第7話 タイムリープシステム

 『HAPPY BIRTHDAY おじちゃん』

 そう書かれた壁の横断幕の前で、クマダはスープを一口飲んだ。


「こんな旨いスープは初めてだ!」


 クマダがそう言うと、12歳のカヤは自信満々で言った。


「きのうの配給のカブ、全部ポタージュにしたの」

「んー、もうこれはプロの味だな」


 夢中でスープを飲んでいたクマダが、カヤの浮かない顔にふと気づく。


「ん? どうした?」

「……え?」

「なんだか元気ないな」

「そんな事ないよ、今日はおじちゃんのお誕生日だよ」

「……学校で何かあったのか?」


 カヤはしばらく俯き、口を開いた。


「おじちゃん……」

「どうした?」

「……この先の世界が、よく分からない」


 クマダは静かにスプーンを置いた。


「AとBの選択の授業だな?」


 カヤは小さく頷いた。


「カヤ、これからもその授業があったら、AかB、必ずどちらか選ぶんだ」

「どうして?」


 クマダはカヤの手を取り、ぎゅっと握った。


「自分を守るために、この先の世界を信じるんだ」

「どうして? どうして分からないものを信じるの?」

「それが、おじちゃんのことも守る事になるんだ」

「え?」

 

 クマダは徐に立ち上がると、手にしたタブレットをテーブルに置いた。


「カヤ、カヤもおじちゃんの研究を知っているね」

「うん。タイムリープシステムの研究」


 タブレットが起動すると、数式やグラフなどの立体映像がテーブルの上に浮かぶ。  

 クマダはその映像をじっと見つめて言った。

 

「そう、そのタイムリープっていうのがもの凄く危険なものなんだ」

「え?」


 グラフの1本の線がバラバラになって、無数の点になる。


「時間とは、その扱い方を一歩でも間違えると、この世界どころか、今までの世界も、この宇宙そのものも無くなってしまうかもしれないものなんだ」


 カヤの目の前で、点の集合体が1つになって消える。

 

「この先の世界を信じる人たちが、おじちゃんの研究に目をつけてる」

「ん?」


 話がのみ込めずに首を傾げるカヤに、クマダは真剣な顔で言う。


「タイムリープシステムで時間を操ろうとしているんだ」

「え?」


 クマダは電源を落としたタブレットを手にし、続けた。


「いつかおじちゃんの研究が実を結んだ時に、彼らにこれを奪われないようにするんだ」

「……奪われないように?」

「うん。奪われないように、味方のふりをする」

「味方のふり?」

「うん。この先の世界を信じるふり」

「……信じるふり」

「カヤとおじちゃんだけの秘密だ」

 

 クマダとカヤは、小指を結んだ。



 立ち尽くして話すカヤの横で、耕太も立ち上がる。

 海を見つめたまま、カヤは言った。


「私はその秘密を守るため、白いガーベラのタトゥーも入れ、この先の世界も信じるふりをした」

「そして、そのタイムなんとかが完成した……」


 カヤは再び耕太に銃を向ける。


「私と叔父は、この先の世界、つまり絶望、つまりその要因となった環境破壊と紛争、つまりその要因となった、つまり、あんたをどうにかしようと思ったの」

「どうにかしようって、殺さなくてもいいでしょ」

「殺されたの」

「え?」

「私の叔父が殺されたの」

「えっ」

「あんたのせいで」

「は?」

「あんたが作ったこの先の世界を信じる人たちに殺されたの!」


 カヤの目が潤んだ。

 そのカヤの震える唇と、青白い瞳から零れる一滴の涙に、耕太は言葉を失った。


「悪いけど死んでもらうわ。そうすれば叔父は殺されなくてすむ」


 耕太は何も言わず、静かに目を閉じた。

 呼吸を整えるカヤが、ゆっくりとトリガーを引いた瞬間だった。突然、カヤと耕太の間に現れた透明の板が、カヤの銃から放たれた黄色い閃光を吸収した。


「えっ」


 そのカヤの前で緑色の光がパッと光ると、カヤと同じような出で立ちの40代くらいの男女が現れ、男の方が素早くカヤの銃を奪った。

 耕太が恐る恐る目を開けると、カヤが女に銃を向けられている。


「……は?」


 男が耕太に向かって言う。

 

「助けに参りました」

「はい?」


 状況がのみ込めない耕太に、女が言う。


「カヤを処分します」

「え?」


 女がカヤに向かってトリガーを引こうとした瞬間、耕太は咄嗟に透明の板を掴み、カヤと女の間に向かって投げ込んだ。その透明の板が女の銃から放たれた閃光を吸収する。更に耕太は、その透明の板を男女2人に投げつける。男女2人が板にぶつかって吹っ飛んだ瞬間、耕太はカヤの手をぎゅっと掴んだ。


「えっ」


 そう戸惑うカヤに耕太が叫ぶ。


「走れ!」


 新緑の丘を、耕太とカヤが駆け上る。

 必死に走る耕太の顔を、カヤは斜め後ろから見た。カヤの手は、しっかりと耕太の手に握られていた。




 海沿いの道路を黄色いスーパーカーが走り抜ける。


「なんで?」


 ランボルギーニムルシエラゴを運転する耕太の隣で、カヤが訊いた。

 

「なんで私を助けたの?」


 耕太の頭の中に、先ほどの庭での、カヤの青白い瞳から零れる一粒の涙が浮かんだ。


「私はあんたを殺そうとしたのに、なんで?」

「え、あ、その……」


 カヤの頭の中に、先ほどの庭での、自分の手を引いて必死で走る耕太の横顔が浮かんだ。

 車内が気まずい空気に包まれる。

 間が持たなくなって、耕太が口を開いた。


「あいつらは?」

「……代表者よ」

「えっ」

「この先の世界を人々に信じさせ、自分たちだけは人類の代表者とか言ってこの世界に残ろうとする2人」

「……自分たちだけ生き残ろうとしてるのか」

「もっと最悪よ」

「え?」

「あの2人はもっと最悪」


 カヤはまっすぐ前を見て、続けた。


「タイムリープシステムで時間を操ろうとしている」

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