第18話 FINAL GAME ROUND 6


「スキュラにカリュブ。ご苦労だったな」


どこからともなく姿を現したセウズが腕を払い、スキュラとカリュブの真下に魔法陣を展開。そのまま二体の海獣の死骸は呑まれていった。


次いで、セウズは空中の何かを掴むように右手を握った。


「さあ、ここからが本番だぞ」


いつ間にやら、セウズの右手に握られていたのは『雷』そのものだった。


「雷霆ケラウノスだ。頭上によく注意するんだな」

「・・・・雲?」


消えた門の代わりにリング上を覆うようにそこにあったのは、不穏な空気を纏った黒い雷雲であった。


「『雷』はリング上に無作為に降り注ぐ。食らいたくなくば、運を味方に付けるんだな」


ゴロゴロと、不穏な音が届く。


「雷、か・・・とりあえず、電気を逃す術が欲しいな」


セウズ同様、李空も虚空を掴む。

次の瞬間には、右手に黒い槍が握られていた。


セウズがケラウノスを振るう。

ピカッと強い光が生じ、轟音と共にリングの一点に雷が落ちた。


「・・なん、で・・・」


完全ランダムであるはずの落下点は、李空の立ち位置ドンピシャであった。

焼け焦げた李空が、疑問を口にする。


続けざまにセウズが今一度雷を落とす。

まるで狙ったかのように、それも李空にまっすぐと向かった。


「・・・・・まさか」


全身に電流が走り、感覚が麻痺する中。李空はある仮説に辿り着く。


ゴロゴロと雷雲が雷を貯め、セウズがケラウノスを振るう。

雷が落ちるその瞬間。李空は黒槍を放った。


三度目となる落雷は、放った黒槍めがけて走った。


「やっぱりか!引き寄せてどうすんだよ!逆だろ!」


相も変わらず扱いづらい武器を放る相棒に、李空は不満を露わにした。



「・・・いや。今回は簡単な方か」


四発目の落雷に合わせ、李空は黒槍を拾い上げ、セウズに向かって投げた。


雷は空中で方向を変え、主人であるはずのセウズに向かって一直線に走る。

して、そのままセウズに直撃した。


「・・・雷霆ケラウノスは雷そのもの。俺に雷が効く訳がないだろ」


しかし、セウズは全くの無傷。


「いや、これで良い」


李空の視線の先。セウズの周りには、その体を囲むようにが漂っていた。


「どんな奴でも雷が自分に向かってくれば少しは動じる。その一瞬の隙が欲しかった」


つまりは、黒槍の目的は、セウズに雷を落としダメージを与えることではなく、起こる閃光によってセウズの視界を奪うことだったわけだ。


その隙に、李空は残りの駒でチェックをかけた。


最初の挨拶に、対ゴーレムに、海獣退治。

今まで使った白い槍たちは、リング上に残ったままであったのだ。


「あの時とは立場が逆ですね」


五本の白槍に囲まれたセウズ。

その構図は、奇しくも、予選で壱ノ国代表の面々が、セウズ一人に追い詰められた状況とよく似ていた。


「知っていることと出来ることはイコールじゃない。違いますか?」


知っていても出来ないことは腐るほどある。

処理するのが人間である以上、それにはどうしても限りがあるのだ。


知っていても対処できない状況をつくることが、李空が出した『全知』を超えるための手段であった。


「・・・・」


決して有利とは言えない状況で、セウズは何も言葉を発しない。


「やはり降参はしませんか・・・」


李空は呟き、タクトを振るった。

それに合わせ、五本の槍がセウズを襲う。


が、


「忘れたか。俺の才は『全知』だぞ」


白槍がセウズの体を貫くことはなかった。


その障害となったのは、光り輝く鎧。

槍が到達するよりも先に、セウズの体を未知の鎧が守ったのだ。


「それだけじゃない」


床に転がる白槍に視線を落としながら、セウズが言う。


