(三)

◇◇◇

水延国。薬草学院控え室ホテル。到着した午後。

「疲れた」

「何度も言わないで。聞いている方が疲れるわよ」

一年生の楠映美は疲れた顔で椅子に座った。これを引率の新人教師、柏琴葉が嗜めた。今回の六芒戦。一番張り切っているのは彼女である。

「みんな!試合はこれからなのよ!しっかりしなさい」

柏の仕切りに一年の椿原千草は腰に手をやった。

「でも先生。私、自信ないです」

「はあ。先がやられるわ」

一人燃えていた柏はガッカリと椅子に持たれた。そんな彼女に蓮は飲み物を、時長は饅頭を差し出した。

「はい先生。少し休みなよ」

「それ美味いっすよ。それに先生が今から興奮してどうすんですか」

教師よりも落ち着いている高校一年生の二人は、映美と千草にも同様に配った。甘い物を口に入れれば女子達は大人しくなると言う彼らの作戦は功を奏していた。

「ところで蓮君。時長君……って。征志郎君は?他の二年生はどこにいるの?」

映美と千草も部屋を見回す中、時長は呆れたように頭をかいた。

「征志郎と先輩達は片桐先生と大会本部に挨拶に行きましたよ。二年生は他校に挨拶です。ほら、先生も俺達一年も。それを食べたら荷物を整理して部屋割りを確認しますよ」

「ゴミはここ!」

手際の良い男子にはーいと重い返事をした女子達は時長の仕切りで動き出した。

その夜。食事を済ませた薬草学院の生徒は控え室の会議室に集合した。

「みんな。これからの予定は生徒会長の柳に任せる。では柳」

「はい」

片桐の無茶振り。これを受け止めた柳を時長と蓮はすごい、と言う顔で頬杖ついていた。征志郎はと言えば疑問を持たずに話を聞いていた。

「それでは説明をします」

以前、征志郎と対決した柳はそれ以降、厳しい先輩と可愛い後輩としてうまく付き合っていた。その理由は全てを水に流した征志郎の懐の広さに他ならない。世話好きの姉がいる彼は年上の人には甘え上手。自覚はしていないが、天性の年上キラーと言っても過言ではない。こんな征志郎にライバル心を抱いていた柳はすっかり骨を抜かれた状態で薬草学院の生徒会長として説明をしていた。

「……以上になります。明日は開会式。午後から早速予選なので今日は早く寝るように」

特に質問もないまま、彼らは解散した。しかし。ロビーで買い物をしてきた時長は噂を耳にしていた。

「なんかさ。おかしな雰囲気なんだよ」

「どう言うことだよ」

男三人部屋の夜。蓮と征志郎が部屋着の中、時長は真顔でベッドの上にあぐらをかいた。

「俺のこと薬草学院だって分かった焔の奴らがいてさ。お気の毒って言うんだよな」

蓮もうなづくように水を飲んだ。

「僕も気になった。これって何かあるのかな」

「まだ時間あるな。俺、ちょっと柳先輩に聞いてくる」

嫌な予感がした征志郎は部屋を出て二年の柳の部屋をノックした。彼も相談があると部屋に入れてくれた。

「征志郎。これを見てくれ」

「なんですか、これは」

柳が開いた六芒戦の情報ボード。そこには薬草学院を倒そうとメッセージが多数あった。

「お前もこれを見たのか?」

「いや、時長も蓮が、他校の様子がおかしいって」

これを案じた二人は他の役員を呼び会議を始めた。一年女子の桜井は自分が聞いた話をした。

「トイレで聞いた話ですけど。薬草学院は大会事務局にたくさん寄付をして審判に甘く見てもらうようにしているらしいって」

「ひどいデマだ。なぜそんなことに」

ここで二年副会長、桂朱音が先ほどから端末を動かしていた指を止めた。

「これだわ。きっとこれ。見てちょうだい。今から一週間前くらいの書き込みよ」

柳と桜井と征志郎は頭をくっつけて見た。そこには薬草学院を罵るメッセージがあった。さらにそこには個人名を出した誹謗中傷。女子に至ってはあり得ない裸の写真があった。信じがたいデマであるがそれがどんどん連鎖していることが判明した。桂は憎々しそうな顔で天を見上げた。

