取り戻す
牧田ダイ
第1話
厳しいな。
頬杖をついて売り上げを眺めながらため息をつく。
小説が売れない。
映画やドラマの原作となり、売り上げが上がったものもあるが、全体の売り上げはじわじわと下がっている。
今の時代は娯楽があふれている。少し指を動かせば娯楽を摂取できるぐらいに。
そんな時代にわざわざ小説を買おうとはならないのだろう。売れ筋はビジネス書や実用書で、マンガに関しては売り上げがぐんぐん伸びている。小説の入り込む余地はない。
小説が好きでこの業界に入った自分としては寂しい状況だ。
「渡辺さん」
暗い気持ちになっていた所に後輩の青山が話しかけてきた。
青山も小説が好きでうちの会社に入社してきた。俺と違うところはまだ小説に対して熱意を抱けているところだ。
「ちょっとお願いしたいことがありまして……」
「おう、どうした?」
「実はさっき小説の持ち込みがありまして、ぜひ渡辺さんにも読んで欲しいんです」
青山が持っていた封筒をこちらに差し出してくる。
この時代に小説の持ち込みとは珍しい。しかも別の編集にも読ませたいということはなかなか面白いのだろう。
「まだ若いのに完成度が高いです。伸びると思います」
「べた褒めじゃないか。若いってどれくらい?」
「高校を卒業したばかりだそうです」
「そりゃ若いな」
「ええ、僕も驚きました」
「わかった、読んでみるよ」
封筒を受け取る。
「もしかしたら小説を盛り上げてくれるかもと思っているので何卒よろしくお願いします」
そう言って青山は席に戻っていった。
小説を盛り上げる――か……。
そう聞いて昔のことを思い出した
自分がまだ3年目の時、ある作家を担当した。
若くしてうちの会社が主催する賞を獲り、期待されていた。
受賞作はまあまあ売れていた。しかし2作目3作目が全く売れなかった。
内容は悪くない。むしろ面白かった。それでも売れなかった。
復活を期して出した4作目も売れず、次がラストチャンスと考えていたところ、作家に「もうやめたい」と言われた。
売れない本とそれに傷つきボロボロになった作家を見て、担当として仕事を果たせなかったことを、ただただ申し訳なく思った。
もう小説が死んでいくのは見たくない。
これをきっかけとしてそう考え始めた。
今日は青山と外に出て、ある店舗に向かう。
うちの会社がプロデュースしたカフェと本屋が併設された店舗で、フェアを行う。テーマは"あなたの小説"らしい。人気作家も数人呼び、けっこう大々的にやる。
店舗に向かう途中で、青山に持ち込み小説の感想を伝える。
面白い小説だった。青山の言う通り完成度が高く、また、読みやすい。読後にも満足感が広がり、間違いなく良い小説だった。
それを伝えると青山も満足そうだった。
ただ、良い小説と売れる小説は別だ。正直この小説が売れるかと聞かれると不安が残る。そのことも伝えると青山は「はい、わかってます」と少し寂しそうに答えた。
開店前に店舗に着いて、作家たちに挨拶してから店舗責任者と段取りの確認をする。10時に開店して、作家たちのサイン会が順番に行われていくというものだ。
開店前から店の前に何人かの人がいた。
開店するとお客さんが途切れずに入ってくる。店舗の中は、本を探す人、買う人、好きな作家と話す人、買った本をカフェで読む人……、色々な人がいた。そしてその人たちは皆、楽しそうだった。
店を手伝いながらにぎやかな店内を眺めていると、青山が話しかけてきた。
「お客さん多いですね」
「そうだな」
正直こんなに人が来るとは思っていなかった。
「小説はまだ死んでいません」
青山の言葉にはっとさせられ、青山の顔を見る。
店内を見つめるその目は輝いている。
「小説を求めている人たちがいる限り、小説はまだまだ生き続けます」
店内を再び見ると、読者、作家、販売員、そして俺たち出版社、それらが繋がっている空間ができあがっていた。
「青山」
「何ですか?」
「あの小説、会議通そうぜ。俺も協力する」
青山は嬉しそうに「はい。会社に戻ったら準備します」と言った。
小説はまだ死んでない。
俺たちは届けなきゃいけない。
読者が待ってる。
取り戻す 牧田ダイ @ta-keshima
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます