第6話 この先の世界

 荒廃した東京はどんよりとした灰色の空で、あらゆる建物は赤茶色く、崩れかかっていた。時おり吹き荒れる風で舞い上がる砂も赤茶色で、そこに植物は育たず、ほとんどの動物たちは姿を消していた。

 

 残された人々は皆、地下シェルターで生活していて、東京のシェルターでも50人程が助け合って生きていた。12歳のカヤと叔父のクマダも、その一室で暮らしている。



「おじちゃん! 今日はおじちゃんのお誕生日だから私がご飯つくるね! いってきまーす!」


 カヤはそう言うと、部屋の鉄扉を開けて出て行った。

 

「おお! そりゃ楽しみだ! いってらっしゃーい!」


 カヤを見送り、クマダは鉄扉を閉めた。

 部屋は6畳程で、キッチンとテーブルに2段ベットだけだった。

 クマダはその小さなテーブルでタブレットを立ち上げ、何やら計算の様なものをし始めた。


 シェルターの地下通路は暗くて狭く、至る所から水が染み出ていた。

 カヤはその通路の一室の前で立ち止まり、深呼吸をする。


 教室は20畳ほどで、教壇を半円で囲む様に10席ほどの机があり、すでに8人の子供が着席していた。

 ドアが開いてカヤが入って来ると、他の子供たちはなぜか目を逸らす。

 カヤは俯いたまま、端の席に座った。

 

「おはようございます」


 そう言って教室に入って来たのは30代くらいの女、ミサキだった。

 起立する子供たちが「おはようございます」と、一斉に礼をする。

 教壇のミサキが礼をすると、子どもたちは着席した。


「はい、それでは、昨日の続きとなりますね」


 ミサキは教壇のモニターを点けながら続けた。


「昨日はAが4名、Bが4名、どちらでもないが1名でした」


 モニターに映し出されたのは、『A・人類の代表者2人がこの世界に残り、他の人はこの先の世界に行く』『B・みんなで一緒にこの先の世界に行く』というディベートのお題だった。

 手を上げる男子を、ミサキが指す。


「はい。僕は、この世界に残された食料は少ないので、他の人がこの先の世界に行けば、この世界で再び食料が作れる様になるまでの十分な食料が2人に残せるので、だからAの方がいいと思います」

「なるほどですね。この世界で再び食料が作れる様になれば、代表者2人の子孫も増やす事ができるかもしれませんね。はい、他に違う意見ありますか?」


 ミサキはそう言って、すぐに手を上げた女子を指した。


「はい。私は、代表者2人が再びこの世界で食料が作れる様に頑張るのが大変そうで、かわいそうだと思います。だからBの方がいいと思います」


 大きく頷いて、ミサキは言った。


「そうですね。残された代表者2人は、それはそれは大変でしょうね」

 

 カヤは膝の上でぎゅっと拳を握り、俯いていた。

 そのカヤを、ミサキがじっと見つめる。


「カヤさん、意見ありますか?」


 ビクッとし、カヤは顔を上げた。


「私は……昨日も言いましたが……AとB、どちらでもないです」

「今日はその理由をみんなに話して」


 ミサキの目は冷たかった。


「その……その、この先の世界っていうのがよくわからなくて」


 カヤがそう言った瞬間、ミサキがバンッと教壇を叩いて立ち上がる。

 凍りつく子供たちの前で、ミサキは口を開いた。


「皆さん、どうぞこれを見て下さい」


 モニターの映像に空が映る。真っ青な空と、そこに浮かぶ真っ白い雲の上に、白い衣をまとった若い男女が現れる。その男女が手を繋ぐと、次々と白い衣の老若男女が現れ、みんな手を繋ぎだし、輪となっていく。その輪がどんどん大きくなって、人の数が千になった頃、輪は突然、白いガーベラになる。


 映像を見るカヤの手は、ぎゅっと握られたままだった。

 目を閉じて、ミサキは言う。


「この先の世界は、みんないっしょの世界。みんながいっしょ、みんながひとつになる。そうゆう世界です」


 ミサキはカヤを睨みつけて続けた。


「分かったわね」


 カヤは震える声で答える。


「……は、はい」


 他の子供たちは、まるで感情がなくなったかの様にじっと前を見ていた。

 カヤも固まったまま、じっと前だけを見続けた。



 花壇一面真っ白のガーベラの前で、耕太とカヤは、新緑の芝に座って海を眺めていた。

 

「私はそうやって、この先の世界ありきの教育を受けてきた。たぶん、あんたの春香さんへの間違った思いから生まれた、この先の世界、つまり、絶望が元になってるんだと思う」


 耕太は薄ら笑いで呟く。


「……みんないっしょに、死ぬ、か」


 カヤは立ち上がり、腰の銃に手をかけた。


「白いガーベラの謎が解けたわね。やっぱりあんたがクソだった」


 銃を向けられた耕太は、なぜか首を傾げた。


「……どうしてかな?」

「は?」

「あ、いや、どうして子供の頃はこの先の世界を認めなかったのに、君の肩には白いガーベラのタトゥーがあるの?」

 

 カヤは、肩をぎゅっと掴んだ。


「二十歳になったらみんなこのタトゥーを入れる」

「タトゥーを彫ったからって考え方は変わらないでしょ?」

「もちろん」

「……ん?」

「……ふりをしたの」

「な、何の?」

「みんなと同じふり。あんたのつくった絶望を信じるふり」

「な、なんで?」

「みんなに見つからない様に」


 ぽかんとする耕太に、カヤは言った。  


「私の叔父が作ったタイムリープシステムがみんなに見つからない様に」


 思い出したかの様に耕太は言った。


「……あ」

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