第16話 FINAL GAME ROUND 5


「『TEENAGE STRUGGLE』決勝戦もいよいよ大詰め!泣いても笑ってもこの闘いで優勝国が決まります!!最終試合。出場選手を紹介しましょう!!」


熱を帯びた、ミトの声が響く。


「『TEENAGE STRUGGLE』初出場。変幻自在の才で数々の強敵を翻弄してきました。この漢の快進撃を誰が予想したでしょうか。今大会のダークホース。壱ノ国大将 透灰李空選手!!!」


壱ノ国ベンチから李空が立ち上がる。

「うおおお!」と、歓声が木霊した。


「相対するはこの漢!『TEENAGE STRUGGLE』トータル10回目の出場。なんとここまで無敗。まさに生きる伝説。絶対王者。肆ノ国大将 セウズ選手!!!」


肆ノ国ベンチからセウズが立ち上がる。

「うおおおおお!!」と、歓声が一際大きくなった。


「両者リング上にスタンバイをお願いします!」


二人の大将が、リングに向かって歩き出す。


一方は北から、一方は南から。

その距離は段々と縮まり、リング上で相対する。


「『オートネゴシエーション』発動」


李空の言葉に合わせ、白い槍が出現。

それは、以前肆ノ国戦で使用し、逆にセウズに利用されたモノであった。


「おおっと!李空選手、試合前の牽制だああ!!」


ミトの実況が響く。


次いで、白槍はセウズに向かって飛びかかった。

セウズはそれを知っていたように、右手を前に出す。それに合わせ、槍の向きは180度反転。そのまま李空に向けて襲いかかった。


李空は動揺を見せず、セウズと同様に右手を前に出す。

白槍は二人の真ん中で右往左往し、どっち付かずのまま、やがて床に落ちた。


それを見届け、セウズが口を開く。


「今日に向けて修行を積んできたことは知っている。無駄な努力、ご苦労だったな」

「知らないんですか?基礎を疎かにする人は、足元を掬われるんですよ」

「圧倒的な強者は掬われず、故に弱者は救われない。完全なる勝利を以って、絶対王者の花道を飾るまでだ」

「世界を象るのが『知』なれば、世界を彩るのは『信』なり。壱ノ国に古来から伝わる、俺が好きな言葉の一つです。勿論知ってますよね?」

「『信』は『知』が足りない者が抱く淡い幻想。ただの戯れ言だ」

「そう決めつけてしまうのが知の限界ってやつですよ」


まるで台本にそう書かれてあるかのように、スラスラと会話が交わされる。


ふっ、とセウズは笑い、口を開いた。


「既知の暴力。世知辛い世界の現実を見せてやるよ」

「未知の可能性。甘く見ないほうが良いですよ」


李空も口角を上げ、言葉を返す。


最強を決める大会『TEENAGE STRUGGLE』。


決着の刻は近い。




「あっ、滝壺さん!李空っすよ!」

「どうやらギリギリ間に合ったようだな」


零ノ国会場観客席に、新たに二人の男がやって来た。

炎天下太一と滝壺楓。二人は表の大会を終えた後、公共交通機関を乗り継いでここまでやって来たのだ。


「空いてる席は・・」

「チャッカッカ!これは壱の戦士ではないか!」

「ライ・ラン兄弟!!」


席を探す太一を見つけ声をかけたのは、伍ノ国代表ライ・ラン兄弟のライであった。


「チンカッカ!ほら、席ならここにあるぞ!」

「おう、すまないな」


ランが席を空け、滝壺らはそこに座った。


そのすぐ横には、伍ノ国代表将バッカーサや、その孫のシンの姿が。


「いよいよじゃの」

「どうしたジジイ。柄にもなく緊張してんのか」

「アホ抜かせ。時代の節目に立ち会えたことに喜びを感じ取るんじゃ」


その目はまっすぐにリングを見つめていた。


「そうかよ」


つまらなそうに呟き、シンもリングに視線を移す。


さらにその横。


「透灰李空。楽しみにしてるぞ」


伍ノ国代表セイは口角を僅かに上げ、静かに呟いた。




『壱ノ国代表 透灰李空 VS 肆ノ国代表 セウズ』


「それでは『TEENAGE STRUGGLE』決勝戦、最終試合。スタートです!!!」


今日一の盛り上がりを見せる試合会場。

その中央に位置するリング上で、対戦相手である李空に向けて、セウズが淡々と告げる。


「この闘いは、『完全』を『完成』させるためのもの。それ以上でも以下でもない。一つでも選択を間違えれば、お前に待っているのは『死』であると知っておけ」


李空の返事を待たず、セウズは右手を床についた。


それに合わせて、リング中央に黄金の魔法陣が展開。

そこから湧き出たのは、泥の塊であった。


次いで、セウズは人差し指で空中にスラスラと何やら描き、泥塊に向けてピンッと飛ばした。

それに合わせて泥塊が動き出し、粘土をこねるように、ある姿を成していく。


泥と泥とが組み合わさり、その姿はみるみると巨大化。

出来上がった個体は、大きな大きな泥のであった。


『ンゴー!』


まん丸と膨よかな、土色の胴体。へそを中心とするように、円状の模様が描かれている。

そこから短い手足が伸び、目と思われる部分は空洞になっていた。


して、一番の特徴は口。

目と同じく空洞のその部位は、ひたすらに大きく深く。まるで、全てを飲み込むブッラクホールのようである。


「万物を食らうゴーレム。名を『イート』だ。倒せるかどうか、試してみるといい」

「最強に挑む資格があるか。コイツが試験官ってわけか・・・」


呟き、納得するように頷く李空。


「分かりやすくて強い武器、頼むぞ。相棒」


次いで、己の才『オートネゴシエーション』を発動させる。


その瞬間。リング上にが降り注いだ。

計26個の。が。


「これは・・・」


この世の物質とは思えない、滑らかで美しい材質でできた、白すぎる白のアルファベット。

両手で持ち上げるサイズ感のそれらを眺めて、李空が呟く。


陸・海・空。3つの試練を経て、才の3大基礎である『インプット・プロセッシング・アウトプット』の質を向上させた李空。


が、


「・・・・・・なんだこれ?」


気まぐれな自身の才が導き出した答えは、全く意図の読めないものであった。



『ンゴゴ!』


短くも太いゴーレムの右腕が、李空を襲う。

李空はそれをバッと躱し、視線をサッと横に流す。


そこには、例のアルファベットが。


「持てるのか?これ」


『オートネゴシエーション』が導き出した答えなのだから、これらを上手く使うことで、あのゴーレムを倒せるはずだ。

手始めに、近くにあった『B』を持ち上げてみる。


「おう、軽いな」


一体何で出来ているのか。大きさからは想像できない軽さであった。


『ンゴー!』


『B』を持つ李空に、ゴーレムが襲いかかる。

李空は咄嗟に『B』をゴーレムに投げつけた。


「・・・え?」


セウズ曰く、万物を食らうゴーレム。

未知の物質であるアルファベットの『B』を、ゴーレムはあっさりと呑み込んだ。


『・・・ンゴ?』


しかし、効果はゼロ。

一時の沈黙の後、『ンゴー!』と、再び拳が李空を襲う。


「どうすればいいんだよ!」


それを避けながら、李空は思考する。


アルファベット一つでは効果を発揮しない?それとも発揮するモノと発揮しないモノで分かれている?そもそもゴーレムに呑まれて良かったのか?いや、「大きな敵を倒すなら内部から」。その発想はあながち間違っていないように思える。


今ある情報をかき集め、李空は次の手を模索する。


『ンゴゴ!ンゴー!』


その間に、ゴーレムは大きく息を吸い込み始めた。

強すぎる吸引力。自分を呑み込もうとする強風になんとか耐えながら、李空は近くにあったアルファベットを掴み、次々と放った。


『C』に『O』に『L』。

3つのアルファベットが、ゴーレムの胃に収まった時。


『・・・・・・』


その動きが止まった。


「やった・・のか・・・?」


警戒の目で李空が睨む。


その直後。


『・・・ン、ンボボー!』


轟音と共に、ゴーレムは『B』と『O』を吐き出した。



「いや、意味分かんねえよ!」


自分の才がもたらしたであろう効果を前に、主人の李空は叫ぶ。


『ンゴー!』


何やらスッキリしたように見えるゴーレムが、李空に向かって走り出した。

真っ先に逃げながら、李空は情報を整理する。


効果が発動するまでにゴーレムが呑み込んだアルファベットは、『B』『C』『O』『L』の4つ。

その内、『B』と『O』が、たった今吐き出された。


呑み込んだアルファベットに規則性があるのかと考えるが、一見何の法則もないように思える。となれば、一気に呑み込んだことでゴーレムの胃が満タンになった?そうするとさっきのはゲップ?やや強引ではあるが、それなら辻褄は合う。


「とりあえずたくさん食わせてみるか」


くるりと反転してゴーレムと向き合い、李空は近くにあった『M』を手に取り、放り投げた。

例のごとく、ゴーレムはそれを呑み込む。


次いで何を食わせたものか。李空は思考し、思い至る。


「そうだ。食べた量ではなく、食べ合わせが悪かった可能性もあるか・・・」


辺りを見渡すと、先ほどゴーレムが吐き出した『B』と『O』が視界に映った。

この二つが、ゴーレムと相性が悪かった可能性も十分に考えられる。


ゴーレムが吐き出したという事実から少々の嫌悪感を抱きながらも、李空はそれらを掴み、順に放り投げた。


毎度のこと、ゴーレムがそれらを呑み込むと。


『ンゴー!!』


大きな腹部が、突如爆発した。



「いや、だから意味分かんねえよ!!」


今一度、李空が叫ぶ。


先ほどと同じようにアルファベットを呑み込ませただけなのに、得られた効果は爆発。

予想していなかった展開だが、先ほどと違い効果があったようで、ゴーレムは動きを止めていた。


立ち昇る煙を眺めながら、李空は再度思考する。


どういうことだ?爆発の効果が付与されたアルファベットがある?いや、『B』と『O』は一度呑み込んだモノ。それらに爆発の効果があるとは思えない。


呑み込んだ際に新たに付与された?可能性として無くは無いが、『オートネゴシエーション』が生み出したアルファベットに、ゴーレムに呑み込ませることを前提とした性質があるとは考えにくい。ゴーレムが付与したという説も可能性は薄いだろう。


となると、やはり組み合わせか?アルファベットの組み合わせで得られる効果が変わる?今回の効果は「爆発」。今までゴーレムが呑み込んだモノで、爆発に関係がありそうな組み合わせは・・・。


「・・・・BOMBか」


最初に『B』と『O』を呑み込んだ時と、今回の違いは『M』の有無。

『M』が加わったことで、初めて爆弾(BOMB)が完成。爆発した。


つまり、『オートネゴシエーション』が今回用意した能力は、敵の内部でアルファベットが意味を成した時、その効果を発する能力。というわけか。


「そうと決まれば、最適な一手を・・・」


一応の結論が出たところで、仮説を元に、より効果的な一手を打とうと、残りのアルファベットを順に見ていく。


『・・ンゴゴ!ンゴー!』


その最中にゴーレムが意識を取り戻し、李空の近くに顔を持っていくと、勢いよく息を吸い込み始めた。

その時丁度手にしていた『W』が李空の手を離れ、大きな口に呑み込まれていく。


「くそ。もう起きたか・・・」


李空は這々の体でそこから逃げ去り、目星をつけていたアルファベットの元へと走った。


『F』と『I』をゴーレムの口に放り込み、次いで『R』を同じようにしたタイミングで。


『ン、ンガー!!』


ゴーレムの体が突然燃えだした。

爆発の時のゴーレムの反応を鑑みるに、効果は抜群のはず。


しかし、その火を起こした張本人のはずである李空は、


「・・・なんでだ?」


燃え盛るゴーレムを前に、疑問を口にした。


それからすぐ。


「・・・いや、だからなんでだ?」


ゴーレムの口から大量の水が流れ出て、ゴーレムを苦しめていた火は、見事に消火されたのだった。



李空は自らが導き出した仮説の元、ゴーレムに有効と思われる「火」を生み出すため、『F』『I』『R』『E』を放り込もうとした。


が、『E』を入れる前。『R』の段階で「火」は発生した。

更には「水」も一緒に。


「・・ん?あれは・・・・」


視界の隅に映り込んだ情報に、李空は違和感を覚える。


ゴーレムの口から溢れ出た水。その一部分に黒い液体が混じっていたのだ。

よく観察すると、その黒い液体は、何やらシュワシュワと音を立てている。


「・・・そうか」


何やら納得したように呟く李空。


シュワシュワと音を立てる黒い液体。この条件から、その正体は「コーラ」であると推測できる。

一番初めに発動した能力が「コーラ」であるなら、ゴーレムがアルファベットを吐きだしたのも納得できた。


それすなわち、食べ過ぎではなく、炭酸によるゲップであったわけだ。


しかし、それだけでは説明のつかない部分がある。


コーラのスペルは『C』『O』『L』『A』。その内、『A』は飲み込んでいないはずなのだ。

事実、『A』はリング上に未だ転がっている。


更に、『F』『I』『R』『E』の時も、『E』を放り込む前に「火」が発生していた。


「あと一つ。あと一つ、何かを見落としてる・・・」


大方、謎は解決した。

が、決定打にはあと一つ何かが足りない。


その時、李空はあることに気づいた。

まん丸と膨よかな、ゴーレムの胴体。へそを中心に描かれた円状の模様に、初めは無かったはずのアルファベットが刻まれていたのだ。


それらは、ゴーレムが呑み込んだアルファベットと全く同じ。

して、その間隔から、


「まさか、さっきのが最後・・・」


思い出されるセウズの言葉。


”一つでも選択を間違えれば、お前に待っているのは『死』であると知っておけ”


