第8話 FINAL GAME ROUND2


「そ、それでは第二試合に移りたいと思います!えー、壱ノ国次鋒 墨桜京夜選手 VS 肆ノ国次鋒 ポセイドゥン選手。両者リング上にスタンバイをお願いします!」


ミトのアナウンスが響き、会場の空気は自然と次の試合へ移る。


「える・・ある・・・・・」


先鋒戦に敗れたみちるは、壱ノ国ベンチの後ろに横になり、未だ夢を見ている様子だ。


その幸せそうな表情を眺め、京夜は何やら考えている様子であったが、指名されたことで静かに立ち上がった。


そんな京夜の背中を、ベンチに座る李空の声が引き止める。


「京夜、大丈夫か?」

「大丈夫?どういう意味だ?」

「・・・いや、なんでもない。頑張れよ」

「ああ」


どうしてその言葉が出てきたのか。明確な理由は李空本人にも分からなかった。

何故かは分からないが、リングに向かう京夜の背中が、儚く脆いものに見えたのだ。


李空の言葉に首を傾げながらも、京夜は一人歩き出した。



「次は俺の番だな」


肆ノ国ベンチに座る、未だフードを被ったままの三人の人物。

その内の最もシルエットが大きい一人が立ち上がり、フード付きの衣装を脱ぎ捨てた。


その中に隠されていた肉体は、まさに屈強。

「漢」を具現化したようなその人物は、筋肉を誇示するように、上裸でリングへと向かう。


「そんな格好で戦地に赴くなんて。いい加減、騎士の嗜みを覚えたらどうです?」


その男。ポセイドゥンに、残る二人のフードの内の一人が、呆れたように言葉を投げかけた。

その声に振り返り、ポセイドゥンはやれやれと首を振る。


「相変わらず騎士だ騎士だと煩い奴だな。格好が勝敗に関係するのか?」

「心構えという意味です。不測の事態にも動じない心が、勝利への道を切り拓くのです」

「ようは願掛けだろ?そういうのは自分の力に自信のねえ奴がやるもんさ」

「はあ。貴方に騎士道は早かったようですね。さっさと行って下さい」

「お前が引き留めたんだろうが」


ブツブツと文句を言いながら、ポセイドゥンがリングへ上がる。


肆ノ国代表将セウズは、その背中をつまらなそうに眺めていた。




『壱ノ国代表 墨桜京夜 VS 肆ノ国代表 ポセイドゥン』


「それでは『TEENAGE STRUGGLE』決勝戦、第二試合。スタートです!!!」


ミトのアナウンスを合図に、京夜の右の掌に小さな黒箱が踊る。


次の瞬間には主人の元を離れ、ポセイドゥンの身体をすっぽりとその内に収めた。


「おおっと!いきなり墨桜選手の大技が炸裂だぁ!」


盛り上がる会場。

対照的に、リング上は静寂が支配する。


これも特訓の成果か。ポセイドゥンを閉じ込める『ブラックボックス』の座標は正確であった。


眼前に出来上がったさながら棺を眺めながらも、京夜は警戒の目を緩めない。


「・・・・・!」


暫くすると些細な変化が見られた。

それは黒箱を発動している京夜本人にしか分からない、僅かな変化であった。


(内側から押されている?)


それは箱内部からの、謎の圧力だった。

感じたことのない感覚に、京夜が眉を顰める。


次の瞬間。


「俺を閉じ込める檻にしては、些か狭すぎたようだな!」


ダムが崩壊したかのように大量のが溢れ出し、『ブラックボックス』は内側から弾けた。

その様は、まるで水を入れすぎた水風船のようであった。


「挨拶も無しにいきなり閉じ込めるたあ、騎士道って奴がなってねえんじゃないか?まあ、俺はその方がやりやすいがな!」


箱の中から姿を現したポセイドゥンが、肩を鳴らしながら言う。

その手には、見知らぬ三又の槍が握られていた。


「次はこっちの番だな!」


そう言うや否や。ポセイドゥンは、自分の背丈と変わらない三又の槍、『トライデント』を横に振るった。


「なんだ?」


それが指揮者のタクトであるように。

水浸しとなったリングの水が、まるで生を受けたように動き出し、一本の水柱となって、京夜の身に迫った。


「くっ!厄介だな・・」


龍が如く迫り来る水柱を避けながら、京夜が苦しげに呟く。


その水龍はまるで意思を持っているようで、大きな体を器用に動かし、京夜が飛び退く先を見越したように動くのだ。

玄人さながらの動きに京夜の行動は徐々に制限され、自然と逃げ場が狭まっていく。


「『ブラックウォール』」


たまらず京夜は黒壁を発動。

地面からせり上がったその壁に、水龍は吸い込まれていった。


「なるほど、攻撃を呑み込む壁か。だが、その闇に限界があることは実証済みだ」


水龍の行く末を見送ったポセイドゥンは、手に持つトライデントの真ん中を持ち、体の前で回転させ始めた。

描かれる円に呼応するように、リングの床から泉が湧出し始める。


更にそこから一匹の水龍が生まれ、『ブラックウォール』の逆側から京夜の一身を狙った。

今度の水龍は先程よりも小柄な分、小回りが効く素早いタイプであった。


一方向の黒壁が意味を成さなくなったことで、京夜はそれを解除。

『ブラックシールド』を展開し、それを受け止める。


「そんなことも出来るのか!なかなか面白い能力だな!」


ポセイドゥンは素直に感心した様子で、京夜の黒盾に目を見張る。


互いの初手を互いに防ぎ、相手の力量が分かってきた両者。

それぞれの顔つきが、より真剣なものへと変化する。


「細かい攻撃は呑み込まれて終わりか・・・。それならこれでどうだ!」


先に動いたのはポセイドゥンであった。


右手に握るトライデントの矛先を下に向け、そのまま地面に突き刺す。


「・・・・・」


その動きがどのような現象を引き起こすのか。

京夜が睨みを利かしていると、その視界が揺れた。


いや、揺れているのはリング。もとい会場全体。


トライデントが引き起こしたのは、地震。

して、その地震が引き起こしたのは、大きな津波であった。


「これは無理だな・・・」


その偉大な光景を前に、京夜は『ブラックシールド』を解除。


ザバーン、と豪快な音を奏でる波に呑まれ。


京夜の姿は見えなくなった。




「結構揺れたっぺな」

「んだべ。やっぱし、海の怒りは恐ろしいっぺな」


自分たちもいる観客席を巻き込んだ揺れと、それに伴うリング上の津波を眺めて、海千兄弟が呟く。


その衝撃に言葉数が減ったのは一瞬の出来事で、二人はすぐさまべちゃくちゃだべだっぺと通常運行に戻った。


そんな二人の目の前の席で、先ほどから肩をプルプルと震わせる人影が二つ。


「いい加減静かにするっしょ!」

「試合に集中できないじゃない!」


その人影。正体を陸ノ国代表のチッタとラビは、もう我慢ならないといった様子で振り返った。

彼らもこの決勝戦の観戦に訪れていたのだ。


「これはすまなかったぺな。・・て、あれ?どこかでお会いしたことあったっぺか?」


兄の矛道が、チッタとラビの顔を交互に見て疑問を口にする。


「なんで覚えてないっしょ!?こっちはあの日から一回も忘れたことないのに・・・」


覚えられてすらいなかったという事実が、チッタのトラウマという傷口に塩を塗った。


「いやー、うちの若いのが絡んですまないな」


チッタの横に座る人物。陸ノ国代表将のゴーラが振り向き、海千兄弟に詫びを入れる。


「あー、ゴリラの人だっぺな」

「李空と京夜にやられた人だべ」

「なんでそっちは覚えてるのよ!」


直接対峙した自分たちは覚えていないのに、ゴーラのことは覚えていたという事実が、ラビのトラウマにも塩を塗った。


「そうそう。あいつらにやられた、ただのゴリラさ」


盾昌の真っ直ぐな物言いに、ゴーラが自嘲の意を込めた笑みを溢す。


それからリングに視線を戻し、どこまでも真剣な表情で呟いた。


「お前の闇はそんな浅いものじゃない。そうだろ?」




───津波が去ったリング上。


「ほう。闇に己を呑み込ませたか」


感心したようにポセイドゥンが呟く。


