第2話 カヤ
湾岸エリアのタワーマンション最上階のベランダで、月の光に照らされたカヤは、七色に反射する白い衣を風になびかせて立っていた。
カヤはサングラスを掛け直すと、部屋の窓をそうっと開けた。
揺れるカーテンの向こうからテンションの高い耕太の声が聞こえてくる。
腰のベルトから赤い電子記号が光る銃の様な物を手に取るカヤは、静かにカーテンを開けた。
そこは20畳ほどのリビングで、中央に大きなテーブルがあり、6台のパソコンが並んでいる。耕太の姿はなかった。
カヤは辺りを見渡しながら慎重に部屋に入り込んだ。
パソコンのモニターには誰もいないリビングが映っていて、『トイレ行っといれ』や『トイレットペーパーも1回ひとロールつかうのかな?』などのコメントがあがっていく。
それらのコメントを見て、チッと舌打ちしたカヤは、カメラに映り込まないようにパソコンの後ろに立ち、銃を構え、耕太が戻って来るのを待った。
そのカヤの視界に、ふと目にとまったものがある。
透明の細いガラスの筒に挿された、一輪の白いガーベラだ。
カヤの目が、なぜか泳いだ。
「だ、誰?」
戻って来た耕太はそう言うと、カヤの手にある銃の様な物を見て、立ち止まった。
我に返ったカヤが答える。
「……カヤ」
「カ? ヤ? ……な、なんでここに?」
「未来をぶっ潰したあんたを殺しにきた」
「……はい?」
耕太はカヤの手元の銃とサングラス越しのカヤを見て、状況を掴むのに必死だった。
カメラの前で誰かと会話する耕太に、次々とコメントがあがる。
『誰としゃべってんの?』
『女の声だー!』
『彼女できたのか!?』
『殺すとか言ってる?』
耕太はちらっとモニターを見て、カヤに言った。
「な、なにがなんだか分かんないけど、今、生配信してるから、僕を殺したらすぐ捕まっちゃうよ」
「大丈夫、そこからすぐ逃げるから」
そう返して、カヤはベランダをアゴで指した。
ベランダの窓は開いていて、カーテンが風になびいている。
「え? そこから入ったの?」
耕太はその不思議な服装とサングラスのカヤに、更に訊いた。
「どこから来たの?」
「……100年後の地球」
「……はい?」
「あんたは君島耕太、現在26歳。絶望系ユーチューバーを初めて3年。環境に関するあらゆる論文を解説して地球の破滅をあおり、人類の紛争に関する知見で第3次世界大戦勃発もあおり、そのふたつのディスコミュニケーションから起こる感染症爆発までもあおって、現在チャンネル登録者数300万人越え。あんたは世界に影響を与えすぎた」
カヤはそう言って、再び銃口を耕太に向け直した。
「ちょちょちょっ、な、なに? ってか、僕だけじゃないよ」
思わず手をあげて、耕太は言い訳を始めた。
「僕よりもっと過激なことやってるやつ世界中にいくらでもいるよ。それに僕は、いま世界で起きている現実を見てもらうために『絶望』ってワードを使ってるんだ」
サングラスを外し、耕太を睨むカヤ。
耕太は一瞬、その青白く輝くカヤの瞳に吸い込まれそうになった。
「それよ」
「は?」
「その、絶望よ」
「ん?」
「あんたのその、身勝手な絶望あおりをシェアする人が増え続け、現在300万人のあんたのフォロワーは、……1年後には1億人を超える」
「……えっ」
「もうそうなったら手遅れ。世界中のあちこちで加速する絶望の連鎖が社会システムを崩壊させ、人々は皆、気候変動の少ない土地へ我先に移動し、そこで食料や水の奪い合い。生き残りをかけた国家は短時間で国力を維持するため、凄まじい勢いで化石燃料を消費する。環境破壊は言うまでもなく、行き場を失った人類は核戦争に突入する」
茫然と聞いている耕太に、カヤは言った。
「私の世界に太陽はない」
「え……」
「空は1日中灰色。地下で生きながらえる人類はせいぜい一万人ほど。だけどそれも時間の問題で消滅する」
耕太は、その青白く潤んだ瞳のカヤの言葉を信じ始める。
「絶望したいなら一人で勝手にしてて」
そう言って、耕太の頭に銃口を向けるカヤ。
耕太の口元が震える。
「希望を返して」
カヤが銃のトリガーを引くと、ボムッという鈍い音と同時に黄色い閃光が一直線に放たれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます