第3話 白いガーベラ

 震える足で立ち尽くす耕太の顔は青ざめていた。

 その耕太の後ろ、閃光が突き刺さって開いた壁の穴からは煙が立っている。

 カヤは冷静な顔で耕太に銃を向け続けた。 


 パソコンのモニターには立ち尽くす耕太が映っていて、そこに次々とコメントがあがっていく。

『なになに!?』

『めっちゃ光った!』

『新しいCO2爆上げ家電??』

 耕太は、それらのコメントと自分を凝視するカヤを見て、そっとカメラを止め、生配信を停止して、言った。


「どうして外したの?」

「生配信中だったから」

「でも、すぐ逃げられるんでしょ? その、100年後の世界に」

「誰もあんたの頭がふっ飛ぶ瞬間なんか見たくないでしょ」


 カヤはそう言うと、銃を下ろした。


「殺す前に聞きたいことがある」

「え?」


 一輪挿しの白いガーベラを見て、カヤは続けた。


「あの花」


 耕太はふと、白いガーベラを見る。


「なんでガーベラなんかあんの?」

「……え? な、なんで?」


 耕太は思いもよらない質問に、しばらくじっと一点を見つめ、答えた。


「なんでって、いつも……」


 その耕太の言葉に、カヤの目が少し大きくなった。


「いつも、って?」

「いつも、って言ったら、毎日だよ」

「毎日って?」

「毎日は毎日」

「違う、だからなんで毎日?」

「なんでそんなこと聞くの?」

「いいから答えなさい!」


 カヤは再び耕太に銃を向けた。

 思わず手をあげる耕太にカヤはくり返す。


「答えなさい! 一人で絶望するのが嫌で周りの人を巻き込む様なクソが、なんで希望の象徴の白いガーベラなんか飾ってるの! しかも毎日!」


 耕太はカヤのその言葉に一瞬目を細め、何かを探る様に返した。


「さっき言ったよね」

「……え?」

「世界の現実を見てもらうために絶望ってワードを使ってるって」

「……それが?」

「それが僕にとっての希望」

「……は?」

「希望の先には絶望がある」

「な、なに言ってんの……」


 怒りに震えるカヤ。

 耕太は淡々と続ける。


「君はさっき、100年後の世界には太陽がないって言ってたよね?」

「言ったわよ」

「君の世界にあの白いガーベラはあるの?」

「あるわけないでしょ」

「じゃ、なんであれがガーベラだって分かったの?」


 カヤはじっと耕太を睨みつけ、銃を腰に戻した。

 不思議そうに手を下ろす耕太の前で、カヤは徐に白い衣の一部のボタンを外した。


「……えっ」


 耕太がそう言って見たものは、カヤの右肩に彫られた一輪の白いガーベラのタトゥーだった。

 固まったままの耕太に、カヤは言った。


「実物の花を見たのは初めて。私の世界ではもうとっくに花が咲かなくなってる。だけどみんな希望を込めてこの白いガーベラを彫っている。……あんたはね! その希望の花を奪ったの! 絶望で希望を奪ったの!」


 カヤは再び耕太に銃を向けた。

 するとなぜか、静かに目を閉じる耕太。


「……どうしたの。何か言いなさいよ」


 カヤがそう言うと、耕太は一輪挿しの白いガーベラを見て、言った。


「あのガーベラは、死んだ恋人が好きだった花だよ」

「……は?」 


   






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