第19話 DECREMENT


「し、し、試合終了!!『TEENAGE STRUGGLE』優勝国は・・・壱ノ国だああああ!!!」

「「「うおおおおおお!!!」」」


会場に響くミトの声。鳴り止まぬ歓声。


絶対王者セウズの降参を以って、今大会の優勝国が決した。


熱気が会場を包む中、リングの上は異様な程に静かだった。


「・・・どうしてです?」


李空は端的にそう尋ねた。

主語を省いたのは、全てを知るセウズならそれだけで伝わると考えたからだ。


「それはな、だ」

「・・どういうことです?」


言葉の意味を測りかね、李空が再度問いかける。


李空の疑問はセウズの行動にあった。


全てを知っているはずのセウズ。それなら、卓男の才についても知っていたはずなのだ。

知っていたなら対処できたはず。見える景色が過去と知っていたなら、逆に過去を見ようとするなど、やりようはいくらでもあったはずだ。


”どんなに複雑な迷路も、ゴールから見れば一本道”


セウズの言葉を借りるなら、李空に勝てるルートは他にあったと思われる。


しかし、セウズはそれを選ばなかった。


むしろ、わざわざ遠回りをしているようにすら感じられた。まるで何かを試すように。


「いや、正確には知っている。知っているはずなのに、その『知』にアクセスしようとするとノイズが走るんだ。まるで自分より大きな力に阻止されるようにな」


それは、能力が矛盾する才同士がぶつかった時に見られる現象であった。


”矛盾の盾は強者を守り、矛盾の矛は弱者を貫く”

”矛盾の選択権は、常に強者にある”


セウズの言葉通り、ぶつかる才の効果に矛盾が生じる場合、自力の差によって能力が上書きされるケースがあるのだ。


「知っているはずなのに知らない。『未知の知』と呼んでいるこの現象は、今までに何度かあった。その原因を探るため旅をしたこともあったが、大した情報は得られなかった。そして今回。お前との対決の中に、この『未知の知』を見つけたんだ」


セウズが回りくどい闘い方を選んだのは、そのルートこそが『未知の知』であったからだ。

卓男の才が決定打となることも、この『未知の知』の領域内だったわけだ。


「お前たちの力が俺の力を超えたのか。別の大きな力が働いたのか。『未知の知』の原因は、結局分からず終いだ。まあ、どちらにせよ、俺は試合の前に知的好奇心に負けたわけだ。付き合わせて悪かったな」


