(六)

六芒戦。試合会場。征志郎が率いる薬草学院が王聖学院と対戦している時だった。場所は広いフィールド。囲むように他校の生徒や観客が見ていた。まだ予選。しかし、優勝候補とダークホースの薬草学院の対戦に注目が集まっていた。

六芒司率いる王聖学院は三年生。さらに司は現役の攻防軍の隊員である。一年の薬草学院の生徒とでは対戦には明らかに実力の差がある。しかし、薬草の作戦に会場は沸いていた。

草木に隠れる薬草の三人。彼らを慎重に相手を探す王聖。それを待っていた薬草の時長のライフルが火を吹いた。これは命中したが、居場所が知られてしまった。

「あそこにいるぞ」

時長の居場所。王聖が追うとそこには落とし穴があった。簡単なトラップ。たったこれで動きを止められた王聖に蓮の薬剤が噴射された。王聖は薬草の連携作戦に翻弄させられていた。薬草の優位の状況。その時だった。

「征志郎!ストップ。空を見ろ」

「なんだって」

団体戦の攻防中。時長の連絡に征志郎は空を見上げた。巨大なバルーンが近づいていた。

やがてそれは観客席に影をなし、会場にゆっくりと入ってきた。

会場の警備が慌ただしく動き、戦いは中断となった。選手達は自国のチーム三人で固まっていた。

そしてそれは起った。バルーンの一部が破れた。その動きから何らかの気体が噴出している様子である。薬草学院の選手は直ちにヘルメットに内蔵されたマスクを装着した。

騒ぎ出す観客達。必死に逃げ出す者達。パニックになった会場。フィールドにいた三人は冷静に周囲を警戒していた。辺りはあっという間に白い世界になった。危険な状況。征志郎は早かった。

「伏せろ!直ちにここから離れる」

征志郎の指示。時長と蓮は従った。

「くそ。なんなんだよ、せっかく勝ちそうだったのに」

「おい。どっちに進むんだよ」

視界ゼロ。草の上をほふく前進で進む三人。しばらく進むと観客席になっていた。立ち上がった時長はそっと周囲を見渡した。

「みんなは大丈夫か」

蓮は仲間を見つけた。

「ああ。あれは片桐先生じゃねえか」

霧のような煙。よく見ればこのガスを吸った者は倒れていた。そんな霞の奥、征志郎達は観客席にいた薬草学院の仲間達を見つけた。彼らもみな、マスクをしていたのだった。


片桐と合流した彼ら。苦しむ観客の様子から催涙ガスではないかと片桐は語った。涙で咳き込む苦しそうな様子。彼らを助ける分のマスクはない。隠密行動の薬草学院達は苦しむ彼らにガスを吸わないように指示するしかできなかった。この時、片桐がついて来い!と征志郎達に指示を出した。

