(二)


薬草学院の生徒は薬草研究所の勤務する薬草師を目指して学んでいる。薬草師の適性は三つに分かれる。一つは薬草を育てる育成。一つは薬草から薬を作り出す医薬技術。一つはそれを使って活動する戦闘員である。一年生の授業では育成と医薬技術から学び始める課程になっており、戦闘訓練は二年生になってからである。

しかしながら実際は、部活動を通じて射撃、武道に日々鍛錬をしていた。

征志郎は男子でトップ成績で入学した優秀者。祖父から学んだ合気道は師範の域である。さらに薬草師の両親から受け継いだ秘伝の芳香。これを焚く事で敵を撹乱することに長けていた。この芳香は生徒一人一人異なる物を身につけている。ある者は敵を倒すため、ある者は自分を強くするため。ある者は傷を癒すためなど、たくさんのバリエーションが存在する。薬草師はチームを組んで戦うため、仲間を香りを使い分けて戦うのが一般的なやり方であった。

この日は六芒戦に向けて征志郎は仲間と打ち合わせ兼、練習をしていた。

対戦に不向きの薬草学院にとっては消化試合。それぞれ種目がある中、薬草学院は全てにエントリーはしない。男子一年生の三人は、生徒会室の仮想モニターにて三名のチームで対戦する団体戦のシミュレーションをしていた。

「おい。蓮はそこじゃなくて。こっちで狙えよ」

「でもそれじゃ。俺が動きにくいでしょ」

「俺だって動きにくいんだよ。なあ、征志郎」

「俺たちの攻撃……桜井さんはどう思いますか」

「そうね」

そばでずっと見ていた生徒会の役員であり一年トップの桜井まどかは征志郎の声に腕を組んで見ていた。

「君たちの動き方って。普通の薬草師の動き方と違うのね」

「でもさ。俺達、華々しく散ればいいんだろう」

「本気でやっても勝てないし」

「……征志郎君はどうなの?負けていいと思ってるの」

「俺、そうだな」

彼はそばにあった水を飲んだ。

「勝ち負けって話ですけど。俺達の学校は万年ビリだし。他所の学校はこの大会で進路とか将来が決まるって聞いてから。まあ、どうでもいいかなって」

「勝っても私たちにはメリットが無いってことね。そうかもね」

諦めムードの中。一年生の練習は緩く終わっていた。そしてテストが終わった週末。生徒会の選抜チームは六芒戦を行う水延へと向かった。





彼らが立った日。結月は薬草部暗部より召集があった。電気自動車を運転し薬草研究所の地下にある本部にやってきた彼女は上官である枡田司令の前に立った。

「黒百合班、堀しのぶ。参りました」

「ご苦労。任務の説明をする」

コードネーム『堀しのぶ』こと、柊結月は枡田に敬礼を解いた。

「水延の薬草研究所に不可解な出来事あり。よってこれの調査となる」

「はい」

薬草研究所は全国各地にある。現地で取れる薬草で研究をしている国の機関であり今回は水延の話。彼女は一年前にもデータを受け取りに行った事があった。

「実はな。内部の者による窃盗事件が起きている。それを調べて欲しいのだ」

「不可解、とおっしゃいましたが」

「盗まれた物の事だ」

身内の犯行の疑い。事件の内容を枡田は歩きながら話し始めた。

「先月のことだ。薬草の種が紛失している。容疑者が数名に絞られているが、お前が研修目的で水延に行き、被疑者とその黒幕を調べてくれ」

詳しくは結月の端末に送ったと枡田は話した。

「今回はお前のような若い女性がふさわしいと私が判断した」

「では。薬草学院の方は休暇を届けます」

「いや。情報を漏らさぬようにしたい。今回は椚学院長に頼んで、お前は薬草学院による職員研修となった」

「研修ですか」

表向きは薬草学院の庭番の結月。この彼女が薬草師の最高冠位の魔草師という事実は学院では椚と教諭であり彼女の上官の片桐しか知らない最高機密である。非協力的な椚が自分のために動くとは。今回の任務、上層部は情報漏洩に敏感になっていると結月は感じた。

「我々の気にしているのは一重に黒幕だ。今回も単独で悪いが頼む」

「承知しました」

潜入捜査を言い渡された結月が部屋から出ると、そこには仲間の枝が待っていた。練習後なのかトレーニングウエアでにこやかに手を振っていた。

「やあ、姫」

「何度も言っていますが、私は姫ではありません」

呆れると言うよりも冷たい目。これは彼女のジョークのつもりであったが、間に受けた枝は慌てて結月にすがった。

「そんな目で見るなよ?俺にとってはお姫様だからいいじゃないか?それよりも、みんな待っているから顔出してけよ、な?」

枝と一緒にやって来たのは黒百合班のオフィス。トレーニングを終えたばかりの彼らは汗を拭いていた。

「ご無沙汰してます」

「お。お前、誰だっけ」

「……笑えないです、根本さん」

「あ?ごめん冗談だよ、冗談!あ?こら!そんな冷たい目で俺を見るなよ」

同じチームの彼らは薬草部暗部の黒百合班のメンバーである。片桐を筆頭にしたこの班。薬草研究部でも極秘のメンバーは、現在薬草学院の庭番となった結月の久々の対面を楽しみにしていたのでご機嫌顔である。

