第9話 FINAL GAME ROUND3
「えー、壱ノ国選手負傷につき、しばらくお待ちください」
先鋒戦に続き、次鋒戦も肆ノ国が勝利。
後がなくなった壱ノ国ベンチに緊張が走る。
「架純。様子はどうや?」
「出血は止まったでありんす。このまま安静にしとけば大丈夫やよ」
ベンチの後ろ。眠るみちるの横には、腹部に包帯をぐるぐる巻いた京夜の姿があった。
どうやら怪我を負った京夜を、架純が応急処置したようだ。
「・・・すみませんでした」
ベンチに座ったまま上体だけこちらに向ける平吉に、横たわる京夜が弱々しく言う。
その言葉に、平吉は呆れたように溜息をついた。
「阿呆。全力で闘って謝る奴がおるか。それともなんや。お前は手え抜いて闘ったんか?」
「いや、そんなことは・・」
「ならこれ以上何も言うな。黙って寝とけ」
「でも・・」
京夜は何か言いかけて口をつぐんだ。
その先に続く言葉は何だったのか。京夜はそのまま静かに目も閉じた。
心配そうにやりとりを見守っていた李空や真夏に七菜。それから美波も、視線をゆっくりとリングの方に戻す。
どこか沈んだ空気を察してか、いつもの飄々とした顔を崩さずに平吉が口を開いた。
「さあ、これでめでたくワイら壱ノ国は追い詰められたわけやが、やったらどないした?」
重い空気を一蹴するように、平吉は笑う。
「ワイらは予選で肆ノ国に敗れ、敗北を許されない状況になって尚、ここまで勝ち進んできた。そうとちゃうか?背水の陣、上等や。壱は・・」
「壱はゼロになるまで、その位置はプラスであり続ける。だな」
「なっ、剛堂!良いとこ持っていきよってからに」
してやったりと剛堂が笑う。
そのやりとりに、壱ノ国ベンチの雰囲気が和らいだ。
平吉は不満から口を尖らせていたが、和んだ空気を察して苦く笑った。
「まあええわ。次は架純やな。ワイまで繋げよ」
「勿論でありんす」
真っ赤な着物を踊らせて、架純は優美にリングへと向かった。
「あちらも準備が出来たようですね」
肆ノ国ベンチからも、一人の人物が立ち上がる。
未だにフードをかぶる、二人の人物の内の片方だ。
「さあ、お前の騎士道とかいう奴を見せてくれよ」
試合を終えたポセイドゥンが、ベンチから声を投げかける。
「馬鹿にされているような感じもしますが、まあいいでしょう。騎士の闘いをその野蛮な目に焼き付けなさい」
フード付きの衣装を脱ぎ捨て、騎士は戦場へと赴く。
頭にかぶるは兜。胸部を守る銀の鎧。
ひらめく純白のマント。その中央にはオリーブの木の刺繍。
肆ノ国代表。闘いの女神こと、女騎士マテナ。
いざ、出陣。
『壱ノ国代表 借倉架純 VS 肆ノ国代表 マテナ』
「皆様、大変お待たせいたしました!それでは『TEENAGE STRUGGLE』決勝戦、第三試合。スタートです!!」
一時中断していた進行が再開し、折り返しとなる中堅戦が始まった。
「肆ノ国代表マテナです。お手合わせ願います」
「ご丁寧にどうも。借倉架純でありんす」
リング中央で向き合い、恭しく礼をする二人の女性。
動作を端的に言語に起こしてしまえば同じであるが、二人の動きは対照的であった。
心の底から義を尽くそうとするマテナに対し、架純の目に浮かぶのは警戒の色。その心意気は礼の深さに表れていた。
頭を完全に下げるマテナに対し、架純の視線はマテナに向けられたままである。
頭を上げ、架純と目が合い、マテナが口を開く。
「私はコレを使わせていただきますが、貴方は何を?」
そう言うマテナの手に握られているのは一本の槍。
いつの間にやら現れたその槍は、ハテスの二又の槍やポセイドゥンの三又の槍と違い、一つの大きな円錐の形状をしていた。
「はあ。どうやらあちきのことを何も知らないみたいでありんすね」
「ええ。情報戦は私の騎士道に反しますので」
「それなら、そちらの将は騎士の風上にも置けないと、そういうわけでありんすか?」
「いいえ、それは違います。覗きにいくのと見えてしまうのでは、天と地ほどの差がありますので」
「被害者からすればどちらも同じでありんすよ」
「口がお上手ですね」