「お前の狙いを俺は最初から知っていた。良いことを教えてやる。どんなに複雑な迷路も、ゴールから見れば一本道なんだよ」


全てを知る。


知っていても対処できない状況をつくることは、『全知』を超える正攻法に思える。

が、セウズが全てを知っている以上、その状況を作ることは実質不可能なのである。


「やっぱりか・・・後は信じて待つだけ、だな」


渾身の策が不発に終わったにも関わらず、李空の目はまだ死んではいなかった。


「これがラストだ」


端的に言葉を紡ぐセウズ。

雷霆ケラウノスはいつの間にか消えており、その右手には新しく『鎌』が握られていた。


「万物を切り裂く鎌、アダマスだ。一瞬たりとも気を抜くなよ」


セウズの背丈と変わらない、研ぎ澄まされた漆黒のその鎌は、近づくだけで切り傷が出来てしまうほどの圧を放っていた。

身に纏う光り輝く鎧が、漆黒の鎌アダマスの不気味さを強調している。


「今回はやけにシンプルだな」


対する李空が呟く。


その体にはが。右手にはが握られていた。


「目には目を、歯には歯を、最強には最強を。これで勝負が決まりそうですね」

「お前の負けで、だろうがな」


二人が同時に駆け出し、リング中央で二種の鎌がぶつかり合う。


突風が吹き荒れ、空中に亀裂が走った。



「速い・・・」


セウズの攻撃を防ぎながら、李空が呟く。


『鎌』と『鎌』による激しい攻防。

押しているのはセウズの方であった。


「遅いな」


セウズが素早く切り返す。李空は一旦身を引いた。


「ダメだ。まだ完全にできてない」


李空が今回有した能力『トレース』は、『オートネゴシエーション』の本質と言っても良い能力であった。


というのも、『オートネゴシエーション』は、まず初めに相手の才を見極める。そこから勝てる武器を選定し、授けるのだ。

『トレース』とはつまり、第一段階で得た相手の情報をそのまま自分に落とし込み、武器にするということ。


相手が強ければ強い程、有する能力も強くなる。

シンプルであり究極。絶対王者のセウズを倒すには持ってこいの武器であった。


が、その分扱いは難しく、圧倒的有利も望めない。

セウズ相手にどこまで張り合えるかは、李空次第であった。


「肌で感じるのが一番か・・」


李空は地面を蹴り、セウズに斬りかかった。


勝つためには、オリジナルを超えなければならない。

やらなければやられる。危険を顧みずに鎌を交えることが、『トレース』の精度を上げる一番の近道なのだ。


「遅い」


李空の『鎌』を自身の『鎌』で軽々受け、セウズが反撃に出る。


「・・もっとだ。もっと速く」


李空はその一振り一振りを目に焼き付けるようにギリギリで受け止め、必死に食らいつく。


「もっと。もっとだ」


その精度は『鎌』を交える毎に増していき、李空の防戦一方であった形勢は、徐々に拮抗した状態になっていった。


そして、その瞬間は訪れた。


全く同じスピード。

両者、右から左へ流すように振り下ろされた『鎌』は、空中で交わることはなく。互いの鎧へと到達した。


しかし、


「どう・・して・・・」


『鎌』に引けを取ったのは、李空が纏う鎧の方だけであった。


「お前の鎌もアダマスと同じ。正真正銘、万物を切り裂く鎌だ」


愕然とする李空に向けて、セウズが口を開く。


「そして、鎧。それも俺のと同じ。万物を防ぐ鎧だ」

「じゃあ、どうして・・・」

「アダマスで俺の鎧を斬るとする。するとどうなると思う?」


疑問に疑問で返すセウズ。李空の答えを待たず、セウズは実践してみせた。


「正解は斬れないだ」


言葉通り、セウズの鎧は傷一つ付いてはいなかった。


「これはアダマスの性能が劣っているからではない。俺がそうさせているんだ」