「だってさ。お前全然顔出さないし」

「私は庭番の任務ですから。それよりも訓練ですか」

仲間の一人、一番歳が近い枝はそうだと結月にお茶を出した。これは彼女のお気に入りのマグカップである。これに結月も機嫌を直した。

「ああ。姫に頼ってばかりいられないからな。俺達だけの戦闘を想定しているわけ」

「それは心強いです」

彼女は仲間の部屋で一息ついた。庭番になる前は一緒にいた仲間達の顔に、安心している自分がいた。リラックスしている彼女に、大人の彼らは密かに心の中でガッツポーズを決めていた。

「ほら、このクッキーも食え。そして。我らの結月姫は水延か?聞いたぞ今度の任務」

「俺達は待機だ。何かあったら駆けつけるからいつでも呼べよな」

「ふふ。そうならないようにしますね」

「なんだよ、俺を呼べよって。痛え!?根本さん何すんですか!」

ふざけ合う仲間の中。結月は心から笑い声をあげていた。




◇◇◇

「薬草の種が紛失、か」

水延研究所の事件。毒草ではないが、内部の犯行に薬草研究所は警察に届けず密かに身内で調査をしていた。その中の容疑者は借金がある者。過去に女性関係で逮捕歴のある者などがリストに上がっていた。弟がいない夜の柊邸。風呂を済ませヨガのポーズでデータを読んでいた彼女の元に、連絡が入った。

「征志郎?どう、そっちは」

『……なんか話と違ってさ。まずい雰囲気なんだよ』

弟の声はどこか重かった。心配になった結月は思わずベッドに正座した。

「どういうこと?何かあったの?」

『俺達、なんか敵対されてるみたいなんだ』

「敵対?意地悪されているってこと?」

『まだそこまでじゃないけど』

この話の間。結月は六芒戦について内容が記してある情報連絡ボードをチェックした。そこには驚く内容が書き込んであった。

薬草学院は裏金を使って勝とうとしている。代表選手はお金で権利を買っているなど、あり得ないことが書いてあった。

『姉さん。今、それ読んでるの?それによると俺なんか、彼女を取っ替え引っ替えしている軽薄男になってるね』

「これ、征志郎の写真まであるじゃないの。これは悪戯じゃすまないレベルよ」

『俺なんかまだ良い方だよ。女子なんか可哀想だよ』

「これは?そうね……」

他者のメッセージによる薬草学院女子の誹謗中傷。誰とは名指しはしていないが、薬草学院の制服を使用の女子生徒と思える明らかな合成写真のヌード写真もあった。これに結月は読むのを止めた。常に冷静な彼女は女子への嫌がらせの怒りよりも、犯人の意図に意識が向いていた。

「主催者側の対応はどうしたの?警察に届けて犯人を探しているんでしょう?」

『ああ。一応、現在犯人を調べ中だって。でもうちの女子はショックで寝込んでさ。これ戦える気分じゃないよ』

「それは……そうなるかもね」

人に関心のない結月は自分にも関心がない。他者に好かれたい、綺麗に見られたい、賢く思われたいなどの虚栄心はゼロである。自慢ではないが他者の気持ちに寄り添う事は基本、無い。今回の恥辱の合成写真の場合。結月であれば例えそれが本物であろうとも気にせずいられるだろう。それは彼女による犯人への報復が前提であるが。こんな無情である彼女はそれに反して、一般的な人間ならどう思うのだろうと仕事として常に思考していた。

今回の薬草女子が受けた辱めは、一般的には最高レベルの怒りを共に持たないとならない、と結月は答えを出していた。


そして征志郎には身の回りを気をつけるように指示して彼女は連絡を終えた。戦いの前の夜空の星は、怖いくらいに光っていた。





◇◇◇

「今回の会場は水延か。時間があれば海で泳ごうか」

「そうだな、せっかく来たんだし、なあ?司」

王聖学院の移動バスの中。大柄な彼は同級生の後藤を睨んだ。

「ふざけるな。我々は戦いにきたんだぞ」

「おお怖?」

これをフォローしようともう一人の同級生の山宇治が肩を抱いた。

「司。俺たちはこれでも緊張をほぐそうと思ってやっているんだぞ」

六芒国第二王子の六芒司は腕を組んで目を伏せた。高校三年とは思えない筋肉隆々の身体は格闘家と間違えるほどのたくましさである。

彼の祖父が先帝であり、父は帝であった。王族は全て王聖学院に通うのが習わしである。幼馴染の同級生達は、重臣達の息子で護衛を兼ねる友人になる。彼らはsaiの持ち主であり、将来の国を担う若者である。司は王族の期待を背負い六芒戦にやってきた。

……ぬるいな。

幼い頃よりsaiを見出された司は王子でありながら国軍に所属していた。彼の特殊能力は瞬間移動である。その移動はわずか1メートル範囲であるため、このsaiは能力としては魅力が乏しい物とされていた。敵に攻撃をさせ、これを瞬間移動で交わすしかない能力。戦闘においては敵の動作の後手になるからである。しかし彼は知恵でカバーしていた。

今ではエースの存在であり、軍にとっては貴重な存在であった。

王子でありながら現場を知る若き青年は、誰よりも必勝の覚悟で会場に乗り込んでいた。



つづく

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