第12話 FINAL GAME ROUND4


「続きまして第四試合!壱ノ国副将 軒坂平吉選手 VS 肆ノ国副将 ユノ選手。両者リング上にスタンバイをお願いします!」


暫くして、副将戦のアナウンスが鳴る。


「ようやくワイの番か」


平吉は飄々とした調子を崩さずに、立ち上がった。


現在の壱ノ国代表の戦績は1勝2敗。

文字通り後がない状況だ。


振り返った先のベンチには、試合を終え、手負いとなった仲間たちの姿が。

それらの事実が、この闘いの壮絶さを物語っていた。


「ほな、ちょっくら行ってくるわ」


まるで仕事に行く父親のように、平吉はリングへと向かう。


「気いつけてや」


美波に手当を受けた架純が、その背に小さく呟いた。



時を同じくして、肆ノ国ベンチにも動きがあった。


「セウズ様。行って参ります」


未だ姿を隠していた最後の人物が立ち上がり、フードを剥ぎ取る。


露わとなったその顔は、黒髪で色白の美しい女性であった。


肢体を隠す白装束と、病的に白い肌。

艶やかな黒髪は床につくほどに長く、スラリと伸びたシルエットと相まって、モデルのようである。


「ああ。健闘を祈る」


セウズは淡々と告げた。




『壱ノ国代表 軒坂平吉 VS 肆ノ国代表 ユノ』


「それでは『TEENAGE STRUGGLE』決勝戦、第四試合。スタートです!!」


試合開始のゴングを背に、平吉は対戦相手を睨めつける。


「どんなイカツイ顔しとんか思うたら、えらいべっぴんさんやないかい」


挑発するような口調で、平吉は言った。


平吉はユノの素性をほとんど知らなかった。

誰よりも情報を重要視する平吉が知らないのには、もちろん理由がある。


ユノは、歴代の『TEENAGE STRUGGLE』決勝戦に、毎度副将として登録していた。それでいて、副将戦になると毎度辞退していたのだ。


その他の試合に出場したこともなく、才の能力などは一切不明。

彼女の素顔が大衆に晒されたのも、これが初めてのことであった。


「今回は逃げんかったんやな」

「逃げる?私が闘うのはセウズ様のため。セウズ様が望めば闘い、セウズ様が望まねば闘わない。それだけよ」


ユノは淡々と告げた。


「ほう。ほんなら、今回は望まれたんか?」

「・・・・・ええ」


少しの間を置き、ユノが頷く。


平吉は怪訝な表情を浮かべ、


「そっちも色々大変みたいやな」


ボソッと呟いた。



「これ以上会話を続けるんはマイナスか・・・」


平吉の才『キャッシュポイズニング』の発動条件は、相手に触れること。

相手に関わらず、この条件は早めにクリアしておくに越したことはない。


さらに今回の敵。ユノは、その能力が一切不明。

こうして話している間に、自身の才の発動条件を満たそうとしている。発動した才によって、平吉の才の発動条件を満たせなくなる。などの可能性を考えると、長話は平吉にとってマイナスに働く可能性が高い。


「ほんなら、ちょいと触れさせて貰うで。セクハラ呼ばわりは堪忍な!」


一気に迫る平吉。


ユノの眼前で跳び、華奢なユノの肩に平吉の右手が触れる。

そのまま平吉の体は一回転し、ユノの背後に華麗に着地した。


その間。ユノは一切の抵抗を見せなかった。


「なんや?えらい簡単やったな。闘いは初めてか?」

「・・・・・」


拍子抜けした様子の平吉が挑発するも、ユノは反応を見せない。


罠である可能性も考えたが、平吉はユノにとっての「毒」を検索するため、目を瞑った。



(・・・・・おかしい)


