第13話 夢
12歳の耕太は、父、耕之介と食卓を囲んでいた。
「お父さん、今度はいつ帰ってくるの?」
「おいおい、帰ってきたばかりでもう次の話か?」
耕之介はビールを飲んで微笑んでいるが、耕太は真剣な顔で、その耕之介の答えを待った。
「耕太は先の先まで読むの。あんたそっくりね」
耕太の祖母、晶子はそう言いながら、食卓の真ん中に山盛りの唐揚げを置いた。
するとすぐに耕太は、その唐揚げを3つほど小皿に取り、それを仏壇に供えた。
仏壇には耕太の母、美紀の遺影がある。
耕之介と晶子は、その美紀の遺影に手を合わせる耕太を見て、目を細めた。
「夏休みになったら、自由研究、お父さんにも見てもらいたいんだ」
耕太はそう言いながら食卓に戻り、唐揚げを頬張った。
「ほらね、耕太は先の先を行くの」
そう言って微笑む晶子は台所へ向かった。
唐揚げをビールで流し込む耕之介が、耕太に訊く。
「なんの研究をするんだい?」
「発電タービン」
「……えっ」
耕之介はなぜか動揺し、グラスを置いた。
「ねえ、夏休みは帰ってくる?」
「……耕太」
「……なに?」
「発電タービンって、風力タービンでも作るのかい?」
「ううん、違う。蒸気タービンだよ」
耕之介の目が泳いだ。
「僕、お父さんの研究を勉強したんだ。高速増殖炉って凄いんだね」
「え……」
「今までの何百倍もタービンを回すことができるんでしょ?」
「……あ」
「ってことは、何百倍もエネルギーを作れるってことでしょ?」
耕之介は目を閉じ、深呼吸をした。そして、耕太の目をじっと見つめ、静かに話し始めた。
「耕太、よく聞くんだ。父さんの研究はな、凄く難しい研究なんだ」
「うん。知ってる」
「難しいっていうのは、技術的にもそうだし、倫理的にも難しいってことなんだ」
「り、りんり?」
「倫理っていうのは、人として正しい事をすることだよ」
「お父さんの研究は正しくないの?」
一瞬考えて、耕之介は続けた。
「原子力発電っていうのは、この地球上ではあり得ない物質反応でエネルギーを作るっていうことなんだ」
「うん」
「高速増殖炉はそのあり得ない事を更にたくさん繰り返す」
「うん」
「人間が、自然界に、無限に影響を与えてしまうかもしれない」
耕之介の話を真剣に聞いている耕太だが、首を傾げて言った。
「それが間違ってるってこと?」
「何が起こるか分からないんだ」
「え?」
「たくさんエネルギーを生み出すものが、いずれ何をやらかすのか、誰にも分からない」
「……やらかす?」
耕之介は耕太の手を握った。
「高速増殖炉が完成すればCO2を出さずに世界中の電力を賄える。そうすれば一気にエネルギー問題が解決して、地球環境の改善に大きな影響を与える」
「うん」
「もしかしたら、資源の取り合いで起こる戦争もなくなるかも」
「うん」
「たくさんのエネルギーは全てのテクノロジーに革命を起こす」
「うん」
「食糧問題の解決や医学の発展にも繋がり、貧困や格差もなくなる」
「うん」
「そんな魔法の様な、そんな……そんな夢の様なものって……」
耕之介はそう言って、遠くをじっと見つめていた。
耕太もそんな耕之介を、不思議そうにじっと見つめていた。
台所の陰から、晶子がそっと2人を見守る。
遺影の中の美紀は、優しく微笑んでいた。
ベンチで並んで座っている耕太とカヤは、ぼうっと水平線を眺めていた。
耕太が言った。
「夏休みに入る前に、親父は死んだ」
「……えっ」
「研究していた高速増殖炉で事故が起きたんだ」
「……高速増殖炉の事故……聞いたことある」
「親父は増殖炉の研究設計の責任者だった。事故で8人も亡くなり、政府の責任逃れの末、親父は自ら命を絶った」
「……あんたのお父さんだったんだ」
カヤが言葉を詰まらせると、耕太は立ち上がって言った。
「親父には次の夢があったんだ」
「え?……」
「原子力発電、高速増殖炉のその次……核融合」
「……核融合」
耕太は遠くを見つめて言った。
「春香の夢も、親父の夢も、……僕の夢も……結局……」
虚ろな耕太の横顔をしばらく見つめていたカヤは、ハッとした。
「ねえ、ちょっと待って」
「……ん?」
「お父さんの遺品は?」
「は?」
「遺品。お父さんの、何か研究に関するデータとか」
「データ?」
「うん。何か残ってないの?」
「……遺品っていうか、ばあちゃんに、父親の大切なものだから持っておきなさいって言われて渡された物はちょこっとあるけど」
「どこに?」
「家に」
「家ってあそこ?」
タワーマンションの最上階を指さすカヤ。
「うん」
「行こ!」
「え?」
「AIがあんたを殺すシミュレーションをしなかった理由があそこにあるかも!」
「は?」
突然、耕太の手を握るカヤ。
「えっ」
「いいから急いで!」
カヤに手を引かれるがまま走りだす耕太。
再びタワーマンションに戻って来た耕太とカヤは、エレベーターで最上階へと向かった。
エレベーター内で息を切らす耕太が、カヤに訊いた。
「ど、どおゆうこと?」
「高速増殖炉の事故の話は叔父から聞いた事があるの」
「うん」
「叔父はこう言ってた。114年前の事故で高速増殖炉開発は頓挫したはずなのに、その後なぜか復活したって」
「え?」
「そしてね、あるの」
「は?」
「あなたのお父さんのその先の夢」
「は?」
カヤは真剣な眼差しで言った。
「核融合」
「え?」
「あんたのお父さんが残した研究データを誰かが引き継いだのかも」
「は?」
真剣な顔のカヤと、ぽかんとしている耕太の前で、エレベーターの扉が開いた。
「こんにちは、カヤさん」
そこに立っていたのは、一人の女だった。
愕然とするカヤに、耕太が訊いた。
「だ、だれ?」
「……ミサキ先生」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます