第17話 FINAL GAME ROUND 5.5


「女の方がスキュラ。男の方はカリュブだ。まあ、今回は名前を知る意味はあまり無いがな」


そう言い残すと、セウズは自らの姿を消した。


リング上で視認できるのは、李空の他に、タコ女のスキュラと、イカ男のカリュブの2体。

2体の図体は非常に大きく、足の一本一本が李空よりも一回り大きいサイズ感だ。


「ゴーレムの次は海獣退治かよ・・・」


右のスキュラと左のカリュブを交互に見て、李空が呟く。


2体の海獣であるが、上半身はそれぞれ人間と変わらぬ見た目をしていた。

どちらも整った顔立ちをしており、美男美女ペアと称して良いだろう。


「まあいいか。次こそ分かり易くて強いのを頼むぞ」


祈るように『オートネゴシエーション』を発動する李空。


それに呼応するように。シャー、と何やら神々しい音が鳴る。

その音の出所はどうやら上空から。見上げた先にあったのは。


「・・・・・門?」


これまた大きな門であった。


驚く暇もなく、門の前に両手サイズの『鍵』が出現。

リングにゆっくりと落下するそれを。


「こんなあからさまに重要なパーツ。見す見す渡すわけないでしょ!」

「以下同文」


スキュラとカリュブの足がそれぞれ伸び、見事にキャッチしてみせた。


「ですよねー。なんで直接俺に渡さないんだよ・・・」


己の才に対する不満を漏らす李空。


どうやら、海獣退治の第一関門は『鍵』の奪取のようだ。



「まずは私が行くわ。あんたは準備してなさい」

「いいだろう」


タコ女のスキュラが指示を出し、イカ男のカリュブが頷く。


次いで、スキュラは合計8本ある大きな足を器用に動かし、移動を開始した。


「くらいなさい!」

「うぉ!」


鞭のようにしなるスキュラの足による一撃を、李空は既の所で躱す。

パチンッ、と足が床に打ち付けられて、乾いた音が響いた。


「まだまだ!タコ殴りよ!」


8本の足による乱打が李空を襲う。


「・・・・・」


それらを避けながら、李空は何故か目を閉じていた。


その心とは。


「・・・そこだ!」


『鍵』を握る足を探るためであった。


スキュラは、どの足も拳を握るように先を丸めていたのだが、鍵を持つ足だけ、床に打ち付けられた時の音が僅かに違っていたのだ。

それを聞き分けるため、余計な情報を遮断するために、李空は視界を断ったのだった。


タイミングを合わせ、目標の足が床に打ち付けられる瞬間に、その上に飛び乗る。


「くっ!」


李空の体重が掛かったことで力が緩み、足から『鍵』がこぼれ落ちる。


それを拾い、李空はスキュラの足を足場にして駆け上った。

そのままジャンプし、門に到達。『鍵』を門の鍵穴に差し込み、ぶら下がった状態で体を捻り、解錠に成功した。


『鍵』は消滅し、李空は床に着地。上空で門がゆっくりと開かれる。


して、そこから現れたのは。


「・・・・虎?」


黄色地に黒の縞模様が入った、立派な毛並みの虎であった。


「ガルルルルル!」


門から現れた虎は空中を駆け、目にも留まらぬ速さでスキュラの左胸辺りに噛みつき、心臓だけを奪い去った。

さらに体を捻り、勢いそのままにカリュブにも突進。同じく心臓だけを食いちぎった。


「そんな、私たちが・・・・・」


絶望するスキュラ。


早くも勝負はあったかと思われたが、


「・・・なんてね」


そうは問屋が卸さなかった。


不敵に笑うスキュラは何もなかったかのように機敏に動き、7本の足を使って虎を縛り上げた。

そのまま残る1本の足で虎を串刺しに。虎の姿は段々と不鮮明になり、やがて消えた。


「どうしてだ?確かに心臓を失くしたはず・・・」


思わず疑問を口にする李空。


「何も知らないって顔だな。仕方ない、教えてやろう」


スキュラと同じく、何のダメージも負っていないように見えるカリュブが口を開く。


「お前ら人間と違って、イカやタコにはあるんだよ」

「ちょっと。わざわざ敵に情報を教えることないでしょ!」


スキュラが横から指摘する。


「まあ良いだろ。そっちの方が・・以下省略」

「省略するなら心臓の話の時にしなさいよ!」

「そうか・・・」


2体が言い争いをしている間に、李空は思案する。


上空の門は既に閉じており、もう一度開くにはおそらく『鍵』が必要だ。

しかし、先ほどの『鍵』は消滅してしまった。


今回もゴーレムの時同様、門の能力が消える様子はない。

つまり、現状を打破する道はまだ残っているはずだ。


「それより、カリュブ。準備はできてるんでしょうね?」

「勿論だ」


李空が考えを整理している間に2体の話は一段落ついたようで、カリュブが何やら息を大きく吸い始めた。


「タイムリミットよ。残念だったわね、坊や」


カリュブのその動作に、スキュラが自信満々に言う。


して、限界まで吸い込んだ息と共にカリュブの口から勢いよく吐き出されたのは、大量の水であった。


どう言う原理か、吐き出された水は空中に留まり、やがて渦を巻き始めた。


人間が呑み込まれたら一溜まりもないであろう大渦に、カリュブは悠々と乗ってみせた。

渦から大きな足がはみ出た様は正に不気味。足の付け根の部分を渦に乗っけているため、攻撃に差し支えはないように見える。


浮遊する渦はどうやら空中を自在に移動できるようで、唯一李空に分があった機動力も、同じかそれ以上まで上がったように思われた。


「カリュブ、私の分も早く」

「わかってるよ」


次いで大きく息を吸い、もう一度水を吐き出すカリュブ。

出来上がった同じサイズの大渦に、スキュラも搭乗した。


「相変わらず乗り心地最悪ね。慣れるまで一人で相手しといて」

「良いだろう」


李空の元にスムーズに移動するカリュブ。

スキュラよりも少し細い足が李空を襲う。


「もう一つの『鍵』を手にするには、絶好のチャンスだな・・」


迫りくる足を前に、李空は目を閉じて応じた。


門を開くための『鍵』。生成されたその『鍵』は、二つあったのだ。

その一つはスキュラが、もう一つはカリュブが掴んだ。


スキュラの分は消滅したが、カリュブが掴んだ分は、未だあの足のどこかにあるはずだ。


そこまで判れば、後はスキュラの時と同様。音を聞き分ければ、『鍵』がどの足にあるか判明するはずだ。

大渦で機動力が上がった分、躱すのは容易でないだろうが。


「違う・・違う・・違う・・・」


一本、また一本と振り下ろされる足の音に集中する。

その間隔や前後の音から、カリュブは回転しながら別の足を順々に打ち込んでいるようだ。


「違う・・違う・・違う・・・」


つまり、『鍵』を握る足での攻撃が、どこかのタイミングであるはずだ。


「違う・・違う・・・。全部違う・・だと・・・」


音の回数と足の本数が合致するも、音が違う攻撃は一度もなかった。


「残念だったな」

「しまっ!」


動揺から僅かな隙が生まれた李空。

目を開いた瞬間に、カリュブの足が李空の体を絡め、そのまま掴み上げた。


「どういう・・ことだ?」


縛られた李空が、苦しそうに尋ねる。

カリュブはニヤリと笑って告げた。


「簡単なこと。お前が目を閉じた瞬間に、スキュラに『鍵』を投げたんだよ」

「そういうこと」


スキュラの足の一本には、例の『鍵』が握られていた。


「お前が音をヒントにしていることは分かっていた。そのための閉眼だろうが、当然得られる情報は偏る。意識が変わる瞬間、その刻が最も隙を生みやすい。覚えておくんだな」


カリュブは得意げにそう言うと、リング中央に向かって、今一度水を吐き出した。

例に倣い、リング床に大きな渦が発生。カリュブは李空を掴む足を、その真上へと伸ばす。


「まあ、覚えておいたところで。それを活かす次はないがな」


カリュブの話を耳に入れながら、打開策を探す李空。

その視界の隅に門が映る。


「なっ・・・」


虎を生み出したその門は固く閉ざされており、あったはずの鍵穴は綺麗さっぱりなくなっていた。


つまり、『鍵』を手にしたところで、門が開くとは限らないわけだ。


「万策尽きたようだな。終わりだ」


李空を掴む足を、カリュブがゆっくりと離す。


「くそ・・・」


『鍵』を手にする術はなく、たとえ手に入れることが出来たとしても、門は閉ざされ、あったはずの鍵穴は消えていた。


まさに絶体絶命。大した策も浮かばぬまま。


李空の身体は、大渦に呑み込まれた。




壱ノ国ベンチにて、試合を観戦していた小さな影がぴょんぴょん跳ねる。


「どーしよ!りっくんがぐるぐるに飲み込まれちゃったよ!?」


慌てふためいた声を上げる真夏が、ベンチに座る卓男の肩を激しく揺さぶる。


「・・・リムちゃん」


が、卓男は未だ夢の中。相変わらず寝言をぼやいている。


その様子を眺めていた平吉が、ニヤリと笑みを浮かべて呟く。


「何時ぞやの光景と一緒やな」


それというのは、李空が平吉を訪ねて体育館にやってきた時のこと。

滝壺が生み出した滝の底から、李空は見事飛び出して見せたのだった。


「平吉さん!どうしよ!?」

「大丈夫。うちの大将はあそこから必ず這い出てくるで」


不安げな真夏に、平吉はハッキリとそう答えた。

