第15話 FINAL GAME ROUND4.5


───零ノ国試合会場 観客席。


「流石は壱ノ国代表将といったところか。全く、簡単にくたばってもらっては困るぞ」

「軒坂平吉。俺以外の奴に負けるなど許さんぞ!」

「「ん?」」


似たような発言に、階段を挟んで隣同士の男が目を合わせる。


「「お前は・・・」」


どちらも筋肉質なその男たちとは、弐ノ国代表 ワンと、参ノ国代表 エドワー・ド・ワニューであった。

どちらも、今大会にて平吉に敗北を喫した男である。


「これはこれは。今大会全敗の、弐ノ国代表の皆さんやんなあ」


ワニューの横から顔を出したのは、猫背馬面の男。

参ノ国代表 ロス・ファ・ルーマであった。架純に敗北を喫した人物である。


「これはこれは。壱ノ国相手に手も足も出なかった、参ノ国の皆さんじゃないですか」


ルーマの言葉に反応したのは、弐ノ国紳士代表のハツだ。


「言い掛かりはよすやんなあ。たまたま戦略が空回りしただけやんなあ」

「私のこのメガネには、単に実力の差が浮き彫りになっただけのように映りましたが?」

「なんや?喧嘩やったら買うやんなあ」

「何を仰る。先に喧嘩を売ったのはそちらでしょう」

「そのくらいにしておけ」


売り言葉に買い言葉。

言い合いをする二人を止めたのは、参ノ国代表将 アイ・ソ・ヴァーンだ。


ルーマとハツは無言で睨み合い、同時にそっぽを向いた。


やりとりを聞き届けたワンが立ち上がり、ヴァーンの後ろの席にドカッと腰掛ける。


「参の将。なぜを出さなかった?」

「さあな。天才の考えることは俺には分からんよ。そういうそっちはどうなんだ。弐ノ国将

「それこそさっぱりだ。お互い大変だな」

「ふっ。そうだな」


二国の将が笑い合う。片や静かに。片や豪快に。




「これで終わりと言ったのよ!」


片脚を掴まれたユノが、そのまま体を捻り、もう片方の脚を叩き込もうとする。

いち早く察した平吉は、ユノの脚を掴んでいた手を離し、それを回避した。


「なかなかええ動きするやんけ」

「そっちこそ。毒が回って動けなかったはずでは?」

「残念やったな。うちの医者は優秀なんや」


壱ノ国ベンチにチラリと視線を寄越す。

架純がウインクを飛ばす。平吉はコクリと頷いた。


「さあ。これで戦況はトントン。いや、『毒』の扱いはどう考えてもワイの方が上やで。どないする?」


挑発するように平吉が言う。

ユノは「ふぅー」と息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。


「確かに。武器が同じなら、専門職の貴方に勝てる見込みは薄い。けど、私には私の武器がある。『毒』を『ドーピング剤』に変える、とっておきの武器がね」


ユノの才『専知専能』は、対象の過去を知り、対象の才を能くす才。


通常。知ることのできる過去は、対象の生後から現在まで。

しかし、に発動した時、知れる過去はより深くなる。


深いとは、一つ前の過去まで。それすなわち、「前世」である。


この性質は、平吉の才『キャッシュポズニング』と相性が抜群であった。


「知ることは権利を得ること、能くすことは責任を負うこと。セウズ様のお手を煩わせるまでもない。私の手で、壱の息の根を止めてみせる」


目を瞑るユノは、指で銃をつくり、自らのこめかみに当てた。


「何する気や・・・」


警戒の目でユノを見つめる平吉。


次にユノが目を開いた時、


「・・なんだ?の相手はお前か?」


その口調が変わっていた。


「・・・誰や、お前?」

「俺か?俺は、元最強の漢。シュピダーだ」

「しゅぴだー・・・ん?もしかして、20年以上前に表の大会で無敗を誇ったっちゅう、伝説の男か!?」

「ああ。よく知ってるな」

「表の将もやっとったからな。『繰り上がりの法則』で弱くなるくらいなら言うて、自ら命を絶ったっちゅう変人や聞いとるで」

「変人か。褒め言葉だな」


馴染ませるように、ユノの体を動かしながら言う。


自分を対象にすることで、ユノは前世を知ることができる。

しかし、それは失われた過去。本来は能くすことの出来ないものだった。


が、『キャッシュポイズニング』にて前世の記憶を注入することで、シュピダーの才を能くすことが可能となった。

人格も前世のモノに代わる副作用付きだが。


して、その才とは。


「『一は全、全は一』って言葉、知ってるか?俺ができるのは一つだけだが、その一は全に勝る。たとえ全てを知り、全てを能くそうが。圧倒的な一の前には無力なのさ」


リングにくっきりとした影が落ちる。


「一難去ってまた一難、ってか・・・」


見上げる平吉。


そこには、一つの巨大な球体が浮かんでいた。



「おい。これはどういう・・・って、おらん!?」


平吉が視線を戻すと、そこにユノの姿はなかった。


「あかんなあ。アイツの記憶見れんやんけ・・・」


ユノがシュピダーの記憶を注入してから、平吉はユノに触れていない。

よって、平吉が盗み見できるのはあくまでユノの記憶のみ。


おそらくはシュピダーの才によるモノと思われる、頭上の巨大な球体の情報は何も得られないわけだ。


今一度、視線を上に移す。

よく見ると、球体はゆっくりと降下していた。


「あの模様。何処かで見た気が・・・・・」


滑らかな曲線を描く球体には茶褐色の縞模様が。それと、所々に赤い斑点が散らばっている。


その模様が、不鮮明な記憶の一部に語りかける。

記憶のプロフェッショナルである平吉は、この記憶が勝敗を分ける「鍵」である気がしてならなかった。


「どっちみち、ワイにできるのはこれしかないな・・・・」


壱ノ国ベンチに目をやり、仲間の姿を確と目に焼き付けて。


平吉はゆっくりと目を閉じた。





(・・・・・ちゃう。もっと深くや)


膨大の記憶の海。


平吉は身を委ね、沈んでいく。



(・・・まだや。まだ深く)


才を授かるよりも前。


取り戻したばかりの記憶の海に、沈んでいく。



(・・ん?抜け道?)


その途中。


洞窟のようなものを見つけ、平吉は潜り込んだ。



(ここは・・・・・・)



