第12話 水平線

 タワーマンションにほど近い公園のベンチで、耕太とカヤは並んで座った。

 カヤのサングラスに映る数値が増えていく。


「タイムリミットが10分増えた」

「え?」

「代表者2人の影響も弱くなって、磁界も元に戻ってきた」

「じゅあ」

「あと15分よ」

「どっちにしろその時間じゃ希望系ユーチューバーは無理か」


 カヤは思わず俯いた。

 耕太は海を見つめ、言った。


「ねえ? 最後に聞いてもいいかな?」

「……なに?」

「……僕のユーチューブが地球環境や世界情勢に影響を与えてしまうのは分かるけど、ほんとに僕がいなくなるだけで君の世界は変わるの?」


 カヤも海を見つめ、答えた。


「さっきも言ったけど、タイムリープはたった1回きり。その1回きりで、この宇宙ではもう2度とタイムリープはできない」


 耕太は穏やかな顔で、その続きを聞いた。


「私の叔父はその1回を、どの時代の、何にアクセスすればいいのか、AIを使って何度も何度もシミュレーションしたの。たった1回のその瞬間で、世界をより良くするため」


 じっと聞いている耕太。


「これから起こる核戦争で最初の核のボタンを押した大統領の暗殺とか、核兵器の元になる理論を構築したアインシュタイン殺害とか、産業革命時代の工場を爆破とか、そもそも私たち人類に知性が生まれる瞬間を潰すとか、ありとあらゆるシミュレーションをしたの」


 海を見つめたまま、カヤは続けた。


「だけどAIが出した答えは、どれも、より良い世界になる確率は低かった」

「……そんな凄い人たちより僕がいなくなる方が世界に影響を与えるって事?」

「あくまでもバランスなの。より良い世界とは、人類の進化と人類の幸福のバランスがとれている世界。そのバランスを一番壊したのが、あんた」

「……僕はいったい」


 耕太は身震いを抑えられなかった。


「だけど、昨日あんたが言ってたみたいに、確かにあんたみたいな事している人間は世界中いくらでもいる。だから、なぜあんたなのか、私も叔父も、よく分かっていないの」

「え?」

「もちろん、白いガーベラの希望を絶望にして、みんな一緒に死ぬ事をこの先の世界だとか言い、アダムとイブ気取りの代表者2人を生んだのはあんただけど」

「ま、まあ、それだけあれば十分か……」

「あくまでもAIが出した答えよ」

「……僕は、そのAIに……」


 覚悟を決め、じっと海を見つめる耕太の横顔を見て、カヤが言った。


「ちなみに、AIはあんたを殺せとは言っていない」

「……は?」

「……AIは莫大なシミュレーションをして、あんたの、あの昨日の、あの時間の、あの場所に辿り着き、シミュレーションをやめた」

「や、やめた?」

「そう。もう、それ以上シミュレーションすることはなくなり、時間と場所だけ導き、決してあんたを殺すまでのシミュレーションはしなかった」

「は?」

「だけど私が決めたの」

「は?」

「AIがシミュレーシをやめた瞬間、すぐにタイムリープシステムは起動してしまう。シミュレーションの情報が漏れないようにそう叔父がプログラムしたの」


 動揺する耕太にカヤは続けた。


「AIがあんたを殺すシミュレーションまでしなかった理由はわからないけど、タイムリープシステムが起動してしまったら、あんたを殺すっていう選択しかないでしょ?」

「……そ、そんな」

「さっきも説明した通り、あんたを殺さずに私が元の世界に戻ったら、何も起きないの。あんたも私もお互いを忘れて、タイムリープの事も忘れて、もう二度とタイムリープはできない。そしたら、100年後の世界は……」


 カヤは茫然とする耕太に、力強く言った。


「私が躊躇したら、100年後の世界は救えない」


 耕太は目を閉じて、静かに頷いた。

 カヤが海を見つめると、耕太も目を開け、海を見つめた。

 2人が見つめるその先は、一本の水平線だった。


 あの水平線の先には、絶望も希望もこの先の世界も何もなく、きっとまた、一本の水平線があるだけだろう。と、耕太は思った。


 カヤが静かに口を開く。


「……ねえ? 私も最後に聞いていい?」

「……なに?」

「さっきの、お父さんの話」

「あ、ああ……」 


 


 

 



 


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