第14話 REVERSE OF REVERSE


「おおっと!軒坂選手、直立不動!!一体何が起きてるのか!?」


ミトの困惑した声が、零ノ国会場に響く。


「大丈夫?凄い汗よ」

「・・・・・」


ユノの言葉に、平吉は何も答えない。

虚空を見つめる目。周りの音が一切耳に届いていない様子だ。



絶望の渦中。平吉は才を授かった。


『キャッシュポイズニング』

この才は主人の身を案じるように。平吉のそれまでの記憶に蓋をした。


自分が何処の誰かも分からぬまま。気づくと平吉は学院に通っていた。


名前や口調は自然と出てくるのに、過去を知ろうとしても思い出せない。

それは何とも言えない違和感だったが、時が経つにつれてその感覚も薄れていった。


過去を箱に閉じ込めて、新しい軒坂平吉は歩み出したのだ。



その箱が今。ユノの手によってこじ開けられた。

圧倒的情報量。吹き荒れる感情の暴風に、平吉の思考は完全にフリーズしていた。



「聞こえていないみたいね。それなら、終わりにしましょうか」


無防備な平吉に近寄るユノ。

自慢の長い脚を持ち上げ、鋭い蹴りが平吉を襲う。


その時。


「平ちゃん!!」


壱ノ国ベンチから架純の叫び声が響いた。

瞬間。平吉の身体を守るように、透明なバリアが展開。ユノの蹴りを受け止めた。


「何?こんな能力聞いてないわよ」


疑問を漏らしながら、ユノは平吉から距離を取る。


『専知専能』によって平吉の過去と記憶を知ったユノ。

しかし、この能力はそのどちらにも無かったモノだ。


「まあいいわ。こんな薄い壁、壊すまでよ」


再度駆けるユノ。怒涛の連続蹴りが、平吉を守るバリアに打ち込まれ始めた。




「あの能力。架純さんのですよね?」


壱ノ国ベンチにて、李空が架純に尋ねる。

李空は『オートネゴシエーション』にて、平吉の周りに突如現れたバリアの能力が、架純の『ハニーポット』によるものであることを見抜いていた。


「・・そうでありんす」

「大丈夫・・なんですか?」

「信じるしかないでありんす。あちきらに出来ることは、平ちゃんを信じることだけでありんす」


自分に言い聞かせるように、架純が言う。


「あれが発動したということは、平ちゃんの記憶が戻ったということ。バリアが壊される前に立ち直れると良いでありんすが・・・」


平吉の今と過去を知る数少ない人物。

借倉架純は、平吉の記憶が戻った時に発動する罠を、事前に仕掛けておいたのだった。


しかし、バリアの耐久値はさほど高くない。

それまでに戦闘可能な状態に戻れるか。それは平吉次第であった。


「味方の才を使ってもいーの?」


話を聞いていた真夏が、素朴な疑問を口にする。


「才の発動に、試合に出場中の選手以外が関与しなければオッケーなんだよ」


美波がそれに答えた。


「そうじゃないと、俺みたいな才は一切使えなくなるからな」


剛堂が補足を入れる。


剛堂の才『チーミング』は、他人の才を借りる才。

他人の才が使えないルールなら、この才は何も出来ないと同義になるわけだ。


「発動が無意識且つ、効果が一定でない場合もセーフでしたよね」

「そうだよ。七菜ちゃん、よく勉強してるね」

「はい。泥棒猫とは一味違います」

「ぐめめ」


美波が肯定し、七菜が誇らしげに胸を張り、真夏が意味のわからない声で唸る。

京夜とみちるは横になったまま。卓男は未だ眠りこけていた。


「いつまで寝るつもりだよ・・・」


チラリと卓男の間抜けな寝顔を見て、李空が呆れた声で呟く。


「平ちゃん・・・」


先ほどの試合で受けた傷口を押さえながら、架純はリング上の平吉を静かに見つめていた。





(・・・・・・さっきの声、架純か?)


圧倒的に広がる闇の中、聞き覚えのある声が聞こえた気がした。


気のせいか否か。それを確かめる術もなければ、気力も湧いてこない。



(・・・あれは何や?)


360度真っ黒な世界に、一つの小さな白い点が見えた。


そこに誘われるように、平吉の身体が勝手に移動していく。



(これは・・・)