深夜であったが薬草学院ではこのデマをすぐに退会本部に報告した。



翌朝。まだ事件は調査の段階であった。この事件を知った薬草学院の画像被害に遭った女子生徒達は恥ずかしさで部屋から出られない状況となった。

女子では一人、桂は吠えていた。

「ひどい?!これは犯罪よ。誰がしたのか大会事務局にもっと強く言わないと!」

「でもですね。今から犯人を見つけても。こんな様子じゃ女子は試合に出られないでしょう」

生徒会長の柳の声。部屋にははあ、と重いため息が溢れた。そして柳は怒り心頭の桂に尋ねた。

「僕がもう一度。片桐先生と大会事務局に話をしておくけれど。明日から女子の予選はどうしようか」

今日は開会式。午後は練習となっていた。怒りの桂であったが、女子の気持ちを察して呟いた。

「私達は元々負け試合に来ているんだもの。恥をかいてまで試合に出ることないわ」

やる気のない二年生の話。薬草学院としては全女子の不参加で決着がついていた。話が終わった帰りの廊下で一年の桜井は征志郎の服を掴んだ。

「何?」

「征志郎君はそれでいいの?」

「……どう言う意味」

「先輩はああ言っているけれど。私は悔しいよ」

涙目で怒っている彼女。征志郎は彼女を見つめた。

「せめて俺達が頑張るよ。桜井さんは無理しないで。さあ、部屋に戻ろう」

彼女を部屋まで送った。

そして翌日。開会式の後、男子の予選が始まった。





対抗戦の競技。まずは射撃。これは動く的に当てた得点で競う。他には爆発物処理時間を競う競技があり、花形試合は三人体制の対戦である。

大会は六校で得点にて争われる。薬草学院は射撃で得点をあげるくらいで例年最下位であった。

他校の様子がおかしい中。早速射撃の試合が始まった。

薬草学院は一年の梶時長がエントリー。不穏な空気の中、順が来た彼は射撃のコーナーに構えた。横から飛んでくる皿をどんどん撃つ落とす。射撃が得意な彼は予選を高得点で終えた。

「お疲れ!時長」

「……やばいぞ。これ」

予選を終えた彼は応援席の仲間に真顔を見せた。

「何かあったのか」

「やっぱり他校の奴ら。俺たちを目の敵にしているんだ。蓮、お前、気を付けろよ」

薬草学院を他校の選手が遠巻きに笑いながら見ていた。彼はじっと睨み返していた。

他の競技も妨害や嫌がらせが相次いだ。

二年生男子が参加した爆発処理時間。これは公園のどこかに隠された爆発物を見つけて処理するもの。しかし、薬草学院はスタート前に処理に使用する道具の一部を何者かに奪われるアクシンデントに見舞われていた。彼らは時間内に解除できずに失格となった。

夜の打ち合わせでは悔しさで泣く男子生徒もいた。

「なぜ俺達がこんな目に遭わなくちゃいけないんですか?」

「何もしていないのに」

「……どうしますか?柳君」

冷たい目の桂は体調不良で男子もリタイヤもありだと説いた。

「どうやら私たちは妬まれているようよ。真緑は恵まれているから」

「どう言うことですか?」

桂は冷たい目線で一年女子を見つめた。

「あのね。水延では水害があったり、焔は火山の噴火で家を追われた人が多いの。そういう人たちから見れば、私達のエリアは羨ましいのよ」

「そうでもないですけどね」

「六芒国の方が恵まれていると思うけどな」

しかし。時長はじっと桂を見た。

「でも先輩。だからって卑怯な真似をして。俺達を蹴落としていいって理由にはならないです」

「時長のいう通りだ。俺もそれに屈したくないが、これ以上はみんなに被害が出るかもしれない」

柳の口惜しそうな顔。これを黙って聞いていた征志郎が立ち上がった。

「俺もそう思います。まあ?明日の団体戦。俺たちに任せてください」

「はい。一矢報いてやりますよ」

「君達が?」

二年生男子が予選惨敗の中。時長、連と征志郎はにこりと微笑んだ。





薬草研究所水延局。征志郎達が誹謗中傷の最中、真緑からやって来た彼女は己の任務を果たしていた。

「どうぞよろしくお願いします」

「柊さんはあの柊博士のお孫さんですものね。私も博士にお世話になったことがあるんですよ」

年配の中年女性は優しそうに研究所内を案内してくれた。水延ということで水草の研究をしているこの庭には大きな池があった。今回の結月は薬草学院の新米庭師として水草の手入れを習いに来ている格好であった。この研修が本研究所長以外、内部調査とは知らない職員達は若く綺麗な結月に好意的に接していた。

「柊さん。そろそろ休憩にしましょう」

「はい」

初日の午後。薬草研究所の職員は結月にお茶を出した。

「そういえば。今回は六芒戦はこの近くでやっているんですよね。名簿に同じ名前があったけど?」

「弟です。でもまだ一年なので」

「ううん。立派よ。所長に言えば観戦させて貰えるわよ」

人の良さそうな職員。しかし、彼女は被疑者の一人であった。良くいえば親切。悪くいえばお節介の彼女。結月のsaiの眼を使った催眠術にかかれば彼女の奥底の心理が見て取れた。