『万物を切り裂く鎌』と『万物を防ぐ鎧』。


矛盾する二つの理を決めるのは自分であると、セウズは言っているのだ。


「矛盾の盾は強者を守り、矛盾の矛は弱者を貫く。矛盾の選択権は、常に強者にあるんだよ」

「・・・・・」


セウズの言葉に李空は何も言い返さない。


知っていても対処できない状況をつくる。相手と同じ能力を有する。

どちらの策もセウズには届かず、いとも簡単に凌駕された。


最強の称号は伊達ではなかったというわけだ。


李空に残された手は・・。


『・・・我ガ主人ヨ。聞コエマスカ?』


脳内に直接響く声。その声を李空は知っていた。


「待ってたよ。見つかったんだな?」

『ハイ。デスガ、交渉ノ為、少シノ間ココヲ離レナケレバイケマセン。ヨロシイデスカ?』

「分かった。待ってるよ」

『ハイ。気ヲツケテ』


漆黒の鎧、黄金の鎌が消え、無防備となった李空が、セウズを真っ直ぐに見据える。


「この勝負。勝つのは俺だ!」


そう宣言し、李空はセウズに背を向け。


一目散に逃走を始めた。




「な、なんだー!?李空選手、逃げ始めたぞ!」


ミトの実況が会場に響く。


「りっくん!?言ってる事とやってる事がベコベアだよ!?」

「真夏ちゃん、それを言うならあべこべだよ。べこべあだとあべこべがあべこべになってるよ。うわー、言ってて頭おかしくなりそう・・・」


壱ノ国ベンチでは真夏がとんちんかんな事を言って、美波が律儀に突っ込んでいた。


「ござ・・・・」


その横で、眠る卓男がうわ言を。


その表情は優れず。悪夢に魘されているかのようだった。





『・・・我ガ主人ノゴ友人。聞コエマスカ?』

「だ、誰でござる!?」

『今ハ時間ガアリマセン。主人ヲ守ル為、ドウカ力ヲ貸シテ欲シイ』

「主人?」

『李空ノ事デス』

「マイメん!?マイメんがピンチでござるか?」

『エエ。ソシテ、コノピンチヲ乗リ切ルニハ、貴方ノ力ガ必要ナノデス』

「拙者の力・・・何をすれば良いでござる?」

『目ヲ覚マシタラ、主人ノ事ヲ見テ下サイ』

「それだけでござるか?」

『ハイ。宜シクオ願イシマス』

「わかったでござる」





「逃げ足も遅いな」

「くっ」


逃げる李空の前に回り込み、セウズがアダマスを振り下ろす。

後ろに飛びのく李空。元居た空間が歪んだ。


その後もセウズは攻め続け、李空はジリジリとリングの隅に追い込まれていく。


「しまっ!」


逃げ場を失った李空。


「フンッ!」


セウズのアダマスが容赦無く襲う。


カツン


響く衝撃音。


苦し紛れに伸ばした右手。

その手にいつの間にやら握られていた黄金の鎌が、セウズの漆黒の鎌を防いだのだ。


「・・・帰ってきたか」


ニヤリと笑い、李空は呟いた。





『我ガ主人。オ待タセシマシタ』

「助かったよ。俺は何をすればいい?」

『ソノママ闘ッテ下サイ』

「そのまま?それで良いのか?」

『ハイ』

「・・・解った。信じるよ」





「対話は終わったか?」


セウズが尋ね、李空が頷く。


「試合再開と行きますか」


『オートネゴシエーション』の指示通り、『鎌』を取り戻した李空は、セウズに向かって走り始めた。


黄金の鎌と漆黒の鎌。二種の鎌による凌ぎ合いが、再び始まった。




時を同じくして、壱ノ国ベンチにも動きがあった。


「ござぁ・・・ござ!」


ずっと眠ったままであった卓男が目を覚ます。

リング上には、絶対王者セウズとルームメイト李空の姿が。


「りっくん頑張れ!!」


そのすぐ側には、遂にベンチでじっと出来なくなり、リング近くで元気に歓声を飛ばす真夏の姿があった。


