第5話 みんないっしょ

 水平線からのぼる太陽が、タワーマンションを黄金に染めた。 


 リビングのソファで眠るカヤは、温かい光を感じて、目を覚ました。

 カーテンの隙間から朝陽が差し込んでいる。

 カヤはサングラスをかけ、カーテンを開けた。

 黄金の光がカヤを包み込む。


「……これが……太陽」


 カヤはそうつぶやくと、窓を開け、両手を広げて大きく息を吸い込んだ。


「そっか、太陽みるの初めてだもんね」


 そう言って耕太は、コーヒーをふたつテーブルに置いた。


「これ飲んだら出発しよう」

「……どこに?」


 耕太は笑顔で返す。


「ドライブ」



 海岸沿いの道路に、黄色いスーパーカーの低いエンジン音が鳴り響いた。

 ランボルギーニ ムルシエラゴを運転する耕太の隣に、サングラスをかけたカヤが座っている。


「この時代の車ってこんなにうるさいの?」

「まー、こいつはうるさいやつの最後の生き残りかな」


 カヤは特にそれに反応しなかった。


「昨日の話だけど、ちゃんと話して」

「ちゃんと?」

「白いガーベラのタトゥー」


 しばらく黙って、耕太は答えた。


「きっと君も一晩中考えたと思うけど、僕もよく分からないよ」


 思わず俯くカヤに、耕太は続ける。


「ひとつ、仮説を立てたんだ」

「え?」

「……君が僕の前に現れたから、何かが変化した」

「は?」

「その、変化の証拠がこの二人のタトゥー」

「どおゆうこと?」

「……これから行く所に、そのヒントがあるかも」


 耕太とカヤを乗せたランボルギーニ ムルシエラゴが爆音で走り抜けていく。



 丘の上の総合病院はひっそりと佇んでいた。

 

「なんだか浮いてるな、この車」

 

 駐車場の車の横で、耕太はそう言いながら深呼吸をした。

 車を降りたカヤのサングラスに、新緑の庭と真っ青な海が反射する。


「向こうだよ、行こう」


 そう言って庭へと歩き出す耕太を追って、カヤも歩き出す。


 庭を取り囲むように草木が生い茂っていて、そこには大きな花壇がある。

 その花壇に耕太とカヤがやって来た。


「……なに、これ」


 カヤはそう言って、サングラスをはずした。

 全ての花壇にぎっしりと、白いガーベラだけが咲いている。

 茫然と立ち尽くすカヤに、耕太は言った。


「3年かけて真っ白にしたんだ」

「えっ」

「もちろん病院の許可をとって」


 ぽかんとするカヤに耕太は続けた。


「ここは温暖だから年に2回咲くんだ。たまにここに来て手入れして、家にも連れて帰ったりする」

「じゃあ」

「うん。家の子たちはここから」


 カヤはガーベラの甘い香りに吸い込まれそうになった。


「君は、100年後の人類は千人ほどって言ってたよね?」

「……ええ」

「僕が絶望系ユーチューバーをしなければ、僕が今すぐ死ねば、その人類はもっと増えるの?」

「そうよ。そのために来た」


 耕太は優しくガーベラに触れ、続けた。

  

「ほんとにそうかな?」

「……どおゆう意味?」

「先送りだよ」

「は?」

「絶望の先送り」


 カヤの目が鋭くなった。


「今さら何をしても遅いのに、いたずらにごまかして、絶望を先送りにしているだけだ。昨日も言ったけど、僕は絶望を受け入れるためにユーチューバーをやっている」

「まだそんなこと言ってるの」

「恐れる事はないんだ」

「は?」

「春香は自分だけ他の子と違うって言ってたけど……」


 耕太は白一色のガーベラたちを見渡して続けた。


「みんな一緒だ」

「え?」

「みんな、遅かれ早かれ死ぬ。だったらみんなで一緒に、早く死んだ方がいい」


 カヤは思わず腰の銃を抜いた。

 そのカヤに、ニヤリと笑った耕太が言う。


「君は知ってるんだろ?」

「……なにを?」

「僕が彫った、この白いガーベラのタトゥーのこれからを」

「え?」

「君の肩に彫られた、その白いガーベラのタトゥーの歴史を」


 一瞬、カヤの目が泳いだ。

 耕太はカヤの肩を掴んで、こう続けた。


「この先の世界を」





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