「詰んだ・・のか?」

『ンゴー!』

「しまっ!」


負の思考が隙を生み、迫るゴーレムの右腕が李空の体を掴んだ。

そのまま顔の前まで持っていき、大きな口が李空の眼前に近づく。


「・・・・・いや、まだだ」


迫る絶望を前に、李空は考え事に集中するように、目を閉じた。



アルファベットの能力によって発動した能力は、おそらく4つ。


一つは、『C』『O』『L』『A』による「コーラ」。

これに残る謎は、ゴーレムは『A』を呑み込んでいないということ。


『F』『I』『R』『E』による「ファイア」にも、『E』を呑み込んでいないという同様の謎が残る。



それから、『B』『O』『M』『B』による「爆弾」。

この内、『B』と『O』はゲップにより吐き出され、結果として2度飲み込んだ。


『B』は、爆弾で2回。

『O』は、爆弾とコーラで2回。それぞれ使用されたと思われる。


すなわち、呑み込んだアルファベットが変化しているわけではなく、呑み込んだ時点でカウントされ、条件を満たし、発動した段階で消費しているわけだ。


しかし、呑み込んでいないはずの『A』や『E』は、繰り返し利用されている。



その根拠は「水」。水はおそらく『W』『A』『T』『E』『R』に反応したはず。

これに関しては、『W』と『R』しか呑み込んでいない。


これらの情報から得られる答えは・・・・・。



「まだ勝ち筋は残ってる。そうだよな、相棒」


目を開き、李空が呟く。


『オートネゴシエーション』が、アルファベットの能力を消す気配はない。つまり、まだ勝機は残っているはずなのだ。


李空の呟きに応えるように、主人の左右に白い槍が2本出現。

それらは宙を自在に泳ぎだし、リング上に転がる2個のアルファベットを突き刺して、戻ってきた。


「俺の選択は間違っていなかった。『死』が待ってるのはお前の方だったみたいだな!」


2個のアルファベットを刺した白槍が、ゴーレムの口に吸い込まれていく。


次の瞬間。


「ン・ゴ・・ゴ・・・」


ゴーレムはピタリと動きを止めた。


「よっと。ゴーレム退治成功、だな」


李空を掴んでいたゴーレムの右腕が力を緩め、李空は床に華麗に着地する。



セウズは、この試合が始まった直後にゴーレムを錬成をした。

つまりゴーレムが呑み込んだモノは、練成された以後に限られる。


『オートネゴシエーション』によるアルファベット以外で、ゴーレムが呑み込んだモノ。その条件で当てはまるのは、『イート』という名前だけであった。


『E』『A』『T』。一番最初に名前として呑み込んだこの3つのアルファベットは、ゴーレムの体に完全に刻まれた。

ゆえに、何度でも利用することができたわけだ。


『W』『A』『T』『E』『R』が『W』『R』だけで発動したのは、『A』『T』『E』が、ゴーレムの体に既にあったからだ。



ドガン、と大きな音を立てながら、ゴーレムが仰向けに倒れる。


まん丸と膨よかな、ゴーレムの胴体。そこに描かれた、アルファベットが刻まれた円状の模様の中央。いわゆるへその部分に『E』『A』『T』の文字が浮かぶ。


して、その左右に。真っ赤な字で『D』と『H』のアルファベットが浮かび上がった。


李空が白槍でゴーレムに呑み込ませたアルファベットこそ、この『D』と『H』であった。


『D』『E』『A』『T』『H』。すなわち「死」。


万物を食らうゴーレムは、「死」を呑み込んだのだ。


ゴーレムの体を構成していた泥が腐っていき、バラバラに砕けた。



これまで静観していたセウズが、徐に口を開く。


「何やらやり遂げた表情を浮かべているが、勝負はまだ始まってすらいないぞ」


セウズが腕を払うと、ゴーレムの真下に魔法陣が展開され、そのままゴーレムの死骸は吸い込まれていった。


「さあ、次の試練といこうか」


次いで、セウズは両手を床についた。

リング上に浮かび上がるは、二つの黄金の魔法陣。


そこから顔を出したのは、


「今回の相手は随分とひ弱な男ね。まあいいわ。タコ殴りにしてあげる」

「イカしたこの足で・・以下省略」


『下半身がタコの女』と『下半身がイカの男』であった。

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