「・・・そうでござる。今は『TEENAGE STRUGGLE』決勝戦。そして拙者は、マイメんの姿を見なければいけない。そんな気がするでござる」


ブツブツと呟く卓男。

リングで激闘を繰り広げる李空をジッと眺め、やがて抑え切れなくなったように立ち上がると。


「マイメん!負けるなでござる!!!」


真夏の横に並び、李空に向けて思い切り叫んだ。




李空とセウズの凌ぎ合いは、非常に拮抗した状態に見えた。


「時間の問題だな」


が、実際のところは違った。

李空の剣筋が見えるセウズと違って、李空はセウズの動きに合わせるので精一杯であった。


「くそ!」


こちらが何を仕掛けても相手には知られているという状況が、李空の心を段々と追い込んでいく。


そんな時。


「りっくん頑張れ!!」


リングの外から声が聞こえた。


「真夏?」


その声に、李空は心から負の感情が消え去るのを感じた。


「マイメん!負けるなでござる!!!」


真夏に続き、卓男の声が耳に届く。


その声に、李空は何かが変わる予感を覚えた。


「壱はゼロになるまで、その位置はプラスであり続ける。か・・・」


李空は再び駆け出した。


「何をしても無駄だ。お前の攻撃は全て知っているからな」


セウズは堂々と李空の一振りを鎌で受け止めようとする。


しかし、右から左へ流すように振り下ろされた李空の『鎌』は、セウズの『鎌』と交わることはなく。かといってセウズの鎧にも到達せず。その先を床につけた。


「逆・・だと・・・」


床についたのは峰。命を刈り損ねたはずの刃先は、依然セウズの方を向いていた。


「持つべきものは友、か」


何を知ったのか。李空はそんな言葉を口にした。


李空によって引き上げられた黄金の鎌は、セウズの黄金の鎧を確かに切り裂いたのだった。



セウズはなぜ、李空の狙いに気づけなかったのか。


その理由を知るには、まず卓男の才を語る必要があるだろう。

伊藤卓男の才は『スイッチ』。対象を逆にする能力だ。


従来はサイコロの向きを変えるくらいの効力しかないのだが、あらゆる条件が組み合わさった結果、今回はその数倍もの力が働いた。


その条件の一つが、李空とのシンクロだ。


『オートネゴシエーション』により、李空を通じて、その能力はセウズに及んだ。


次に語るべくは、セウズの才について。

李空の言う通り、知っていることと出来ることはイコールでない。


行動を起こす際は、『全知』の中から必要な情報を読み込み、その都度取捨選択するのだ。


セウズが『全知』で知ることは、大きく二つに分かれる。

それとはずばり、「過去」と「未来」だ。


「過去」は確定事項であるが、「未来」は未確定事項。

戦闘において言えば、対戦相手が選び得る全ての手を「知」から読み込み、自分の手に反映している。


以上を含め、話は今回のケースに移る。


セウズが李空に見た『鎌』の道筋。

それというのは、互いの鎌が鎧に到達した時のもの。つまりは、卓男の才『スイッチ』が見せた、であったのだ。



「今度こそチェックメイトっすね」


李空が持つ黄金の鎌が、一瞬動揺したセウズの首をその内に収めた。

少しでも力を加えれば、その首はいとも簡単に飛ぶであろう。


「・・・・・」


セウズは何やら思案するように黙り込む。


セウズが求めていたのは、己の正と負を清算するための完全なる勝利。


正直、ここから勝つ術はある。

が、李空が少しでも力を加えていれば、セウズは確実に死んでいた。


その時点で、セウズが求める完全なる勝利はなくなっていたのだ。


故にセウズはこの言葉を口にした。


「俺の負けだ」

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