その視線の先には、黒を鎧のように身に纏った京夜の姿があった。

頭からつま先まで全身を覆い、まさに完全装備である。


これにより、京夜は迫りくる津波を何とか耐え凌いだのだった。


「新技『ブラックアームド』だ。次はこちらからいくぞ」


そう言うと、京夜はポセイドゥンに迫った。

その動きは通常時のそれを軽く凌駕する、驚異の速さであった。


「くっ!」


纏う黒をグローブとした重い拳を、ポセイドゥンはトライデントで受け止める。


そのパワーを体現するように、ポセイドゥンの位置がそのままの格好で下がっていく。

威力を殺しきったところでポセイドゥンがトライデントを振り、京夜は素早く後ろに飛び退いた。


「・・・面白い!面白いぞ!」


歓喜の声を上げたかと思うと、ポセイドゥンは手に持つトライデントを掲げた。

それが指針であるように、辺りの水がポセイドゥンの元へと集合。


して、京夜の『ブラックアームド』と同様。ポセイドゥンの身を守る鎧へと姿を変えた。


水の鎧は主人の身を守るだけでなく、その体を持ち上げた。

ぷかぷかと宙に浮いた状態で、ポセイドゥンが京夜を見下ろす。


「水の服でも騎士って奴になるのか?まあ、どちらでもいいがな!」


トライデントの三又に分かれた矛先が京夜を襲う。

『ブラックアームド』により身体能力が底上げされた状態の京夜は、これを跳んで回避。


そのまま空中で蹴りを一発。

ポセイドゥンの身を守る水の鎧の一部が厚みを増し、その衝撃を吸収した。


「厄介な性質だな・・・」


相手の動きに合わせて、柔軟に変化する水の鎧。

それは京夜の黒とは真逆で、実に強力な特性だった。


ポセイドゥンが攻撃を仕掛けては、それを躱す京夜が反撃を試みる。

水と黒。二種の鎧を纏った二人の、一進一退の攻防が続く。


しかし、宙に浮いた状態という地の利は大きかったようで。

先に流れを手にしたのは、ポセイドゥンであった。


「隙を見せたな!」


トライデントの矛先が京夜を捉える。


「っ!」


三又の槍は、黒鎧ごと京夜の身を貫いた。



『ブラックボックス』


それは、本人すら中身を知らない黒の箱。

その内部は、全く未知の領域だといえる。


それを鎧として纏う『ブラックアームド』は、己の存在を曖昧なものとする、極めて危険な行為であった。


しかし、リスクとリターンは表裏一体。


大きなリスクは、それをもって余るほどの強さを与えた。


それを生かすか殺すか。

それは、主人である京夜次第である。



「きょうちゃん!!」


壱ノ国ベンチにて、真夏が叫ぶ。


リング上にはトライデントに串刺しにされた京夜の姿が。

真夏が心配になるのも無理はなかった。


「りっくん、どうしよ!?きょうちゃんが!!」

「大丈夫だよ」


同じくベンチで試合の行く末を見守る李空が、端的に答える。


「なんでわかるの?」

「目だよ。あいつの目はまだ死んでない」


その目は幼少期から何度も見てきた目。

真夏の理不尽に抗おうとする時の目と同じであったのだ。


「・・そうだよね。真夏が先にあきらめちゃダメだよね!」


李空の言葉を受けて、真夏は再び声援を飛ばし始めた。


さて、李空は敢えて口には出さなかったが、目以外にもう一つ、京夜の奥の手を確信させることがあった。


これはあくまで李空がそう感じただけの話であるが、京夜はトライデントを黒鎧で受けたように見えたのだ。


「・・・大丈夫、だよな?」


京夜を信じる気持ちと、言い表せない不安をごちゃまぜにして、李空が呟く。


ちょうどその時。試合が大きく動いた。




「・・・なぜだ?なぜ倒れない?」


京夜を見下ろし、ポセイドゥンが疑問を口にする。


ポセイドゥンのトライデントは、確かに京夜の体を貫通している。

にも関わらず、京夜は何事もない様子でそこに立ち続けていた。


京夜の才『ブラックボックス』の真髄が「未知」にあることを知らないポセイドゥンにとって、それは理解し難い現象であった。


「未知の箱に無闇に槍を突っ込むとは。怖いもの知らずが過ぎたようだな」


京夜が言い放った瞬間。今度は京夜の黒鎧が形を変えた。


その様はおどろおどろしく、例えるなら地獄から助けを求めて無数の手が伸びているようで。

その黒い手は、突き刺さったトライデントをすっかり呑み込んでしまった。


「・・なるほど。お前の体はその鎧の中に在りながら、そこに無い。そういうことだな」


ようやく理解が追いついたといった様子で、ポセイドゥンが言う。


京夜は静かに頷くと、今度はこちらが尋ねる番だと口を開いた。


「あの槍が才の要だと踏んでいたが、随分と落ち着いているな」

「そうか?これでも内心焦ってるぜ」


そう言いながら、ポセイドゥンは浮遊を止め、地上に足をつけた。


「確かにあの槍を失ったのは相当の痛手だ。だが、お前の鎧も限界が近い。そうだろ?」