「スプリンクラーだ!水を出すように警備に言うんだ」

「わかりました。行くぞ」

パニックになっている中。片桐と三人は警備室へ向かった。そこにいた建物内にいた警備関係者に事情を話した。

「いいから。早く水を出すんだ」

「え。でも」

「私は薬草研究部の片桐だ。一刻を争うのだ」

躊躇う警備員。待っていられない時長は、勝手に装置のパネルを見た。

「これだ。これってフィールドの水やりのスプリンクラーだし」

「勝手に困ります」

「いい。押せ!俺が責任取る」

この強い言葉。時長は装置を稼働させた。警備室から見えるモニターより、会場には霧雨が降っていた。これにより催涙ガスが流されていった。




片桐と三人が会場に戻ると屋外を警備していた国軍と、救助の車が押し寄せていた。勝手に水を出した片桐は、国軍の知り合いを見つけ報告していた。

片桐の背後にいた征志郎達は、催涙ガスにて目を真っ赤にした司を発見した。彼は水で顔を洗っていた。マスクをしていた薬草の三人はこの時やっとシールドを外した。

そんな時、片桐に結月から連絡が入った。

「陽動?じゃ本命は……わかった。お前はそっちを追え。こちらも班を派遣する」

そう連絡を切った片桐は振り返り、国軍に向かった。

「恐れ入ります。私は任務が入りましたので。この場は失礼します」

「任務……。わかりました」

一瞬、国軍の代表の眉間に皺が寄った。片桐は続けた。

「現場を放棄ですいません。ですので、元気なこいつらを使ってください。他の薬草の生徒達もガスを吸っていませんので」

「先生?」

「聞いてないよ」

うるさい!と片桐は時長と蓮を睨んだ。現場の救助を任された国軍のリーダーは快諾した。

片桐は征志郎達にため息をついた。三人は呆れて見ていた。

「そんな目で見るな。俺はこれから任務でここを離れないとならない。お前達は薬草の生徒達と一緒に救助に参加だ」

はいと三人は疲れた声で返事をした。征志郎がやれやれと片桐に向かった。

「わかりましたよ。ここはいいから。早く行って姉さんの足をひっぱらないで」

「おう!任せておけ」

片桐はそう笑顔を見せた。迎えにきた薬草の部下と共に去っていった。

征志郎は寂しく手を振った。そして救助に向かった。




◇◇◇

「次官。薬草の情報を得ました」

「続けろ」

会場の救助に来た国軍の臨時基地。そこには司も座っていた。濡れたタオルで目を拭く司と次官は部下の説明を待っていた。

「現在、国際指名手配のJドューハンが港に向かって逃亡中。Jは病院に長期潜伏していたもよう。現在、薬草暗部が追跡しているとのことです」

国軍とてJを追っていた。しかし。薬草の暗部が彼を追っているという事実に悔しさを見せた。部下は続けて報告した。

「この病院、というのは今この催涙ガスのために患者が送られている病院になります」

ここで司が口を開いた。

「次官、敵の狙いはこの会場にて事件を起こし警備の目を逸らすことが真意なのではありませんか」

「患者を病院に送り、その騒ぎに脱出したというのか」

「はい。それを知った薬草が現在追尾しているなら、我が軍も遅れをとるわけには参りません」

Jを探していたのは国軍も同じ。動きに遅れを取った国軍の次官は舌打ちをした。

「では。我が軍も派遣する。薬草よりも先に国外から出たところを抑えるのだ」

すると彼は立ち上がった。

「自分も行かせてください。このままでは自分もいられません」

「王子」

赤い目の司。将来有望な彼がこの大会に強い思いを抱いているのを次官は知っていた。王家の者として軍人として。それ以前に六芒司という個人として、彼は実績を欲していた。次官はこれを許した。部下が続けて報告した。


「次官。第三国の船が本日出港します。航空機の出国は本日はありません」

「わかった。では港に行ってくれ」

国軍の車。そこにはまだ目が赤い司が乗っていた。



◇◇◇

病院を出たJ達は路線バスに乗った。結月もそれに乗った。

後方に座る彼らの前に座った。本当は彼らの背後が良かったが、混雑していた。


結月の居場所は薬草暗部がGPSで掴んでいるはずだった。結月は一度、Jに接触している。さらにJの協力者の川端恵里奈は薬草研究部の女。これらを鑑みれば結月は顔を見せるわけには行かない。彼女は大人しくJについていくだけで良し、とし。このバスの行き先を調べていた。経路は中心の繁華街まで。が、ターゲットの二人は途中下車した。


共に降りた結月は後を追ったが、二人はどんどん人がいないビルの路地へと向かう。これ以上の追跡が難しいと判断した彼女は一旦、距離を取った。地形から地下鉄か、車かと言ったところ。しかし寝たきりだったJの足取りは重そうだった。彼女は車に乗るのではないかと後方から警戒していた。


すると突然、二人が消えた。路地を曲がったばかりである。そこには腰の曲がった老婆がいた。


「どうしたんだい?お嬢さん」

「何もしません。ちょっと迷子になって」

「こんなところでかい?」


すると老婆はいきなりナイフで切りかかってきた。結月はこれを交わした。しかしうっすらと腕が切れた。老婆はナイフを持て遊ぶように左右で持ち替えた。


「さ。さっさと始めようか」

「やる気なんですね。わかりました」


目が青く光る老婆。見かけは老婆であるが男性のような力強さがある。結月は彼女の目を見た。しかし狂っている女の心を掴めない。


「うわあああ」


襲いかかる老婆。これを交わした結月は彼女の腕を取り、そして投げ飛ばした。石畳に打ち付けられた老婆。その頭がぶつかった濁音に結月は静かに息を吐いた。


老婆の頭からは出血していた。その血だらけの髪を掴んだ結月は無情の顔を向けた。


「奴らはどこに行った?」

「さあ、ね?ひひひ」


歯が折れて口の中が真っ赤な女。ここで結月は再び目の力を使った。痛みのせいであろうか、老婆の心に入ることができた。


「Jはどこに行くの」

「……港、我が祖国」

「他に何を企んでいるの」

「六芒はクズだ。我が国の恩も忘れて………天罰じゃ。死に目に合えば良い」


他の言葉は聞き取れなかった。結月は老婆を見放し、Jが消え去った路地を進んだ。


……水路。そうかここは水延か。


ビルの谷間の水路。ここから船で進んだと結月は思った。足が弱っているJの行動。彼女は直ちに片桐に報告をした。




◇◇◇

「みんな連絡があったぞ。現在水路にて進行の模様。この水路を行けば港になるな」

「そうです。それで我ら姫は?」

この軽口に片桐は腕を組んだ。

「別のルートから港に向かっている」

「隊長。結月の目を協力者に使えば敵の作戦がわかるんじゃないですか」

「だから!あれ追わせているんじゃないか。我らも急行するぞ」


つづく










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