第11話 FINAL GAME ROUND 3.5
「いい加減姿を見せたらどうですか?」
ランスを構え、マテナが煽るように言葉を吐く。
『TEENAGE STRUGGLE』決勝戦。第三試合。
思わぬカウンターを食らい負傷した架純は今一度姿を眩まし、リング上にはマテナの姿だけがあった。
「怪我を負い、余裕がないのはそちらでしょう。私はいつでも受けて立ちますよ」
「・・・敢えて焦らすのが、大人の女の余裕というものでありんす」
どこからか届くその声は、言葉とは裏腹に余裕のないものに聞こえた。
「・・・一つ、質問をいいでありんすか?」
「ええ、なんでしょう?」
「先ほどのあの盾は、才でありんすか?」
架純が向けたランスを跳ね返した真っ白な盾。
今は消えたその盾を指して、架純は尋ねた。
「そうですね。才の一部だと言えるでしょう。貴方が私を疑い、私が貴方を信じる限り、『パラスの盾』は私を守り続けます」
「・・・そこまで話して良いでありんす?」
「ええ。貴方を信じてますので」
「あちきに信じろと?」
「私に勝ちたいなら、そうなりますね」
そこまで話して、リングに再び静寂が戻る。
相手の罠を警戒し、こちらの罠に誘導する。
敵を欺き、裏をかいて勝利を掴む。
全てを疑い、闘いに臨む架純にとって、相手を信じて闘うというのは、嫌悪に近い感情を抱く、ひどく抵抗のあるものだった。
「そうも言ってられないでありんすね・・・」
心底嫌そうな、諦めの色を含んだ声と共に、架純は姿を露わにする。
「やっと闘う気に・・え?」
言葉を詰まらせ、マテナは見上げる。
呆然とする女騎士の前には、一人の巨大な花魁の姿があった。
「・・・一体、何の真似ですか?」
絞り出したような声で、マテナが尋ねる。
その様を満足気な表情で優美に見下ろし、巨大な架純は口を開いた。
「殿方が大好きな、最終形態みたいなものやよ」
その言葉通り。会場の野郎どもは、視線を釘付けにされていた。
それは合体したロボットに向ける少年の眼差しというよりは、架純の色気にやられているようであったが。
なるほど、その姿が巨大化したことで、元々着崩した着物から覗く艶やかな太ももや胸元やらが、これでもかと主張されていた。
「りっくん」
「くうにいさま」
「な、なんのことかな」
じー、とジト目でこちらを見てくる二人の少女に、ベンチの李空は視線を逸らして応じた。
最年長であるはずの剛堂はチラチラと視線を寄越しており、平吉は開き直ってガン見していた。
一番免疫が無さそうな卓男は、未だ眠り続けていた。
つくづくツイていない男である。
さて、そんな架純の姿を誰よりも近くから眺める人物。
マテナは、ランスを掲げ、巨大化した架純にも聞こえる声で叫んだ。
「いくら威力を上げても、当たらなければ無いも同じ。勝負を焦る気持ちは解りますが、愚策ではありませんか?」
確かに、マテナの身のこなしには目を見張るものがある。
状況だけみれば、手負いの架純が勝負に焦ったようにも思えた。
「愚策かどうかは結果が教えてくれるでありんす」
何処からかそんな声が響くと、巨大な架純は拳を振り下ろした。
見た目通り決して速くはないその拳を、マテナは悠々と飛び退いて躱す。
「巨大な張りぼての姿で注意を引き、本体で隙を突く作戦でしょうが。このスピードの囮では、警戒するに値しませんね」
次いで迫る拳や脚を躱しながら、マテナは本命の一撃に備える。
その構えは見事で、付け入る隙はないように思えた。
このままお見合いが続けば、手負いの架純が不利になる。
会場の多くがマテナの有利を疑わない戦況。
そんな中。
「検証は終了でありんす」
巨大な架純は、その着物を一気に剥いだ。
その行動に、会場の男たちは一斉に目を見開く。
「見ちゃダメ!」
「です」
李空の両目は真夏と七菜に片方ずつ塞がれた。