このまま続けても話は平行線だと察したのか、マテナは一度口を噤み、行動を起こした。
「・・・何の真似でありんす」
その行動に架純は疑問で返す。
マテナは真っ白な円錐の槍、『ランス』をもう一本、もう片方の手に宿し、架純の目の前に放ったのだ。
「丸腰の相手と闘う趣味はありません。よければお使いください」
「・・・あちきも、敵に送られた塩を無警戒で舐める趣味はないでありんす」
架純は放られたランスの上を飛び越え、マテナの元へと攻め入った。
「そうですか。それは残念です」
マテナも自分のランスを両手で構え、応じる。
一触即発の空気の中。決闘が始まった。
マテナの槍さばきは見事であった。
一度振るえば残像が残り、一度突けば遅れて突風が吹く。
自分の背丈と変わらない巨大なランスを、女性の細い腕が振るっているとは到底思えない、驚異の威力とスピードであった。
しかし、架純の身のこなしも負けてはいない。
ランスの動きに合わせて自由自在に身を踊らせる。
その様は一種の演舞のようであった。
芸術作品にも思える攻防。
その動きは徐々に激しさを増していき、第一幕はクライマックスを迎える。
「捉えました」
マテナの鋭い一突きが架純の体を捉えると、その身がパンッと弾けて消えた。
「・・・・・」
「あまり驚かないんでありんすね」
「不測の事態にも心を乱さないのが騎士ですので」
どこからか聞こえる架純の声。
マテナはその顔に感情を浮かべず、隙のない構えで応じる。
「流石は肆ノ国の代表といったところでありんすな」
「お褒めに預かり光栄です。貴方の実力も称賛に値します」
「これはこれはご丁寧にどうも。そんな騎士様に素敵な贈り物でありんす」
皮肉めいた言葉と共に、架純はマテナの眼前にソイツを放った。
「・・・なるほど。騎士たるもの己に打ち克つ可しと、そういうわけですね」
ソイツを前にして、マテナはランスを握る手に一層力を込めた。
ソイツというのは、なんとマテナ自身。
見た目では区別がつかない、マテナと瓜二つの女騎士がそこに立っていた。
「真の敵は己自身、とはよく言ったものでありんす」
何処からかそんな言葉を吐き、架純は姿を眩ませたまま。
その直後。リング上にランス同士がぶつかる音が響いた。
『TEENAGE STRUGGLE』中堅戦は、女性同士から騎士同士。もといマテナ同士の決闘へと形を変え。
第二幕をスタートさせた。
「どうも騎士の闘いってのは味気ねえなあ」
肆ノ国ベンチにて、ポセイドゥンがぼやく。
「お前もそう思うだろ。ハテス」
「そうか?これはこれで面白いがな」
右隣のハテスは、リング上に視線を寄越したまま答えた。
「そういや、お前も変わり者だったな」
「俺からすればお前も十分変わり者だがな」
やれやれと首を振るポセイドゥンに、ハテスは淡々と軽口を返す。
その口振りから察するに、どうやら二人は近しい間柄らしい。
「そうだ!どっちが勝つか賭けるか!」
「はあ。マテナが聞いたら怒るぞ」
ポセイドゥンの提案に、ハテスは呆れたように言葉を返す。
「俺は勿論マテナだ」
「なんだよ、やる気じゃねえか!」
しかし賭け事自体は乗り気なようで、何食わぬ顔でベットを宣言した。
「それじゃあ俺は壱だな!賭け金は優勝賞金の分け前半分でどうだ?」
「何を生温いことを言ってる。全部だ」
「お前、ギャンブルは大胆なタイプだったか・・・」
ニヤリと笑うハテスに、ポセイドゥンは苦く笑って返した。
「よし乗った!どうだセウズ、お前もやるか?」
「俺が賭けた方が必ず勝つが。それでもいいのか?」
「おっとそうだ。まったく賭け事の一つも出来ねえなんて、絶対の力も考えようだな」
「そうだな」
頷くポセイドゥンの方にチラリと目をやり、セウズはすぐに視線をリングへと戻す。
その涼しい横顔を隣から眺め、
「セウズ様・・・」
最後のフードの人物は呟いた。
「なるほど。どうやら、張りぼてではないようですね」
自身と酷似した相手と槍を交えながら、マテナが感心したように呟く。
架純が今回『ハニーポット』で生み出した囮は、マテナの見た目や実力を完璧にトレースしたものである。