そこには夕暮れ時の茜空が広がっていた。





『・・・ サン・・ニイサン・兄サン!』

「・・・・・凶助か?」

『ウン。ヤット思イ出シタンダネ』

「ああ。色々すまんか───」

『ヤメテヨ。今ハソレドコロジャナイデショ』

「そう、だな」

『兄サン。アノ球体ノ模様。大赤斑ダヨ』

「大赤斑?」

『ウン。木星ニ見ラレル、高気圧性ノ巨大ナ渦』

「そうか。記憶は凶助のモノ、やったんやな」

『ソウイウコト。兄サンガ日中ノ空ヲ好ンダヨウニ、僕ハ夜ノ空ガ好キダッタカラネ』

「よし。他に使えそうな情報はあるか?」

『モチーフガ木星ナラ、アノ球体ハガスデ出来テイルハズダヨ』

「ガスか・・・。となると、ユノの居場所は球体の中か?」

『ダロウネ。上ニハ乗レナイハズダカラ』

「敢えて呑み込まれて、ユノを討つしかないか。そうなると大赤斑が厄介やな・・・」

『兄サン。僕二考エガアル』

「なんや?」

『球体ノ記憶ヲ見ルンダ』

「球体の記憶やと?」

『ウン。全テノ物質ニハ記憶ガ宿ル。才デ出来タモノナラ尚更ダ。記憶ヲ探リ、僕ガ敵マデノルートヲ見ツケル。デモ・・』

「結局、球体に触れる必要があるわけやな。任せろ。いくらでも待ってやる」

『信頼シテルヨ。

「ワイもやで。





───巨大な球体の内部。


人ひとり入る大きさの透明な球体の中で、シュピダーの記憶を注入したユノが呟く。


「20年前と同じ光景。相変わらずこの中は退屈だな」


その外には、高気圧性の巨大な渦に呑み込まれ、身動きが取れない平吉の姿があった。


シュピダーのバトルスタイルは、大きな球体に敵を呑み込み、高気圧性の巨大な渦で身動きを封じ、それを小さな球体の中から眺める、という悪趣味なモノだった。


「そろそろ、か・・・」


渦に呑み込まれるまま、平吉に動きは見えない。

少々呆気ないが、無駄な抵抗だと諦めたのだろう。


20年前に幾度と見てきた光景に、記憶の中のシュピダーは退屈を感じていた。


「・・・・ん?」


遠くの渦。ずっと目を閉じたままだった平吉が、目を開いた。

無数の渦が激しく蠢く空間を、まるで泳ぐように移動を開始する。


次の大赤斑。そしてまた次の大赤斑。

まるでゴールまでのルートが見えているように、透明の球体に近づいてくる。


「うそ・・だろ・・・?」


唖然とするシュピダー。


透明な球体にピタリと張り付き。


「ああ、悪い夢や」


平吉は、頭突きをかました。



透明の小さな球体が壊れ、巨大な球体は消滅。

横たわるユノの中のシュピダーに、平吉が告げる。


「表の不敗伝説もこんなもんか。敗北という名の『毒』の味はどうや?」

「・・・・・」


何も答えないシュピダー。

黙ったまま、ユノがゆっくりと立ち上がる。


その目は確かにユノのものだった。

衝撃か、シュピダーの意思か。注入していた前世の記憶は消えたようだ。


キッ、とユノが平吉を睨む。


「・・・まだよ。もう一度記憶を打ち込んで・・」