ユノの記憶を覗きながら、平吉は並行して考える。


こうして目を瞑っている時の平吉は、当然通常時よりも動きが鈍くなる。


五感を研ぎ澄まし、受けに徹することで、大概の攻撃は躱せる。

が、それにも限度があり。相手にとっては明確な隙であると言えるだろう。


にも関わらず、ユノは先ほどから一切動きを見せない。


それに加え。先ほどから、自分の体に違和感がある。

主には、に。


たまらず目を開く平吉。


「な、なんや!?」


その視界に。

こちらに向かって迫る、自分の姿が映った。



「よく鍛えられてる。良い器ね」


平吉の見た目をした人物が、目の前の人物に向けて言う。


その言葉を受け。ユノの見た目をした平吉は呟いた。


「・・・なるほど。こういう能力か」


そう、平吉とユノは中身が入れ替わっていたのだ。



───つい先程。

目を開き、眼前に迫る自分を、平吉は既のところで躱した。


平吉的には余裕がある回避だったのだが、体が違うことで動きが鈍くなり、ギリギリになってしまった。

相手の右手が掠った肩が、微かに痛む。



「慣れない体でどこまで闘えるかしら?」


平吉の見た目をしたユノが、ユノの見た目をした平吉に襲いかかる。


「おいおい!自分の体やぞ!傷つけてええんか!?」

「構わないわ。セウズ様のためなら」


そのスピードは凄まじく、慣れない戦闘を強いられた平吉は、どうしても防戦一方となってしまう。


「参ったな・・・・・せや!」


どうしたものかと頭を抱える平吉であったが、何かを閃いたようにハッとした表情を浮かべると、リングの一方に走った。


「何をする気?」


その行動に、ユノは疑問符を浮かべ、警戒から動きを止める。


対する平吉は、走った先の肆ノ国ベンチに向けて。


「ほれ。ワイらを苦しめてくれた礼や」


ユノの体を隠す白装束を、捲し上げた。



「い、いやあああああ!!!」


会場に女性の悲鳴が響いた。


肆ノ国ベンチでは、メドゥーサに見られたように、ポセイドゥンとハテスが固まっている。

マテナは眠ったまま。セウズの表情は一切変わらない。


「お!戻ったか!」


ユノの背後で、平吉が声をあげた。



才の発動条件を満たし、ユノの記憶を盗み見した時。平吉は、ユノのセウズを想う気持ちが本物であることを確かめていた。

その信仰心故に、処女性を大事にしていることも。


平吉の思惑通り、自分の裸体が晒されたことでユノは慌てて能力を解除。入れ替わった中身は元に戻った。


「なんや、可愛らしい声も出るやんけ」


感覚を確かめるように、取り戻した自分の体を動かしながら、平吉が言う。


対するユノは、わなわなと肩を震わし、


「ゆ、許さない・・・」


と、呟くと。自らを落ち着けるように深く息を吸い、目を閉じた。


「今度は何するつもりや」


警戒の目で平吉が睨む。


平吉としては「毒」の調合の続きをしたいところだが、それはリスクが高すぎた。

というのも、先程体が入れ替わった時。平吉は目を瞑っていたため、ユノがどのようにして才を発動したのか分からなかったのだ。


平吉の目を瞑るという行為が、相手の才にプラスに働いた可能性も高い。


そんな風に平吉が冷静に状況を分析していると、ユノが徐に目を開いた。


「なるほど。貴方の毒は、敵を犯す為のモノであると同時に、自分を守る為のモノでもあった訳ね」


意味深に呟くと、ユノは平吉に指銃を向けた。


「なんの真似や?」


ユノの言動に、平吉が疑問の声を漏らす。



ユノは、自身の才を『専知専能』と呼んでいる。

その能力は、ユノが尊敬するセウズの才。『全知全能』が色濃く反映されたものだ。


『専知』は、対象の過去を知る能力。

発動条件は、両手でつくった輪っかに対象の頭部を捉えること。


平吉が目を瞑っている間、ユノはこの条件を満たしていた。


して、この能力を発動すると、相手の体を一定期間乗っ取ることができる。

これはあくまで副産物であり、発動も解除もユノの自由だ。



『専能』は、対象の才を能くす能力。

こちらは、『専知』を発動することで使用可能となる。


これにより、ユノは平吉の『キャッシュポイズニング』を得た。


同じ武器を手にするだけでは、熟練度に差があるため、強力な能力とは言えないのでないか。

そんな風に思われがちだが、才にはそうとも言い切れない性質がある。


どういうわけか、才の能力には幼少期の経験が反映されやすいのだ。


恵まれない環境やトラウマから身を守るための能力。

弱点に「鍵」をかけて閉じ込めているなら、同じ「鍵」を生成できる能力は非常に脅威となるわけだ。



『専知』で垣間見た平吉の「過去」と、『専能』で覗いた平吉の「記憶」。


この二つを組み合わせ、ユノは一つの「鍵」を手に入れていた。



「毒を以て毒を制す。その飄々とした顔が崩れるのが楽しみね」


平吉に向けられた、指銃の引き金が引かれる。


「こ、これは・・・・・」


愕然とする平吉。


ユノが手にしたのは、平吉が抱えるパンドラの箱を開く「鍵」であった。

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