第11話 黄色いスーパーカー

 地下の駐車場にエンジンの爆音が響く。

 耕太はランボルギーニムルシエラゴのハンドルを握り、その振動をじっと感じていた。


「どうしよう。私、殺してしまった」


 助手席のカヤは震えていた。

 耕太はまっすぐ前を見て、言った。


「大丈夫だよ。タイムリープシステムの本質で言ったら、彼女は生き返るんだろ?」


 カヤは不安そうに頷いた。


「うん……」

「まずはタイムパラドックスを防ぐ為、もう1人の彼を殺す。そして君は元の時間に戻る。そうするとタイムリープそのものがなかった事になる。だからあの2人が殺された事実も無くなる」

「……うん」


 カヤはそう言って、ぼうっと遠くを見つめた。

 耕太はそんなカヤを見て、不思議そうに訊いた。


「ん? それでいいんだよね?」

「……違うの」

「え?」

「それじゃダメなの」

「ん?」

「だって、それだと、私が戻った世界は元の絶望の世界……」


 耕太は俯くカヤの横顔をじっと見つめて、言った。


「さっきはありがとう」

「……え」


 カヤは顔を上げた。


「僕を止めてくれた」


 動揺するカヤに、耕太は続けた。


「大丈夫。僕は君と出会って変わったんだ。君の世界を変えるため、これから精一杯やるよ。希望系ユーチューバーで爆バズりしてみせる」


 カヤは再び俯き、言った。


「……無理なの」

「僕を信じてくれよ」

「……だから、違うの」

「な、なにが違うんだ?」

「……忘れちゃうから」

「……え?」

「私が元の世界に戻って、タイムリープの事実が消滅したら、私とあんたが出会った事実も消滅する」


 耕太は頭を整理した。


「……はっ」

「出会った事実がなくなるって事は、あんたの考えが変化した事実も消滅する」

「……ってことは」


 カヤは頷く。


「あんたは何も変わらないってこと」

「……そんな事はない」

「よく考えて! 私たちが出会わないって事は何も起きなかったってことでしょ!」

「……そ、そんな」


 カヤは膝の上で両手をぎゅっと握りしめ、言った。


「やっぱり100年後の人類を救う方法は1つ。私があんたを殺す事だけ……」


 耕太は咄嗟にスマホを手にし、必死で生配信をしようとする。


「もういちど希望系ユーチューバーに」

「時間がない」

「あと何分?」

「10分しかない。あいつも残り時間わかってるはずだから必ずここに現れる。そしたらあいつを殺してタイムパラドックスを防いだあと、私があんたを……」


 そう言って、カヤは再び俯いた。

 耕太は生配信を諦め、カヤの横顔を見つめて、言った。


「……分かった」

「……えっ」

「それもいいかもしれない」

「は?」

「僕の父親もそうだったんだ」

「え?」


 なぜか耕太はすっきりした顔になり、言った。


「僕の親父も、自分のした事の責任を取って死んだんだ」

「……えっ」

「僕が失ったのは、春香だけじゃないんだよ」

「え?……」


 カヤが何か言おうとした瞬間、フロントガラスの向こうにサトウが現れた。

 サトウはカヤに向かって銃を構えている。

 それに気づいた耕太が、エンジンを吹かし、言った。


「その前に、あいつをやろう」

「え? なにするの?」

「……こいつをこんな事のために使うのは嫌だけど」


 シフトチェンジした耕太が、一気にアクセルを踏む。


「ふせて!」


 耕太の声で咄嗟に身を伏せるカヤ。

 サトウがトリガーを引くと、その閃光が車のフロントガラスを貫く。

 そしてサトウは身をよける間もなく、そのまま車にのみ込まれた……。


 放心状態の耕太が、エンジンを止める。

 カヤが身を起こすと、耕太は車を降りた。

 車の下敷きになったサトウは、ピクリともしない。

 車から降りたカヤが耕太に言った。


「これでタイムパラドックスは防げる」


 耕太は何も返さず、赤い血のついたバンパーをじっと見つめて、言った。


「この、黄色いスーパーカーを、こんな風に使ってしまった……」


 ランボルギーニムルシエラゴとサトウを置いて、耕太とカヤは駐車場を出た。


 

 




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