して、次いで広がった光景に、リング上のマテナも目を見開いた。
「なっ!」
いつの間にか大きな着物は消え、広がった視界には何十人もの架純の姿があったのだ。
降り注ぐ架純の雨に、マテナの心にトラウマが蘇る。
親友の命を奪った武器の雨。その光景がフラッシュバックしたのだ。
呆けるマテナの頭上に、無意識の内に『パラスの盾』が展開された。
その盾が視界を遮り、マテナは我に返る。
「ざ、残念でしたね。『パラスの盾』は鉄壁です」
『パラスの盾』という傘は、降り注ぐ架純という雨の内の一人を捉えた。その架純は本物であった。
そう、架純の本体は巨大な架純の中に潜んでいたのだ。
よく見ると、本体の架純だけ、切り取った着物の切れ端で患部に応急処置をしていた。
架純の罠は、『パラスの盾』によってあっさりと防がれた。
ように思えたが、
「絶対の信頼は、儚く脆いものでありんすよ」
盾越しに架純は言った。
その真意を探るよりも早く、マテナを異変が襲う。
「なんですか!?」
盾の傘を避け、着陸した偽物の架純たちが、まるでゾンビのようにマテナの体に這い寄ってきたのだ。
して、本物の架純は『パラスの盾』の仕様に従い、はるか上空へと投げ出される。
「離脱成功でありんす」
ニヤリと笑う架純の下で、ズガーンと炸裂音が響いた。
架純が、巨大な囮の中に自身を隠す策。自称『トロイの木馬』を講じたのには訳があった。
それというのは、ずばり『パラスの盾』の仕様を把握するためである。
マテナはこの盾について「貴方が私を疑い、私が貴方を信じる限り、『パラスの盾』は私を守り続けます」と、発言していた。
これが真実ならば、『パラスの盾』はマテナとその敵の「感情」を引き金として発動していると思われる。
そして、この仮説が合っているなら、感情を持たない架純の囮には、盾は発動しないということになる。
ただこの仮説は敵の情報を鵜呑みにすることが前提条件であり、故に架純は心底嫌そうな表情を浮かべたのだ。
仮説を検証するため、架純は自分の意思でなく、巨大な囮に「マテナを倒せ」といった指示だけを与え、操縦権を渡した。
この攻撃に、マテナの『パラスの盾』は一切発動しなかった。
思い返してみると、マテナをそのままトレースした『写楽』の囮とマテナが対峙した時も、あの盾は一度も現れなかった。
つまり『パラスの盾』が発動するのは、架純本体を相手にする時だけということになる。
囮の最大の弱点と思われた「感情がない」という特徴が、この場合では最大の強みであったわけだ。
仮説が立証できたところで、架純は一石投じた。
罠に定番の爆発機能を持った囮と共に、マテナの元へとダイブ。
本体に反応し、マテナの頭上に『パラスの盾』が展開。
その隙に囮がマテナに引っ付き、爆発。
架純は上空へと避難。といった具合だ。
さらにこの策の恐ろしいところは、爆発が鉄壁の盾の内部であることだ。
『パラスの盾』は爆破の威力を外に逃がすことを許さず、マテナは囮と盾に密閉された状態で、爆発を一身に受けたことになる。
シュパッ、と優美に着地する架純。
「流石は騎士さん。頑丈でありんすな」
立ち込める黒煙が晴れる頃。
そこには、ランスを杖としてなんとか立つマテナの姿があった。
手負いの騎士がどのような行動に出るのか。架純は痛む傷口を押さえながら、マテナを睨んでいた。
そんな緊迫した状況の中。
「・・・・ふふ、あはははは!」
マテナは笑った。それもどこか嬉しそうに。
全く予想してなかった反応に、架純は間抜け顔で呆ける。
暫くの間そうしていたマテナだったが、ようやく収まったのか、ゆっくりと口を開いた。
「いや、すみません。『パラスの盾』をあんな風に打ち破るなんて。あの状況で感心した自分が可笑しくて」
興奮した様子で肩を揺らし、マテナは続ける。
