TRPGという概念が存在しない退屈な世界

いずも

第1話 おお勇者よ、死んでしまうとは……死んで……あれ?


「英雄候補生の皆様に最後の試練を与えます。あの洞窟に潜むドラゴンを倒してください」

 抑揚のない声で試験官が言う。


「ドラゴンか。腕がなるぜ」

「ぼ、僕たちに倒せるでしょうか……」

 戦士エドモンは握りこぶしを掲げ、対照的に見習い神官のリックは不安そうに杖を握る。


「だったら貴方はここに残る? 一生英雄にはなれないでしょうけど」

「サラ、そんな意地悪は言わない」

 魔術師のサラはニヤニヤ笑いながらリックに詰め寄り、武闘家のエリーゼがそれを制する。



「よし、じゃあ俺とエリーゼが前衛、リックとサラが後衛でサポートを頼む」

「了解」

 エリーゼは口数は少ないがきちんと仕事をこなすしっかり者だ。


「まっかせなさ~い。このサラ様が一匹たりとも逃さないわよ!」

 サラはお調子者だが実力は本物だ。


「そう言って魔力切れ起こしたのは誰ですか……」

「何か言った!?」

「い、いえっ、なにもっ」

 リックは最年少なこともあって、あまり自分の意見を言えないでいる。


「よーし、それじゃ行くぞ!」

 リーダー役としてエドモンが号令をかける。

 一同気合を入れて洞窟を進んでいく。



「道が別れているな……どちらに進む?」

 多数決により左に進む。


「宝箱」

「おお、でかしたぞエリーゼ」



 一行は更に奥へ進んでいく


「前の冒険者のものかしら。回復薬が落ちてたわ」

「よし、アイテムが増えたな」

「これで貴方の出番がまた減りそうね~」

「むぅー、僕だってがんばります!」



 不思議な泉がある。


「どうする? 飲んでいくか?」

 エドモンの問いにサラが賛成とばかりに手を挙げる。

「も~魔力が少ないのよね~。ここらで回復しておきたいわ」


「で、でも毒が混ざっている可能性も……」

「あら、だったら貴方に解毒してもらいますわ。それくらい出来るでしょう?」

「それは出来ますけど、うぅ」


「サラ、何だかんだでリックを信頼している」

「な、なな、何を言ってるのかしら!?」

「はっはっは、仲間たちの絆が深まるのは良いことだ!」


 魔力の泉でサラの魔力は全快になった。

 一行は最深部へと辿り着いた。



「空気が変わった……そろそろ来るな」


 洞窟の奥は冷たい風が頬をなぜる。

 深部は広く、巨大な空間のその中心部にそれは鎮座していた。

 人間よりも遥かに大きな竜が目を閉じて瞑想している。


「あ、あんなに大きいなんて聞いてませんよ!?」

「ちょ、な、なにをビビってるのよ。あれくらいサラ様の魔法で……」

「油断は禁物」

「エリーゼの言うとおりだ。出し惜しみは禁物だ、全力で行くぞ」



 ドラゴンとの戦いは熾烈を極めた。

 彼らの実力よりも数段上のモンスターであった。


「そんな、私の魔法が効いてない……」

「だ、だめですっ。回復が間に合いません~っ」

 後衛まで炎のブレスが飛んでくるため、体制を立て直せずにジリジリと体力を削られる。


「あのウロコ、硬い」

「俺がまず斬り込む。鱗を剥がすから、そこに一撃を叩き込んでくれ」

「了解」


「ええっ、大丈夫!? あのブレスをまともに食らったら無事じゃ済まないわよ」

「わかってるけど、やるしかない。リック、ブレス軽減の術を頼む」

 エドモンの決意は本物だ。

 勝てるかどうかわからない格上相手に死ぬ気で挑もうとしている。


「勝てる可能性は低い。でも、ここで六面サイコロを二つ振ってどちらも六の目が出たとしたらクリティカルを出せて勝てる。そんな気がするんだ」

「……わかったわ。私も魔法で撹乱させる」

 サラが残りの魔力でドラゴンに四方から呪文を浴びせかける。


 ようやくリックの術式が完了する。

「よし、これでブレスのダメージは半減できます」


「準備は整ったな。行くぞ!」

 エドモンが駆け出し、エリーゼが後に続く。



「うおおおぉぉ!! 断・罪・剣!!!」

 エドモンの一撃がドラゴンの鱗を弾き飛ばす。


「これで、終わり。はぁぁぁァァ!!」

 エリーゼの拳がドラゴンの急所に当たり、見事にドラゴンを仕留めた!


「や、やったぁぁ!!」

「やりましたね!」

 四人は抱き合って喜びを分かち合っている。



 どこからともなく声が聞こえる。


「おめでとう。君たちは試練を突破した。これで英雄として第一歩を踏み出した」


 声は続ける。


「君たちが世界を救うこと、この世界の謎を解き明かすことを期待している」


 ――そして、彼らの物語は一旦幕を閉じる。



 ------



「はい、ということで無事にダンジョンをクリアしましたね」

 眼鏡の少年はパタンと本を閉じた。

 先程までの物語は、大まかなストーリーは本の内容に沿って進行するがここぞというときはその読者――つまり、プレイヤーの意思によって決められる。


「いやーお前の作る話は凄いな。本当に冒険している気分になるよ」

 戦士役だった青年が役になりきって拳を握りながら力説する。


「ホント、貴方立派な作家になれるんじゃないの」

 魔術師役だった女性は大きな瞳を輝かせながら言う。



「それじゃ、明日もお願い」

「お願いしまーす」

 武道家役に神官役の二人も少年に話しかけ、そして教室を後にする。


 彼らが冒険を繰り広げていたのは、とある養成学校の教室だった。



「――どうかね、彼らは」

「あ、先生」


「……そうか、相変わらずまだ駄目か」

「はい。こうやって何度も都合の良い出目ばかり出して、成功体験を経験させることによって本人たちのやる気を引き出そうとはしているのですが……」


「そろそろ本人たちに冒険に出てもらわないと困るのだがな。世界は闇に包まれ、魔物が跋扈している。この勇者学校からも冒険者を排出することで、いつか世界を救える本物の勇者が誕生してほしいものだ」



 今日も彼の作る物語は、英雄が都合よく世界を救っている。

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