(四)


「で。薬草学院の女子は、この三人だけか」

「ああ、例の誹謗中傷で。メンタルやられたらしいぞ」

王聖学院のホテルの控え室。優勝を狙う司のチームは大会連絡に眼を通していた。熱心に読んでいる司に対し、彼の護衛であり幼馴染の後藤はのんびり飲み物を飲みながら司に呟いた。

「気の毒にな。犯人はまだ見つかってないし」

「……戦いには痛みが伴う。これくらいで戦意喪失なら薬草師もやめた方がいい」

「おお怖?確かにそうだけどな」

するとこの部屋に二年女子の三好みよしが入って来た。彼女は司の唯一の女性の護衛役。ボーイッシュな彼女は女子の予選の結果を携えていた。

「大変です。女子の射撃で満点が出ました」

「どこの学校だ」

「薬草です」

男子でも満点が難しい競技。司は部屋のモニターで試合の中継を見た。三好は司に説明した。

「殿下。これは。そうですね。今、始まった女子の個人戦です」

「相手は……薬草か」

対戦相手は大地エリア代表。構える女子達は競技会場の畳の上で、互いの攻撃を待っている様子だった。

その時。大地の女子が薬草女子に掴みかかった。柔道の構えからの攻撃。薬草はこれを受けて立つ構えだった。

「お?決まったか」

「いや。これからだ」

司の言う通り。大地の女子は一切触れる事なく、体を飛ばされていた。見た人にはまるで自ら背負い投げをされているようにさえ見えた。そして床に背を打ち悶えている女子に、薬草女子はその髪を掴んで持ち上げた。痛みで悲鳴を上げる大地選手。顔を歪ませた彼女はこの痛みでギブアップした。

「すげ?そこまでやるか普通」

「戦いだからな」

しかし。その後の判定で薬草女子は失格となった。このように薬草学院女子は記録や勝利を上げるが、結果は全て失格となっていた。





大会三日目の夜。王聖学院では司を筆頭に作戦会議を行なっていた。

どの競技もエントリーしている王聖の圧倒的な勝利である。彼らを率いる司には当たり前のスコアであるが、彼には気になる事があった。

「どうした、殿下。浮かない顔で」

「薬草だ。女子が全部失格とはどう言う事だ」

資料を読み返した司は後藤を見た。これに彼が肩をすくめた。

「だって。髪を引いたり、足で蹴ったり。全部反則だろう?」

「確かにそうだが……解せない。それに今回の薬草学院を狙った誹謗事件。運営側の説明はまだなのか」

考え込んでいる司。後藤はやれやれと話をした。

「それなんだが」

話を聞いて来た後藤は言いにくそうに頭をかいた。

「俺の聞いた話だと。警察は犯人の学校が分かっているみたいだ。しかし説明しないってことは。つまり、ホスト校の水延の仕業か、あるいは薬草学院の自作自演を疑っているみたいだぞ」

「水延はわかるとして。薬草学院の自作自演とは?」

万年最下位の薬草学院。この名誉の挽回と、あわよくば六芒戦から抜け出したいのではないか、と運営側が話しているのを聞いたと後藤は溢した。これに山宇治もうなづいた。

「そうかもしれませんね。大体薬草学院は薬草師を育成する学院。薬草師は暗躍が主ですよね?だからこういった対戦はそもそも不向きです。今後はこの事件を言い訳に六芒戦は不参加かもしれないですね」

仲間の意見、司にはしっくりこなかった。しかし、王聖学院は順調に勝ち進んでいた。

「その件はもういい。それよりも明日の戦いだ」

王家の名誉がかかっている戦い。決して負けは許されない司は指示を飛ばしていた。




三日目の夜。薬草の控えホテル。

「お疲れさまです!柏先生」

「疲れた……でも、なんとかなったよね」

生徒の替え玉で参加した柏は疲労の体。彼女は棄権した映美達マッサージを受けていた。薬草師の資格も持つ柏は新人教師。だが今回の生徒達の辱めに怒りを覚え、力を発揮していた。

それは二年の桂も然りであった。能力テストや暗号解読などは二人が高得点を叩き出していた。

「しかし。やっぱり結月さんよ。すごいな。射撃で満点って」

「一番最後だから。標的の出る順がなんとなくね」

謙遜している彼女に女子生徒達は目をハートにしていた。他にも個人戦に出ていた結月は作戦会議といい、女子の部屋を出た。待っていた控え室には片桐と征志郎。そして蓮と時長がいた。全く疲れを見せていない結月に片桐が呆れた顔をした。

「柳は本部に呼ばれて行った。多分、お前のことだろうな」

「やりすぎだよ、髪を引くなんて」

時長の言葉。結月は冷たく答えた。

「だって。あの子の学校が蓮のライフルに詰め物をしたのよ。一目見ればわかることよ」

「マジで?じゃあ、大地学院が犯人ってこと?」

対戦中。犯人探しをしていた彼女に彼らが驚きの声をあげた。結月はそれがどうしたと言わんばかりに目配せをした。

「いいえ。水延も焔もそれぞれが妨害をしているの。恐らくデマを信じて、後から悪ノリしたパターンね」

「ひでえ?敵だらけじゃねえか」

これに片桐が笑みをこぼした。

「実戦と同じだな。さて、明日のお前ら男子の団体戦だがな。結月に作戦を聞いてもらおうと思ってな」

よく知る三人は明日は廃墟ビルで三チームで戦う市街戦に出場する。蓮は薬剤ライフル。時長は薬剤を使用した中距離攻撃。そして征志郎は接近戦担当であった。試合場所の位置を確認した結月は彼らに助言をした。

やがて三人を風呂に行かせた片桐はやっと薬草研究所の話をした。

「現在監視を続けている。まだ怪しい動きはないが」

「明日は私は試合がないので。水延研究所に行きます。その時、彼女を見張ります」

「結月、お前にばかり任せて済まないな」

「別に。できる事をするだけなので。それよりも征志郎達をおねがいします」

そんな結月はやっと大浴場に向かった。深夜。入っていたのは一人だけだった。先に湯船に浸かっていた女性は恐らく生徒であろう。疲れ切っていた結月は、彼女の傷だらけの背に目を瞑っていた。




◇◇◇

大会四日目。薬草、黄銅、焔の対戦カード。黄銅と焔の選手は三年と二年である。この男子三名一組の対戦は、焔学園の火焔砲火で始まった。各校の戦闘服も六芒戦の楽しみの一つである。黄銅はイメージカラーの銅色のつなぎ。焔は伝統の赤で決めてきた。薬草学院は予算の関係でここ数年同じ戦闘服である。それは緑の保護色で時長と蓮はステルスマントも付いている。征志郎に至っては動きやすいようにマントはないタイプ。そして薬草を使ったガス攻撃に備え、ガスマスク機能がついているヘルメットを装着していた。

「蓮、どこだ」

「青い屋根のビルの上。時長は?」

「俺はダンス教室って書いてあるビルの二階。征は?」

「……おっと?黄銅発見。よし。行くぞ」

征志郎は黄銅のチームの背後に回った。これは黄銅と焔を鉢合わせにする作戦だった。時長は道路に降りトラップを張った。これを黄銅と炎がこれを避けようと道を変えると、そこで二チームのバトルが始まった。薬草学院はこれを高みの見物である。

「どうする?征志郎」

「まだ待て。蓮……いいか?このバトルが終わったら。向こうのエースを狙え。後はこっちでやる」

「蓮。オッケー」

「時長。オッケー!」

この二組の対決。焔が力押しで黄銅学院を倒した。焔がほっとしている刹那。蓮のライフルが火を吹いた。一人の足に薬剤が命中。痛みで歩けないはずである。ここに時長が催涙ガスを流し込んだ。しかしここぞとばかりにガスマスクをはめる焔の選手達。その好機を征志郎が逃すはずなかった。

彼はガスの中、忍び寄りマスクを次々と外していった。

「こ、このやろう」

「よく話せるね。おっと?君は?」

他の二人はマスクを外されてガスにやられていたが、一人だけマスクを外せない選手がいた。彼と征志郎は対戦した。

「来い!ほら、来いよ」

焔の挑発。しかし征志郎は動かない。相手はムキになって殴りかかって来た。征志郎は鮮やかにこれを交わしていた。

襲われても交すだけの征志郎。やがて相手が怒鳴り出した。

「お前。やる気があるのか!かかって来い」

「ないですよ。やる気なんか」

「なんだと!」

「俺一人ではね」

そう言い終わらないうちに時長の弾が当たった。もちろん実弾ではないが、当たった痛みで苦しんでいた。床に倒れた焔の選手はそばに立つ征志郎を恨めしそうに見つめていた。この時、仲間の狙撃をしやすい場所に自分が誘導されていたことを知っても遅かった。こうして一年ながら薬草学院の勝利で終わった。



◇◇◇

「こんにちは」

「あ?柊さん。昨日はお疲れ様。どうでした?水延学院に庭は」

水延研究所に研修に来ているはずの結月は、昨日は六芒戦に出ていた。が、これを誤魔化すために昨日の結月は水延学院を訪問したということになっていた。

「はい。とても綺麗でしたね」

「そうでしょう?六芒で一番の水の庭園だものね」

お人好しの事務員と仲良く話していた結月はこの日は真面目に研修をした。その帰り、彼女はホテルに行かず、ターゲットの尾行をしていた。窃盗の犯人の川端絵里奈は水延研究所の事務員である。盗まれた物は薬草の種。しかし特に珍しい物ではないため、彼女がなぜそんな事をするのかが薬草本部では気にかけていた。雨の夜。会社帰りのこの夜。川端は水延研究所の蓮の花を持ち病院に向かっていた。