……犯人ではないわ。この人はただの噂好きだわ。

おしゃべりに付き合った結月は研究所の庭に広がる美しい水草を目を細めていた。



一眼見れば企みを抱く者を知ることができる結月は、初日に研究所内の職員に片っ端から挨拶をして行った。そして被疑者を発見した。彼女は犯人候補の名簿の中にない人物。冴えない地味な女子事務員だった。

この夜。滞在のホテルに向かう結月は早速片桐に報告した。彼は六芒戦の引率でこの地に来ているはずだった。

「犯人は事務員の川端恵理奈です。どうします?尾行しますか」

『それはこっちでやる。お前は悪いがこちらに来てくれ。緊急事態だ』

「……六芒戦のホテルですか?では、今から参ります」

夜は特にすることがない結月は薬草学院が宿泊しているホテルにやって来た。他の学院も滞在しているホテル。彼女は生徒の忘れ物を届けに来たと言い訳して入った。

「姉さん。こっちだよ」

「征志郎。どういうことなの」

彼はし!と指を立て姉を部屋まで案内した。そこには生徒会長の柳と副会長の桂。そして片桐がいた。

「早速だが。薬草学院に対する根も歯もない誹謗中傷をお前も知っているな?」

「弟から聞いていますが。それが、どうかしたのですか」

すると桂が口を開いた。

「薬草の女子は、あの偽画像の流失でとても外を歩けないのです。精神的に参った女子もいて。大会本部には犯人を探してくれって言っているんですけど」

「そうなんです。他校の先生や警察も動いているんですが、このデマを信じた生徒もいて。男子の予選でも嫌がらせを受けているんです」

柳の説明に片桐は怒りを殺しどんとテーブルを叩いた。

「蓮の試合のライフルにはな。銃口に詰め物がしてあった。これに気がついたが、悪戯でもタチが悪い。暴発したら死んでいたぞ」

「……警察は?監視カメラを見ればわかると思うんですけど」

征志郎は姉に飲み物を出した。

「個人情報だってさ。それに蓮が気がついて未然に防いだだろう?事件になっていないし、本部は生徒が犯人だと困るんじゃないの」

「大した大会ですね。それで私に用事とは?」

一同は静まり返ったが、椅子に座った征志郎が腕を組んだ。

「あのね、姉さん。女子は全員棄権を願い出たんだけど、大会のスケジュールが狂うので困るって言われて無理なんだ。でも、二年の桂さんしか出られないんだよ」

一同の目線、桂はうなづきで応じた。

「私は画像の被害はないし。それに副会長だから。やるしかないですけど」

「桂……でも君一人じゃ無理だよ」

心配そうな柳の声が静かに響く部屋。この時。柳がじっと結月を睨んだ。

「そこで。柊さん。女子の代わりに試合に出てくれませんか?」

「……私が?」

「姉さん。頼む!この通り」

自分を拝む異様な光景。結月はただただ驚いていた。

「つまり、こう言う事です」

女子の棄権を申し出たが拒否されてしまった柳。彼は交換条件として新人教師の柏琴葉の替え玉を要求して来たと説明した。

「もちろん生徒ではないので勝っても失格です。でも本部も試合を消化するだけなので了解してくれました」

柏は確かに童顔で小柄だ。生徒と偽っても問題ない体型だった。彼女なら問題ないと結月も思った。

「でも、柏先生だけじゃ無理です。お願いです柊さん」

「そんな事を言っても。あの、片桐先生、私は無理ですよね?」

任務を知っているはずの片桐は、その拳を震わせていた。

「あの、先生。私は庭番ですよ?今年入ったばかりの新人……」

まさかのご指名。結月は暗部の上司に訴えた。しかし、今の彼は薬草学院の教師の顔になっていた。

「結月……お前は悔しくないのか?蓮やうちの女子が辱めを受けたんだぞ?それに、征志郎だって。これから何が起きるかわからんのだ」

冗談なのか本気なのか。上司の片桐は本気の様子。あり得ない想いの結月の手に弟は自分の手を重ねた。

「姉さん。頼むよ。それにこれ以上、犠牲者を出したくないんだ」

弟の切ない声。これを拒否できない結月は、出場するかどうか、最終判断を上司である片桐に委ねた。水延の夜。部屋の窓からは生温い夜風が吹いていた。


つづく

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