第20話 NEXT PROLOGUE


少年の世界は小さな箱の中であった。


義理と人情に生きる墨桜組の頭、墨桜一郎の一人息子として産まれた墨桜京夜は、一日のほとんどを一つの部屋の中で過ごしていた。


病気で体が弱いから外には出るな、と一郎は言っていたが、京夜本人にその自覚はなかった。


寝ても覚めても同じ部屋。立方体のその部屋は、京夜にとってさながら監獄であった。


唯一、外と繋がりを持つのは、部屋の一方に取り付けられたガラス戸。

京夜はそこから外を眺めることが多かったが、そのすぐ向こうには塀が設けられており、京夜は幼きながら、戸を出たところでそこに自由はないように感じていた。


それでも希望は捨てきれず、京夜は今日も戸越しに外を眺めていた。


「・・・・・誰だ?」


いつもと変わらない景色に迷い込んだ、一人の少女。

野良猫のようにふらりとやって来たその少女は、右に左にキョロキョロと顔を動かし、やがて京夜と目が合った。


「・・・・・・」

「・・・何だ?」


身振り手振りを交えて何やら必死に訴える少女であったが、ガラス戸が音を遮り、京夜の耳には届かない。


不信感を抱きながらも京夜が戸を開く。それと同時に、少女は部屋に転がり込んできた。


「何やってるの?」

「それはこっちの台詞だが・・・」


開口一番、場にそぐわぬ疑問をぶつけて来た少女に、京夜は呆れた様子で答えた。

少女は何食わぬ様子で尋ねる。


「ここはどこ?」

「・・俺の家だが」

「君の名前は?」

「・・京夜だ」

「きょうちゃんは、どうしてこんなに良い天気なのに、外に出ないの?」

「きょうちゃん?・・まあ、いいか。出たくても出れないんだ。俺は生まれつき体が弱いからな」

「ふーん。きょうちゃんはおバカさんなんだね」


少女は、さも当たり前であるようにそう言った。


「バカ?俺が?」

「うん。弱いなら強くならなきゃ!こんなとこに閉じこもってても、強くはなれないよ!」

「・・・・・」


少女の理屈は屁理屈でしかない。

外に出ないから体が弱いのではない。体が弱いから外に出ないのだ。


しかし、この時の京夜には、少女の言葉が深く突き刺さった。


「真夏。かくれんぼで人の家に隠れるのは反則だろ」


愕然とする京夜の元に、もう一人。少年が迷い込む。

どうやら少女を追いかけて来たようだ。


「勝手に入ってごめんな。真夏に何かされなかったか?」


少年が京夜に問いかける。


「いや・・・それより、どうやって入ったんだ?」

「あー。塀に穴が空いてたから、そこから」

「塀に穴が・・・」


いつも戸越しに眺めていたのに、塀に抜け穴があることを、京夜は今の今まで知らなかった。


その事実が京夜の心を激しく揺さぶる。


「それで真夏。かくれんぼはもう終わりで良いのか?」

「ダメだよ、りっくん!ここからが本番なんだから!」

「じゃあ、もう行くぞ。見つかったらまずいしな」

「でも・・・そうだ!きょうちゃんも一緒に行こうよ!」


少女が京夜に向けて手を伸ばす。


「また真夏の無茶振りが出たよ・・・」


その後ろで、少年が頭を抱える。


「・・・・・」


そんな2人の少年少女に誘われるように。


「ああ。俺も行く」


京夜は初めて、自分の意志で外に出た。



それから京夜は、真夏や李空に連れられるまま、こっそりと外に出ることが増えた。

心配していた体調もまるで問題なく、寧ろ真夏の暴論通り元気になったくらいだった。


そんな日々が続いたある日。事件は起こった。



「・・・なんだ」


その日。京夜は喧騒の中、目を覚ました。


部屋の外から響くその音に耳を澄ましていると、部屋のドアがガバッと開かれた。


「・・・京夜。よく聞け」


慌てた様子で部屋に入り込んできたのは、実の父である一郎。

京夜の肩を掴み、訴えるように言葉を吐く。


「いいか。そこの塀に子どもが一人通れるくらいの穴が空いてる。そこから外に出て、右手にいる女性にこの紙を渡すんだ。その人が、お前を次の家まで運んでくれる」


一郎は端的に伝えると、京夜に紙切れを押し付けた。


「・・・俺だけ?父さんは?」

「俺は行けない。お前一人で行くんだ」

「そんな・・・」


あまりに突然の出来事に、京夜は言葉を失う。

そんな我が子を前に、一郎は表情を引き締め、こう言い放った。


「お前はもう息子でも何でもねえ。これからは好きに生きろ」


その言葉に、京夜は口を閉じ、真一文字に結んだ。

それから言われた通りにガラス戸を開けると、勢いよく外へ飛び出した。


