創作怪獣ガクゴン東京に現る【KAC20216】

冬野ゆな

第1話

 ――なんで、なんで、なんで!


 私はぐしゃぐしゃになった天パの髪の毛を更にかきむしった。焦りと混乱でパニックになりながら、目の前の真っ白の画面と対峙する。黒いタブレットに僅かに積もりかけた埃を必死になって払いのける。

 そのとき、ドォォン、と外から地響きがした。下から突き抜けるような振動に、椅子から飛び上がる。


「ひいいいっ!?」


 悲鳴をあげる。ついマンションの窓から外を見ると、巨大な二足歩行のトカゲのようなものが咆哮をあげていた。

 怪獣だ。


「なんでっ、なんでこんなことになってるのよおおおお!」


 悲鳴をあげたパソコンの画面には、目の前のトカゲ怪獣そっくりの怪獣が街を破壊していた。







 数時間前。

 突然小さな揺れを感じた私は、ベッドの中で目を覚ました。


「……ん。ああ? 地震……?」


 気のせいかと思うくらいの揺れだった。そのまままどろむままに再び瞳を閉じようとしたとき、ズン、と突き抜けるような揺れを感じた。

 眼鏡をかけて、あたりを確認する。カーテンの向こう側からは、僅かに光がはいりこんできている。朝には違いない。私はベッドを探って、スマホに手を伸ばした。スマホはさっきから震え続けている。

 見ると、Twitterの通知がとんでもないことになっていた。

 99+どころではない。こんなに通知が来たのははじめてだ。いったいこれはなんなんだ、なにがどうなったんだと思っていると、今度は電話が掛かってきた。友人の、夏野だった。慌てて電話を取ると、耳に当てる。


『ちょっと、起きてるシズミ!?』


 慌てたような声に、私も慌てて言った。

 私の名前は橋田ミヤだが、ネット上の名前は橋崎シズミという。


「お、起きてる。なに、地震?」

『違う! 外見て、外! それかテレビ!』


 言われるがままにテレビを付ける。きゃあきゃあと悲鳴が聞こえてくる。テレビのリポーターが必死の形相で何か言っている。テレビの映像は時々ぶれながら、上のほうを映した。その途端、私はざあっと青ざめていくのを感じた。


「……なに、これ。新手の特撮?」

でしょ』

「し、知ってる」


 知りすぎている。

 なにしろそこに映ったのは――。


『だよね。怪獣ガクゴンだよね。シズミの描いた怪獣漫画。あれそっくりの怪獣が、いままさにこの日本で暴れてんだよ!』

「……はあああ!?」


 声をあげた途端に、地響きがした。下からドンと突き上げられる。ベッドから立ち上がって急いでカーテンを開ける。その途端、向こうのほうに見慣れた、というか描き慣れた怪獣の姿が現れた。ぎゃおおおおおん、と鳴いていた。


「はー!? なんっ……なん、なんで!?」

『知らないよ』

「だって、だってあのハナシは――」


 完結してないんですよ。

 私はその言葉をぐっと呑み込んだ。


 これでもう、漫画を描くのは最後にしようと思っていたのだ。

 いくら漫画やイラストが描けるといっても、私の実力は所詮趣味レベルだった。Twitterのフォロワーも特にそれほど爆発的なわけじゃない。載せてもバズることのない、どこにでもいる趣味人。

 そのだらだらとした趣味と決別すべく、それまでなんとなく続けていたヒーローものを、途中で打ち切ったのだ。


「ってことは、なんですか。あいつは暴れたまま!?」

『たぶん』

「そんな! ……そんな……。だって……そんなの……」

『……まだ、方法はある』

「本当!?」

『描くんだよ、続きを。倒れたヒーローを蘇らせて、怪獣を倒す!』

「え、ええ?」


 シズミ曰く、創作の怪獣が暴れているなら、きっと創作のヒーローだって現れるはず。描かれていない続きを描きさえすれば、あの怪獣もなんとかなるかもしれない。そういうことだった。

 意味がわからなかった。


 いやもう、意味がわからないどころじゃない。


 それでも夏野にせっつかれ、とにかく言われるがままに描いた。ヒーローを起き上がらせて怪獣を倒す結末を描き、続きをアップした。

 ところが。


「駄目じゃん!!!」


 全然駄目だった。

 怪獣は止まらないし、何か起きる気配もない。


『何かが足りないんだよ!』

「なにかって、なによ!?」


 そう言ったあと、また地響きがした。だんだんと怪獣ガラゴンがこっちに近づいてきている。私の創作物のくせに。

 怖い。

 あの音が近づいてくるたびに、恐怖がこみ上げてくる。

 指はもう動かないし、頭も働かない。

 逃げ出したい。


『これを書いた時どうだったとか、何を考えてたかとか……たぶん、そういう……』

「そんな……。そんな事言ったって……」


 こわい。

 かくのが、こわい。


 どんな展開であっても、きっと何か言われる。

 私はそういう書き手だったから。

 前は、自分の好きなものさえ描いていれば良かった。だから罵倒されることもない代わりに、好きだと言われることもない。どれだけ描いても報われない。ときどき、なんのために漫画を描いているのかわからなくなっていた。