そう告げて、セウズは上を見る。


「これが敗北の景色か。懐かしいな・・・」


そう言うセウズの顔は、どこか晴れやかであった。



しばらくの間そうしていたセウズが、何かを思い出したように李空を見る。


「そうだ。お前、妹の光を取り戻す術を探しているんだったな」

「・・は、はい」


少し遅れて李空が返事する。


「残念ながら俺の才は役不足だが、その才の持ち主なら知っている。数少ない旅の成果だ」

「ほんとですか!」

「ああ。せっかくだ、教えてやろう。そいつは、肆ノ国『知の王』。その名をエイ・・」

「そこまでです」

「え?」


それは一瞬の内に起こった。


李空と言葉を交わしていたセウズの胸を、突然真っ黒な杖が貫いたのだ。

蹲るセウズ。その背後に、李空は一瞬男の姿を認識した。


「キャー!」


それと刻を同じくして、壱ノ国ベンチの方から悲鳴が聞こえた。


「真夏!」


その声が真夏のものであると一瞬の内に判別し、李空は振り返る。

そこには先ほどの男とよく似た人物が、真夏を抱えている光景があった。


「・・・まて」


そのまま真夏を運ぼうとする男を、壱ノ国ベンチから呼び止めたのは、京夜であった。

試合で負った傷口を押さえ、なんとかといった様子で立っている。


「貴方、私と同じ匂いがしますね」


男は京夜を一瞥すると、一瞬の内に間合いを詰め、京夜の耳元で囁いた。


「私たちなら貴方の黒い箱を開けられる。その気があるならいつでも来なさい」



「セウズ様!」


肆ノ国ベンチのユノが、セウズの異変に気付いてリングに駆け寄る。

その頃には観客も異変に気付き始めたのだろう。悲鳴が飛び交い、異様な緊張感が会場を包んだ。


リングの東と西に設置された二つの像。

そこには、いつの間にか、よく似た二人の男の姿がそれぞれあった。


片眼鏡を右と左にそれぞれ掛けた男たち。像を含め、その光景は鏡合わせのようになっていた。


「優勝した壱ノ国の皆様。並びに『TEENAGE STRUGGLE』に出場して下さった各国の皆々様。多大なるご協力、誠に感謝いたします」


その一人。セウズを刺した黒い杖を持つ男が、恭しく礼をする。


それからもう一人。真夏を抱えた男が、続けて口を開いた。


「これより『リ・エンジニアリング』を開始します」


それを合図に、会場が揺れ始めた。

その揺れは、例えるなら大地震の前兆のような。何とも不穏を感じるものであった。


「真夏ちゃん!」


揺れが続く中、壱ノ国ベンチから美波が真夏に向けて叫ぶ。

その手を剛堂が引いた。振り返った美波に、剛堂は首を振る。


「どうして?どうしてですか!?」

「俺たちに力が無いからだ!」


叫ぶような剛堂の言葉に、美波はハッとする。

視線を横にずらせば、そこには苦虫を潰したような顔をする平吉や架純の姿があった。


彼らは男の動きを見て悟ったのだ。

自分たちとは次元が違うと。


「りっくん!」

「真夏・・・」


それは李空も同じであった。


何かにすがるように。

真夏を抱える男の方へ、李空がようやく一歩を踏み出した。


その時。



一瞬の内に、会場を闇が包んだ。





「ここは・・・」


次に李空が目を覚ました時、そこは地上であった。


「気い付いたか」

「平吉さん・・・真夏は!?」


ガバッと起き上がった李空に、平吉は静かに首を横に振った。


「そう、ですか・・・」


突如現れた男が真夏を攫った。どうやらそれは変え難い現実のようだ。


呆然としたまま、李空は辺りを見渡す。


零ノ国会場に突如現れた二人の男の姿はない。


どうやらそれ以外の会場にいた者は全員地上に出たようで、そこには壱ノ国や肆ノ国の代表メンバー。試合を観にきていた各国の代表の姿もあった。


そして勿論、地下での生活を余儀なくされていた、零ノ国の住民の姿も。


「・・・そと?外だ!」


意識を取り戻した零ノ国の民の一人が、制限のない空を見上げて歓喜の声を上げる。


「ほんとだ!外だ!」

「自由だあああ!!」


それを皮切りに、倒れていた民たちは次々と目を覚まし、首輪が外れた飼い犬のように、駆けていった。



その場に残った者たちは、各国の代表が主であった。


「ジジイ。これどうなってんだ?」

「さあの。何がなんだがさっぱりじゃ」


伍ノ国代表のシンとバッカーサがそんな会話を交わしている。



「セウズ様!」


傍では、横になるセウズをユノが必死に揺さぶっていた。


「・・・架純」

「・・え?ああ、わかったでありんす」


その様子を見ていた平吉が、架純に声をかけた。



「あちきが治療するでありんすよ」

「え?」


突然声をかけてきた架純に、涙で目を腫らしたユノが振り返る。


「助けてくれるの?」

「救える命を救うのに理由はいらないでありんす」

「・・・・ありがとう」


ユノは涙ながらに頭を下げた。



「何がどうなってるんだ・・・」


この場の誰もが抱く疑問を代表して口にしたのは、零ノ国案内人のコーヤであった。

意識を取り戻したコーヤは、地上に出れた喜びよりも、疑問の方が大きい様子だ。


次いでコーヤは指で丸をつくった。

彼の才は『千里眼』。その丸を覗けば、頭で浮かべた場所の光景が視えるという能力だ。


「これは・・・・・」


丸の中に視えた光景に、コーヤは思わず息を呑んだ。




全くの不測の事態に、各々が各々の選択と行動を取る中、李空はその景色がどこか偽物であるように感じていた。


真夏がいなくなった。その事実が、李空の心にぽっかりと穴を開けていたのだ。


「李空くん。だな」

「・・え?」


突然名前を呼ばれ、振り返る。

そこには、強面の大人の男が立っていた。


「だれ、ですか?」

「墨桜一郎だよ。京夜の父の」


以前「央」でお世話になった、京夜の義理の父親である次郎の面影があるその男は、京夜の実の父親であった。


「京夜に一言、伝えておいてくれるか?」

「それなら直接・・・・・あれ?」


虚ろな目で辺りを見回し、李空は気づいた。

視界に映る、各国の代表たちに、壱ノ国代表の面々たち。



どこを見ても、墨桜京夜の姿はなかったのだ。

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