白い点が、平吉の片目と重なる。



その先には、歪んだ「青」が広がっていた。





「・・・・・パパ?」


少女が呼びかけるが、男の返事はない。

魂が抜けたような表情で、木製の椅子に座り、ブツブツと何やら呟いている。


「私は妻と娘の友達の命を天秤にかけてしまった。私が選択を誤らなければ、少なくとも凶助くんは助かったかもしれない。私は医者失格だ・・・・・」


その姿を見て少女は泣き出しそうになるが、口を一文字に結び、堪えた。



あの日から、世界の全てが「偽り」に見えた。


何もかもが嘘。本当は事故なんて起きてなくて、今見ているのは悪夢。

そう思い眠りにつくが、何度朝を迎えても、夢が覚めることはなかった。


そうして迎えた10歳の誕生日。

架純は『ハニーポット』を授かった。



その翌日。


「さよなら」


たった一言残して、架純は家を出た。



学院に居るはずの、たった一つの希望に会えることだけを心の支えに。




───夕暮れ時。


イチノクニ学院の校門を潜り、若人たちがそれぞれの家に帰っていく。

そんな中、校門前に佇む一人の少女の姿があった。


そわそわと落ち着かない様子で、通り過ぎる人の顔を確認しては、何やら落胆している。


その少女。架純は、どうやら人を探しているようだった。


「・・・あ!平ちゃん!」


どうやらお目当の人物を見つけたようで。

架純はパッと表情を明るくし、一人の少年の元に駆け寄る。


「・・ん?誰やお前?」


しかし、その少年。平吉から返ってきた答えは、そんな残酷な言葉だった。


「なん・・・で・・・・」


あまりのショックに、架純は絶望を露わにする。


「誰だ?平吉」

「さあ。知らん子ですわ」


平吉の背後にいた男。

同年代と比べて体格の良い剛堂が問いかけ、平吉が端的に答える。


「あれじゃないか?昔の知り合いとか。お前、ここに来るまでの記憶がないんだろ」

「あー、そうかもっすねー」

「記憶が・・ない?」


二人の会話に、架純の絶望の色が濃くなった。


「おそらくは才の効果でな。それまでの記憶はまっさらになってん」

「そんな・・・・・」


何とも複雑な表情を浮かべて、平吉が言う。


架純は言葉を失った。



母親を失い、父親は壊れ、友と別れた。

唯一残った大事な人は、自分のことを忘れていた。


彼まで「偽物」になったら、私は何を信じれば良いの。

架純の思考を不安が染め上げていく。


「あー、ワイらこれからミーティングやから。もうええか?」


そう言い、平吉が場を離れようとする。

何かにすがるように、架純は平吉の顔を見上げた。


その瞳に映る平吉の目。

不安に焦燥に狂気。危うさを兼ね備えたその目は、良くも悪くも、確かに前を向いていた。


そうだ。彼は居なくなったわけでも、壊れたわけでもない。

目の前の軒坂平吉という男は、前に進もうと。未来を歩もうと。


青い空を自由に泳ごうともがいている。


それなら私は支えよう。

あの日、泣いていた私のところに彼が来てくれたように。


私が彼の翼になろう。一緒に空を泳げるように。



「・・・私も、あちきも連れてってで!」


突然、勢いよく頭を下げた架純。

男二人が呆けた顔で固まる。


暫くして、平吉が剛堂に目配せをする。

剛堂は何処か嬉しそうに笑い、頷いた。


「よし、ええで!」


平吉がニカッと笑う。

その笑顔は、架純が平吉と初めて出会った時と、何ら変わらぬものだった。


平吉の横で、剛堂がうんうんと頷く。


「壱はゼロになるまで、その位置はプラスであり続ける。だな」

「なんすか?それ?」

「壱ノ国代表の将が、代々引き継いできた有難いお言葉だ」

「へぇー、まだ将になれるかも分からんのに、気が早いっすね」

「俺は絶対将になる。・・・というか、最近俺への当たりが強くないか?」

「まあまあ。その辺はご愛嬌やで」

「はあ。毒舌はほどほどにしろよ・・・・・」


剛堂が苦笑を浮かべ、平吉が愉快に笑い、架純がくすくすと笑う。


夕日を背に、3人は確かな足取りで歩き出した。





(そうか。ワイは皆に支えられとったんやな・・・)


学院に入学してすぐ。

右も左も、自分の過去も知らない平吉を、剛堂は仲間に引き入れてくれた。


特殊な才を遺憾無く発揮し、当時からスーパープレイヤーと呼ばれていた剛堂と切磋琢磨をしながら、平吉は壱ノ国代表として頭角を現し始めた。


裏の大会だけでは飽き足らず、平吉はサイストラグル部にも所属し、メキメキと実力を伸ばしていった。


そんな風にすぐに無茶をする平吉を、架純はサポートし続けた。


いつからか、この二人の存在は、平吉を支える柱となっていた。



(凶助。ほんまにすまん。ほんで、ありがとうな)


思い出した過去と、積み上げてきた過去。


才を授かってからの軒坂平吉第2の人生は、抱えきれなくなって閉じ込めた「毒」を解毒する、「薬」になっていたのだ。



(ワイは二度、おんなじ女に惚れたんやな)


そう自覚した瞬間。


覗き込んでいた小さな白い点が、黒い世界を一気に呑み込んだ。





「おおー!ユノ選手!軒坂選手を守っていた謎のバリアを遂に破壊したぞ!」

「「「おおお!!!」」」


ミトが実況し、観客から歓声が湧く。


フリーズ状態であった平吉の身を守っていたバリアは、ユノの蹴りに耐えかねて、粉々に散っていた。



「平ちゃん・・・」


壱ノ国ベンチにて、架純が不安そうに言葉を漏らす。


リング上のユノが、乱れた息を整え、目前の平吉を見据えて告げる。


「これで終わりよ」


鋭いユノの蹴りが、平吉の顔面めがけて一直線に向かった。



「・・・これで、なんやって?」


目と鼻の先。

眼前のユノの脚を掴み、平吉が口を開いた。


「さあ、ここからが本番やで」

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