「・・・・・」


京夜は沈黙という名の肯定で返す。


そう、黒鎧には吸収できるダメージに許容量がある。また、不確定なその場所で自身の存在を確立し続けるのは、見た目以上にハードなことなのだ。


「俺の水とお前の闇。どちらがより深いか勝負といこうか」


そう言うと、ポセイドゥンは左腕を振った。


それに合わせて、ポセイドゥンの身を纏っていた水や、辺りを濡らしていた水が、一斉に京夜の元へと集まりだす。

それは攻撃という感じではなく、京夜の体を優しく包み込み、そのまま上空へ持ち上げた。


その後も水は一箇所に集まり続け、その形はやがて大きな球体となった。


「俺が出せる水は全て出し切った。俺とお前とどちらの限界が先か。我慢比べといこうか」


リング上空にできた、大きな大きな水の球。


『ブラックアームド』は、それを全て呑み込めるのか。はたまた先に許容量を迎えるのか。


京夜以外の人物に出来ることは、ただただ水球を見上げ、見守ることだけであった。



その内側でどのような闘いが繰り広げられているのか。第三者は知る由もない。

しかし、外側からでも分かるように、水球の形は確実に小さくなっていた。


一回り、また一回りと収縮し、やがて人ひとり分のサイズになった頃。


水球は音もなく消えた。


「全てを呑み込んだ、のか・・・」


そこに現れた京夜の黒鎧は、所々破損していた。

どうやら水球の水は、京夜の『ブラックアームド』の許容量ギリギリであったらしい。


ポセイドゥンは宙に浮かぶ京夜を見上げ、次いで笑った。


「・・・何が可笑しい?」


その反応を訝しんで、京夜が問う。


「いやなに。お前は不器用な奴だと思ってな」


水を使いきり、トライデントも失った。

絶体絶命の状況であるはずなのにどこか余裕すら感じるポセイドゥンの態度に、京夜の目に宿る警戒の色が強まる。


「時にお前。三又の槍が、何故三つに分かれているか解るか?」

「・・・なにが言いたい?」

「そう怖い顔をするな。要は、あの槍は座標を司るモノだったということだ」


トライデントの三つに分かれた矛先は、縦・横・高さの座標をそれぞれ記憶・処理・命令しているのだ。


「お前の才も座標が鍵を握る代物だ。想像は容易いだろ?」

「ああ・・・ちょっと待て。それなら、あの水の球はどうやって発動したんだ?」


そう、あの槍が水に指示を出すタクトの役を担っていたのなら、槍が黒鎧に呑み込まれた後に、ポセイドゥンが水球を発動することは出来ないはずである。


「まあ、そう慌てるな。そこに在りながら、そこに無い。これがお前の才だったな。それなら、呑まれたモノの特質はどうなる?存在するのか?消えるのか?答えは今のお前が示している。引き継ぐ、だ」


そう、京夜は水球が消えて尚、浮遊している。

それは、吸収した水の性質を京夜が引き継いでいることを証明していた。


「ここで話を戻そう。水の球をどうやって発動したのか、だったな。答えは簡単。んだよ」


ニヤリと笑うポセイドゥン。


拳を握るだけに見えた左手には、いつの間にか新しいトライデントが握られていた。


「長話が過ぎたな。喰らいな」


ポセイドゥンは右足を踏み出し、右手で京夜に狙いを澄まし。

左手に握るその槍を、目一杯の力で投げた。


自分の命を削らんと迫る槍。その進行方向から外れるように、京夜は位置をずらす。

しかし、トライデントはその向きを変え、京夜の体を襲った。


そのカラクリは、京夜が呑み込んだもう一本の槍にあった。


座標を司る槍。

その仕組みは、己の位置をゼロとし、それを基準に空間を把握するものである。


ゼロは視点によってプラスにもマイナスにもなる。


二本目のトライデントは、一本目の槍の座標を目標とするサブウエポンなのだ。


して、一本目のトライデントが、黒鎧に呑み込まれて尚、座標の役を果たすことは実証済み。


「ぐはっ!」


二本目のトライデントは、京夜の黒鎧にトドメの一撃を喰らわした。


許容量を超えた黒鎧から、呑み込んでいた大量の水が溢れ出す。

その中には一本目のトライデントも混じっていた。


引き継いでいた水の能力もなくなり、京夜が重力を感じるよりも早く。


「終わりだ」


落下する水を掻い潜り、ポセイドゥンが姿を現した。


空中で二本の槍を、左右それぞれの手中に収め。

三又の槍二つ分、計六つの矛先が同時に京夜に牙を剥く。


「なかなか楽しかったぜ」

「っ!」


その槍は京夜の体の内側で交差。

黒鎧も剥がれ生身となった京夜を貫いた。


この時点で京夜に残された術はゼロ。

重力に従い落下。そのままリングに打ち付けられる。


その衝撃で刺さった二本の槍は抜け落ち。


傷口からは真っ赤な血が流れ始めた。

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