「頭。これで良かったんですか?」


部屋のドアが開き、一人の男が一郎に言う。


「ああ。これで良かったんだ。俺がどうしてアイツを外に出さなかったか、お前は知ってるだろ」


京夜が体が弱いというのは真っ赤な嘘。

一郎が京夜を外に出したがらなかったのには、別の理由があった。


一郎は元々『央』の貴族として生まれた。

しかし、貴族の生き様が性に合わず、一郎は家を飛び出したのだ。


一郎に跡を継がせるつもりだった、一郎の父は激怒。

次々と刺客を送るも、一郎はこれをことごとく返り討ちにした。


そんな一郎は、放浪の末に行き着いた壱ノ国にて、そこら一帯を牛耳っていたならず者を組織し、墨桜組を名乗るようになった。

そこで一人の女性と結ばれ、産まれたのが、京夜というわけだ。


しかし、一郎の父がこのことを知れば、京夜を後継にしようと動くかもしれない。

そう考えた一郎は、京夜を隠すことにした。


学院に通う10の歳まで隠し通すことが出来れば、後は『』と何の関係もない一人の人間として生きていくことができる。

そう考え、一郎は京夜を不用意に外に出さなかったのだ。


が、京夜の存在を嗅ぎつけたのか、いつまでも帰らない一郎に痺れを切らしたのか。この日の明朝、本家の使いが攻め込んで来た。


こうなっては、京夜をここに置いておく訳にはいかない。

ここ以外に京夜を預けて安心できる当てなど、一郎の中では一つしかなかった。


「一度つけた墨は一生消えることはないんだよ・・」


一郎は京夜の行った先を眺めて呟いた。


一郎の京夜に向けた行動や言葉は、全て愛情の裏返し。

京夜を想っての言動であった。


しかし、誤解を招く恐れが高いものであったのも事実。

京夜の不器用な性格は、父親譲りなのかもしれない。


「京夜、強く生きろよ」


最後にそんな言葉を吐き、一郎は京夜と逆の方向。


喧騒の中へと飛び込んでいった。



それから京夜が転がり込んだのは、一郎の弟である次郎の家であった。


一郎や次郎が生まれたのは、四代貴族と称される四家の内の一つ。

『ヨル』と呼ばれる家系であり、そこでは次の代を継ぐ可能性のある者たちに特定の花の名前を付ける習わしがあった。


一郎や次郎の代であれば、桜。

二人には、本家の『ヨル』と組み合わせ、「夜桜」という性が与えられた。


この性が与えらた者の内、継承権を失くした者には墨が付けられる。


『ヨル』の現当主である、一郎や次郎の父親は、早々に次郎に見切りをつけ、墨をつけた。

その後一郎は家を飛び出し、自ら墨をつけた。


正確にはまだ『ヨル』の名を持っている一郎の息子ならまだしも、自ら墨をつけた次郎の子となれば、次期当主として迎えるのは抵抗があるはず。

一郎が京夜を次郎の元に送ったのは、貴族の思考を深く理解した上での行動であった。



その後、京夜は才を授かった。

その能力は、京夜の幼少期を色濃く反映したものだといえるだろう。


それから、『ブラックボックス』の反応を感知した美波が、京夜をスカウト。

壱ノ国代表の一員となった。


その延長線上で李空や真夏と再会。ここまで共に闘ってきた。



しかし、京夜はずっと形容し難い窮屈感を抱えていた。


あの部屋にいた時も。次郎の家にいた時も。壱ノ国代表事務所にいた時も。


仲間といる時も。李空や真夏といる時さえも。


自分の今いる場所が、仮の場所に思えて仕方がなかった。


背丈が変わり。環境が変わり。立場が変わり。

どれだけ自由を得ようとも。


京夜の心は、小さな黒い箱に閉じ込められたままだったのだ。



そして今回現れた、未知の男による悪魔の囁き。


”私たちなら貴方の黒い箱を開けられる”


その一言は、京夜の心を確かに動かした。



「本当に良かったのですか?」


眠っているのか、非常に大人しい真夏を抱える男が、隣を歩く京夜に問いかける。


「全く。貴方の気まぐれにも困ったものですよ」


その横にはもう一人。杖を持った男の姿もあった。


「ああ。問題ない」


京夜は、あくまでいつもの調子で、そう答えた。



壱ノ国代表が一人、墨桜京夜。


その者は、未知の男二人に導かれるまま。



皆の元を離れ、一人行方を晦ませたのだった。

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TEENAGE STRUGGLE 其ノ参 にわか @niwakawin

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