この花は彼女が上司に断りを入れて許可を得て持ち出した物である。これは薬草というよりも観賞用の池の花である。しかし結月は怪しんでいた。

……あんなにたくさん。

川端が持っているの花もあるが、ほとんどが花が落ちたものである。その緑の大きな茎を彼女は携えてB病院に入っていた。尾行の結月はこれを付いて行った。川端は慣れた足取りで院内を進み、エレベーターで上階に上がっていた。停まった11階に当たりをつけた彼女は階段でその階に進んだ。

個室が並ぶ廊下。どの病室に入ったのか不明である。結月は一先ず全部の部屋をチェックしていく。名前……は、男性名、か。

すると一室から看護師の女性が出て来た。

「恐れ入ります。この階に入るには許可証が」

「し!お静かに!?いいですか、よく聞いて」

結月が立てた人差し指。これを見てしまった看護師は言いなりになった。

「はい」

「この階で、花を持った若い見舞いの女が来る部屋はどこ」

「……奥から三つ目の病室」

「病室にいるのは何者?男、女?病名は」

「男です。頭を打って意識不明で……寝たきり……」

「誰にも見られずに。カルテを持って来なさい。今から30分後。一階のトイレに来い。復唱しろ」

「誰にも見られずに。カルテを持って来る……今から30分後。一階のトイレ」

「そうだ。行け」

看護師はどこか茫然としながらナースステーションに戻って行った。結月は川端がいる病室の前で音を探った。微かであるが、話し声が聞こえた。

……意識不明という事だったけど。

この時。病室から動く音がしたので彼女は隣の部屋に無断に入った。この部屋の病人は管に繋がれて寝たきりだった。この戸の隙間から立ち去る川端を見ると、彼女は蓮の花を持っていなかった。

立ち去った後。結月は意識不明というこの男の部屋に入った。

……蓮の花が飾ってある。でも。

窓辺の花瓶の花。ベッドの男の寝顔。静かな部屋。これを結月は見届けた。

「すいません。部屋を間違えました」

寝たきりの男にそう言い訳をして彼女は退室した。

そして一階のトイレにてカルテを得た結月はこれを撮した。看護師の催眠を解き解放した結月は静かに六芒戦の会場のホテルへ電気自動車を走らせていた。



結月のsaiは強力催眠術である。これは相手を結月の意のままに操ることができるため、薬草研究所では操り人形マリオネットと言われている。この能力。決して万能ではない。相手がより強い意識を持っていれば結月の言うなりにはならないのだ。例えば、お金がないのに目の前のものを欲しがっている人に、泥棒を唆すのは実に容易い。これは想いの方向が同じだからである。彼女の能力はいわば悪魔の誘惑に似た物。これは本人の自制心を取れば難なくできる事だ。しかし、本人が欲しくないものを泥棒させるのは大変難しい。こう言う場合、彼女は盗ませる対象物を別の物と思い込ませることにしている。この応用で結月は様々な活動ができるようになっていた。

そんな結月でも思いが強い人は動すことは難しく、精神力を多く消費するため多用する事はなかった。



やがてホテルに戻ってきた結月は片桐にB病院の件を報告した。

「病人は鈴木圭吾。意識不明とありますが、怪しいですね」

「と言うと」

「話し声がしたんです。もしかしてフェイクかもしれません」

「……病人のふりをしている、と言うことか。これは暗部で調べる」

カルテの画像を渡した結月は征志郎達の結果を聞いた。

「そしてだな。お前は明日、最後の試合があるぞ」

「予選はブロック制でしたものね」

個人戦。結月のブロックには優勝候補の筆頭候補、王聖学院の三好がいた。高校生離れした彼女の強さは他者を圧倒しており、彼女も現在全勝していた。

「ああ。それにな。お前はちょっとやりすぎだぞ?失格になるためにしているかもしれないが、相手を傷めすぎだ」

「これは来年のためです」

結月は立ち上がり窓辺のカーテンを隙間を直した。

「薬草学院は確かに下位に見られています。ですので以後このようなことがないように恐怖を植えつけるべきです」

「お前にしては珍しく感情的だな」

無情の結月を知る片桐は不思議そうに頬杖をついた。彼女は平然としていた。

「これは感情云々ではありません。何事も初動が大事。来年同じ問題が起こった時、面倒ですので」

「それもそうか。だがな、明日の三好は手強いぞ」

「……録画を見ておきます。では私はこれで……うわ!」

戸を開けた結月はそこに立っていた薬草学院の一年女子達に目を丸くした。

「結月さん!お風呂にいきましょう!」

「はいはい。さあ、さあ!」

「あの、その」

彼女は背を押されて大浴場に向かったのだった。



つづく




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