第9話 希望系ユーチューバー
サトウとアミはタクシーから降りると、サングラス越しにタワーマンションを見上げた。
サトウのサングラスに耕太のデータが映る。
「ここの最上階だ」
リビングを歩き回る耕太は落ち着きがなかった。
カヤのサングラスに映る数字が、カウントダウンを始めている。
「あと、45分しかない」
耕太はそのカヤの言葉を聞いてもウロウロするだけだった。
「向こうもこのタイムリミットを分かってるはずだから、私を消そうとすぐにここにやって来る」
ウロウロする耕太に、カヤが切り出した。
「私のやることは決まっている。代表者2人を殺して、悪いけどあんたも」
「ちょっと待って」
「え?」
耕太は立ち止まって再び言った。
「ちょっと待って」
「なんなの」
「……ありかも」
耕太はそう言うと、テーブルのパソコンを立ち上げ、カメラをセットする。
「なに?」
カヤの目の前で耕太が生配信の準備を始めた。
「ま、まあ、とにかく僕だけいなくなれば、君の世界は変わり、叔父さんも殺されないで済むんだよね」
「そ、そうだけど」
「んじゃ、分かったよ。僕自ら、自分の存在を消すよ」
「は?」
「もう、絶望系ユーチューバーをやめる」
「……」
「そうすれば、僕はいなくなったも同然だろ?」
なぜか、カヤは俯きだした。
「ん? どうしたの? 僕が今すぐユーチューブをやめれば未来は変わるだろ?」
「……無理よ」
「は?」
「変わらないわ。あなたの今までの世界への影響を、たった45分で変えるのは不可能よ」
耕太は自分にカメラを向け、生配信のボタンをクリックするだけにして、言った。
「300万人に手伝ってもらったら?」
「……は?」
「僕1人の影響じゃ45分じゃ無理かもしれないけど、300万人の影響だったら未来は変わるかも」
カヤの目が泳いだ。
「もし未来が変わったら、君は僕を殺しに来ないで済む」
「……それを信じて、私は何もせずに今すぐ元の時間に戻るって事?」
「うん。未来が変われば、君の叔父さんはタイムリープなんて作らず、殺されもしない。あいつらがタイムリープする事実も消滅する」
「そんな都合よく……」
カヤは動揺しながらも考えた。
「やっぱり無理よ」
「信じてくれよ」
「タイムリミットが加速するの」
「え?」
「あんた以外、300万もの人の時間に影響を与えたら、その分、磁界データが変化し、時空の歪みの膨張速度が加速して、タイムパラドックスまでの時間が早まる」
「生配信だから、いきなり300万人は見ないよ」
「だったら逆に、世界への影響は薄いってことで未来は変わらない」
「タイムリミットぎりぎりまで頑張って、君が元の時間に戻れば、未来も変わってるしタイムパラドックスも起きない」
「そんな簡単な事じゃないの」
「お願いだ。信じてくれ」
「タイムリープは1回だけなの。……このチャンスは1回だけなの」
耕太は静かに俯き、言った
「僕を……僕を殺せるのか?」
ハッとする、カヤ。
耕太はじっとカヤの目を見て、言った。
「あいつらを殺して、僕も殺す。そんな事、君にできるのか?」
「……」
カヤは何も言えなかった。
耕太がテーブルのスケッチブックに、マジックで『希望系ユーチューバー・コータ』と書き、生配信のボタンをクリックする。
「ちょっ」
戸惑うカヤの前で、耕太はスケッチブックを胸に抱え、軽快に喋りだした。
「はい、それでは今日も始まりました! 僕たちに明日はある。明日があるから未来もある。未来のために今を生きろ! で、やらせて頂いてます。希望系ユーチューバー! コータでーす!」
パソコンのモニターに次々とコメントがあがる。
『急に始まってビビった!』
『きぼう???』
『一晩で絶望が希望に!?』
『ってか、きのう誰としゃべってたの?』
『めっちゃ言い争ってたけど!?』
ため息をつくカヤが、サングラスの映像を見ると、タイムリミットの減るスピードが段々と速くなっていく。
カヤは咄嗟にスケッチブックを取ると、『あと30分』と書き、そのカンペを耕太に見せる。
耕太は頷くと、再び喋りだした。
「きのうは急に配信ストップしてすみませんでした。それで今日はですね、突然ですが、超重大告知がございます」
生配信の視聴者数が1万人をあっという間に超えて増え続ける。
それと共にカヤのサングラスに映るタイムリミットの減少も加速した。
『超重大!?』
『ランボルギーニ2台め?』
「今日から僕は! 希望系ユーチューバー、コータとして! 未来への希望となる!活動をしていきます!」
『????』
『希望という名の絶望ってこと!?』
「CO2削減に全力で挑み、今まで皆様に稼がせて頂いたお金もSDGsに投資し、ランボルギーニにももう乗りません!」
『は? CO2爆上げ動画めっちゃおもろかったのに』
『アンチSDGsで応援してたんだけど』
『やっぱきのうなんかあったん?』
「民族紛争や格差問題も、僕たちがもっともっと声を上げればきっと解決に向かうはず!」
『え? 戦争は人類淘汰って言ってたじゃん』
「みんなで協力すれば未知なるウイルスにも勝てるはず!」
『人類淘汰のカンフル剤って言ってたけど』
「きっとできる。僕たちにはたくさん仲間がいるんだ!!」
『言ってることフツーじゃん。なんかつまんねー』
『いーちぬーけたー』
フォロワー数が凄い勢いで減少していく。
カヤは、タイムリミットの減少スピードが変化しないのに気づき、スケッチブックに『今フォロワー数減ったら逆効果!』と書いて耕太に見せた。
減少するフォロワー数を見て焦りだす耕太は続けた。
「世界中でまだ誰もやってない事が、僕たちだったらできるんだ」
『まだ誰もやってない事って?』
『なになに?』
『なんですかー?』
黙ったままの耕太を、カヤはじっと見ていた。
しばらくして、耕太が言う。
「まだ誰もやっていない事。それは…」
耕太はカヤの目を見て、続けた。
「100年後の人々を救うこと」
その瞬間、爆発音と同時にドアが破壊され、サトウとアミが現れた。
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