「私から『パラスの盾』の説明を聞いた相手は、大抵私を疑うことを止めようと考えます。しかし、唐突に信じろと言われてもそうはいきません。その曖昧な感情はパフォーマンスに影響し、私のランスの前に次々と敗れていきました。中途半端な信念ほど脆いものはない、そうでしょう?」
「・・・それは同感でありんす」
架純は頷いて返す。
「けど、貴方は違った。私が相手を信じるように、貴方は、相手を疑い続けるという自分の信念を信じ抜いた。それは決して見上げたことではないかもしれませんが、私はそれも一つの騎士道だと思います」
そこまで語り、マテナは兜を脱いだ。
それからマントも脱ぎ捨て、今一度槍を構える。
「敬意は送りますが、勝負は別です。親友と母の想いを踏みにじられたまま敗れる訳にはいきません。ここからは一人の女として、悪あがきをさせてもらいます」
マテナはキッパリと言い放った。
「そういうの、嫌いじゃないでありんす」
架純はマテナの言葉を受け止め、『ハニーポット』を発動した。
出現した囮の数は、十二体。
それらはマテナを取り囲むように陣取った。
「これが今のあちきの限界でありんす」
「・・・その言葉を信じろと?」
「さあ。信じるも疑うも、そっちの自由でありんすよ」
「ふっ。面白い」
マテナは、襲いくる囮を一体、また一体と斬り伏せていった。
その動きは騎士のそれというより、チャンバラに近いものがあった。
その身のこなしは見事なもので、爆発によるダメージを一切感じさせない。
乱闘を見守る架純の表情が、段々と険しくなっていく。
そうしている間にも囮はまた一体とその数を減らし、ついに残機はゼロとなった。
「さあ、後は貴方だけですよ」
一歩、また一歩と架純に近寄るマテナ。
その位置が、ランスの圏内に入る頃。
ドサッ
マテナは倒れた。
その拍子にランスが転がり、架純の足にコツンとぶつかる。
どうやら、マテナはとっくに限界を迎えていたらしい。
「・・・お見事でありんす」
架純はマテナが脱ぎ捨てたマントを拾い、倒れる彼女の背中にそっとかけた。
オリーブの刺繍が光を浴び、マテナをそっと包み込む。
横から覗くマテナの顔は、母の腕の中で眠る子のように安らかであった。
「し、試合終了!!『TEENAGE STRUGGLE』決勝戦、第三試合の勝者は・・壱ノ国代表、借倉架純選手だああああ!!!」
「「「うぉおおおおお!!!」」」
ミトのアナウンスが響き、会場に歓声が木霊する。
それらを背に、架純はリングを後にする。
その足取りはフラついており、ベンチへと続く階段の目前で見事に絡まった。
「おっと。これ以上の怪我は堪忍やで」
「・・・・平ちゃん」
その体を平吉が支え、架純は平吉の肩を借りながらベンチへと戻る。
「・・平ちゃん。あちき勝ったよ」
「ああ、見とったで」
「・・平ちゃんも負けんでな」
「ああ、分かっとる」
マテナに受けた傷が痛むのであろう、架純は患部を押さえながらベンチに座った。
「美波、処置頼めるか?」
「はい。架純さんほど上手くはできませんが」
美波は持参した救急箱を取り出し、丁寧に包帯を巻き始めた。
「全く呑気に寝やがって」
倒れる仲間を抱きかかえ、ポセイドゥンがベンチへと戻る。
マテナはどこか晴れやかな表情で、すやすやと寝息を立てていた。
「『パラスの盾』を逆に利用するとは。あの女、なかなかやるな」
戻ってきた二人に、ハテスが感想を語る。
「マテナもよく闘った。全く良い試合を見させて貰ったよ。お前もそう思うだろ、ポセイドゥン」
「ああ。そうだな」
「次の試合も楽しみだな。なあ、ポセイドゥン」
「おい、ハテス。お前賭け事をなかったことにしようとしてるだろ」
「・・・・・覚えてたか」
ハテスは悔しげに呟いた。
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