指銃をこめかみに当てようとするユノ。

しかし、その動きはピタリと止まった。


「どう・・して・・・」

「やっと『毒』が回ったか」


ニヤリと口角を上げて、平吉が言う。


平吉は最初にユノの記憶を盗み見した際、既に毒を打ち込んでいたのだ。

身体の動きを鈍らせる、遅効性の毒を。


「たとえ、動けなくても・・」

「やめとけ。素人が指銃なしで毒打つと、どんな副作用が出るか計り知れんで」


平吉が「毒」を打ち込むときにする指銃のジェスチャーは、正確性を向上させるためのものである。

熟練度を上げた今の平吉には必要ないが、昔の名残で今も使うことがある。


素人が指銃なしで毒を打ち込む行為は、爆薬だらけの場所に置かれた小さな的に向かって、アタッチメントが一切付いていない銃を片手で撃つようなものだ。


「それこそ、セウズの記憶が綺麗さっぱり無くなる。とかな」

「!」


平吉の言葉に、ユノが露骨に反応する。

といっても、平吉の毒のおかげで、動かせるのは表情だけであったが。


綺麗な唇がわなわなと震え、両目からツーと涙が流れる。


口を真一文字に結び、ユノの口は確かに告げた。


「参り・・ました・・・」


敗北の宣言を。




「試合終了!!『TEENAGE STRUGGLE』決勝戦、第四試合の勝者は・・壱ノ国代表、軒坂平吉せんしゅうううう!!!」

「「「うぉおおおおお!!!」」」


ミトのアナウンスが鳴り響き、ドッと歓声が沸く。

平吉が毒を解除したのだろう。ユノが床に崩れ落ちた。


「・・・本当は知っていた」

「何をや?」


小さく呟かれたユノの言葉に、平吉が反応する。


「セウズ様は今朝、一枚の写真を眺めていた。それは、セウズ様が直々に闘いに出る日のみ行うルーティン。つまり、私が貴方に負けることを、私は既に知っていた・・」


切ない表情でユノが語る。


「それでも、セウズ様に少しでも認めて欲しくて。最後くらいセウズ様の役に立ちたくて。私は決死の覚悟でここに立った。でも、ダメだった。セウズ様との過去だけは。それだけは、私の宝物、だから・・・」


ユノの両目から、堪えていたはずの涙が落ちる。


平吉はその姿を眺め、口を開いた。


「そうか。それは気の毒やったな」


くるりと回り、壱ノ国ベンチに戻ろうとする平吉。

その背中に、ユノが言葉を投げかける。


「気の毒?それはこっちのセリフよ。セウズ様が闘うということは、勝利を知っているということ。絶対に負ける闘いに、貴方は仲間を送り出そうとしているのよ」

「約束された敗北か・・・」


振り返り、記憶から言葉を探すような間を置いて、平吉は言った。


「知らんからこそ見えるもんもあるんやで」

「・・・・・」


その瞳の奥に映るものは何なのか。


ユノは一瞬頭に過ぎった可能性に、自らの手で蓋をした。

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