真夏はそれ以上何も言わず、視線をリングへと戻す。


「・・マイメん。負けるなでござる・・・・」


一瞬目を覚ましたように見えた卓男だったが、すぐにまた不規則な寝息のビートを刻み始めた。




「久しぶりだな。この感覚・・・」


大渦に呑まれながら、李空は考えを巡らせる。

状況は最悪であるにも関わらず、李空の頭は冷静だった。


「門は一つで、鍵二つ。ナゾナゾみたいな状況だな・・」


第一の鍵を使用した直後に門は封鎖。鍵穴もその鍵も消滅した。

鍵の消滅が利用不可によるものなら、もう一つの鍵も同時に消滅するはずだ。


しかし、片方の鍵は残っている。

つまり、まだ使い道が残っているということ。


「そういえば、鍵の形が違ったような・・・」


一瞬しか見えなかったが、一つ目と二つ目で鍵の形が違ったように思える。

それが正しければ、別の鍵穴が存在するということになるが・・。


「・・・そうか。門は一つでありながら、一つじゃなかった」


一つの解に辿り着いた李空は、改めて自分の状況を整理する。


「まずはここから出ますか・・」


流れる渦に身を任せ、李空は目を閉じた。




リングにて、李空が呑み込まれた大渦を眺めながら、スキュラが口を開く。


「もうコレ要らないわね」


まるでゴミ箱に捨てるように、スキュラは『鍵』を大渦に投げ捨てた。


「おいおい。アイツが生きて出てきたらどうすんだ?」

「万に一つもないわよ。自分の渦に自信が無いの?」

「それもそうだな」


カリュブとスキュラが大声で笑い合う。


ぐるぐると高速で回転する大渦。規則的に無慈悲に回る。方向は右。


「・・・・・ん?」


疑問の声を漏らしたのはカリュブ。

察した違和感は小さなものだった。


渦の回転が、僅かに遅くなった気がしたのだ。


「ちょっと。変じゃない?」


続いて疑問を呈したのはスキュラ。

気のせいではない。大渦の回転速度は確かに緩まっていた。


大渦は段々と静まり、やがて凪へ。

して、そのまま逆方向の左へ、勢いよく回転を始めた。


「カリュブ!どうなってるの!?」

「分からない。だが、いかんことだけは分かる」

「そんなこと私にも分かるわよ!」


さらに大渦は形も変えた。


凹の形から、凸の形に。

上に伸びる水柱は、まっすぐ上空の門へと向かう。


「さあ、海獣退治の続きといきますか!」


水柱の先端には、『鍵』を持った李空の姿があった。



李空を乗せた水柱が向かった先は、門のであった。


「ビンゴだな」


虎が出てきたのとは逆側。そこには、鍵穴がばっちりと付いていた。

門は一つで、鍵二つ。その心は、門がリバーシブルであるから、だったわけだ。


鍵を差し込み、体を捻って解錠する。


ゆっくりと開いた門から出てきたのは。


「グルルルル」


立派な毛並みを携えた、一匹の狼であった。


「ウオーン!」


猛々しい遠吠えの後。狼は駆け出し、電光石火のスピードで、スキュラとカリュブの右胸からそれぞれ心臓を抜き取った。


これで、残る心臓は一つずつ。


勢いそのままに、トドメを刺さんと狼が駆ける。


はずだったのだが。


「・・来る場所が判っていれば、片足を捉えることくらいは出来る」


カリュブの足が、狼の後ろ足に絡みついていた。

動きを止められた狼に、カリュブの残りの足が次々と絡みつく。


完全に身動きを封じられた狼は、カリュブの足によってそのまま持ち上げられた。


「・・よくやったわ、カリュブ。そのまま押さえときなさい」


狼めがけ、スキュラの足が迫る。

そのまま狼の体を一思いに刺し、虎の時と同様、狼の姿は段々と不鮮明になり、やがて消えた。


「さあ、今度こそお終いね」


李空に視線を寄越し、スキュラが言う。


「いや。チェックメイトだ」


李空は堂々と答えた。


無論、ハッタリではない。


カリュブとスキュラ。

二体の海獣の背後には、それぞれ白い槍が浮かんでいた。


狼に意識が集中している隙に、李空は二体の背後を取っていたのだ。


「意識が変わる瞬間、その刻が最も隙を生みやすい。でしたね。貴重なアドバイス、ありがとうございました」


皮肉めいた言葉と共に、李空がタクトを振る。


「こんな簡単に背後を取られるなんて・・私の野生の勘も鈍ったわね・・・」

「俺はダイオウなのに、これじゃあヤリイk・・以下省略」


二つの白槍は、二体の海獣の最後の心臓を、確かに貫いた。

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