 むかし、夏野に言ったことがある。


 ――「シズミはまだ漫画だからいいんだよ~。文章のほうが読まれないって」


 そういうことじゃない。

 そういうことじゃないんだ。


 だから、ヒーローを倒れさせたところで、続きを描くのをやめてしまった。それでも誰も何も言わなかったから。

 私ひとりが漫画を描くのをやめたところで、なんの影響も無かったから。


 向こうが何か言いかけたところで、電話が途切れた。


「嘘でしょ」


 こんな時に。

 テレビの中からは、人々の悲鳴が聞こえてくる。何か物が落ちてきて、凄まじい音がする。それなのに、私は続きを描けないでいるのだ。

 世界で、自分ひとりが孤立したような気分になる。

 それなのに、地面からは変わらず、現実が叩きつけてくる。


 漫画の中のヒーローは倒れたままだ。


 がんばれ。がんばって。


 その祈りは通じない。ヒーローは動かない。

 真っ白な画面を前に、スマホを握りしめる。


「頑張ってよおお……」


 スマホをぎゅっと握りしめると、指先がTwitterを開いた。

 きっと罵倒と悪態に溢れているだろう。見たくない。それでも開いてしまったのは、いつものクセだ。

 Twitterの通知欄はとんでもないことになっていた。


┏────────────────────┓

| いつか😺猫大好き @ituka_souta1258

|  前作から読んでました!

|  なんとか続き頑張ってください!

┗────────────────────┛

┏────────────────────┓

| 美乃利@「転マニ」書籍化! @mino_chan

|  王道で今時珍しいですが好きです。

|  大変でしょうが応援しています!

┗────────────────────┛

┏────────────────────┓

| 勇@三秒以内に支度しな @yuukijin56

|  がんばれ!

┗────────────────────┛

┏────────────────────┓

| 田島リョウ @3g6k_hasimoto

|  ヒーローは声援で立ち上がるものです。

|  熱い展開を期待してます

┗────────────────────┛


 99+の表示はもはや追い切れないほど。中には当然罵倒もある。

 何も言えなくなったままツイートを追いかけていると、不意にスマホの画面が変わった。夏野からの電話だ。また繋がったのだ。


「もしもし?」

『あのさ、やっぱ熱い展開がいいよね!?』

「は?」

『ほら、この話ってヒーローが立ち上がる前で終わってるから。あっ、もしかして今描いてるとこ!?』

「……ううん。結末に困ってた」

『そっか。いまこっちでもどうにかなんないかやってみてるけど、やっぱ駄目。動かない』

「で、でも、夏野なら……」


 それなら、夏野が書いてくれたら。

 それに、いまTwitterや投稿サイトにまで上がっている『続き』は、そっちのほうがいいんじゃないかと思うものもある。それは、漫画のみならず小説や設定画に至るまで様々だった。いろんな創作者たちが、この物語に終わりを与えようとしている。

 それなら、私が描く必要なんてあるんだろうか。


『違うよ』


 夏野はぴしゃりと言った。


『だってこれは、シズミのものだもん。シズミの描いたものを終わらせられるのは、シズミしかいないよ』

「夏野……」

『お、もしかしていま繋がってるか!?』

『いま繋がってる!』


 電話の向こうから、ワァッという声があがった。


「え、なに!?」

『昔のアニ研の仲間もいるの。頑張って。どんな結末でも、もうこの際はっちゃけなよ』

「……うん」


 そこで電波がまた切れてしまったのか、電話が切れた。繋がりにくい合間を縫って、Twitterの通知がやってくる。メールも、投稿サイトに新しくコメントや評価が追加されたことが通知されてきた。

 何度も何度も。スマホが壊れそうなほどに。

 鳴り続けるスマホを握りしめ、御守りのように額につける。


「……好き勝手なこと言っちゃって。いいわよ、描いてやるわ」


 ギッ、と音を立てて、椅子に座り直す。タブレットのペンを握りしめると、もう大地を揺らす衝撃にも耐えられる気がした。


「どんな結末になっても、文句言わないでよね!」


 泣きそうになるのを堪え、私はタブレットにペンを叩きつけた。







 あれからしばらくして、私は夏野と作業しながらスカイプで話していた。


「結局、あれはなんだったんだろうね」

『さあ? でもフォロワー増えたし、良かったんじゃない?』

「まあそれはそうだけど」


 私は前と同じく、好きなものを描いていた。

 変に有名になってしまったせいで、何かと揶揄されることもあるが、いまは気にしていない。ありがたいことに、小さな出版社から一冊何か出さないかという打診も貰っている。


「夏野はどう? 小説、書いてる?」

『んー』


 夏野はちょっとだけ唸ると、続けた。


『実は、やめようと思ってた』

「えっ」


 思わず手が止まる。


『でも、シズミの事件でさ、やめるのやめたの』


 流れるようなその言葉を聞いて――、私は、笑った。

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