一度写を取れば、後は眺めるだけ。その特質から、架純はこの技を『写楽』と呼んでいる。
『写楽』によって生み出された囮は、対象の戦闘時の癖まで反映されるため、本人が倒すのは非常に困難な代物だ。
相手が強いほど強い囮が生まれる。何とも便利な技に思えるが、無論万能ではない。
この囮は、トレースした時点での対象の思考や能力を基に動きを演算する。
つまり、戦闘中に柔軟に闘い方を変えるタイプの相手とは相性が悪いのだ。
例えば、李空のような戦闘方法をとる者は、比較的簡単に突破してしまうだろう。
さらに『写楽』発動時は、架純本体はほとんど身動きが取れない状態となる。
このように様々な制約があるこの技であるが、良くも悪くも裏表がないマテナにとっては、非常に有効な手であった。
カツン、カツンと、ランス同士がぶつかる音がリズミカルに響く。
マテナと偽マテナの実力は全くの互角。
洗練された動きが生み出す攻撃はどちらも相手に届かず、本物のマテナの体力だけが徐々に削られていく。
体力という限界がないのは、偽物最大の強みであるといえるだろう。
「このままでは埒が明きませんね」
本物のマテナは偽物から一度距離を取り、ランスを持つ手をゆっくり下げると。
その目を静かに閉じた。
降伏とも取れるその行動に、偽物のマテナが選んだ反応は「見」であった。
その立ち位置をジリジリと横にずらし、視線は本物から逸らさない。
偽物が「見」を選んだ要因としては、二つの事柄が挙げられるだろう。
一つは、騎士道を重んじるマテナの思考をトレースしているため。
「丸腰の相手と闘う趣味はありません」という台詞からも分かるように、マテナが闘う意思を見せない相手に槍を突き立てるような真似をするとは思えない。
もう一つは、単純に隙がなかったからだ。
一見隙だらけにも見える今のマテナだが、闘いに身を置く者が見ればその印象はまるで逆であった。
様々な方向から攻める自分をシミュレーションするが、どのケースも最終的に倒れているのは自分。
詰まるところ、勝ち筋がまるで見えないのである。
「来ないのならこちらから行きますよ」
全身の力を抜いたマテナが目を開き、一気にギアをトップに入れ、飛ぶように駆けた。
全身を風が包み込み、まさに電光石火のスピードで迫る。
偽物のマテナができることは、迫り来るその方向にランスを突きつけるだけ。
向けられたランスの直前で、本物のマテナを包む風がぶわりと上方向に吹き、その体が浮き上がる。
そのまま背後を取り、純白のランスが偽物のマテナの身を貫いた。
「感情を持たぬ槍は何事も貫くことは叶わないのですよ」
ランスを抜き取り、マテナは語る。
マテナの先ほどの攻撃は、感情を一度ゼロにし、身体の力みを「無」の状態にし、その後一気に解放することで、爆発的な機動力を手にするというもの。
体力という概念がないのが偽物最大の強みなら、感情がないというのは偽物最大の弱みであったわけだ。
マテナの目前で、偽物のマテナは弾けて消えた。
「そうやって疑わぬ心が、騎士の弱さでありんす」
その声はマテナの背後から。
架純は偽物のマテナの位置を調整し、隠れる自分の目前にマテナをおびき出していたのだ。
ようやく姿を見せた架純の手には、試合開始直後にマテナが寄越したランスが握られていた。
して、マテナが振り返る暇もなく、そのランスがマテナの純白のマントを真っ赤に染め上げる。
はずだった。
「どう・・いうこと・・・」
ポタポタと血が垂れる腹部を抑え、架純が呟く。
架純がランスを突き立てると同時に、マテナの背後には真っ白な盾が出現。
それを認識した頃には、ランスは180度向きを変え、架純の腹部に突き刺さっていた。
「貴方は言いました。疑わぬ心が騎士の弱さだと」
架純の困惑の声に、マテナはオリーブの刺繍が縫われた純白のマントを翻しながら振り向く。
「それは間違いです。信じる心こそ騎士最大の強みなのですよ」
マテナはどこまでも真っ直ぐな顔と声で言った。
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