかな?
「フランセスカさんが泣いていましてね。どうしても一緒じゃなきゃ嫌だと」
ああ、そりゃ仕方ないな。まだ7歳だものな、そりゃそうなるよ。
「了解しました。移動は今すぐ?」
「ええ、私と一緒に移りましょう。盾を持ってくださいね」
先生に連れられて馬車の外に出る。気のせいかもしれないが生臭いような嫌な匂いが漂っている。箱馬車の少し前には真っ赤な水たまりがある……
「レオ君、盾を下げないで。そう、頭を守って」
立ち止まりそうになるのをやや強引に引っ張られて、前の馬車に向かって歩く。馬車の側には唇を噛んでうつむくモニカさんがいた。
護衛対象の側を離れる大失態をしたのだ。こてんぱんに叱られたに違いない。結果オーライとはいえ、妹たちを危険に晒したモニカさんに俺も思うところがあるが、こんなに意気消沈している姿を見ると、声のかけようもない。
モニカさんに気を取られていると、馬車の扉がスパーンと開いた。
「兄さま!」
中から飛び出してきたのは、フラン。ぴょんと飛び降りて駆け寄ってくる。
「無事だったか!」
腰を落として、フランを抱きとめる。
この時、俺は左手に持っていた盾を手放してしまっていた。言い訳のしようもない油断だった。
「レオ君!!」
先生の怒声にハッとなって、反射的に抱きとめたフランを馬車側に向けて、自分の背を森側に向けた時、俺は横からぶん殴られた。
いや、後から聞いたところによると、斜め後ろから飛んできた矢が俺の頭を抉ったらしい。弾けるようにぶっ倒れたと教えられた。
俺の記憶はここで途絶える。
怒号と悲鳴を遠くに聞きながら。
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